おしゃべり銀行3
東京都江東区住吉駅そばにある「トークバンク」という喫茶店。ここにはいつも悩めるお客さんが訪れ、ママに話を聞いてもらっている。
千代まま編part3
「おはよう、ママ。」
「あら、千代ままちゃん、いらっしゃい。千代ちゃん病院に戻ったの?千代ちゃん元気そうでよかった。」
「来るのはいいんだけどね、戻る時は半べそで可哀想でね。病院に送りとどけたら、切なくて家で、ぎゃん泣きしちゃった。」
「それは切ないわよね。でももうじき退院になるんでしょ?」
「そうだといいんだけどね。」
千代ままはロイヤルミルクティーを注文した。ここのミルクティーは、茶葉を牛乳で煮出して作る本格的なもので、お疲れの千代ままも元気になる逸品だ。
「それがね、この頃一部の看護師さんと喧嘩するのよ。」
「喧嘩って…。どういうこと?」
「指につけて酸素濃度測る小さい機械があるんだけど、千代が毎日測ってるうちに返さないで使っていたら、返してほしい…って言われたから、いったん返したんですって。すぐにまた貸して欲しい…って言ったら、機械はありません。でもとっておきのがあります。貸してあげますから、ナースコールを鳴らすの控えてください。…って言われたらしいの。」
「喧嘩っていうか、いじめじゃない!。」
「他にも1年生の看護師さんに、買い食いするならちゃんと病院の食事を食べてください。…って言われたらしいの。」
「それで千代ちゃんは何て言ってるの?」
「機械の件はさすがに浅井先生に話して、そのとっておきの機械が千代専用になったらしいの。ナースコールは、なるべく私がそばにいてあげて面倒みることにしたの。買い食いはもう気にしないって千代は言ってるの。」
「千代ちゃん強い子だから可哀想よね。」
「大きな病気したことがない子たちが看護師になるから気持ちはわからないのかもしれないわね。…ってママ、11時すぎてるわ。そろそろ行くわ。」
「行ってらっしゃい。千代ままちゃんも身体に気をつけてね。あなたに倒れられたら千代ちゃんが1番困るんだから。」
「ありがとうママ。行ってきます。」
病院に着くと千代が
「3階に移ることになったよ」
と言う。
「それは大変だ。」
と、引っ越しの用意をした。同じ闘病している子のままさんやお世話になった看護師さんに
「お世話になりました。」
とお礼をいい、ワゴンを借りて引っ越しをした。
新しい場所のロッカーに荷物を押し込み
「3階でも仲良しさんができるといいね。」
と言うと
「13階にいた人が3階か、6階に降りてくるから知ってる人いるよ。」
と言う。
「さて、お昼だけど何食べる?」
と言うと
「お願いがあるんだけど、コンビニでぐるめマップ買ってきてほしいの。」
と言うので、セブンで、ぐるめマップとあと、わさび味のおいなりさんを買った。部屋に戻ると千代は
「わさび味のおいなりさん…セブンまで行ってきたの?」
と言いながらおいしそうに食べた。病院のごはんはこっそり千代ままがいただいた。
5月の中旬に千代ままは浅井先生に
「今度の日曜日にお誕生日なので外泊してもいいですか?」
と聞いた。
「お誕生日ですか。千代さん、おめでとうございます。いいですよ。千代さんにはリフレッシュが必要ですね。」
と言うので
「2泊してもいいですか?」
と聞くと
「いいですよ。」
と言う。さらに
「お誕生日なのでいちご食べてもいいですか?」
と千代が聞くと
「2粒位ならいいかなぁ。」
と答える先生に
「もう1粒お願い!」
と言うと
「千代さんにはどうも甘くなっちゃうなぁ。」
とOKしてくれた。
5月の終わりの土曜日。朝8時前に病院にくると千代はまだパジャマでいた。
「何してるの?着替えてなきゃ駄目じゃない。」
と言うと
「退院じゃないんだもんね。」
とふてくされている。
手伝いながら着替えさせると、また
「退院じゃないんだもんね。」
と言う。
「あ、そうだ!やよい軒に寄って、冷や汁定食食べようか?」
と言うとやっとにっこりして、タクシーに乗り込んだ。
菊川のやよい軒はゆったりして、千代をつれてくるにはちょうどいい場所だ。冷や汁にごはんを入れてするすると食べられて千代も半分は食べられた。店でタクシーをおりたので200メートル歩くことにした。途中寄るところもないので真っ直ぐ家に戻った。
誕生日なのに、生クリームはNGで本当はいちごもNGなのだが、特別いちごは3粒までOKだったのだが内緒で5粒食べた。
この頃、千代は嫌な咳をするようになった。
なるべく千代が喜ぶものを…ってことで、お肉やりんごなど用意したのだが、あまり食べなかった。
夜は千代ままと2人で寝るようにお布団を敷いて用意したが、咳がでるから…と言ってリビングのソファーで寝ていた。
アニメを観たいからと録り溜めていたのも
「後でみるよ。」
と観なかった。
あれよという間に2泊のお泊まりは終わって、前回のように、千代ぱぱが7時半に催促したが、千代に泣かれてしまい、この日はとうとう8時まで家にいた。
この頃千代は嫌な咳をするようになった。
先生にお願いして、リン酸コデインという咳止めのお薬を処方してもらった。
ある日浅井先生からお話があるということで、千代ままとぱぱが病院の1室によばれた。
千代の肺に水が溜まり、ドレーンを通すとのことだった。
「若いからすぐに良くなりますよ。」
と言われもう信じるしかない。と笑顔で千代の病室へ行った。
「あー、今日はおとうちゃんもいるね。」
「今日はおとうさんがいるから、遠くまで買い物行ってもらえるよ。」
というと喜んで
「今日はアジアンキッチンって気分なんだよね。おとうちゃんじゃ注文の仕方わからないだろうからおかあちゃんも行ってあげて?」
と千代の注文で2人で金比羅さんの広場へ行った。
ワゴン車で来てるお弁当屋さんで、千代も、千代ままも大好きだ。カレー2種とおかずをたのんでお金を払い千代のところに急いだ。この日は千代もご機嫌で、高寺先生も巡回にきて、
「千代さん、見違える程元気ですね。」
とほめてもらえる程だった。
しばらくして、呼吸器科の先生が来て、千代の身体にドレーンをつけることになった。CTスキャンで見ながら取り付けて、レントゲン室からでてきた千代の身体につけられた機械に千代ままはびっくりして、
「これじゃもう外泊できないね…。」
と言うと、千代は
「おかあちゃん!機械ぶんぶんブン回しておうちに行くよ。トークバンクだって行くよ。」
と、元気に言った。
お風呂に入れなくなった千代のために千代ままは朝8時に家を出て病院に行き、看護師さんからたらいにいっぱいのお湯をもらって身体拭きをしてあげるようになった。
千代は看護師さんと揉めることも増えて、もう千代の精神がもたないなと思い、千代ままの病院の日も休まず朝から病院に通うことにした。
「おかあちゃん…。痩せたね。」
千代が千代ままの背中をさすり覗きこむようにして言った。
「おかあちゃん、ジュモーのお人形が欲しいって言ってたよね?私買ってあげる。」
「千代ちゃんより可愛い子はどこにもいないよ。だからジュモーなんていらないの。」
と千代ままはそっと答えた。
そういえばトークバンクにもご無沙汰になっていた。
千代ままは売店に行く途中で店に電話した。
「ママ?今平気?」
「千代ままちゃん?どうしてるかと思っていたのよ。千代ちゃんどうした?」
「ママ…。あの子もう駄目かもしれない…。」
「何言ってるの。ままちゃんが1番わかってると思うけど、千代ちゃん信じてあげなきゃ駄目じゃない!千代ちゃんは強い子だから大丈夫。絶対大丈夫だから!」
「ありがとう…ママ。そうよね。私が弱気になってたら駄目よね。もう大丈夫。」
「本当に大丈夫?何か私にできることがあったら言ってね。」
「ありがとう。ママ。また電話します。」
千代ままは電話を切ると、外のベンチでコーヒーを飲み、落ち着いてから売店で買い物をすませて、病室に帰った。