2 酒場のみんな
僕は酒場にいた。
あれから、怪我をしていた僕のことを街の酒場の常連客であるボニファーツが運んでくれたのだ。
回復もボニファーツが行ってくれた。いつもは素っ気ないが、本当はこんなに優しい奴だったんだな。
「飲むか?」
「うん、今日は飲むことにするよ」
酔うのが嫌なので普段はあまり飲まないんだけど、アルバンたちのことも忘れたいし、今日はたくさん飲むことにしよう。飲んであんな奴らのことなんて忘れてしまおう。
店主が持ってきてくれた酒を僕は一気に口の中に流し込む。
「おお、いくねぇ!」
そう声をかけてきたのはボニファーツと同じ酒場の常連客の男の人だ。この人のことはよく知らないんだよな。
確か酒豪で、この酒場で一番酒を飲む人なんだよな。
「いやいや、大したことないと思うよ」
「ミュトス、お前はその歳にしてはよく飲む方だよ」
「そうなんだね」
あまり嬉しくはないけど、折角褒めてくれたので一応喜んでおく。
「はい、ラァビィエボアのステーキだよ」
店主が料理を持ってきた。美味しそうだ。
ラァビィエボアというのはこの街の付近に生息する猪の魔物だ。街の名前がラァビィエだから、ラァビィエボアと名付けられた。昔からラァビィエではこの肉がよく料理に使われている。街に住んでるなら知らない者はいないはず。
僕はこのラァビィエボアの肉がとても好きで、昔からよく色々なところで食べていた。
店主はきちんと僕の好物を知ってくれていたんだな。この酒場にはたまにしか来ていなかったのに。
嬉しい。それだけよく見てくれていたってことだ。
「ありがとうございます!」
礼を言ってから、僕はステーキにフォークを突き刺す。
肉汁が溢れるのを見て、思わずヨダレが垂れそうになってしまう。もちろん垂らさないけどね。
「んん〜、美味しぃ〜」
頬に手を当てて悶えていると、店主が何やらとっても大きな肉を持ってくる。
「たーんと食べな!」
二皿目の肉が僕の席に到着する。なんと! 僕のための肉だったのか!
「あ……僕、今日そんなにお金持ってな……」
思い出した。僕はそんなにお金を持っていないんだった。
どうしよう……大変だ。一皿目ならまだしも二皿目は……
「心配すんな! お前の懐が寂しいのはどいつも知ってるさ。今日は奢りだから気にすんなよ!」
僕の右斜め前にいる酔っ払いのおじさんがそう言う。
な、なんて優しいんだ……
感動して涙が出てくる。あんなことがあった後だからというのもあるだろうけど。
「ありがとう……ありがとう」
僕は泣きながら、ただひたすらに食べた。食べた。食べ続けた……そうして肉五皿目……
さすがにお腹いっぱいになってきた。もう入らない……
お腹を狸のようにポンポンと叩いていると、店主じゃなくてボニファーツが酒を持ってやってくる。
「もう腹いっぱいか? 悪かったな。食わせすぎて」
「いやいや、こんだけたくさん食べさせてくれて、感謝してるよ。ありがとね」
「いいってことよ。あ、最後に酒一杯飲むか?」
「いいの? じゃ、一杯だけもらおっかな」
僕はニッコリと笑うボニファーツから酒を受け取る。
今日はなんでみんなこんなに優しいんだろ。僕が悪魔になったことはまだ広まってないはずだよね? 広まってたら、大騒ぎになってるはずだし。
何かお祭りでもあったっけ? いや、違うよなぁ……
「ぷはーっ!」
豪快に一気飲みしてみせる。久々に飲むお酒はいいね!
「ん?」
飲み干して少ししてから、僕は首を傾げた。
なんか味がちょっとおかしいのだ。いや、美味しかったんだけどね。さっき飲んだのと全然違う。
「……なあ、ミュトス。気分はどうだ?」
ボニファーツはニヤニヤしながらそう聞いてくる。
何か面白いことでもあったのかな。
「どうだって聞かれても……普通、としか言いようがな……んだこ、れ……? フラフラ、する……」
突然の目眩に僕は戸惑った。
そして、次の瞬間もっと戸惑うことになる。
「あ、れ? なんで……みんな、何も……してくれない、の?」
助けてほしいと手を伸ばすが、誰も応じない。
完全無視だ。今、僕は完全に無視されていた。
「どう、いう……こと?」
明らかに僕の様子はおかしいはずだ。なのに、誰も動いてくれない。こちらを見ようとすらしてくれない。
なんでそんなことをするんだ。意味が、わからない。
知りたい、なんで無視するのか。
フラフラとしてはいるが、駆け出すことはできる。
僕は一生懸命走って、一番近くにいたボニファーツの腕を掴んだ。あ、よかった。こっち見てくれた。
「あ? なんで掴んでくれちゃってんだ?」
さすがに心配してくれると思った。助けてくれると思った。そんな僕の期待をボニファーツは粉々に打ち砕いた。
「なんで……?」
助けてくれないんだ? もしかして、アルバンたちはもうとっくに噂を広めて……
もう少し早くその考えに至っていれば、まだ何とかできたかもしれない。
ダメだった。もう遅かった。
「邪魔だ。なんでそんなところにいるんだよ」
酒豪のおじさんに足を蹴飛ばされる。絶対わざとでしょ……
思わず、転倒してしまった。
そして、その転倒した僕の足を右斜め前の席に座っていたおじさんが踏みつけていく。
「悪いな、踏んじまったわ。ガハハ」
なんで……笑うんだ。いい人だと、思っていたのに。
睨みつけようとしたところで、ボニファーツが僕の顔を殴る。
「本当は酒で眠らせて連行するつもりだったが、気が変わった。気絶させて連行することにする」
どういう……?
尋ねようとしたところで脇腹を思いっきり蹴られた。
「カハッ……」
脇腹を抑えると、今度は顔面に蹴りを入れられる。
痛すぎて今度は顔を手で抑えようとするが、酒豪のおじさんに拘束されてできない。
そのまま拘束された僕のことをボニファーツは蹴りまくる。意識を飛ばすまでやるつもりなんだろう。容赦がない。
「ぐっ」
呻き声をあげると、ボニファーツは蹴りの威力を強めてきた。苛立ったのだろうか。
「ガハッ」
蹴られる。
「グフッ」
蹴られる。
痛い。やめてくれ。死んでしまう……
なんで……なんで僕はこんな目にあいつづけなければいけないんだ。
僕が何をしたっていうんだ。僕は……僕は……!
「あぁあぁ!」
その泣き声と共に、酒場にいた全てのおじさんがこちらにやってきた。
そして、気絶寸前の僕のことを順番に蹴っていった。もちろん、ボニファーツと同じで容赦なんてない。
どいつも、僕のことを大切になんて思ってなかったんだ。
「……あれ」
……そういえば、なんで……?
蹴られていく中で、僕は一つの疑問が頭に浮かんだ。
それは、なんでこんなにもたくさん蹴られているのに気絶していないのかということだ。
こんなに強く蹴られ続けたら、普通意識なんて保てない。
それは世間知らずの僕にだってさすがにわかる。
蹴りが得意な魔物と戦った時にすぐに気絶してしまった僕がこんなに蹴られて耐えられるはずがないんだよね。
あの時はすぐに気を失ってしまったな。アルバンたちが笑っている顔を思い出す。
昔だったら気にしなかったが、今思うと殴りたくなる。
「こいつ……おかしくないか?」
「あ……何がだ?」
「いやなぁ、全然気絶しねぇじゃねぇか。こんなにたくさん蹴られたら、普通気絶するだろ。弱い奴なら死んでもおかしくないレベルなんじゃねぇの?」
僕と同じことを考える人がいたか。そうだよね、こんなに攻撃されてなんで気絶しないんだろう……
「……アルバンの言う通りだったな。こいつはもう悪魔なんだろ。悪魔だからこんだけ蹴られても意識が保てる」
ボニファーツがそうこぼす。
その言葉で思い出した。僕は悪魔になっていたんだった。そうだよね、悪魔は人間の攻撃じゃ気絶しないよね。
「なんかもうめんどくさくなってきたな。殺すか」
「え、いいのかよ。殺しちゃって」
「大丈夫だろ。『暴走してきたから、それを止めようとしたら誤って殺してしまった』と言えばいい。完璧だ」
冗談じゃない。こんなところで殺されてたまるか。
僕はよろけながらも何とか立ち上がると、たまたま近くの席に置いてあった皿を手に取る。
そしてそれを一番近くのボニファーツの頭にぶつける。
もちろん、ボニファーツは一瞬で気絶したが、それを見て他のおじさんが黙っているはずもない。
僕が横の席に移動しようとした頃にはもう後ろに大量のおじさんがいた。
間に合わず、僕も同様に皿を頭にぶつけられる。これは効いた。もう、意識が途切れそ、う……だ。
バタッという大きな音と共に僕は地面に大の字になる。
もう何もできない。動けない。動きたいんだけど、力が出ない。
もう諦めよう。何もできない。殺されてしまうんだ。受け入れるしかない……
あぁ……短い人生だった……なぁ。
面白いと思ったらブックマーク&評価をお願いします。
たったそれだけで作者は喜びます。