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37 精霊祭の日 1/7

 地上に戻ったぼく――アーティアたちは、どこかの山に放り出されていた。

 ふとティアナ・ウィンディガムが天頂へ向かう太陽を見上げながら、思い出したように呟く。


「そういえば今日じゃないかしら、魔法族セブンス・ジェムの精霊祭。わたしの日付感覚がズレていなければ、だけど」


 精霊祭。

 以前、リーク・サンダリアンが舞うと言っていた祭りだ。見に来てと言っていたなと思い出す。


(まぁ、ここからじゃ魔法族の集落まで時間がかかるだろうし、行けないかな)


 心の中でリークに謝っておく。

 ぽんと男――ヴァーレンハイトの手がぼくの頭に乗った。


「なぁ、シアリスカさん。あんたは転移魔法使えたよな」

「使えるよー。どこか行きたいところあるの?」


 こくりと男が頷く。


「魔法族の集落」


 ぼくは男を見上げた。


「息抜きに友達に会いに行くのもいいだろ」

「べ、別に会いたいとか……」

「おれが会いたいなと思ったんだよ」


 シアリスカはぼくと男を見て、ルイたちを見た。


「全員、魔法族の集落でいいの?」

「そうね、わたしも久しぶりに精霊祭で出る精霊飴が食べたいわ」

「精霊飴ってなんです?」

「精霊さまの形を模ったキャンディよ。でもみんな好きに作るから同じものなんてないんだけどね」


 どないやねん、とギン・カヨウも呆れている。ティアナはそれが面白いのと笑った。


「ノエルはそれでいいか」

「ええ。お祭り、楽しみね」


 あちらも全員で行くことに決まったらしい。


「じゃあ、魔法族の集落へ行くよー」


 シアリスカの声で全員の足元に橙の魔法陣が浮かぶ。

 ぼくたちの身体が光の粒子となって消えた。



 ぼくたちが出現したのは魔法族の港と雷魔法族サンダリアンの集落の間。いきなり現れたぼくたちを見て何人かの人が驚いていた。

 最近よく使われるから麻痺していたけれど、転移魔法なんて使える者は多くない。それを当然のように使えるからこその神族ディエイティストか。やっぱり凄いやつらなのだなと認識を改める。


「ここからならジェウセニューの家が近いね」


 リークにも会いに行きやすいだろう。

 ジェウセニューの名前を聞いて、ノエルがぽんと手を叩く。


「ルネの息子、ね? ふふ、会うの楽しみ……」

(そうか、ルネロームの姉なんだから、ジェウセニューの伯母に当たるのか)


 本当に、天涯孤独だと思っていたのに一気に血縁(?)が増える。どうなってるんだろうな、と呆れる反面、よかったねと言ってやりたい気持ちもある。


(ぼくはもうこれ以上増えなくていいけど)


 ある意味、片親が魔族ディフリクトということは親兄弟がいないということなのでこれ以上親戚関係が増えずに済むということだ。それはいいのか、悪いのか。

 成り行きで八人揃ってジェウセニューの家に向かう。


(改めて見ると人数多いな……)


 ジェウセニューもびっくりするだろう。ルネロームは「お客さんがいっぱいね」などと言いながら喜びそうだ。家には入らないだろうけど。

 ジェウセニューの家が見えてきたところで、ぼくの背筋をなにか冷たいものが駆け巡った。

 ぞっとした気配にぼくは思わず息を飲む。


「どうした、ティア?」


 男がぼくを見下ろすが、ぼくは答えられない。

 なんだろう。とても嫌な感じがする。

 家は以前と変わらない様子なのに。


(いや、なんだか妙に静かだ……)


 この辺りまで来れば、誰かが来たと察知した二人が家から顔を出してもおかしくないのに、それがない。

 シアリスカが扉を叩こうとした途端、扉が開いた。飛び出してきたのは首にベル型の飾りを着けた愛らしい神族の娘。頭の左右でお団子にした髪が揺れる。


「リングベル?」


 シアリスカも首を傾げる。

 瞬間、リングベルの瞳に大粒の涙が溢れた。


「ジアリズガざまぁぁぁぁ、どうじようううぅぅぅ」

「うわぁ、凄く無様だよ、リングベル」


 容赦ないシアリスカの言葉にリングベルの涙は更にぼたぼたと頬を伝う。

 ふらりとその後ろから青い顔をしたルネロームが姿を見せた。いつもの元気がない。余程の事態があったのか。

 いや、そもそも母親がこんな状態になっていたらしれっとマザコン拗らせているジェウセニューが黙っていないはず。

 家の中には二人以外の気配がしない。


「……ジェウセニューは?」


 ルネロームの眉が下がる。


「そこにいるのは、もしかして姉さん……?」


 はっとルネロームがノエルを見て目を丸くした。

 ふらふらと覚束ない足取りで家から出てきたルネロームはノエルに縋りつくように抱き着く。


「どうしよう、姉さん……ととさまが……ととさまがジェウを……」

「ととさま……?」


 ルネロームのいうととさまは確か、ディエフォン・モルテのこと。魔術の祖と呼ばれる者だったはず。しかも行方不明で相棒であるという管理者アレックス・ヴィタが探していたのではなかったか。

 ぼくは男と顔を見合わせる。


「ととさま、様子が変だったの」


 ルネロームの話によると、ディエフォン・モルテが突然現れてジェウセニューを攫っていったのだという。

 リングベルがすぐに神界へ連絡を飛ばしたが、それより先にやってきたのはぼくたちだったという。

 リングベルは縋るように上司の一人であるシアリスカを見ている。


「とりあえず、リングベルはこの件が終わったらヤシャの生き急ぎ訓練に参加ね」

「……は、はい……」


 なんだそれ。

 リングベルの顔が真っ青通り越して真っ白なので、きっととんでもない訓練なのだろうなという予想はついた。

 ノエルは目を閉じて周囲を探っている。


「自分の子どもが大変なことになってるなら、ボクの用事を優先させることは出来ないよねー」


 うんうんとシアリスカは腕を組んで頷く。


「ルネローム、息子がちゃんと見つかったらシリウスの件、ちゃんとよろしくね」

「え、ええ……ジェウが無事に戻ってくれるなら、いくらでも手伝うわ」

「じゃあルネロームはここで待機。ノエル、魔術の祖の気配は辿れた?」


 ほうと息を吐いて、ノエルが目を開ける。

 眉を下げてシアリスカとルネロームを見た。


「……よく、わからないわ。でも、まだ遠くには行っていないはず……いいえ、むしろ……魔法族の集落のどこかに留まっているはず……」


 こくりとシアリスカは頷く。


「ねぇ、アーティアたちも手伝ってくれるよね?」


 ぼくは一も二もなく頷いた。男も同じように頷く。

 ルイたちを見れば、やる気十分という体でシアリスカを見ている。


「当たり前やろ。子どもが目の前で攫われたおかんを見捨てるような真似せぇへんて」

「同じ魔法族の子なんでしょう? わたしだって手伝うわ」


 ルイとホウリョク・メルヤもこくこくと頷いている。

 ありがとう、とルネロームが目尻を拭った。


「そんじゃ、何人かで分かれて探すぞ。範囲は集落なら、そう時間はかからないはずだ」

「いえ、範囲が集落に限られているからこそ、他所の人が子どもを攫っても大騒ぎになっていないのはおかしいわ」


 せやな、とギンも頷く。


「隠れとるんやったら面倒やな……」

「でもまずは足を使って探さねぇとですよ」


 あちらはルイとティアナ、ギンとホウリョクで分かれることに決まったらしい。

 ぼくは意識を集中して地面に座り込む。知らない足跡があるのを見つけた。


「……ぼくは魔力を辿ってみる」

「わたしたちは聞き込みしながら、集落を巡ってみやがりますね!」


 ぱっと四人は身を翻して駆け出していく。

 ノエルは焦るルネロームを宥めるために家に入っていった。

 リングベルは二人の護衛、そしてシアリスカは神界のヴァーンたちと交信を試みるという。


「ぼくは魔力を辿るのに集中するから、その間よろしく」

「わかった」


 ぼくは目に力を集中して全ての魔力を見る。以前よりも精度が上がった気がする。

 家の中にいるのはリングベル、ルネローム、ノエルの三人。扉のそばで魔法陣をいくつか展開しているのはシアリスカ。

 昨日まではジェウセニューが狩りに行って大きな獲物を二回持って帰ってきたことがわかる。そのうちの一頭は魔獣だったようだが、家の前で捌かれている時点で恐らくもう母子の腹の中だろう。

 びきりと目の血管が悲鳴を上げた。鋭い痛みが頭を駆け巡る。


「ティア」

「まだ」


 リングベルとルネロームが外に出ている。方向からして港だろうか。なら、きっと買い物だ。その間にまたジェウセニューが狩りに出ている。何度行くんだ、こいつは。

 しばらくしてジェウセニューは帰ってくる。台所で気配が止まったので、それほど大きくない獲物を捌いているのだろう。

 そのあとにリングベルとルネロームが帰ってくる。そこに現れる知らない魔力を持った人物。途方もなく大きな魔力だ。これがディエフォン・モルテだろう。

 ぼくはこくりと唾を飲み込む。

 力の一端が解放され、ルネロームたちに襲い掛かる。倒れた二人の場所は……ぼくから見て九時の方角。

 ジェウセニューが家から出てきて、ディエフォン・モルテに捕まった。その気配は宙へ。

 びきり、また痛みが走る。


「ティア!」

「まだ、もう少し!」


 男がぼくの腕を引くが、もう少し。もう少しでルネロームが見失ったところだ。

 ジェウセニューを連れたディエフォン・モルテの気配は消えた。けれど、魔力の痕跡は消えていない。


(これを辿れば、ジェウセニューがどこにいるかわかるはず……!)


 息を吸う。

 脳に痛覚はないはずなのに、頭が割れるように痛い。魔力を視て、追うのに全力を使ったからか。

 ぬるりとしたものが頬を伝った。触ってみると、赤い涙。

 瞬きをするだけで痛い。

 けれど、ぼくはやめるつもりはなかった。

 男が心配そうな目で見ていても、それを無視する。

 男は呆れたように息を吐く。

 ぼくはふらりと立ち上がって、歩き出す。空を漂うディエフォン・モルテとジェウセニューの魔力を辿って。

 男は黙ってぼくのあとに続いた。

 赤い視界の中で、ディエフォン・モルテの青黒い魔力とジェウセニューの黄色く光る魔力だけを頼りにして。


 +


 雨が降っている。神界にも雨は降る。

 ヴァーンは湿気を吸った紙を持ち上げて横に立つラセツ・エーゼルジュを見た。


「もう今日は休業にして地上にでも行かないか。地上、凄く晴天」

「寝ぼけたこと言っていないでさっさと書類に目を通してくださいね」


 真っ白な部屋に窓なんて見当たらないのにどうして湿気が入ってくるのか。簡単な話だ。見えないだけで、実はあるのだ。外を見るための窓が。

 ただ、普段はヴァーンが逃げないように、逃げたくならないように不可視の術をかけている。

 最初はヴァーンが自分で術をかけていたが、途中から無駄を省くためにロウ・アリシア・エーゼルジュの札を貼ることで術を展開している。

 ラセツからするとそれも無駄でしかないのだが。

 その窓の方角から勢いよくなにかが飛び込んできた。咄嗟に反応したのはヴァーンが先だった。ヴァーンは立ち上がってラセツの前に立ちはだかる。


「ちょ、馬鹿長!」


 思わず口が悪くなったのは仕方ない。だって、ラセツは部下で、族長を守るべき立場だ。なのに今、庇われているのはラセツの方だった。


「馬鹿って……新婚でヤシャを男やもめにするわけにはいかないだろう」

「だからって盾になろうとする族長がどこにいますか!」


 持っていた書類で頭を叩く。

 ヴァーンは首を傾げて飛翔体が落ちた場所を見た。


「ん、これは……リングベルの使い魔か」


 ぜぇはぁと肩で息をするのは鳥のような虫のような、妙な形をした使い魔だ。

 ヴァーンはしゃがみ込んでそれを指でつつく。


「なんの音ですか」

「どウシタ」


 音を聞いて四天王とヤシャが慌ててヴァーンの執務室に入ってくる。

 そしてヴァーンのつつく使い魔を見て、目を丸くした。


「それは……確かリングベルの緊急用の使い魔では?」

「ああ、そうだよな」


 ヴァーンが手をかざすと使い魔の形が解け、宙に光る文字が浮かび上がる。


「……ジェウセニューが攫われた……?」


 さっとヴァーンの顔色が変わる。

 そのあとに続く文字を見て、ラセツは上司たちを仰いだ。


「ディエフォン・モルテに、だと?」


 リングベルは今、ルネロームのところにいるはずだ。ならば、ルネロームがそう言ったのだろう。


「ディのやつ、なにやってんだ?」


 声がして驚く。先ほどまでいなかったはずのアレックスがヴァーンの肩越しにリングベルの伝言を読んでいた。

 ラセツは息を飲んで悲鳴を押し殺す。


「場所は……雷魔法族の集落、か」


 ふむとアレックスは考え込む。


「なんっか面倒なにおいがすんなぁ」

「アレクさま、ディエフォン・モルテはなにを……」

「わからん。わからんなら、行くしかないな」


 アレックスがヴァーンを見る。

 ヴァーンは四天王を見て、ラセツを見た。

 ラセツは息を吐く。


「――ヤシャ、族長が留守にしているときの対応マニュアルについて教えるから来て」

「まぁ、残るなら俺だよなぁ。ルネロームたちによろしく言っといてくれ」


 がしがしとヤシャは頭を掻いて、ラセツの持つ資料を受け取った。


「ラセツ、ヤシャ……」

「行くなら早くしてください。今わたしは緊急のマニュアルを確認しないといけないので手が離せないんです。上司方がいなくなっても気付けないくらい集中しているので」


 ふ、とヴァーンが吹き出す。


「すまん、恩に着る」


 ラセツは息を吐いて、そちらも見ずに手を払った。さっさと行ってしまえ。行かなければ、きっとヴァーンは後悔するだろう。


「あとヤシャは嫁に情報リークしたことで帰ったら説教な」

「いいだろうが、おまえの左腕だぞ?」

「一応、緘口令だっただろうが」


 ヤシャが唇を尖らせてヴァーンたちを見送る。

 ちょうど、シアリスカからの交信が入ったらしく、ヴァーンは宙に浮かぶ四角の中のシアリスカに状況を聞きながら執務室を出ていく。三人の四天王とアレックスもそれに続く。


(始祖たるアレクさまの相棒であるディエフォン・モルテ、そして場所が魔法族の集落となれば、四天王が出ても仕方ないか)


 あとでニアリーとコウたちにも上司不在の際のマニュアルを出すように説明しなければ。

 ラセツは息を吐く。


「悪いな、どいつもこいつも自分勝手で」

「今更じゃない」


 族長不在だなんて、緊急中の緊急だ。埃を被っていたマニュアルを引っ張り出してヤシャに押し付ける。


「わたしはニアリーたちに説明してくる。この場をお願いね」

「了解」


 左手で敬礼するヤシャを背に、ラセツは執務室を出る。


(自分勝手なんて今更じゃないの)


 それをわかった上で部下をやっているのだ。伊達に族長の左腕とは呼ばれていない。

 ラセツはぱちんと両頬を叩いて気合を入れ直した。

 きっとニアリーは悲鳴を上げるだろう。コウは置いていかれたと怒るかもしれない。

 ラセツはため息を隠しもせずにまずは一番聞き分けがいいであろうカゲツ・トリカゼのいるカムイの執務室を目指した。


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