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7 叔母さんと叔父さん

「あれ、そのままにしておくの?」


 僕は後ろにあるおじさんの死体を指さして言う。


「……別にいいよ。あれ以上何かしてたら大変なことになりそうだからね」


「大変なこと?」


 大変なことというのはなんだろう。全く見当がつかない。


「とにかく行くよ。早く修行したいでしょ?」


「ま、まあ、したいけど……」


 なんか妙に焦ってる感じがする……看守が近くにいたりするのかな。そうなら急がないといけないけど……


「ちょっと遅くない?」


「いや、トートが早いだけだよ」


 これ、確実に焦ってるわ。足の速さがさっきの五倍くらいだ。全然追いつけない。


 息切れしていると、戻って手を差し伸べてくれた。


「仕方ないな。手を握っていてくれよ?」


「ありが……えええー!?」


 なんか僕の手を握ったまま全速力で走り出しやがった。


 こちらのことも少しは考えてくれてるんだな、と思った矢先にこれだよ。


 トートはそのまま、僕を無視して五分ほどは走り続けた。何度気持ち悪くなったことか。何度吐きたくなったことか。説明したらキリがなくなりそうだ。恨むぞ……!


「はぁ……やっと止まってくれた」


「君は体力がないねぇ」


 こ、この野郎〜……!


「僕は確かに早いとは言えない! でも、一般人ほどの体力はあると思う。君が速すぎるだけだよ!」


「う〜ん、そうかな〜」


 ダメだ。調子に乗り始めてしまった。言うんじゃなかった。


「もういいよ。それより、なんであんなに急いでたの? やっぱり看守が近くに来てたとか?」


「あぁ、それもあるね」


「それ『も』? 他には何があるのさ」


「秘密ー」


 ……もう何も言うまい。


 ただ、静かについて行こう。それでいい……それでいいんだ。


 僕、ミュトス・ジーアは今から思考を放棄します!


「ねぇ! 聞きたいことがあるんだけど!」


「あえっ!?」


 ポケーっとしてたら、突然話しかけられて驚いてしまった。


 もう、折角思考を完全に放棄しようとしてたのに……五秒ももたなかったんだけど!


「……な、なに?」


『僕の質問にはまともに答えなかったくせに人には質問するのね……』と少しだけ思った。ま、でもいいよ。我慢しますよ。我慢すればいいんだよね。うんうん。


「君ってさ、なんでここにいるの?」


「え、えぇー!! 知らないでここまで来たの!?」


 い、いやいや、流石に知ってるだろう。嘘だな。


 それに、そんなことわざわざ聞く意味がない。普通に頭の中を覗けばいいじゃないか。こいつはそれができるはず。


 できるのに、なんでしないんだ? なんか制約があるのか? だとしたら、その制約ってのはなんだ?


 トート・モルテ。この女は秘密が多すぎる。しばらくは一緒に行動するのだから、多少は事情を話してほしい。


「……酒場にいたら、そこの客であるおじさんたちに襲われたんだ。気づいたらここにいた」


「ふーん」


「ふーんって……折角説明したのに、反応が薄いなぁ」


「ははっ、ごめんごめん」


 僕はため息をついた後、また話し始める。


「ボニファーツって人がいて、その人は僕のことを殺そうとしていたみたいなんだ」


「うん、なるほど」


「でも、何故か殺されていなかった。理由はわからないけど、多分生かしておいた方がいいと思うような出来事が、僕の気絶している間にあったんじゃないかと考えている」


「その出来事というのに心当たりは?」


「あるわけないでしょ。僕は『悪魔』になったばかりなんだよ?」


 自分の体のことがもう少し知れたらなぁ……と本当に思う。


「ああー、まあ、そうだよね。それは知ってるわけないか」


 なーんか、また意味深な発言をしてきたよ。この人は......


「......そいつらは多分ね、誰かに指示されて君を殺すのをやめたんだと思うよ」


「誰かの指示?」


「うん。絶対とは言えないけどね」


「その指示を出した人物は......?」


「君を追放した者の誰か......だと思う」


 トートは自信なさそうに呟く。


「『だと思う』かぁ......じゃあ、あいつらがやってない可能性も十分あるってことなんだ?」


「......そうなるね」


 ......できるなら知りたいなぁ。まだ僕のことを陥れようとする人がいるかもしれないと思うと不安になってしまうんだ。


「......ふぅ」


 外に出たらわかったりするのかな。


「ごめん、余計なことを言ってしまった。不安かな?」


「気にしないで。不安だけど、別にいいよ。なんか後にわかるようになる気がするんだ」


 嘘じゃない。本当に不思議とそんな気がしたんだ。


「……それより、聞きたいことまだまだあるんじゃないの? 聞いていいよ?」


「え? 本当にいいの? というか、私がまだまだ質問したがってることに気づいてたんだね」


「まあね」


「……じゃあ、聞くよ。君はどんな冒険を今までしてきたのかな?」


 冒険に関する話か……ちょっと意外だったな……なんかもっと変な質問をしてくるんじゃないかと思っていた。いや、具体的には浮かばないんだけどね。


「折角だから、冒険者になる前の話もするよ」


「え、いいのかい?」


「もちろん」


 僕がそう答えると、トートは嬉しそうに笑う。


「僕はね……十五歳ぐらいまではずっと家の中で生活しててね。外に出たことがなかったんだ」


「十五歳か。そんな歳まで外に出れなかったんだね」


「出してもらえるようになったのは叔母さんのおかげ。叔母さんがいなければ、僕は今も家にひきこもっていたと思う」


「へーえ、そんな凄い叔母さんなんだね」


「そうなんだよ。叔母さんは凄いんだ。色々なことを教えてくれたんだからな」


 外を教えてくれた。武術や剣術も教えてくれた。流行りのものや美味しい食べ物なんかも叔母さんがいなければ、知ることはなかっただろう。あの人は僕が一番尊敬する人だ。


 あの人にもう一度会えたなら、感謝の言葉を伝えたい。


「ちなみに僕が家から出れなかったのは父親と母親のせい。あの二人は魔力の強い子供を欲していたみたい。父と母はどちらも貧乏な上に魔力がない。だから、魔力が高い子供を産んで、その子供を魔法使いにさせたかった。何故なら、魔法使いの子供を持つ家庭はとある人からお金が貰えるから」


「……ふむ。何故、お金が貰えるんだい?」


「なんか、その頃将来有望な魔法使いを一つの場所に集めていた人がいたんだよ。なんでかはわからない。ちなみに国には内緒で行っていたみたいだね」


「有望な魔法使い、ねぇ……その人に心当たりはある?」


「ううん、ないね」


「そうか……」


 なんか興味津々だな……知り合いだったりするのかな。


 長い間生きてるらしいし、知り合いな可能性もあるよね。


「僕は魔力が高くなかったからさ。二人からは気に入られなかったんだ。でも、何故か僕は追い出されなかった。後で知ったけど、これは叔母さんのおかげらしい。叔母さんがどうしてもと言うから、仕方なく育てることにしたんだって」


「はいはい」


「育ててくれたのはいいんだけど……食事はまともな物を与えてもらえなかったな。ま、当たり前だよね。貧乏だから、子供にお金を使ってる余裕なんかなかったんだと思う」


 ……めちゃくちゃ頷いてるんだけどこの人。え、共感してるの、かな?


 ま、まあ、いいけど……


「叔母さんにバレてからはちゃんとしたご飯を食べれるようにはなったけどね。でも、外には出させてもらえなかった」


「ご飯のことはバレても、外に出してないことはバレなかったんだね。凄い」


「ご飯はたまに一緒に食べるからバレやすいんだけど、ご飯以外の時間は大体外にいるからね」


「へえ、叔母さんはどんな仕事をやってるの?」


「衛兵だったと思う。少し男勝りな人だから他の衛兵と並んでいてもあまり違和感はないよ。ちょっと失礼だけどね」


 あまりかわいい服とかも着たがらなかったんだよなぁ……


 僕が「着たらいいのに」って言っても全然着てくれなかった記憶がある。懐かしい。


「叔母さん凄いねぇ。外に出してないことがバレなかったのは純粋に一緒にいる時間が少ないからってことでいい?」


「そうだね。あ、そういえば魔法や体術の稽古のために屋上に行くことはあったよ。なんかすっかり忘れてたけど、僕の家は屋上があったんだ。柵が多すぎて外は全く見えなかったけど。あれじゃ室内とあんまり変わらない」


「貧乏なのに屋上があったんだ?」


「何故なんだろうね。よく知らないけど、多分叔父さんが自分のために作ったんだと思う」


「お、新しい登場人物。その叔父さんとやらはどんな人物なんだい?」


「よくわからない。小さい頃に何度か顔を合わせたことがあるみたいだけど、あんまり覚えてない。僕が産まれてから少しずつ家に来なくなったんだ。今は全く来ない」


 僕のことが嫌いなんだろうな。じゃなきゃ、全く来なくなることなんてない。


「あ、でも、六年前ぐらいに一度だけ僕に会いにきたんだ。そして、アルバンという男のパーティを紹介された。僕は冒険者になりたいとは一言も言ってなかったんだけどね」


「……」


「アルバンって言うのは僕のことをボロボロにしてパーティから追放した奴ね。なんか叔父さんが僕にあのパーティを紹介した理由が今になってわかった気がするよ」


「……それはなんだい?」


 食い気味に聞いてくる。いきなりどうした……


「僕を陥れたかったんだ。僕のことが嫌いだから」


「それは違うと思うよ」


「えっ」


 思わず、面食らってしまう。予想外の返答だった。


 でも、本気のようだ。トートの目は笑っていない。


「な、なんで違うとわかるのさ。今までの話聞いてた!? 叔父さんは僕が産まれてから、家に来なくなったんだよ?」


「うん、そうだね。ちゃんと聞いてたよ」


「なら、なんで……」


「私は実は君の叔父さんを知っている。君の叔父さんはそんな人じゃないよ。間違いない」


「会ったことが……ある?」


「ああ、それも一回や二回じゃない。少なくて四ヶ月に一回、多くて二ヶ月に一回は会っていた」


 なら、なんでそれを最初に言わなかったんだ……


「言わなかったのは叔父さんが言わないでほしいと頼んできたからなんだよ」


「……なんで、叔父さんはそんなことを?」


「それは……君が叔父さんに会って確かめるといい。私の口から話すようなことではないよ」


 わからない。なんなんだ……なんなんだよ。


「叔父さん……」


 僕は拳をギュッと握りしめる。


「うん?」


「トート、やりたいことがもう一つ増えたよ」


 復讐を終わらせた後や、新しいパーティを作った後でいい。後回しにしてもいいけど、必ずやりたいことだ。


「やりたいこと?」


「トート……僕は叔父さん……いや、ベンヤミンともう一度会いたい。その手伝いを、してくれないか?」


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