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令和百物語  作者: みるみる
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第四十七夜 おーい

 



南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、


「お母さん、おばあちゃんがまたお経唱えながら歩いてる。」


「‥いいのよ。お年寄りには色々事情があるのよ、きっと。」


「何だよ、事情って。」


「ほら、お年寄りって色んなものに手を合わせてるじゃない。なんか、そんな感じのアレよ。」


「‥‥分かった。」



家に先週からおばあちゃんが来た。おじいちゃんが死んで、おばあちゃん一人じゃ可哀想だからって言って家に来てもらったのだった。


だが、お年寄りとの慣れない同居に僕はストレスが溜まっていた。


「あーもう、またおばあちゃんがトイレに入ってる!」


「しょうがないでしょ。お年寄りはトイレがちかいのよ。」


トイレに入ろうとすると、たいていはおばあちゃんが先に入っていた。トイレに入ると長いし、出てきた後も臭いから嫌だった。



それに、夜になるといつもおばあちゃんの部屋から南無阿弥陀仏が聞こえてくるから、気味が悪くて仕方がなかった。


今日も夜中に目が覚めて、トイレに行くとその途中にあるおばあちゃんの部屋から南無阿弥陀仏が聞こえてきた。


それに、何やら話し声も聞こえた。


「おーい。」


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏‥‥」


「おーい。」


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏‥‥」


何だこれ?


おばあちゃんの部屋に誰かいるような気がして、僕は恐る恐る声をかけた。


「おばあちゃん、誰かいるの?」


「南無阿弥陀‥‥義雄か。おばあちゃんの声で起こしちゃったか、ごめんな。」


「おばあちゃん、おーいって誰か呼んでたけど、誰?」


僕がそう言うと、おばあちゃんは部屋の引き戸をガラッと開けて、僕の肩を掴んできた。


「義雄にも聞こえちゃったのかい。‥すまん。すまん。」


僕はおばあちゃんの部屋に入り、おばあちゃんの話を聞いた。


「じいさんが呆けてから、私一人でじいさんを世話しとったんだ。じいさんは目を離すとすぐに外へ徘徊しに行ったで、その度に私が探しに行っては無理矢理引っ張って連れて帰ってきてたんだ。雨の日も雪の日もな。


夜中も朝も、家の中や外を徘徊しては、勝手に転んで立てなくなり、私を呼ぶもんだから、ある日私はじいさんが呼ぶ声を無視したんだ。


「おーい。」って何度も聞こえたが、無視した。思いっきり転んで、いっそのこと歩けなくなって欲しかった。そうすれば、徘徊して私を困らせる事も無くなるからな。


そしたら案の定、転んで救急車で運ばれてった。それからはやっと寝たきりになってくれた。だが、本当の地獄はそれからだった。


「おーい。」って、一日中じいさんが私を呼ぶんだ。ご飯食べさせても、オムツ替えても、何をやってあげても、私の姿が見えなくなると、一日中「おーい。」って呼ぶんだ。


最初のうちは、呼ばれる都度「何だい?」ってじいさんの顔を見て聞いてやっとったが、じいさんは私の顔を見ると安心するのか黙るくせに、私がじいさんの視界から少しでも見えなくなると、「おーい。」って呼ぶんだ。


おかげで私は一日中気が休まらんかった。


だから、またじいさんを無視してみた。呼んでもすぐに私が来ない、と分かれば呼ぶのを諦めると思ったんだ。


「おーい。」って何度も呼ばれたが、私は頑張って無視した。無視しながらも、食事やオムツ替えはやってあげた。


それでも「おーい。」の声がなくなる事は無かった。私は気が狂いそうだった。なんとか「おーい。」が聞こえないように、部屋のテレビの音量を上げたり、じいさんの部屋の前にラジオを置いて、大音量にしたりした。


それから何日かして、夜中のオムツ替えの時に、じいさんがおかしくなってて、救急車を呼んだ。脳梗塞だった。すぐに入院して、肺炎を起こして死んでしまった。


だが、じいさんは死んだはずなのに、いまだにじいさんの声がするんだ。前の家にいても、この家に来ても‥‥


じいさんはきっと私が死ぬまで、私を呼び続けるんだろうなぁ。」


おばあちゃんはそう言うと、また南無阿弥陀仏を言い始めた。僕はそっとおばあちゃんの部屋を出て、自分の部屋へと戻った。


時折「おーい。」の声も聞こえてきた。


不思議な事に「おーい。」の声は、おばあちゃんと僕以外には聞こえていなかった。


あれから何年かして、おばあちゃんも亡くなった。


「おーい。」の声はもうしなくなった。



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