4 女性の裸なんて見れない!
今日は連続投稿します。
「悪魔!? 君は僕と同じなのか!?」
僕は今、トート・モルテという女が自分のことを悪魔だと言い出したから驚いていた。
「いいや、違うよ。『悪魔』っていうのは私の異名だね。正確には『操影の悪魔』だったかな。影を操る悪魔みたいな奴だからそう名付けたんだって。ちょっとダサいし安直だよね」
「操影の……悪魔……」
聞いたことがない。まあ、でもそれは僕が世間知らずだからだろうな。
これだけ強いんだ。僕以外の人間はほとんどトートのことを知っているのだろう。
「勘違いしてそうだから、先に言っておくね。私は相当昔の有名人。今の人たちはほとんど私のことを知らないよ。あと、君に対しては『悪魔』と名乗ったけど、普通は『悪魔』とは名乗らないから。痛すぎるし、全くかわいくない」
かわいくないって……そんなこと気にするとか、女らしいところもあるんだなぁ。
「……知らない? 昔って言ってるけどどれくらい昔なのさ」
「……百年前」
え、ええーー!?
「ひゃ、百年って……そんなわけ……」
「そう見えないかもしれないけど、私ってこれでも魔族なんだよ。軽く千年は生きられる」
「魔族……本当に?」
正直、信じられない。世間知らずだが、魔族の外見的特徴ぐらいは知っている。確か紫色の肌で頭に小さな角を生やしている、凶暴な種族だったはずだ。
……昔、叔母さんが言っていた……気がしなくもない。
「疑り深いね……わかった。証拠を見せよう」
「え、な、なななな何を!?」
見せられたのはなんと胸。このトートとかいう痴女はいきなり服をめくって胸を露出させたのだ。
「ほら、よく見て。胸の辺りに紋章があるでしょ」
「み、見れるか!! 女性の裸なんて!!」
「胸の一部しか露出させてないから……」
「う、うるさい!」
「えぇ……」
なんかため息ついた! この女、僕の前でため息ついたぞ!
確かに女性からすれば胸ぐらいで騒ぐのは大げさと思うかもしれないけども! 僕は男なんだ。男だったらこの反応は正常だ......正常、だよね?
いや、何言ってんだ僕は……確かに少しおかしいのかもしれないな……
「私は痴女じゃないよ。意味もなく胸を見せたりなんてしないから。とにかく見て。ここに紋章あるでしょ?」
「な、なに? 紋章?」
トートは手を使って僕の顔を無理やり胸に向けさせる。な、何をするんだ……この女。
「これがなに? 自分が魔族だっていう証拠?」
「そう。わかってなさそうだから言っておくけど、魔族っていうのは人間とあんまり見た目は変わらないんだよ? 角なんてないし、肌も紫色じゃない。普通の人間と違うのは紋章があるところぐらい。他にはない」
「嘘じゃないよね?」
「これ、一般常識だよ? 君、もう少し勉強した方がいいんじゃないかな。知識不足にも程があるよ」
「わかったよ……」
どちらにしろ、勉強は魔石の一件があってから、ずっとしたいと思っていた。ちょうどいい。
「ふぅ、じゃあ……他に何か質問あるかな?」
「特にな……いや、一つだけ。さっきから僕の心を読んだかのような発言をしてるけど、どういうこと? 君は心が読めるの?」
「そうだねー」
そうだねーってそんな軽く言われても……
「じゃ、他は何もない?」
「ま、まあ……何もないけどさ」
これは、心を読めることを肯定したと捉えていいのか……どういうことなんだ?
もう一度聞きたいが、この感じだと多分トートは聞く耳を持たないだろうな……
ま、まあ……いいか。
「……りょうかーい。これでやっと始められるね」
やっと始められる……? また何か変なこと言い出したな。
トートは突然、僕の額に手を当てる。
「な、何!?」
冷たっ……この女、めちゃくちゃ手が冷たい。なんだ、この冷たさは……魔族ってみんなこんな手なのか?
冷たさに驚いていると、トートの手が当たっている部分だけが唐突に光り始める。
「この光は?」
「黙って待ってて」
「……」
言い方強いな……もうちょっと優しい言い方できなかった?
「……よし、これでいい」
「……? 何をしたんだ?」
全く変化を感じない。
「君って女性の体とか苦手でしょ。先程の反応を見る限り」
「は……? いや、まあ、確かに苦手だけど、……それがなに?」
「君を悪魔に近づけたんだよ。これで、もう女の体ごときで騒ぎ出すこともなくなるよ」
「へ?」
「ほら、これ見ても照れないでしょ?」
トートはそう言って再び服をめくって胸を見せてくる。
だが、今度はトートの言う通り、照れることはなかった。それも全く。男の体を見ているかのようだった。
「いや、こいつ何やってんだ……」とは思ったけど。
「女性免疫が高まっただけじゃないよ。悪魔に近づいたおかげで身体能力も格段に上がっているはず」
「……確かになんか体が軽い」
「驚きだ。てっきり、『そんなわけない』とでも言うかと思ってたよ」
「さすがに信じるでしょ」
「ああ、申し訳ない」
思ったより素直に謝るんだな……
「で、どうする?」
「ん、どういうことなの?」
「私はね、君のことを悪魔に近づけるためだけにここまでやってきた。もう帰ってもいいんだけど……君が頼みたいことがあるのなら、聞くつもりだよ」
「頼みたいこと……ここから出るのを手伝ってほしい、とか……だな」
他にも手伝ってもらいたいことはあるけど、あんまり頼みすぎるのもよくない。
もう十分すぎるほど助けてもらっている。これ以上、欲張るのはよくない。ダメだ。
「……そう言うと思っていたよ」
やっぱりこいつ、心読んでるよね?
魔族って普通に人間の心を読めるものなのかな?もしそうだったらすごい怖いなぁ。関わりたくない。
「ありがたいよ、本当に」
「……出るのを手伝うだけでいいの?」
「え?」
「ここから出た後も共に行動してあげると言っているんだよ。どうかな?」
「ほ、本当に!?」
ちょっと上から目線なのが気になるけど、嬉しい提案だったので指摘はしないでおく。
「喜ぶのはまだ早いよ。ここから出るんだとしたら、君にはやってもらうことがある」
「え、やってもらうこと?」
「うん、このまま外に出たら君は死ぬ。だから、少しだけ体を鍛えるんだ」
「死ぬ? なんで?」
「質問の数は相変わらず変わらないんだね。別にいいけど……説明は一回しかしないから、ちゃんと聞いてよ?」
トートは右手の人差し指を立てながら、説明を始める。
「ここが牢獄なのはわかってるよね?」
「うん」
「じゃあ、自分が悪い意味で特別扱いされていることもわかってる?」
「え、いや……それは全然」
悪い意味で特別扱い?
僕、誰からも特別扱いされた覚えないんだけど……
「君、隔離されてるんだよ。『悪魔』だから」
「『悪魔』だから?」
「そう。『悪魔』というのは人智を超えた力を持つ存在。普通の牢獄なんかじゃ、簡単に破られてしまうかもしれない。だから、こんな地下の牢獄に入れられているんだよ」
「薄々思ってはいたけど……やっぱりそうなのか……」
だとすると、まだまだたくさん囚人がいるんだろうな……僕以外にも……何人か。
「この牢獄はね……総勢で二百人ほどの囚人が投獄されているんだよ」
「二百人って凄いな……そんなにいるんだ」
「……ああ、でも、君がその囚人たちと会うことはないよ。避けてもらうからね」
「……は?」
鍛えるんじゃないのか!?
鍛えるんなら、囚人と戦った方がいいじゃないか。二百人もいたら、それなりに成長できると思うんだが……
「君に戦ってもらうのは囚人じゃない。看守の方だよ」
「看守の方? なんで?」
「……この牢獄には先程言った通り二百人の囚人がいる。その囚人の中には絶対に関わってはいけないとされる凶悪な存在が六人もいるんだよ」
「凶悪な存在……六人……」
「名前を教えようとも思ったけど……あんまり時間がなさそうだから、一人だけ教える」
「一人だけ?」
てか、それも気になるが……あんまり時間がなさそうってどういうことだ?
僕がそれを聞こうとする前に、トートが口を開く。
「魔女、ヘレン・フォイアー……さすがにこの名前に、聞き覚えはあるよね?」
「うん……」
その名前に聞き覚えがない人間など多分いないだろう。知識量が一般人より大幅に少ない僕でも、聞いたことがあるのだから間違いはない。
聞いたのは昔……いつだったかは覚えていないけど、教えてくれた人は覚えている。近所のおじさん、ダニエルだ。
ダニエルは僕に色々な話を聞かせてくれた。魔女の話もだが、それだけじゃない。
何だったかな……えっと、悪魔、魔人、魔王、呪術士の話だった気がする。
この四つ……いや、魔女を入れれば五つか。この五つは絶対に関わってはいけないとされるもの。『関わったら死は免れない』、と僕は教えてもらった。
それにしても、僕がそのうちの一つになるとは思わなかったな。こんなの予想できないでしょ。
なってしまったものは仕方ないから、もういいけどさ。
「君は知らないかもしれないけど、魔女は世界中にいくつもいるよ。ここにいる魔女はヘレン・フォイアーだけだけど」
「ヘレン以外、話に聞いたことがないんだけど……なんで?」
「魔女の中でヘレンだけが歴史に残るような大事件を起こしたからだよ」
「ヘレンだけが? なに、凶暴な魔女なの?」
「何もしなければ普通だけど、怒らせれば凶暴になるよ。彼女は怒りの沸点が低いから、軽く頭を小突いただけでも怒ることがある。だから、近寄らない方がいい」
「わかった。避けることにしよう。それより、なんで君はそんなにヘレンのことを知っているんだ?」
「……」
「……なんだ?どうした?」
「……」
知り合いなのだろうか。魔族のことはよく知らないが、普通は魔女と関わりがあるものなのか?
あれ……でも、世界中に散らばっているならそう簡単には会えないはず。なんで最近の情報までトートは知ってるんだ……?
「なあ、聞こえてるか?」
「……」
「おい、何か話して――」
「……知っているに決まっているよ。彼女、ヘレン・フォイアーは私の……元義姉だからね」
トートは俯きながら、そうこぼす。
……ああ、そういうことか。
僕は彼女のことは知らない。でも、彼女が『元義姉』と言う時に一瞬だけ悲しそうな目をするのを見た。
きっと、昔に色々とあったのだろう。詮索するのはよくないな。反省しないと……
悪いことをした。僕は気まずそうにトートを見ながら、そう思った。
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