学校探索昼の部
ホームルーム終了の号令。周りを見れば席の近い人同士でわいわい騒いでいるけど、あいにくわたしはそれに加わっている暇はない。手早く荷物を纏めて一心に目的地を目指し始める。
『何をそんなに急いでるんだ?』
急いでいる?当たり前だろう。だってこれは競走だ。絶対に今日こそは勝つんだと決めたんだから!
下校する生徒と部の活動場所へ行く生徒がそろそろ教室から出始めてしまう。そうなる前に辿り着く。というかそれくらいの気持ちでないと間に合わない。
廊下をぎりぎり怒られない程度に駆け抜け、そしてその教室はやっと見えてくる。
自分的には過去最高のタイムなんじゃないか?と思える程早い!これなら今日こそ十花さんに………
ドアの前で急停止、そしてそのままの勢いで窪みに手をかけ……一気に開く!
「今日こそ!……ってなんで十花さんもういるの……」
「…?」
うぅ……今日こそはって思ったのに十花さん来るの早すぎでしょ……
『……そんな理由で急いでたのかよ』
(そんな理由って……だってさ! わたしがどんなに早く部室に来ても必ず先に居るんだよ? 普通勝ちたいって思わない?!)
『お前のその謎に対抗心燃やす癖、昔っから治ってなかったのかよ』
翔輝の呆れたような声が頭に響く。全く、こいつには向上心というものがないのか?ないんだろうな。
『何故この流れで馬鹿にされなければならない……』
愚痴を適当に聞き流してわたしも席に座る。
「えっと……何?もういるのって?」
難しそうな本を開いたまま十花さんが訊いてくる。しまった、変に放置しちゃったか……翔輝と話してると注意が散漫になってしまう。
「ああいや、別になんでもないから、気にしないで」
「え、ええ。」
そうして十花さんはまた本に目を落とす。タイトルは……罪と罰? めっちゃ難しそうじゃん。十花さんはいつもそんな感じのを読んでる気がする。
わたしも鞄から本を取り出す。今日は楽しみにしていたラノベの最新刊だ。ちょうど今盛り上がってるところだったし、めちゃくちゃ楽しみ。
『ちょ、ちょっと待て。俺まだその前の巻読んでない!』
(ネタバレ上等〜♪)
『ひ、ひでぇ……』
(そういえばね、前の巻でさーー『わーあーー言うんじゃねえーー!!』ーーたんだよねー。)
とまあ、こんな感じでからかいながら読み進めていると、突然部室の扉が勢いよく開かれる。部長だ。
「よし、みんな揃ってるな。旧校舎行くぞ!」
「えっと、まだ真希さんが来てないんですけど……」
逃げ道を求めて十花さんが言うが……
「大丈夫。引きずって連れてきた。」
「うぅ……部長力強すぎ……」
泣き言を零しながら真希さんが部長に続いて入ってくる。手首をさすっているところを見ると本当に言葉通り引きずって来たんだろう。部長強すぎ。
「よし、じゃあみんなで旧校舎行くぞ!」
結局、また連れてこられてしまった……まぁ昼だし大丈夫かもしれないけど……なんか心做しか薄暗い気がするんだよな……
「ねぇ、部長! やめましょうよー……絶対なにか居ますってぇ〜」
「何かいるから行くんだろ? ほら行くぞ真希」
未だに嫌がっている真希さんを引きずって部長が歩いて行く。 それにわたしたちも着いて歩いているのだけど、前に騒いでいる人がいるせいかあまり怖くはなかった。
『神原が入ってるのって文芸部だったよな? なんで学校探検なんかしてんだ?』
(部長が変わり者でさ、今年の文化祭で出す部の短編集を書く為に割となんでも思い付きで行動してるんだよ。)
『それを書くことと学校を探検することになんの関係が?』
(今年のテーマがホラーだから、その為の肝試しみたいな感じ)
『へぇー』
そんな話をしながら旧校舎を歩いてゆくと、昨日の夜にわたしと十花さんが倒れていた場所までいつの間にか来ていた。
「ここよね? あなたたちが倒れていたの。 なにか倒れる直前のこと覚えていたりしないの?」
「うーん……なんか……甘い匂いがしてた……ような?」
「確かに、してたかもしれないですね」
わたしの言葉に十花さんも同意する。確かに何か甘い匂いがしていたはず、なんだけど……
「甘い匂い? なんだろうな……ここは家庭科室もないし……花壇とかに近い訳でもないよな……」
「今は何も匂いありませんし、もしかしたら勘違いだったかも知れませんけど……」
「その日だけ特別だった……とか? 昨日の夜何か……あっ……」
『俺が死んだ日だな』
その場にいるみんながそれに思い至ったのか、黙り込んでしまう。 わたしは幽霊としてここに翔輝がいることを知ってるけど、みんなにしてみれば一人の命がこの学校で失われたっていうことなんだ。
「……すまん。 戻ろうか。こういうのはあまり良くないだろう」
部長の一言でわたしたちは部室へと戻って行った。
『……すまん。なんか白けさしちまって……』
(なんで翔輝が謝ってんの? 別に、死んだのは仕方ないんだからいいでしょ)
『そうだな……なんだろうな、なんか謝りたい気分になったんだよ』
珍しく翔輝がしおらしい感じ。こんな翔輝を見たのは久しぶり。それからも、言葉を探しながらゆっくりと話してくる。
『やっと……自分が死んだっていうのを実感したっていうか……なんか急に、えーと、寂しい?って思ったんだよ』
(……そう)
『そうって、反応薄くないか? もっとこう、なんかないのかよ』
(いや、ごめん……本当にさ、かける言葉が分からないんだよ……)
寂しい……当たり前、なんだろうな。
翔輝の話を聞いて、やっとわたしも何となくだけど分かってきた気がする。 翔輝が死んだっていう事実よりも、これからさっきの部のみんなみたいにちょっと遠巻きに見つめるような扱いの方が、きっと辛いんだろう。
(翔輝はさ、これからどうするの?)
『どうするって、何を?』
(よく聞くじゃん。成仏するとか……もしくは、わたしの中にずっと居るのか)
『………神原の迷惑になるならどうにかして出てくよ』
(迷惑なんかじゃないよ! 別に、わたしとしてはいつまでいてくれても構わないの!! そうじゃなくて、何か……えっと……)
言葉に詰まって黙り込んでしまう。言ってる途中で自分の話したいことを見失ってしまったのか、それとも最初から見えてなかったのかもしれない。
そうこうしているうちに先に翔輝が口を開いた。
『とりあえず……成仏はちょっと怖い…かな。ごめん、しばらく神原の中にいさせてくれ』
とくんっ……と、何故か心臓が高鳴った。
(う、うん。 分かった)
それだけ返事をすると、再び本に目を落とした。
何となく、気恥しかったから。