どうしてこうなったのだろうか
「何故わたしの夢に翔輝が?」
境界線の朧気な夢の世界。いつものわたしの夢の中。何故かそこには、いつもは居ない存在がいた。
「俺も分かんねえけど、多分お前に助けられたから、かなぁ……?」
何故そうなったのか。それは一日前に遡る。
◇◇◇◇
ーーー学校の端っこの部屋。時折り本を捲る音が響く以外にその空間に音はなく、まるでその場所だけ時が停滞しているかのようだとさえ表現したくなる。
ここは文芸部の部室。学校だとは思えないほどに騒音とは無縁な場所。これほどまでに本に没頭できる空間は他に知らない。
その部屋には二人だけ。一人は天崎十花さん。流れるような長い黒髪を高めの位置でサイドテールにしていて、快活さを想起させる髪型だけど本を読む仕草はとても気品が溢れている。
そしてもう一人はこのわたし。神原奏…自分を描写するのはなんかちょっと恥ずかしいな…えーと、高校1年生、得意教科は国語……ってだいぶ十花さんのと描写が違うな?
読んでいた本もひと段落ついて、これから文芸部としてやることになるだろう執筆に向けて頭の中で少し練習してみたけど、やってみると案外難しい。
……と、そろそろ部活開始の時間かな。今日は何をやらされるんだろ…?
部屋の外から足音。これほどの静寂ともなると足音でさえ目立ってしまう。
いつもと同じように開始時間ぴったりだな…と思いながら徐に栞を挟み本を閉じた途端にガラガラッと騒がしい音をたてて教室の引き戸が開かれる。
見れば十花さんも既に本を閉じているところだった。
新たに入ってきた人、この部の部長である高野紗奈さんは部室の中に常に置いてあるホワイトボードの前に立ってわたし達に言い放つ。
「これから文化祭の出し物を決めようと思う」
「あれ、今日はまともだ」
つい驚きで思ったことが口に出てしまった。
「あら?私がいつまともじゃないことをした?」
笑顔でそう返してくる部長。怖い。
「なっ、なんでもないです。」
数々の辛い経験が思い出されるがそれらをかみ潰して何とか否定の言葉を絞り出す。
……突然校庭に連れ出されて、飛んできた鳥を見てその死を描写しろ、なんて言われた時は思わず部長がちゃんと人の心を持っているかを疑いそうになったけど。
「……随分と急ですね。例年は何をやっているんですか?」
十花さんが面倒そうに言う。
「そうね……大体毎年何かのテーマに沿った作品を書いて、それをひとつの本に纏めて印刷して配布するくらいかな」
「なるほど、じゃあまずはテーマ決めからですね」
いや、と部長が割り込む
「実はもうテーマはホラーで決まっているんだ」
十花さんが呆れた目で部長を見つめている。きっと私も同じような顔をしているだろう。
「……こういうのは部のみんなで考えるものじゃないんですか?」
思わず尋ねてしまう。部長はそれに対して、
「だって、この2年間私が何回も提案したのに通らなかったんだもん……」
駄々をこねるように言う部長に、より呆れの目を深くするわたし達。
「まぁ、それでいいですよ」
十花さんが諦めたように同意し、わたしも頷き肯定する。
それを部長は満足そうに眺めてから、
「というわけで」
なんだろう、嫌な予感が…
「夜の学校で肝試しだ。安心してくれ、ちゃんと校長から許可は貰った。」
……何故許可を出した校長先生
◇◇◇◇
本当に何故許可を出したんだ、校長先生。
わたしは待ち合わせとして指定された校門の前で他のみんなを待っている。
部活には来ていなかったが二年生の先輩も一人来るらしい。
名前は来栖真希、あまり部に来ていないのはきっと部長の無茶ぶりを回避するためだろう。 まぁ、今回は逃げられなかったようだけど。
することも無くスマホをいじる。この暗さでは本も読めやしないな。
時間はちょうど20時。こういう時のために電子書籍に手を出してみようか、なんて考えているとーーー
「こんばんは、神原さん」
「っっ!!ーーびっくりしたー!驚かせないでよー」
声の主は十花さんだった。驚いて振り返ると向こうもわたしの声で驚いた顔をしていて面白かった。
「それで、先輩達はまだ来てないようですね」
「流石に遅いよね、何やってるんだろ?」
なんて話しているとスマホが通知音を鳴らす。見てみると部長からで、
『ごめん、ちょっと真希引っ張ってくるの時間かかりそうだから先に探索してきて!』
との事。なんて自由な人だ……と、思わずため息をついてしまう。
「じゃあ、しょうがないから二人で行こうか」
渋々わたしが学校に入っていくと、
「……はぁ」
なんて気だるげな溜息と共に十花さんもわたしに続いた。