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20.07.06 beige

作者: 小聖
掲載日:2020/07/12


 雨の降る中、雑木林の小道を抜けると原っぱに出た。その先にはただただ広く、夜の暗さを映す湖があり、雨に打たれて朧げに霧がかっていた。どうやらこの先に道はないようだった。


 湖の周りには、水面を監視するように水銀灯が囲っており、その灯りは霧の中で幽霊みたいに揺れていた。


 私はすぐ近くに生えてたヒナギクに触れた。それらの半分以上は茶色く枯れかけ、生と死の調和のとれた植物の様だった。

 かろうじて生きてる花びらを、私は手に取り、霞がかった湖に浮かべた。


 それでも湖は、ただ暗く、寂く、水面を揺らすだけで、ヒナギクは濃い霧の中へと、花の心音も嘆きも静寂の中へ消えてった。


 「咲さん、案内ありがとう」と言うと、彼女は照れくさそうに俯いて笑った。


 落ち着きなく首や脚を掻き、陶器ように滑らかで白い肌を赤くして、とぼとぼと私との距離を開けた。


 しばらくその様子を眺めていると彼女は「……うさぎ」と呟いた。


「なんですって?」


 今度は私にも届くくらいの声で「"うさぎ"」と私の方に指差して言った。


「……わかった。私が"兎"なんだね」

 理由はわからない。老いた私の表情がそう思わせたのかもしれない。そもそも理由など無いのかもしれない。


 彼女は、にこにこと頷いた。そのままベージュのワンピースの裾をつまんで、今来た道をスキップで戻って行った。


 私はそれに続いて、歩いた。


 この村の道は、ここで途絶え、先へ行くことはできない。この先へ行くには湖の中の静けさに身を慣らさなくちゃならない。







 咲さんは隣の家の二階に住んでいる。

 今朝は彼女の悲鳴で起こされた。


 様子を伺いに彼女の家へ行き、一階の大家の家の階段を上がって、彼女の部屋の扉を開けると、廊下の先で彼女は大家に支えられて立っており、落ち着いているようだった。


 廊下の壁には家族と思われる人たちとの写真、風景の写真、彼女が描いた絵が飾られていて、それらにはどこか暖かさを感じた。

 この街に来てから、暖かいと感じたのはこれがはじめてだった。


 彼女に近づくと同時に、大家は立ち上がり、帰る支度を始めた。

 すれ違い様に大家は言った。


「朝起きたら、両足の間から血が出てきて、死ぬかと思ったんですって」そう言い残すと、眼を伏せて、肩を竦めて去ってった。



 部屋の中には、彼女と私とたくさんのぬいぐるみだけが残った。

 まるでガラクタの集まりのようだった。


「大丈夫ですか?」と尋ねると、彼女は大きく頷いて、ベットの上に腰かけた。


「血は、私もよく出ます。毒を吐く人がいるくらいですから、僕たちは普通ですよ」


 私がそう言うと、彼女は眼を点にして生唾を飲んで沈黙した。信じてくれたのだろう。


 机の上に目を移すと、小さなジャムの瓶があり、その中には沢山の"たね"が入っていた。梅に向日葵にさくらんぼに、いろんな種類の種だった。


「これはなんです?」と尋ねると


「"たね"です」と、きょとんとした表情で答えた。


「ええ、分かります。なんのために集めてるんです?」


「みんなが食料に困った時、この種を植えて食べ物を作るんです。それをみんなに分けてあげるんです!」

 自信満々にそう言って、無邪気に笑った。


 食べかすの"たね"が、今更、実わけがないと思ったが、それを彼女に伝える意味が、必要が、この世界にあるのだろうか?

 無駄や無知の中に、人を豊かにするエッセンスがあるということを、私は彼女からよく学んだ。


 彼女はうさぎのぬいぐるみに手を伸ばし、毛並みを整えた。

 ぬいぐるみの生地は、どれも使い古されて、こたこたになっていた。







 その数日後に、咲さんは焼死した。

 彼女の墓は湖の直ぐそばに作られた。死体はそこにはない。これは彼女が生きた、この街を出た、彼女の勇気の証だ。


 体に火を放ち、燃えた彼女は原っぱを抜けて、湖に飛び込んだ。水銀灯の灯に看取られて、そのまま静かに、霧の向こう側へ消えていったのだろう。

 彼女は湖の中の静かさに癒されて、村を抜けたのだろうか。彼女は今、どこにいるのだろか。


 誰かが彼女の墓を作り、誰かが墓に十字を立てて、私は墓に彼女のうさぎのぬいぐるみを添えて、彼女の集めた"たね"を植えた。


 いつか沢山の果実を実らせて、私たちを助けてくださるように私は祈った。

 梅に向日葵にさくらんぼに、たくさんの果実が彼女の墓の周りを彩る景色を私は想像した。


 嫌な咳をひとつして、彼女の十字架が私の血で汚れた。私は跪いて、それを袖で拭い、涙で洗った。


 私の世界はそこで終わった。







 炎は、彼女の肌とベージュのワンピースを滑らかに包み込み、まるで鳥の羽や魚のヒレのように自然に彼女の体に取り憑いた。


 夏なのに、ただただ寒くって、炎の熱の暖かさだけが、彼女の体を優しく包み込んだ。


 懐かしい暖かさだった。ずっと前に感じたことのある、両親の温もりのように感じた。


「"やさしくて、あたたかくて、つよくて、おばかさんで……"」


 彼女はそう呟くと、原っぱを抜けて湖に浸った。湖は燃え上がる彼女を歓迎し、静けさと優しさの中に彼女を沈めた。


 彼女のヒレで前へ進み、彼女の羽で世界を立った。



 翌朝には、焼けた鉄の匂いを散らし、赤黒く焼けた彼女の血液だけが、まるで鎖や枷かのようにみなもに重く染み付いていた。





もう少し、咲の生活を書きたかったし、主人公の性質を描きたかった。


何度も書き換えたり、表現を考えたり、まだまだ書くことに慣れないですね。


もっと慣れたら、もう少し長文を書けるようになるのかな。


来週も練習がんばる^^

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