夜の学校、潜む何か
先のよく見通せない程の暗闇を小さな懐中電灯を頼りに歩いてゆく。きっとこの灯りを消してしまえば一寸先は闇という諺を身をもって体感できるでしょう……怖いのでしないけど。
私、天崎十花は何の因果か……いや、あの部長のせいなのだが、夜の学校という恐らく普通に生活をしていれば縁遠い場所にいる。
「ねぇ、十花さん♪最初はどこ行く?」
同じ文芸部の神原さんはどこか楽しそうに行き先を聞いてくる。入る前までは嫌そうにしてたのに……
「そ、そうね...…旧校舎の方とかどうでしょうか?多分この学校で一番雰囲気が怖いのでは?」
……焦って真っ先に思いついた場所の旧校舎を提案してしまった。我ながら何故一番怖そうな場所を提案したのか?
「おお!いいね、じゃあ行こっか!」
なんて言ってスタスタと早足で先へゆく神原さん。なんて豪胆な……とはいえひとりは怖いのでついて行くしかないのだけれど…
消化器の場所を知らせる表示灯が赤く光っているのが遠くに見える。災害時には有り難い光なのでしょうが今の状態だと不気味さを際立たせる舞台装置にしかなり得ません。
しかし神原さんはその不気味さをものともせず歩いていってしまう。そして旧校舎へ続く渡り廊下に差し掛かり…
「……?!」
急な寒気が私の体の芯から湧き上がるように襲ってくる。誰かがこちらを見たような…?
「十花さん、大丈夫?」
急に立ち止まったのを心配したのか、振り返って尋ねてくる。
「う、うん、大丈夫」
「……もしかして十花さん、結構怖がり?」
意地悪そうな顔をして聞いてくる神原さん。
「そ、そんなことないです!そっちこそいきなり振り返ったのって怖かったからじゃないんですか?」
「いやいや、なんか十花さんが立ち止まった気がしただけだよ」
私の反論に余裕を持って答えてくる。……この子には恐怖という感情はないのだろうか?ただ、この軽口の言い合いで気がつけば先程までの寒気は消え失せていて、
「ーーーそんなことより先に行きましょ」
そうして私たちは先に進んでゆく。……この先で起こることも知らずに……
「ーーーやっぱり定番はトイレとかじゃないかな?……そういえばこの学校に七不思議みたいなのあったっけ?」
「……聞いたことはないですね。そもそも私たち1ヶ月前に入学したばかりじゃない」
「うーんそうだよね……わたしの通ってた中学校にはあったから、ここにもあると思ったんだけどな」
旧校舎。それまで進んでいた通常の校舎と比べると少し古いかな?という程度ですが雰囲気に不気味さをより強く感じるのは何故でしょうか?
「ねぇ、なんか甘い匂いしない?」
唐突に神原さんがそんなことを言う。そんな訳が…なんて思いながら匂いに意識を向けると…
「…ん、本当に甘い匂いがしますね」
「ね、するでしょう?」
食べ物と言うよりは花の香りに近いような感じ。そしてその匂いは進めば進むほど強くなっていく。
「この辺りに家庭科室みたいなのってあったっけ?」
「旧校舎はほぼ立ち入ったことはないので……」
手に持った懐中電灯で教室の名前を照らしながら進むがそれらしい教室も見当たらない。
ーーそして、それは突然やってきた。
かたっ……
「ーーっ!!?」
背後で何か音がした気がして振り返る。だが懐中電灯で照らしてみても誰もおらず、音を立てそうな物もない。
「ね、ねぇ、神原さん……ーーっ神原さんどうしたの!?」
視線を戻すといつの間にか神原さんが倒れていた。急いで駆け寄ると、突然頭がクラっとして……
気づけば床に倒れて……そのまま意識を失ってしまった……。
「ーーーん…あれ?ここは……?」
空も大地も区別なく、ゆめかわいいと表現されそうな色合いで染め上げられた輪郭のない世界。夢でも見ているのだろうかと頬を抓っても痛みが返ってくるのみ。
そうして状況確認をしていると……
「いっくよーー!」
ーー今のは神原さんの声...?
声の聞こえた方に目を向けると…腰まで届きそうな銀髪を揺らめかせ、両手に細身の剣を持った少女が不敵な表情で少女の2倍程はある黒い蜘蛛に向かって飛びかかっているところだった。