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令和百物語  作者: みるみる
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第五夜 龍神様



私の家には昔井戸があったそうだ。今はコンクリートで埋められ、パイプ管がささっており、空気穴の役割を果たしている。


龍神様が息を出来るようにとの祖母の計らいだ。


私は春に小学六年生になった。


もう新学期が始まって、二ヶ月以上経っているが、学校へはずっと行っていない。学校は六年生になってから二週間行っただけだった。


携帯電話のグループラインから仲間外れにされたり、仲の良かった子達が、他の子達と仲良くなり、何となく居場所を失ったのだ。


ひとりぼっちの私に誰一人声を掛けてくれる事はなかった。


そんな私に、学校の先生達はどうして学校へ来ないのかを無理矢理きいてくるけど、私のそんな自分勝手な理由をきいて、


「そんな事で休んでるの?」


なんて、呆れるかもしれないし、馬鹿にするかもしれない。そう考えると、私は同級生だけでなく、どうやら学校の先生達のことも信用していないようだ。


七時半。母がパートへ行く時間だ。


「真由、今日はどうするの?学校行く?」


「休む。何か頭痛いし、別に勉強もついていけるし、大丈夫。お母さんは早く仕事へ行って。」


「じゃあ、学校へ連絡しとくから、何かあったらお母さんの携帯へ電話するのよ。」


「はーい。行ってらっしゃい。」


私は、母をパートへ送り出すと台所へ行き、祖母の握ったおにぎりと、お茶のペットボトルを持って、また部屋へ戻った。


「真由、今日のおにぎりは、お前の好きなはちみつ梅を入れておいたよ。」


祖母の声がした。


私は本当に家族に恵まれていると思った。


学校へ行かない事を責めない両親に、全てを受け入れて、あたたかく見守ってくれる祖母。本当に感謝している。


でも、だからこそ、今の自分が不甲斐なくて、学校を休んだ日はいつもこっそりと布団の中で泣くのだった。


どうして自分は学校へ行けないのか、どうしてひとりぼっちなのか、なぜ誰も私と話してくれないのか、本当は無視されて虐められているのではないか、とひたすら「何故、何故。」を繰り返すのだった。


泣き疲れて寝ると、お昼ごはんの時間になっていた。


祖母は、私が二階から降りてくる足音がすると、味噌汁の鍋を温める為にコンロの火を点火する。


ジジジ、ボーッ。


祖母と二人、味噌汁を飲み、沢庵を噛み、菜飯を食べる。静かな時間。


フーッフーッ。


やかんのお湯が沸く音がすると、祖母が二つの湯呑みを温めてから、改めてお茶を入れる。


祖母は手間を惜しまず丁寧に生活をする人だった。


洗濯物も、いまだに浴室のたらいと洗濯板で洗うのだ。


「おばあちゃんは、私が学校へ行った方が良いと思ってる?」


なんとなく祖母なら何て言ってくれるだろうかと期待して、きいてみた。


「そうだなぁ。おばあちゃんは‥‥貧乏で学校へ行きたくても行けんかったからなぁ。小学生の頃から、いつも弟と妹の世話をしながら畑仕事をして、帰ればすぐに親達の為におかずを作る毎日だったからなぁ。字もろくに書けんかったしなぁ、学校かぁ。どうなんだろうなぁ。」

 


「おばあちゃんの時代は、みんなそうだったの?」



「いや、うちだけが貧乏で学校へ行けんかった。だから、近所の子達が学校へ行くのが羨ましかったなぁ。学校帰りの子供達によく馬鹿にされては悔しい思いをしてたなぁ。


そういえば、お祭りの為に初めて買ってもらった服を、近所の男の子達に泥団子を投げられて汚された日は、悔しくて悔しくて泣けて眠れんかったなぁ。


中学校へ行っても、学校で必要な物も買えんし、字も読めんし、馬鹿にされて悔しくて、いつも竹藪に隠れとった。親には凄く叱られて叩かれたなぁ。


行きたくないとか、行きたい、とか思う事が許されん家だったから、行けと言えば行ったし、休んで畑を手伝え、と言えば休んだ。それだけだ。


だから、真由が学校へ行きたくなったら行けばいいし、行きたくないなら行かんで良いとおばあちゃんは思っとる。」


祖母の話を聞いて、学校を休んでいる罪悪感が少し薄らいだ気がした。行きたくなった時に行けば良い、かぁ。でもそんな日が来るだろうか?


ゴロゴロゴロ、ゴロゴロ。


「あっ、おばあちゃん雷!雨降りだすかもよ。私、急いで洗濯物をしまってくる!」


母が、パートへ行く前に干した洗濯物を、昔は祖母がしまってくれていた。


今は祖母は足を悪くしてる為、学校を休んでいる間の洗濯物の取り込みは、なるべく私がしていた。


本当に間一髪だった。洗濯物を取り込み終えると、すぐに雨が降り出した。


祖母と取り込んだ洗濯物を畳んでいると、祖母が窓を指差して言った。


「あれが龍神様だ。お前にも見えるか?」


「おばあちゃん、私にはそういうのは全然見えないから。」


「‥‥あんなにはっきりと姿をあらわしとるのに。そうか、見えんか。


お前のお父さんが、この家に婿入りしてくれた時も、おばあちゃんは龍神様がお前のお父さんを乗せて、我が家へ来るのを、何日も前に見たんだがなぁ。お前のお母さんに言っても、信じてくれんかった。」

  

「夢で?」


「さあてなぁ。」


窓の外で激しく降る雨の音が心地良かった。私のまわりのあらゆる音を打ち消して、雨音だけが響く世界に、私はしばらく浸っていた。




その日の夜、私は晴れた青空のとてもとても上空を飛んでいた。


夢?夢にしては顔に当たる風や足もとに広がる霧のような雲がとてもリアルだった。


自分の体が飛んでいるのか、何かに乗っているのか、空の上空の雲の中をぐんぐんと登って突き進んでいた。


空の上で、私はとても自由だった。いつまでも飛んでいた。


しばらくすると、視界が切り替わり、暗くて水の溜まった空間に叩きつけられるかのように落ちていった。


井戸の中?


そこで目が覚めた。


井戸の中には龍神様がいる。


私は起きるとすぐに祖母の元へ行った。


祖母は、にっこりと満足そうに笑って言った。


「やっぱり、お前にも龍神様が見えてたんじゃないか。龍神様と空飛んで、今帰って来たところなんだろう。」


お母さんやお父さんは、祖母の言う事に苦笑いを浮かべて呆れていたが、私は何故だかとてもドキドキしていた。


私は龍神様と空を飛んだ。


空の上で、私はとても自由だった。




「お母さん、お父さん、おばあちゃん、私今日学校へ行ってみる。駄目だなって思ったらまた休んでも良いよね。」


私はドキドキしながら、家族に聞いてみた。私が学校へ行っても、またすぐに休み続けてしまえば、家族をきっとがっかりさせてしまうだろうから、それが怖かったのだ。


「行きたいなら行けばいいし、行きたくなくなったらまた休めばいい。いつだってお前の人生は、お前の自由だ。」


お父さんがそう言ってくれた時、私は嬉しかった。そしてふと、昨日の祖母の話を思い出した。


龍神様がお前のお父さんを乗せて、我が家へやってきた。


今なら、祖母の話を信じられる気がした。


龍神様、ありがとう。



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