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令和百物語  作者: みるみる
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第一夜 マサヲの夏



幸子は夫が癌を患い亡くなった為、東京から地方の海沿いの街へ越してきた。幸子の実家のある街だ。


幸子は、親の家の近くにアパートを探して、一歳の娘の瑠璃華と二人で暮らしていた。


朝、娘を保育園へ送り出すと、そのまま建築会社の事務員をし、娘が寝てからは夜中までのシフトで、ファミリーレストランで働くというなかなかハードな毎日を過ごしていた。


それでも、職場やアルバイト先での同僚にも恵まれ、充実した日々を過ごしていた。


娘は、いつも保育園の帰りに寄る本屋が好きだった。毎日寄っては、絵本やおもちゃ付きの子供雑誌を強請るのだった。


「瑠璃華、昨日絵本を買ったばかりだから、今日は見るだけだよ。」


「や、や、ほしい。ほしい。」


いつものように、本屋に入り、ぐるっと一周して帰ろうとすると、大きな男が娘の前に立ち塞がっていた。キャップを被り、首元のよれたTシャツをきたおじさんだった。涎を垂らしながら、ベビーカーの娘に近づいて来た。


「おじょ、おじょ、‥‥。お。」


「ごめんなさいねぇ。この子、小さな子が大好きなんです。お嬢さんかしら。可愛いわね。ねぇ。この子、本当に小さい子が好きでねぇ。ねぇ~。」


おじさんの後ろには、その母親らしき女性もいた。ごめんなさい、と言いながらも、道を塞いだまま動かず、ずっと男も娘の瑠璃華を見続け、涎を垂らしていた。


娘のベビーカーの足元に、涎がポタポタと落ちてきた。


「やだ、この子また涎が。」


と言いながらも、その母親らしき女性は、ベビーカーに落ちた涎を拭こうとも、私達親子に詫びる事もしないのだ。娘が男を警戒した顔で見つめていた。


「ねぇ。本当に小さい子は可愛いわね。この子も嬉しくてねえ。ありがとうねぇ。」


なかなか道を譲らない、この不審な親子に痺れを切らし、私はベビーカーを強引にバックさせて、本屋から出てきた。


もっと早くこうすれば良かった。そうすれば、娘に嫌な思いをさせずに済んだのに、そう反省しながらアパートへ帰った。


アパートへ帰ると、食事を作り、娘をお風呂に入れる。いつもの夕方のルーティーンだ。


娘を寝かし付けると、ファミリーレストランのアルバイトへ向かった。


街の唯一の24時間営業のレストランなだけあって、夜中の12時を過ぎてもお客様は沢山みえた。


「こんばんは。お嬢さんはどうしたの?」


突然お客様から話しかけられて、驚いて振り向くと、本屋で会った女性がいた。


「まだ小さいお嬢さんでしょ、お母さんがいなくて大丈夫なの?」


相変わらず終始笑顔を絶やさず、強引に話しかけてきた。


「ジュー、ジュース、ジュー。」


「この子ね、このレストランのオレンジジュースが大好きなの。また、お嬢さんをこの子に見せてあげてね。ねぇ。この子、本当に小さい子が好きで、小さい子を見ると喜ぶのよ。だから、ねぇ。また来てね。見せてね。」


まるで、娘を男の玩具のように言うので、幸子は頭にきたのか、強めの口調で拒否した。


「あの子は男の人が苦手なんです。だから、あんな風にずっと見続けられると怖がって泣くので、やめてほしいです。」


だが、人の話を聞いてないのか、


「この子ね、本当に小さい子が好きだから、見せてあげると喜ぶの。お嬢さん可愛い。可愛い。可愛いって言ってあげてるじゃない!見せなさいよ!この子だって喜ぶんだから!」


興奮した女性を、店長が宥めてくれたので、幸子は控え室へ下り、この日はそのまま帰宅した。


その日以来、本屋は少し遠くの本屋に変えて、レストランのアルバイトもしばらく休む事にしていた。


それからしばらく経って、暑い夏がやって来た。娘と花火を見たり、プールへ行ったりして楽しい毎日だった。そしてすっかりあの男と母親の事は忘れていた。


ドン、ドン、ドンドン。


夜中の1時にアパートの扉を叩く音がして、恐怖を感じた。泥棒?娘を布団に隠し、そっと台所の包丁を手にし、玄関へ近づくと、音は止み、静かになった。


そんな日が何日も続いた。


ドン、ドン、ドンドン。ドンドン。


今日も相変わらず扉を叩く音がする。警察には言ったが、時々パトロールしてくれると言っただけで、誰の仕業かだなんて調べてもくれなかった。


アパートの住人かと思い、大家さんに相談したが、それは絶対にないと言っていた。


じゃあ、誰が?


ふとあの不気味な親子が浮かんだが、家までつけられた事はなかったし、まさかそんな事はないだろう。


じゃあ、誰が?


そんな事を考えていたら、扉の向こうから大きな声が聞こえてきた。


「ぼっ、ぼっ、く、マサヲ、マサヲだ、よぉ、おじょ、おじょー!!」


「何居留守使ってんの!いるの分かってるの!お嬢さんをマサヲに見せろって言ってるのに、何無視してんの!早く開けろ!」


「おい、うるせーぞ。」


アパートの住人が怒って出て来ました。誰かが通報してくれたのか、不気味な親子は警察へ連れて行かれ、幸子と娘に二度と近づかないと約束をしたそうだ。


それから、もう二度とアパートの扉は叩かれる事はなかった。


だが、幸子は怖かったので、両親に頼んで実家に親子共々住まわせてもらう事にした。


父親と折り合いが悪く、一緒に住むのはお互い嫌がっていたはずなのに、あの事件の後は、何故かうまくいっていた。父親に心配してもらってる事も実感できた。娘も、じいじとばあばに沢山甘えて、少し我がままも言えるぐらいになった。


それからまた何年か経ち、娘は真っ新なランドセルを背負って、小学校へ通いはじめた。


そして、はじめての夏休みを迎えようとしていたある日の下校中‥‥


「お嬢さん、こんにちは。おばちゃんとお兄ちゃんを覚えてる?」


娘は、見知らぬおばさんに話しかけられて警戒した。そして防犯ブザーに手を当て、大声を出した。


「知らない!お母さんに知らない人と話すなって言われた!ワー!ワー!ワー!」


すると、おばさんに口を塞がれ、大きなおじさんに防犯ブザーを壊された。そして、親子に担がれて連れ去られてしまった。


「知らない事ないわよぉ。ねぇ。おばちゃんのうちへ行きましょう。この子ね、小さい子が大好きなの。小さい子を見せると凄く喜ぶの。ねぇ。」


「ぼ、ぼ、く、マサヲだよぉ。おじょ、お‥‥。」


 




幸い、娘は連れ去られるところを、近所に住む友達のお父さんに助けられて無事だった。あの親子は、誘拐未遂で逮捕されたという。


あれから娘の瑠璃華も成長し、大人になり結婚した。


そして、可愛い娘も産まれた。


ピンポーン。


もう夜の9時を過ぎてるのに、、


インターホン越しに対応する。


「どちら様ですか。」


「ぼ、ぼ、マサヲだよぉ。」



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