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1 追放される悪魔

 

「君が、ミュトス・ジーアくん?」


 その女は牢獄の中にいる僕の前に現れて、そう言った。


 どうやって入ったのかわからない。何が目的なのかもわからない。でも、不思議と敵とは思えなかった。


 悪魔になった僕が見た幻なのかとも思った。でも、引っ張った頬の痛みがこの女は幻じゃないと告げている。


「君の復讐とパーティを作るの手伝ってあげよっか?」


 女は小さな声でそう言った。普通なら聞こえないような本当に小さな小さな声。


 でも、僕にはちゃんと聞こえた。


「なんでそのことを知ってる?」


「やっぱり困惑してるかい? ごめんね、突然来て」


 話聞いてないな……困惑してるのはそこじゃないんだけど……


 まあ、それはいい。それより……


「あなたは……」


 名前を聞きたかった。他にも色々と聞きたいことはあったが、まずは名前を知りたかったのだ。


 僕の問いに女は笑顔で答えてくれる。


「……私の名前はトート・モルテ。君を導く優しい優しい悪魔だよ」





 *****





 それはいつものように魔物を狩った時に起きた。


 なんであの時、狩った魔物がどこかおかしかったことに気づけなかったのだろう。


「おーい、ミュトスくん。なんか手に入ったかー?」


「一切取れ……あ、いえ、一個取れた。なんだろ、これ」


 飴玉ほどの大きさの丸い物体。今まで見たことのない物だ。


 振ってみるが、何も音はしない。子供が間違えて落としたおもちゃというわけではなさそうだ。


 磨いたりもしてみるが、何も起きない。本当になんの物体なんだろう……


 魔物の中から出てきたけど、内臓の一部かな?


 うーん、詳しくないからわからない。


 何なのかはわからないけど、戦利品になると思ったので取り敢えずパーティのリーダーであるアルバンに手渡そうとする。


 すると、球体は輝きを放ちながら僕の体の中へと吸い込まれていった。


 え、え、なにこれ。体に入るとか意味わからないんだけど。


「え、えっと……ミュトスくん。ちょっと俺から離れてくれるかな……」


「えっ」


 どういうこと? 近寄っただけなんだけど……


 僕が更に寄ろうとすると、アルバンの顔が豹変する。否、アルバンだけじゃない。他のパーティのメンバーの顔も変わっている。それまでは笑顔だったのに、突然化け物を見るかのような恐怖の表情へと変わったのだ。


「え、いや意味わかんないんですけど。なんで」


 僕が何をしたって言うんだ。ただいつものように魔物を倒してただけじゃないか。


「えっとさ……マジで近寄んないでくれる……?」


「……? な、なんで?」


 更に近寄る僕のことをアルバンは突き飛ばした。


 地面に倒れそうになる。


「うるせぇ! まだわかんねぇのか!」


「まだわからない……? 何が……?」


「そいつはな! 魔石の一つなんだよ!」


 ま、せき?


 聞いたことはある。でも、あれはとっくの昔になくなったものと思っていた。まさか、こんな所にあるとは……


「奇妙な魔力を感じたからおかしいと思ったんだ。お前はなんでおかしいと思わなかった?」


「……」


「あ、そういやお前は魔力感知の才能がなかったな。そういうことか」


 魔石というのはただの魔力が込められた石ではない。魔王の魔力が込められた石だ。ただ、本によると魔王など数百年前に滅びたはずなのだ。なんで……


 それに、僕が読んだ本に出てくる魔石は全て魔界にあった。ここは魔界ではない。それどころか、正反対の場所だ。


「なんでこんな所にあるのかはわからないが、体内に入ったのを見る限り間違いない。そいつは魔石だ。お前はその魔石に気に入られたんだよ! この悪魔!」


 悪魔だと……?


「一緒に旅をしてきた仲間に対して……悪魔はないでしょ!?」


「お前のことを仲間だと思ったことなんて! 一度もねぇよ!」


 その瞬間、僕の中で何かが壊れた。


 思い返せば、今まで何度も喧嘩することはあった。でも、それでこれほどまでの怒りを感じることはなかった。根はいい人らだと思っていたからだ。


「確かにお前は役に立ってくれたよ。でもな、それとこれは違う。俺が貴族だってのは知ってるよな?」


「……ああ」


「貴族の俺が! なんでお前みたいな平民の馬鹿のことを仲間だと思わなきゃなんねぇんだよ!」


 平民の馬鹿……そんなことを思ってたってのか……


「役に立つってベンヤミンが言うから近寄っただけだ。お前のことは道具としてしか見ていなかった」


 ベンヤミンというのは僕の叔父で冒険者。アルバンとは旧知の仲だ。


「……っ」


「正直、お前は弱いが、確かに便利な道具だったとは思った。だから、ここでパーティから追放するのは少しだけ惜しいよ。でもな、悪魔なんかとパーティを組んでることが知れたら、俺たちは冒険者資格を剥奪される上に蔑まれるようになる。そんなことあってたまるか! これまで頑張ってきたのによ!」


「うぅうううっ!!」


「お前はもう、邪魔なんだよ!! 二度と俺たちに近寄るんじゃねぇ! 汚らわしい悪魔が!」


 汚らわしい、悪魔……僕は、今悪魔と呼ばれたのか……


「あのさぁ、変には思わなかったの?」


 アルバンの後ろからさっきまでパーティの仲間……だと思っていたエッバが出てきた。


 顔についた大量のそばかすと魔力量が少しばかり人より多めなことが特徴の魔術師の女だ。こいつも確か貴族だったか。


「毎回、荷物持ちをさせてたし、酒場で食事する時は一番端の席に座らせてたし、依頼の報酬もあまり与えてなかった。もう一度言うけど、変には思わなかったの?」


「変には思ってたよ。でも、何か理由があるんだろうと思ってあまり気にしないようにしてたんだ」


「はっ、やっぱり馬鹿ね。こいつ……」


 その視線はとても元仲間だったものに向けるものとは思えなかった。他パーティの冒険者に向ける視線ですら、今のこの視線と比べたら遥かに優しげだった。今、エッバは僕にゴミを見ているかのような視線を向けている。


「おいおい、なんでお前ら刺激してくれちゃってんの? 怒ったらどうするんだよ。俺ら殺されちゃうんじゃね?」


 お調子者のデニス。こいつは貴族ではないが、平民の中では相当の金持ちだ。それに、何より力が強い。単純な腕っぷしだけならこのパーティの誰よりも強い。


 だから、僕とは待遇が違ったのだろう。


「石が体内に入ってから数分。まだしばらくは覚醒したりはしないわよ。それにこいつはどんなに酷い扱いをしても気にしなかった奴よ。この程度の煽りで怒ったりしないわよ」


 ……僕は全く気にしなかったわけじゃない。なるべく気にしないようにしてただけだ。さっき言っただろ。


 平民の馬鹿の話なんてちゃんと聞いてないってか。


「そうなん? なら、俺からも言わせてもらうわ」


 デニスは一歩前に進んで言う。


「お前のおかげで稼げたし、感謝はしてるよ。またどっかいいパーティ探せよ?」


「「ぷっ」」


 アルバンとエッバが吹き出す。


「デニス! こいつなんかを入れてくれるパーティがいるわけないじゃん! 悪魔だぞ! ギャハハハ」


「そうよ、有り得ないわ。アハハ」


 アルバンはひとしきり笑った後に言う。


「よかったな、心配してくれる奴がいて。アハハ」


 僕は肩をプルプルとさせて耐えた。必死に耐えた。


「ミュトス〜。俺は本気でお前のことを心配してるんだぜ? 恨んだりするなよ? 恨んだら殺しちゃうかもしんねぇわ」


「やっさしぃ〜。デニス、お前めちゃくちゃ優しいなぁ」


 どこが優しいんだよ。


「本当に恨まないでよ? 悪いのはあんたなんだから。私たちは被害者。あんたは加害者なのよ。わかる?」


「わかんねぇよ、馬鹿には。ギャハハ」


 いつまで笑ってるんだよ。


 ああ、確かに僕は馬鹿だよ。大馬鹿だ。騙されてるのに気づかず、今日に至るまでこんなクズみたいな奴らと一緒にのうのうと生活してたんだからな。反吐が出る。


 もっと疑えばよかった。もっと気にすればよかった。後悔はたくさんある。


 でも、もう後悔なんかしている余裕はない。あいつらによって僕が悪魔だという噂が広まるのは時間の問題だろうから。


 広まってしまったらパーティを作るどころか、街に出入りすることも非常に難しくなる。


「もういい。どいてくれ」


 こいつらより先に街に戻る。そして、アルバンやエッバの言うことを聞かないように街の人たちに言って回る。


「そうはさせるかよ。エッバ、頼んだ」


「任せて。『炎球』」


『炎球』とは中級の炎属性魔法。下級の炎属性魔法、『火球』が強くなったものだ。中級魔法の中では威力が低いが、魔力消費量が少ないので、連発が可能だ。


 エッバは魔力量が多い上に炎属性魔法が得意。一発でも十分な威力なのに連発するなんて……


 僕は『炎球』を連続で五発ほど足にくらった。僕の足は立つことも難しいほどに燃えている。


 くっ……魔法を使うしかないか!


 そう思って突き出した手をデニスが蹴飛ばす。


「なんで魔法なんて使おうとしてんだよー。大人しくしてろっつったろ?このまま反抗を続けたらさっきも言ったように殺しちまうぞ?お前はそこで大人しく噂を広められるのを待ってりゃいいんだって」


「そうだ、お前はそこで待ってろ。あ、安心してくれていいぜ。噂をばら撒いたらすぐに戻ってきてやっから」


 それ、じゃ、意味ない……だろうが。


 必死に立ち上がろうとする僕の足と手をアルバンとデニスがゆっくりと潰していく。


 グチャ、という気持ちの悪い音と僕の悲鳴が出たのは同時だった。


 骨が折れたのだ。悲鳴をあげずにはいられなかった。


「はぁ……飽きたわ。じゃあな」


 もう動けないと判断したのだろう。アルバン、エッバ、デニスの三人は地面に倒れる僕のことをゴミのような目で一瞥すると、スタスタと街に向かって歩いていった。


 もう僕は動けない。いや、動かない。少しでも動くと激痛が体に走るからだ。


 ……休もう。どうせ、今からじゃ間に合わない。


 終わったんだ。僕は冒険者として。


 ……いや、それは違うな。僕は人間として終わってしまったんだ。これから先、僕はどこに行っても悪魔として扱われることになるだろうからね。


 何がダメだったんだろう。僕、何か悪いことでもしたか?


 ただ、皆から愛されたかった。だから、頑張っていた。でも、それは間違いだったんだろうな。


「……クズだったけど、あいつらのおかげで僕は人を疑うことを覚えられた。感謝しなきゃな」


 もう同じ過ちは犯さない。次こそはいい仲間を見つけてみせる。そしてあいつらよりいいパーティを作ってみせる。


 ……僕は未だ血が滲む拳を天に掲げ、そう誓った。






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