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37 精霊祭の日 6/7

一応戦闘回になるのかしら。

 突然、講堂の扉が開いて水精霊神官ラキアが転がるようにして出てきた。顔面から地面に墜落したのでモミュアたちはぎょっと目を見開く。

 その腕からころりと子猫が転がり、あっという間に小さな女の子の姿になった。子猫であったことを示すのはその獣耳と長い尻尾だけ。モミュアも見たことがあるその子は確か、水精霊神官の守護精霊ストラだ。

 よろよろとストラの手を借りて立ち上がったラキアはおでこを赤くしたまま、集まっているモミュアたちを見る。


「他の精霊神官は……?」


 モミュアは見ていないので首を横に振る。今ここに残っているモミュア、リーク、シュザベル、ミンティス、フォヌメ、ルイ、ティアナ、ギン、ホウリョクの九人は誰も知らないと思う。

 そうか、とラキアは肩を落とす。彼が結界を抜けると、シャボン玉のように結界が消えてしまった。


「うわっ。……えっ、オレのせい?」


 ラキアの焦った声から、意図的にやったことではないとわかる。


「らきあしゃま、だいじょーぶ?」


 挙句に幼女の姿をした守護精霊に慰められる始末だ。大丈夫だろうか、この人。ラキアはモミュアから見ても若い。いくつか上くらいだろう。まだ成人もしていなかったはずだ。

 精霊神官になるのに年齢は関係ない。今の最年少は炎精霊神官のレフィス・ファイニーズだが、もしかすると闇精霊神官オンブラの跡を継ぐ次期神官チェーニが最年少になるのではという話は前々から言われていることだ。

 いや、今はそれよりも謎空間から出てきたラキアだ。彼の体調などには異変はないのだろうか。


「水精霊神官さま、中で一体なにが……」

「ラキアさん、大丈夫ですか?」


 シュザベルとミンティスがラキアに近寄る。ラキアはこくりと頷いて問題ないことを示した。おでこは赤いが。

 息を吐くラキアは講堂の扉を見る。――と、同時に扉が内側からドンと叩かれた。

 びくりとラキアの肩が揺れる。モミュアもリークと手を握り合って後退した。

 ドン、ガタン、と音がして、ゆっくりと扉が開かれた。

 出てきたのはレフィスを背負ったニトーレ、ニトーレの袖を掴む姿勢の悪いキリアキ、その後ろをついてくるスーシャだった。


「精霊神官さま!」

「ニトーレさん!」

「兄さん!?」


 慌ててみんなで駆け寄る。

 結界はもう弾けてしまったのですんなりと彼らのもとへ近付くことが出来た。

 しかしニトーレが手を上げてそれを制す。そっとレフィスを地面に下ろすと、スーシャとなにか話し、ラキアを呼んだ。


「中で神族さまと<雷帝>さんに会った。ラキアは先に出てるはずだって聞いてたが……よかった、無事だったんだな」

「ああ、みんなも大丈夫だったか? レフィスは……」

「レフィスは足捻っただけだ。神族さまにビビったらしい」


 あ、そう。ラキアは胸を撫で下ろす。レフィスが立ち上がるのを手伝って、講堂を見上げた。


「あの二人は……まだ出てきていないようだな」


 こくりとラキアが頷く。


「なら、結界を張り直しましょうね。誰かが入っては大変」


 チョコレート色の髪を靡かせて、何故か鍬を抱えているスーシャが言い、他の精霊神官たちも頷いた。

 五人は子どもの姿をした守護精霊を連れて講堂を囲み、再び結界を張る。

 子どもの姿をしていたはずの守護精霊はそれぞれに光るとあっという間に成人くらいの年齢の男性、女性の姿に変貌した。

 ニトーレの守護精霊クロアが腕を回して舌を出す。


「ぃよーっし、久々に全力解放だ!」

「クロア、ラキアさまの邪魔しちゃだめだよ」


 ラキアの守護精霊ストラは尻尾を膨らませる。

 少し離れるように、とラキアに注意されてモミュアたちは講堂の正面から少し離れる。


「あとは……中に入ったお二人に任せるしかないね。あー、これってどういう責任になるんだろうただ退職するまで平穏であってほしいと願っていただけなのに……いや俺なにもしてないのだから責任もなにもないのでは? いやでも一応光精霊神官って立場があるわけだし……あああ……」

「あるじ……帰ったら牛乳プリン作ろう……責任ならオレがしっかりしてないからだろうし……はは、守護精霊なのにこの体たらくですみませんすみませんすみませんすみません……」


 光精霊主従はなんだか雰囲気が怖いので目を合わせないようにそっと目を逸らした。

 ニトーレはちらとモミュアたちに目を向ける。


「族長たちは?」

「神族さまに言われてお祭りの準備をしてます! 他のみんなも族長に言われてお祭りの準備を……ニトーレさん、無事にお祭り始められるんでしょうか」


 リークの答えに、ニトーレはははと笑う。


「神族さまに言われて、か。それは必ず祭りを始めないとなぁ」


 離れた隣でラキアも頷く。


「ミシアやミズナギ……幼馴染たちも祭りを楽しみにしていた。ここで中止とは、言いたくないなぁ」


 そうだな、ニトーレはちらとモミュアたち魔法族を見た。そしてルイたちに視線を移す。


「族長たちを呼んできてくれないか。俺たちはここから動けないから」

「族長だけでいいか」

「まぁ、とりあえずは。それから」


 ニトーレはルイに目配せしてモミュアたちを示す。


「この子らをそれぞれの集落へ送り届けてくれ」

「そんな、ニトーレさん!」


 リークが悲鳴のような声を上げた。

 モミュアも意を決して一歩前に出る。


「わたしは、セニューが戻るまでここを動きません」

「げ、モミュアまでそんなことを……」


 少年たちも目を見合わせて、唇を尖らせる。


「族長に話しがあるなら大人しくしています」

「セニューがいるかもしれないんでしょ。ボクたちだってなにか出来ることありませんか!」

「野人に借りを作るいい機会なんだよ」


 彼らもなにも出来ない自分が悔しいのだと気付いて、モミュアは小さく笑った。約一名、素直でないが、表情はジェウセニューが心配だと言っているも同然だ。


「……まぁ、いいか。どうせ族長からみんなに知らせてもらうつもりだったからな」


 なにをだろうか。

 ラキアは不安そうな顔でニトーレを見ている。レフィスはいつもの涼しい顔だが、キリアキは不安というかいっそ胃が痛そうな顔でニトーレを見ている。スーシャは講堂の裏にいるのでわからないが、どうやら精霊神官全員で話し合って決めたことがあるようだ。

 わかった、とルイたちが頷き、モミュアたちにも族長たちに声をかけるのを手伝ってほしいと要請した。もちろんモミュアたちも了承する。


「一体なにを話すつもりなのか……簡単に教えていただけませんか」


 シュザベルの言葉に、ニトーレは一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「――俺たち魔法族の来歴、そして……この地に眠るものについて」

「!」


 シュザベルの顔色が変わる。わかりました、と彼は頷いてルイたちに誰がどこの集落に声をかけに行くかの相談をする。


(この地に眠るもの……?)


 なんだか全身の血がざわざわと騒いでいるような心地がする。

 いよいよ辺りが暗くなり始めていた。


 +


 精霊神官たちがこの青白い空間から出たのを察したヴァーンはそっとルネロームの手を離す。

 目の前には先ほどまで見えもしなかった人影。突然現れたようにも見えたが、向こうの反応を見る限り、向こうも同じように突然ヴァーンたちが現れたように見えたようだ。

 白い肌に赤い刺青、背中まで届く暗い赤銅の髪、左右で色の違う瞳、明らかに膨大な魔力を有しているものの佇まい――彼が、管理者アレックス・ヴィタの相棒、ディエフォン・モルテ。

 彼のそばに倒れるのは頭の布を失くしたジェウセニューの姿。

 そして近くには何故か薄紫の髪をした魔族――ヘルマスターがそれを見下ろしていた。


「ジェウ!」


 ルネロームが飛び出そうとするのを右手で制する。


「あなたが、ディエフォン・モルテ……アレクさまと同じく、管理者であるはずのあなたがどうしてここに……なんのためにジェウセニューを攫った?」


 ディエフォンはゆっくりと視線をヴァーンに向けると、ただ一言、「器にするために」とだけ言った。


「ととさま……器って……ジェウをどうしようっていうの!」


 ルネロームが拳を握り締めるのを視界の端で見ながら、ヴァーンはヘルマスターを見た。数百年前に見た切りの、大人の姿だ。不定期で開催される龍族ノ・ガードを加えた三種族会議では面倒くさがって子どもの姿でいるのばかり見ていたが。


「ヘルマスター、おまえの仕業か?」


 ヘルマスターは肩をすくめる。


「なに、今宵の我はただの傍観者よ。世界がどうなるのかを見届ける、な」

「……なら、やはりディエフォンさまが……どうして」

「なんだ、わからぬのか」


 ヘルマスターが首を傾げる。

 なにかを知っているのか、とヴァーンはわざと軽い殺気を飛ばした。

 くくと魔族の王は楽しそうに笑う。


「この管理者は、この世界に溢れる悪意の連鎖と己が封じたモノの魔力に耐え切れなかったのよ」

「どう、いう……」

「簡単な話、今は本来の自我が隠れている状態……即ち、封じた「アレ」に操られているも同然」

「ととさまが!?」


 ルネロームが目を見開く。

 彼女の視線を辿れば、ディエフォンの首元に青い石が嵌め込まれているのが見える。それは今まで見た青い石と同じようで、少し違う。どこが違うのかを考えて、ヴァーンは気付いた。


(黒く曇っている……?)


 アレックスはあの青い石に創世の時代、世界を食らおうとしたものを封じたという。管理者たちが持っている石は未使用の、「アレ」を封じていないものだとも聞いた。

 なら、どうしてディエフォンの身体に埋め込まれた石は曇っているのだろうか。


「なるほど、ちょっとこの世界を見過ぎたみたいだなぁ」


 突然の声にぎょっとして振り返ると、当然のような顔をしてアレックスがそこにいた。


「あ、アレクさま……」

「ずっとついてきてたんだけど、気付かなかったか。いやまぁ仲良さげだったから邪魔しないように姿消してはいたが」


 手を繋いでいたことを示唆されて、ヴァーンは顔から火を噴くかと思った。ルネロームも耳と頬を紅色に染めている。

 こほん、とヴァーンは咳払いをして、ディエフォンを見た。


「アレクさまが来てくださったなら、ちょうどいい。ディエフォンさまをお願いします」

「もとからそのつもりだよ」

「――ルネローム、ジェウセニューを。おれはヘルマスターを抑える」


 こくりとルネロームが頷いたのを横目に、ヴァーンはヘルマスターに一歩近付いた。


「数百年前の続きをしてやろう」

「……臨むところだ」


 はは、と魔族の王は笑う。


「ディ、おまえはなんでそんなになるまで自分を犠牲にしようとするんだか。オレたちは管理者だけど、個人の悪意に付き合ってやる必要はないんだぞ」

「……レク、ス……私、は……」

「言うて、引き籠りで争いごと苦手なおまえに後れを取るわけねーだろ」


 すたすたとアレックスはディエフォンに近付き思いっきり拳で頭を殴りつけた。


「相棒なんだからちゃんと相談くらいしろよ、この馬鹿」


 右手で胸倉を掴み上げ、左手で自分の胸元で光るペンダントを握った。ペンダントの青い石をディエフォンの首元の濁った青い石に当てると、濁りがペンダントの青い石に移っていく。


「……これきっついな。よく一人で溜め込んでたよ」

「レクス……すまない、私は……」

「終わったら説教な」


 がくりと倒れ込んだディエフォンをアレックスは肩に担ぎ上げた。アレックスの顔色も少々悪い。アレックスはヴァーンたちから離れると、ひらひらと手を振る。


「こっちに構わず続けてくれ」

「……はい」


 頷きながら頭を逸らして避ける。ヘルマスターの拳が先ほどまでヴァーンの頭があった場所を通り過ぎていった。


「っ、こういうときは魔法対決とかじゃないのか!?」

「それは前回神魔戦争でやった。互角なのだから仕方ない、直接殴った方が効果があるかと思ってな」


 ヘルマスターの上段蹴りを避けながら、ヴァーンは横目でルネロームを伺った。ジェウセニューは無事だろうか。

 視界の端でルネロームが宙に飛ばされるのを見た。


「!?」


 ルネロームは宙で一回転し、危なげなく着地した。が、険しい顔でジェウセニューを見ている。

 ヴァーンはヘルマスターの長い足をいなしながら少年を振り向いた。

 ゆらりと立ち上がるその姿は異様。いや、姿は変わっていない。変わったのは纏う空気。

 バチバチと紫電がその成長途中の身体を駆け巡る。

 立ち上がったジェウセニューの周囲を二つの青い石が回るようにして浮かんでいた。目を開いたジェウセニューの瞳が、それと同じように青黒く光る。


「ジェウ……ジェウセニュー!」


 ルネロームが叫ぶように名前を呼ぶが、ジェウセニューは反応する様子がない。ゆっくりと右手を上げると、


「ヴォル・セット」


 七条の雷がルネローム目掛けて光った。


「!」

「よそ見をしている場合か」


 ルネロームがジェウセニューの攻撃を相殺する轟音を聞きながら、ヘルマスターの手を払った。掴もうとするが、するりと抜けたヘルマスターは再び蹴りを繰り出す。

 左手で受け止めれば、バチンと電気が弾ける。思わずひるんだ。その隙を逃さず、ヘルマスターはヴァーンの鳩尾に蹴りを入れた。息が吐き出され、後方に吹っ飛ぶ。

 ルネロームの叫ぶ声が聞こえたが、地面を滑りながら体勢を立て直す。


「あの様子では、あの小僧、<雷帝>としての覚醒も近いか」

「――っ、させる、かぁ!」


 地面を蹴って跳躍、風の魔法を纏いヴァーンの踵がヘルマスターの脳天を抉ろうと落ちる。軽く身体を捻るだけで避けられたそれは計算内。ヴァーンは体勢を低くしてヘルマスターの足を掴み上げた。砲丸投げの要領で遠くへ放り投げる。

 魔族の王は難なく宙で体勢を整え着地したが、その隙にヴァーンは逆結界で彼をその場に閉じ込めた。薄赤に光る四角の中に閉じ込められたヘルマスターは手で払おうとして――ぶよぶよとする逆結界の感触に顔を引き攣らせた。


「貴様、これで我を捕らえたつもりか!」

「おまえとの再戦よりもこっちの方が大事なんでな」


 ヴァーンは駆け出しながらジェウセニューの雷撃を避ける。今のはユイット、八段階目ではなかっただろうか。ヴァーンが聞いていた限りでは四段階目のキャトルまでしか扱えなかったはずだが。

 しかし流石に限界を超えた八段階目は連発出来ないだろう、ヴァーンはルネロームの手を引く。

 ルネロームのいた場所に束ねた八条の雷が落ちた。


「……マジか、ヴォル・ユイットを連発したのか」

「どうしよう、あの子……石に封印された力で無理矢理に覚醒状態にある……このままじゃ急激な魔力増加に身体が耐えられなくなる!」


 落ち着け、と肩を叩く。


「おれがジェウセニューの攻撃を捌く。ルネロームはその隙にあの周りを回っている石をどうにかしてくれ」


 こくりとルネロームが頷く。

 ゆらりとジェウセニューの手が動き、ヴァーンたちに狙いを定めた。


「ヴォル・ユイット」


 八条の雷がヴァーンに降り注ぐ。障壁でそれを防ぐと、その後ろからルネロームが飛び出した。指に込めた魔力が光の速さで発射。寸分違わず石を打ち抜いた。割れた石は青黒い煙のようなものを吐き出して消える。


「あと一つ……っ」


 ヴァーンは逆結界からのんびりと抜け出したヘルマスターへ雷魔法を放り、ジェウセニューに肉薄。身体を傷つけないように手加減をした手刀を首に落とし、もう片方の手で回っている青い石を掴んで砕いた。

 びりと痺れたが、手を結界で覆っていたので直接触ってはいない。


「ジェウ!」


 ルネロームが駆け寄る。

 魔力の使い過ぎで少々顔色は悪いが、これだけならば眠ればすぐに治るだろう。それを確認してルネロームはほうと息を吐いた。

 ヴァーンは抱きかかえたジェウセニューをルネロームに渡し、ヘルマスターに向き直る。


「封印は解かせないし、神魔戦争を起こさせるつもりはない」


 ふんとヘルマスターは鼻を鳴らす。


「まぁ、そちらの器を使えずとももう一つの器があるがな」

「もう一つの器……?」

「あちらはどういう選択をするのだろうな」


 あちらとは誰のことだ。

 尋ねようとしたヴァーンの視界に白い影が入り込んだ。ちらとそちらを見れば、ルネロームの姉であるノエルの姿。


「姉さん」

「ルネ、ジェウくんは見つかった?」


 ええ、とルネロームはぐったりとしたジェウセニューを示す。それにノエルはほっと胸を撫で下ろした。

 ヘルマスターがじっとこちらを見ているのに気付いて、ヴァーンはいつでも魔法を放てるようにルネロームの真似をして紫電を纏った。

 ヘルマスターは不愉快そうに眉間に皺を寄せている。


「……そこに、ノエルがいるのか」


 ヴァーンは目を瞬かせる。背後にはルネロームと一緒にノエルが座り込んでいる。それなのに、どうしてそんなことを聞くのか。


「あの人は……わたしのことが見えないんですって……」


 のんびりとした口調でノエルが言った。ヴァーンは再び目を瞬かせる。


「わたしの、呪い……でも、わたしはどうしてそんな呪いをかけたのかしら……」


 こてんとノエルの首が傾けられる。

 シアリスカの報告で聞いたような気がする。ヘルマスターはこのノエルを探していたのだと。

 それがここにいるとわかれば、彼も滅多なことは出来ないのではないだろうか。

 ルネロームがノエルの手を握る。

 はぁとヘルマスターが嘆息した。


「もとより我はただ見届けに来ただけのこと。貴様がいるから少し遊んでやろうと思ったが……今、本気で神魔戦争を再来させようとしているわけではない」


 五賢王の一角も削れたしな、とヘルマスターは肩をすくめる。彼から魔力を練る気配が消えて、ヴァーンは小さく息を吐く。紫電を霧散させ、ジェウセニューを背負う。


「帰ろう、正常な場所へ」


 しかしルネロームは動かなかった。どうしたのだろうと見下ろすが、ルネロームは俯いたままノエルの手を借りて立ち上がる。


「ヴァーン。お願いがあるの」

「……ルネローム?」


 顔を上げた彼女は笑顔だった。ノエルも同じように微笑んでいる。はっとヴァーンは管理者たちを見た。


「アレクさま……彼女たちに、なにをさせるおつもりですか……?」


 アレックスはまだ青い顔をしている。のんびりとした動作でディエフォンを抱えながら立ち上がった。


「ヴァーン、父さまもととさまも悪くないわ。お二人はこの世界に余り関わってはいけないの」


 ルネロームがヴァーンの袖を引く。


「これは、わたしたちの仕事……もう一つの役目……」


 ノエルはヴァーン越しにヘルマスターを見た。ヘルマスターはノエルの姿が見えないばかりか、声を聞くことも出来ないらしくなにか反応を返すことはない。


「もう一つの役目……」


 こくりと姉妹が頷く。


「もし、封印が解けそうになったなら、わたしたちを人柱として封印を修復する。……それが、わたしたちに課せられたもう一つの役目」


 ごくりと飲み込んだ唾が鉛のように重たい。

 ヴァーンはジェウセニューが落ちないように抱えなおすのが精いっぱいだった。


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