6 不気味な看守
「……なっ!?」
避けたことに驚いたのか、前方から声が聞こえた。
よし、このまま相手の攻撃、全部避けきってやる!
その後も三回ほど斬撃が飛んできたが、僕はそれらをことごとくかわしてみせた。
「……予想以上だ」
「なんか言った?」
「君の成長速度が予想以上って言ったんだ。あの斬撃を簡単に避けられるようになるとは……侮っていたようだ」
嘘をついている時の声音じゃない。本気で僕のことを褒めてくれているようだ。
「なんか僕もこれができることに驚いているんだよね」
悪魔って凄いんだなぁ。正直、僕も自分がこうなるとは思っていなかった。悪いことばかりだと思っていたけど、いいことも多いじゃないか。
悪魔になったことを前向きに考えられそうだ。よかった。
「ボーッとするのはやめてよ?」
「あぁ! うん!」
どうやら、もう近くまで来ていたようだ。剣と剣がかち合う音が辺りに響き渡る。
……あれ、トートはいつ剣を取り出したんだ。そう思って剣をよく見つめる。
あ、あれは……アーベントか。アーベントが剣の形に変化しているんだ。そんなこともできるのか。
剣の形に変化したアーベント……えっと、本当の呼び名はわからないけど、取り敢えずアーベントソードとしよう。
アーベントソードで応戦しているトートの姿は美しかった。
美しく戦おうとする者がたくさんいるのは知ってる。でも、弱い相手ならともかく、強い相手となると大抵は続かない。元パーティーメンバーのアルバンが美しく戦おうとするタイプだったからよくわかる。
美しく戦うことを意識しすぎると、無駄な動きが生まれてしまいがちなんだよな。
アルバンは装備がよかったし魔法の才能があったから冒険者としてやれていたけれど、あれはやめた方がいいと思う。もう仲間じゃないから言いに行ったりはしないけどさ。
でも、トートの剣はあんなにも美しいのに、無駄な動きが一切ない。いや、違うな。無駄な動きが一切ないからこそ美しいんだ。本当の美しい戦いというのはこれのこと。アルバンの戦い方など美しいとは言えない。
見惚れてしまうほどの美しさを感じる。
こちらをたまに確認することができるってことは、まだ本気を出してないってことなのかな。だとしたら、すごすぎる。僕なんか足元にも及ばない。
「ちゃんと間近で見ててよ?」
トートは剣を左手に持ちかえると、右手で僕を近くに引っ張ってくる。
間近で見た方が勉強になるということか。怖いが、きちんと見るようにしよう。
姿が見えた。
やってきたのは無精髭をたくわえた汚らしいおじさんだった。もっと若くて強そうな人を想像していた。
人は見た目によらないって本当なんだな。こんなに強いおじさんがいるとは……
「おい、脱獄者共。今、大人しく牢に戻れば生かしてやる」
そこで初めておじさんが喋る。あ、「牢に戻れ」って言うってことはやっぱり看守なのか……
「嘘だろう?殺したくてウズウズしてるっていう目だ。隙を見て殺すつもりだったんだろうけど、そうはいかないよ」
「……馬鹿だな。大人しくしてればいいのに。俺だったら痛みを感じる間もなく殺してやれるんだぞ?」
「私たちにはまだまだやらなければならないことがある。こんなところで命を差し出す気はない」
「そうか……残念だ。じゃあ、死ね」
おじさんの剣の速度が上昇する。え、あれで本気じゃなかったの!?
あまりの強さに敵ながら見惚れてしまう……
「看守を見るのもいいけど、僕の方も見てよ!」
「え、ああ……うん!」
「……君のいい所はその類稀なる観察力。それさえあれば、今の君は強くなれる」
観察力?僕の観察力なんてそんなにすごいかな……?
僕はアルバンやエッバに観察力を褒められたことなんて一度もないんだけど……
「はぁ……自力でその凄さに気づくのは無理か。まぁ、いいよ。さっきも言ったけど、ちゃんと見ててよ」
そう言った途端、トートの剣の速度も上昇する。
な、なんなんだ……これ。こんな戦い、初めて見た……アルバンが知り合いが多かったおかげで色々な冒険者の戦いを見る機会があったが、ここまで強かった人はいなかった。
凄い、凄いにも程がある……
そんな凄い戦いだが、遂に終わることになる。
「……なっ!?」
おじさんの剣がトートの物凄い斬撃に耐えきれず、折れたのだ。おじさん自身はともかく、おじさんの剣の方はもう限界を迎えていたようだね。
そして、特攻しようとするおじさんに対してトートが何かを放つ。あれは......闇属性魔法の一種か? それともアーベントみたいな精霊の一種による攻撃か?
わからないけれど、とにかく規格外の強さだということはわかった。
おじさんは防御することができず、吹っ飛ばされていく。これでやられてくれると助かるんだけど……
「どこまで飛んでいったんだろ……」
地下二階はとにかく広い。だから、どこまで吹っ飛ばされたのかわからない。
あ、あとちょっと暗いんだよな。光を発する魔道具、確か『ランペ』と言ったかな。あれのおかげで真っ暗闇ではないんだけど、あまり明るくもない。
「追う?」
「もちろん」
即答する。今、逃がしたら増援を連れてこられるかもしれない。それは避けたい。
僕とトートは手を繋いで全速力でおじさんが飛んでいったと思わしき方向へ走っていく。
何となくいそうな予感がする。
「ここかな」
壁の近くまできた。誰かが倒れているのが見える。やっぱりおじさんが飛んでいったのはこっちで合ってたんだ。
輪郭がさっきのおじさんと同じだからね。
僕じゃ危険だと思ったのか、トートが近づいていく。確認するつもりなんだろう。
もしもの時に攻撃するつもりなのか、アーベントを呼び出して隣で待機させている。
まあ、強かったしそれだけ警戒するのが当たり前だよね。
「生きているかい?」
トートはおじさんらしき人間に向かって問いかける。
「……」
だが、反応はない。なんだ、死んでいるのかな?
その後も何度かトートが呼びかけるが、反応がない。
仕方ないので、もっと近くによって顔を見ることにする。これだけ隙がありながら攻撃しないということは、既に死んでいる、もしくは気絶している可能性が高い。
「おーい、起きてるー?」
両頬を合計で六回叩いてみる。数字に意味はない。
六回目で微かに体が揺れるが、それだけだ。生きていることはわかったからいいけども……
「取り敢えず、殺す?」
「うん」
「躊躇ないね。わかった、殺そっか。強いからもったいないけど、生きてたら絶対に邪魔になるだろうし」
襲われても困るし、僕たちのことを仲間に報告されても困る。生かしておく理由はないよね。
僕たちのために死んでくれ。
トートは喉をかき切って殺すつもりのようだ。手がおじさんに向かって伸びていく。
その手がおじさんに触れる三秒前、謎の悪寒が僕を襲った。
「トートっ!危ないっ!」
先程の戦いでトートが僕にしたように、僕はトートのことを突き飛ばす。
トートの体の横を光の槍が通過していく。下級光属性魔法『弱光槍』だ。
『弱光槍』というのは中級光属性魔法『光槍』の下位互換である。違いは大きさと威力。『光槍』の方が大きくて強く『弱光槍』の方が小さくて弱い。
でも、『弱光槍』は『光槍』と比べて魔力消費量は少ないので連発が可能だ。
こいつも連発してくる可能性が高い。トートのことなら食らってもそんなにダメージは受けないだろうけど、だからといって仲間がやられるのをただ見ているだけは嫌だ。
助けられるなら助ける。仲間は少しでも傷つけさせたくないのだ。
「大丈夫!?」
「そんな心配しなくてもいいよ。あの程度の魔法じゃ私に傷をつけることなんてできやしないから」
「って言ってもねぇ……本当に大丈夫?」
「心配性だね。本当に大丈夫だよ。それより、君は早く構えて。多分、奴がやってく――」
「攻撃はもうしないぜ」
え、誰だ? 今、遮ったのは……
「ここだよ、ここ。ちゃんと目を見て話してくれよな」
後ろから声が聞こえる。まさか……
振り返ると、何故か先程まで倒れていたおじさんが後ろに立っていた。
「人と話す時は目を見て話すもんだ。そうだろ?」
おじさんはトートの肩に手を置いて、そう囁いた。
「くっ」
トートは睨みつけながらその手を振り落とす。
振り落とす瞬間、トートの真後ろで光の柱が立つ。今度は中級光属性魔法『光柱』だ。
「驚いたか?」
「何のつもりだ?」
「そう怒んなよ、女。ちょっと驚かしたかっただけだって。お前らを傷つけるつもりはもうねぇんだよ」
「何のつもりだって聞いているんだけど」
トートは氷のように冷徹な目でおじさんを睨む。
「信じてくれないならいいぜ。それより、話をしよう」
おじさんは指を五本立てる。五つ話したいことがあるってことか?
「そんなの聞いて何になるのかな?」
今にも攻撃してしまいそうだな、トート……
「トート、ちょっと待ってよ。害意はもうなさそうだし、少しぐらい話を聞いてやろうよ」
「こいつの話なんて聞く価値はない」
「いや、でも本当に害意はなさそうだけど……」
「もし、そうだとしてもダメだ。多分、こいつは時間稼ぎをしている。話を聞いてしまえば、こいつの思うつぼだ」
その考えはなかった……
なるほどなぁ。確かに仲間を呼ぶための時間稼ぎをしているのかもしれない。
危ない……もうすぐでこのおじさんの思惑に乗るところだった。
僕もトートと同じように睨みつける。もう何を言われても応じない。
「死ね」
いつの間にか、トートはおじさんの前にいた。
アーベントソードは持っていないので、素手で殺すつもりなのだろう。トートって素手でも人を殺せるんだな。
それをゆっくりと見ていると、何故かおじさんがニヤリと笑って僕の方を見る。
「また後でな」
その言葉の意味は、僕はわからなかった。
でも、もう永遠にわかることはないのかもしれない。何故なら、トートの手によっておじさんは殺されたからだ。
顔を潰されているから、間違いなく死んでいる。もしも、動いたら怖いな。
「不気味だね、こいつ……」
初めて、トートと意見があった気がした。
倒れたおじさんの死体を見て、僕とトートは同時に眉をひそめるのだった。
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