第六十夜 最終バス
僕は山に囲まれた盆地の村に住んでいた。高校入学と同時に街の学習塾に入り、そこへはバスで通っていた。
三年間、毎週往復一時間以上かけて塾に通ったお陰か、とうとう先日希望の大学に合格する事ができた。
だから今日は、塾の先生に大学合格の報告に来たのだった。
ところが、簡単に挨拶だけ済ませて帰るつもりが、将来の事や大学の話をしてるうちに時間はどんどん過ぎていき、気付いた時には時刻は22時を過ぎていた。
「やばいなぁ。すっかり話し込んで遅くなっちゃった。」
まぁ、いざとなれば携帯で親に電話して迎えに来てもらうか‥なんて考えながらバス停に行くと、時刻表には幸いにも22時08分の最終の便があった。
「おっ、最終バスがあるじゃん!しかもすぐ来るし、ラッキー。」
僕は、時刻通りすぐにやってきたバスに乗り込むと、誰一人お客さんのいない車内で寛いだ。
バスの車内は静かだった。
しばらくすると、運転手がバックミラー越しに僕の姿を確認し、マイクを使って話しかけてきた。
「お客さんは、どこまでですか?」
「あっ‥終点までです。」
「‥このバスにいつも乗ってるんですか?」
「いや‥‥いつもはあと二本早い便に乗って帰ってます。今日はちょっと特別で‥‥。僕、大学に合格したんですよ。だからその報告に行ったんですけど、話が盛り上がっちゃって、気付いたらこの時間になってしまいました。」
「ほお‥合格ですか。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
運転手はそこで話すのをやめてしまい、しばらくは沈黙が続いた。
バスが市街地を抜けて、左右を山に囲まれた道に入ると、運転手がまた話しかけてきた。
「お客さんは、この便が来月から廃線になる事を知ってますか?」
「あっ‥そう言えば、バス停の時刻表に貼り紙がありましたね。」
「‥だから今日のこの便が、最後の運行になるんです。」
「僕もこのバスに乗るのは今日が最後なんです。」
「私もですよ。今日のこの便の運転が最後の運転になります。」
「バスの運転手を辞めるんですか?」
「‥‥ええ、運転手の仕事も、お金も全て失ってしまったんです。おまけに、末期の癌も見つかりましてねぇ、これが本当に辛いんですよ‥何とも言えないぐらい体が苦しいんです。もう、生きてるのが嫌になるほど‥‥。」
運転手の重い身の上話に、僕は何も言えなくなり黙ってしまった。
「お客さん‥‥何でよりによって、今日このバスに乗ったんですか。‥‥しかも何でこの最終バスに乗ったんですか‥。」
「えっ‥。」
「私は、妻も子供もすでに亡くなってますからねぇ‥自分が死んでも困る人はいないんです。僕自身もうお金もないし、むしろこのボロボロの体も早く捨てたいぐらいなんですよ。」
「‥‥。」
「‥お客さん、運が悪かったんですよ。私だってこれが最後のチャンスなんです。もう決めてたんです。だから、途中でやめる訳にもいかないんです。」
運転手はそう言うと、思いきりアクセルを踏みこんだ。
そして山道のカーブに差しかかったこの道を、バスは勢いよくガードレールに突っ込んでいった。
翌朝、道路脇に転落したバスの中から運転手一人と高校生の男子一人の遺体が発見された。
事故はバスのスピードが出すぎていた為、カーブで制御できなくなった事が原因とされた。




