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37 精霊祭の日 2/7

駆け足になったのでちょっと短いです。

 集落を抜けて少し歩くと全集落の真ん中、講堂の立つ広場に出る。

 その手前でぼくは人影を見た。

 血を被ったかのように赤い髪を靡かせた、魔族の男性。金色の双眸がこちらを見ている。

 はっと思わず息を飲んだ。


「あんた、は……っ」


 声が震える。

 そいつ――アライアはこちらを振り向くと首を傾げた。


「なんだ、まだ生きていたのか、失敗作」


 金色が冷たく光る。

 ひぅと喉が鳴った。

 男がぼくの前に出る。

 おや、とアライアの眉が持ち上がった。くくと悪魔が笑う。


「その赤銅の髪と目……ああ、思い出したぞ。実験に使った人間族ヒューマシムの番がいたな。子を産んでいたような気がしたが……貴様もまだ生きていたか、実験体番号三十七-C」

「実験……体……?」


 わからんか、とアライアはおかしそうに笑みを深めた。


「貴様の両親は私の実験台だったということだ。この青い石を使った、な」


 そう言って取り出したのは禍々しいほどに青黒い魔力を垂れ流した青い石。今まで見たことがないくらいに黒々としたそれは、アライアの右手にすっぽりと収まっていた。


(石に取り憑かれず、直接触れている……?)


 ひょうと風が鳴る。

 男が手を振るといくつもの魔術陣が高速展開。刹那で幾筋もの光の矢がアライア目掛けて飛び掛かった。


「ヴァル!」


 攻撃したのは男の方なのに、吹き飛んだのは男の方だった。アライアの青い石による障壁が男の矢をそのまま反転させたのだ。

 男も寸でで障壁を張り致命傷を避ける。ただ衝撃は殺せずに木に叩きつけられた。


「ヴァルっ」


 駆け寄ろうとした背後を取られたことに気付いたのは右腕を引かれたから。


「――ッ」

「なんだ、失敗作と思っていたが……この刺青、あの石のものだな」


 上着の袖が裂け、傷だらけの腕が剥き出しになる。


「てぃ、あ……?」


 男の目が見開かれる。ぼくは息を飲んだ。

 どくり、どくり、青黒い刺青が脈打つ。それは今にも顔にまで到達しそうで。

 右腕から首にまで心臓があるようで気持ちが悪い。

 ぼくの中の青い石の残滓が、近くに大きな青い石があるから興奮しているのがわかった。

 アライアはそれをじっと見て、口角を上げる。邪悪な三日月のようだ。


「ついでだ。手土産くらいくれてやろう」

「なにを……」


 腕から放された手が首を掴む。息が出来なくてひゅうと喉が鳴る。

 アライアは持っていた大きな石ではなく、少し小振りの石をポケットから取り出す。これでいいか、と彼はぼくの首元にそれを押し付けた。


「ぅ、あ……っ」


 アライアの手が放され、ぼくは地面へ転がる。

 男がぼくの名前を呼んでいるが、首元が熱くて堪らない。

 アライアの足がぼくを蹴り、遠ざかっていく。

 びき、びき、刺青が顔にまで広がっていくのがわかった。

 身体中が痛い。

 息が出来ない。

 ぼくの意識は真っ白に染まった。


 +


「ティア!」


 ヴァーレンハイトは叫ぶ。痛む背骨のことなど知らない。

 駆け寄って地面に蹲るアーティアを抱きかかえた。そして息を飲む。


「ティア……っ」

「あ……ああ……」


 がくがくと震える小さな身体に青黒い刺青が広がっていく。服を脱げばきっと腹や足にまで広がっているのではないだろうか。

 まずいね、とアーサーが呟いた。

 はっとヴァーレンハイトはアーティアの身体を起こす。苦しそうな表情をしたのは金色の双眸をしたアーサー。


「せんせー、ティアが……」


 ああ、とアーサーは頷き、首元に手を添えた。顔の半分に気味が悪い刺青が広がっている。


「身体がわたしの力を受け止めきれずに暴走状態にある。アーティアの意識が消滅寸前。このままでは、この身体はわたしのものになってしまう」


 そんな、とヴァーレンハイトは息を飲んだ。

 辛そうにアーサーが立ち上がる。刺青の脈動は止まらない。


「どうしたらいい?」

「さて、どうしたものかな……」


 アーサーは顎に指を添えて首を傾げる。眉が下がっていることから、全身の痛みを堪えながらのポーズだろう。

 本当はそんな余裕などないくせに。アーサーは意外と恰好つけたがりだ。

 アーティアの身体がブレて、一瞬だけ知らない男の姿に変わった。


「――?」


 瞬きの間にそれは消え去り、顔色の悪いアーティアの姿が目に映る。

 どうしたらいい。

 ヴァーレンハイトは必死に頭を回転させる。

 ふと浮かぶのはアレックスの姿。管理者だという彼ならばどうにか出来ないだろうか。


(……いや、でもどこにいるか)


 神界にしばらく留まると言っていたが、今はどうだろうか。まだ神界にいるのかわからない。


「……封印されているわたしの本体に力を返すことは出来ないだろうか」

「力を返す?」


 こくりとアーティアの姿をしたアーサーは頷く。

 日が傾き始めている。


「上手くいけば、の話だが」


 それでも。ヴァーレンハイトは拳を握り締める。


「他に手が思いつかないなら、それを試してみるしかない」

 力なくアーサーが笑った。


「ヴァーレンハイトくん、きみは頭脳タイプに見せかけて、結構脳筋タイプだよね」

「どっちでもないですー。頭脳労働も肉体労働もしたくないタイプですー」


 くくといつものようにアーサーは笑う。

 その笑顔にヴァーレンハイトはほっとして胸を撫で下ろした。


「さて、では封印がどこにあるのか探さねば」


 アーサーが目に力を入れたのがわかった。アーティアの魔力感知能力を使えば、きっと封印されてなお膨大な魔力がどこにあるのかわかるはずだ。

 ところで、とアーサーはヴァーレンハイトを見上げる。


「アーティアの友人、<雷帝>の息子の件はいいのかね」

「……あっちはルイたちに任せる。今はティアの命がかかってる」


 言いながら、ヴァーレンハイトは心の中でルネロームたちに謝った。ジェウセニューのことは知って動いている人たちが何人もいる。けれど、アーティアの件を知っているのは自分たちだけだ。

 やれやれ、とアーサーは込み上げる笑いを隠しもせずに肩をすくめた。


「わたしの魔力をそこここに感じる……」

「その中心はわかるか」


 こくりとアーサーは頷く。

 あちこちで青い石の力を感じるというのは不穏だが、今は構っている暇はない。


「これは……集落の中心だろうね」


 ヴァーレンハイトはアーサーを見下ろして頷く。

 よろけたアーサーの手を引くようにして、二人は全集落の中心である講堂へ向かった。


 +


 ルイとティアナはまず雷魔法族の集落で聞き込みを開始した。ギンとホウリョクは既に港の方へ走っているはずだ。

 集落は祭りに騒めいていて、活気がある。

 雷魔法族の集落だが、それ以外の魔法族の姿もあちこちに見えた。みな、祭りの準備で忙しそうだ。

 二人は通りがかる人たちにジェウセニューのこと、知らない男の姿を見なかったかと聞いて回るが芳しい答えは帰ってこない。

 ジェウセニューのことを聞いていると聞いて、二人の少女がルイたちに声をかけてきた。

 モミュアとリークと名乗った二人にはなんとなく覚えがある。

 ジェウセニューの友達である少女たちには多少の事情を話してもいいだろうと判断して、少年がいなくなったことを説明する。手掛かりは髪の長い暗い赤銅の髪をした見知らぬ男くらいだ。


「セニューが、いない?」

「そう、なにか知らない?」


 モミュアは不安そうに顔を曇らせる。


「わたしは見てないです……どうして……」


 むしろ泣き出しそうなモミュアの肩をリークがぽんと叩く。


「モミュア、考えるのも泣くのもあとよ! 今は探さないといけないんでしょ!」

「う、うん。でもリークは今からお祭りの準備が……」


 リークはちらと後ろを振り返る。まだ正装に着替えていない雷精霊神官ニトーレが様子を伺っていた。


「はぁ。あのね、友達が行方不明なのよ! こんな一大事に呑気に踊ってられないわ! ……ってことで、ニトーレさん、ごめんなさい。あたし、行きます!」


 ニトーレは眉を下げてくつくつと喉の奥で笑った。


「ま、こっちはなんとかするから、あの馬鹿弟子を頼んだぞ」

「はい!」


 リークはモミュアの手を引いて駆け出す。

 ルイとティアナもそれに続いた。なにをする気だろう。

 リークはルイたちを見て、辺りの人たちに手当たり次第声をかけ始めた。

 人脈が広いのだろう、少女の声に大人も子どもも関係なく、祭りの準備の手を止めて耳を傾けてくれる。

 ざわざわと人が集まり始めた。


「リークの友達? ああ、あのときどき見かける雷魔法族の少年ね」


 地魔法族ノールドの女性が頷く。

 それを聞いて雷魔法族の年配の女性がジェウセニューの家の方角を見る。


「集落外れに住んでる子でしょ。前から気になってたのよねぇ、どうして一人であんなところに住んでいるのか」

「あら、最近はお母さんが帰ってきたらしくて二人で暮らしているみたいよ」


 そうなの、と年配の女性が目を丸くする。


「リークの友達ならいい子でしょ。あたしたちも探してあげる」


 リークたちの同年代であろう少年少女たちが手を上げた。


「リークちゃんの頼みなら断れないなぁ」

「子どもが行方不明だなんて、そんなこと聞いたら祭りどころじゃないしな」


 子どもを連れた水魔法族ウォルタの男性も不安そうに頷く。


「リークちゃん、こっちは任せて!」

「じゃあわたしは彼のおうちに行ってみるわね。親御さんも心配でしょう、飛び出していっちゃったら大変だわ」


 わいわいと騒いでいた人たちが頷き合って行動に移る。

 リークはその背中に「みんな、ありがとう!」と声をかけた。

 中には祭りの準備に戻る人もいたが、それでも結構な人数が協力してくれることになった。これは心強い。

 ルイたちも駆け出そうとしたところで、ティアナのスカートの裾を引く小さな手があった。


「どうしたの」


 雷魔法族の小さな子どもだ。子どもの視線に合わせてティアナはしゃがみ込む。


「あのね、ぼく、へんなひとみたの」

「変な人?」


 こくりと少年は頷く。

 そして空を指してぐるぐると回す。


「おそらとんでたの。あっちのほうにとんでったの」


 あっちの方、と少年は北西の方を指した。そちらにあるのは全集落の中心である講堂か、風魔法族の集落だ。

 根気よくその人物がどんな容姿をしていたか、どんな様子だったかを聞き出すとルネロームたちから聞いたディエフォン・モルテの姿と一致する。

 なにか抱えていたような気がするという証言も聞けた。

 ルイたちは顔を見合わせて頷く。

 リークが少年にお礼の飴玉を渡すと、少年は嬉しそうに笑った。

 それに手を振って四人は集落の中心へ駆け出す。

 日が傾き始めていた。


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