蜘蛛は自殺者を誘うのか
『ーーー先日、またも一人自殺者が出ました。天ケ峯高校の男子生徒です。最近この地域では自殺者が多く出ておりーーー』
この頃、この天ケ峯市で起こっている自殺事件がテレビのニュースで延々と取り上げられている。私は単なる偶然だと、そう思っていたのだけれど。
「……つまりこの連続自殺事件?は悪霊のせいだと、そう言うわけ?」
「その通りです」
今回の依頼者である目の前の人物は表情を変えずに肯定する。珍しいことにこの相手は警察だ。ないという訳では無いが、警察が動くよりも基本私たち術者が動くのが早いため、結果的に警察の出る幕はなくなってしまうだけなのだけれど……
「にわかには信じ難いわね。そもそも行動範囲が広すぎるわ。天ケ峯市一つほぼ覆う広さじゃない。」
渡された資料を見るに、自殺者はこの1ヶ月に5人。場所はバラバラで近くとも1、2キロメートルは離れている。
「警察のあなたたちには分からないかもしれないけれど、悪霊は欲のままに人間の魂を貪るだけ。基本は獣と変わらないの。自殺させるなんて回りくどい方法なんてとるわけないじゃない」
悪霊に計画性など無い。せいぜいが孤立した人間を襲うとか、人気のないところを選ぶとか、その程度のはずだ。 まともな計画をたてられるような悪霊は稀に見る天才か生前が術者ってくらいのもの。
「ええ、それは私どもも分かっております。しかし、これをご覧下さい。被害者の自殺直前と思われる霊視機能付き監視カメラの映像です。」
先程ニュースが流れていたテレビの画面が切り替わる。場所は学校。校舎に入っていく男子生徒が映っている。
「この生徒の後頭部をご覧下さい。」
「これは……蜘蛛?」
「はい。他の被害者も同様にーーー」
被害者の五人のうち三人の映像を見せられたが、そのどれもに大きさ八センチ程の蜘蛛が映り込んでいた。
「使い魔……でしょうか? 人型以外の悪霊など私の知る限りいないはず……」
「使い魔を扱っているということは、やはり……」
「そうね」
生前術者だった。それが最有力だろう。
そもそも素質があった可能性もないわけでは無いが、先例はほとんどない。そもそも魂だけの状態で世界からの希釈に抵抗すること自体がとても難しいのだから。
「……はぁ、ここまで証拠を見せられればしょうがないわね。」
「受けて下さるんですか?」
「ええ、この怪異、この藤咲香澄がたしかに請け負ったわ。」
◇
(おやすみー)
『ああ、おやすみ』
ーーー俺が幽霊となってから初めて学校へ行った日の夜。寝付きが良いのは昔と変わらないようで、神原の意識がどんどん小さくなっていくのを感じる。
眠ったらすぐに夢の中に行くのかと思っていたらそうではないようで、見える景色はまぶたの裏でもなく、何もかも不明瞭な空間だ。
こうなってくるといよいよ何もすることがない。しょうがないから今の俺の状態について考えてみるか。
先ず、自殺した時。サッカー部の練習が終わり、部のみんなが解散してそれぞれの帰路につき始めた時、俺は何故か旧校舎の方に誘われるようにして向かった。
あまりその時のことは覚えていないが、花のような香りがしていたような気がする。
今思えば既にあの蜘蛛に操られていたのだろうが、夢現の状態で屋上まで登り、飛び降りた。
記憶は少しとんで、神原の夢の中。自分の体が繭のようなものに閉じ込められていて身動きが取れなかったが、僅かに空いた隙間から外の様子が見えた。
その後は大量のクマに襲われ、最後には謎の紫色の光に飲み込まれ意識を失った。
そして今、幽霊として神原にとり憑いている。生前は幽霊とか信じてはいなかったが自分がなってしまったらもう疑う余地もない。
……死んでしまったことに自分でも驚く程に冷静に向き合えている。これが良い事なのか悪いことなのか……いや、取り乱すよりはましなはずだ。とりあえず今は考えないでおこう。
次に今できること……なんだろう?
体の乗っ取りは除外するとして……それ以外は神原と話すことしか出来ないのか……?
……いや、まだ何かあるはず。うーーん……
なんとなしに自分の体を見下ろす。いつもと変わらない自分の体だ。
……ここって神原の想像の世界だよな?なんで俺の体がこんなしっかり再現されてるんだ? 魂の形がそのまま俺の形を神原の想像内に具現化して……ってなんか中二病みたいだ。まぁ、霊体化って時点でファンタジーだし、そのくらいがいいのかもしれない。
それはともかく、そもそもなんで幽霊って脳みそも無いのにこうやって考えることができるんだろう?
……ダメだ、なんも思いつかないし思いついたところでそれが真実だと確かめる方法もない気がする。諦めよう。
そうして俺は眠るように目を閉じた。