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36 思わぬ再会 5/5

ギリギリだけど今日中なので毎日更新は継続中です。

「いつティアがミストヴェイルに飛び掛かるかとひやひやした」

「……ぼくだって自分の力量くらいわかってるよ」


 ぼくと男が話す横で、ホウリョクとギンも似たような会話をしている。


「ギンがミストヴェイルの首筋に噛み付きやがったらどうしようかと思ってましたよ」

「阿呆。オレかて力の差くらいわぁっとるわ」


 悔しそうにギンは拳を握り締める。同じ意見なのは業腹だが、同感でしかない。あの澄ました顔が目の前にあるだけで腸が煮えくり返りそうだった。

 そんなぼくたちが案内されたのは下級魔族たちによって急いで片付けられた部屋。

 真っ黒でびりびりに破れた遮光幕のかかった窓から稲光が見える。個人用の部屋だ。用意されているのはそれが七つ。


「……いや、ここで一人になりやがりたくないですよ」


 ホウリョクの言葉にぼくは思わず頷く。


「じゃあ大きい二部屋だけ使う?」


 クロウェシアの後ろでぜぇはぁ言いながら高速片付けをしている下級魔族には悪いが、そうさせてもらう。悲し気な目で見られても困る。

 片付けている間にノエルに用意されていたという部屋を見せてもらった。ベッドや調度品も当時のままなのだろう、簡素な部屋が残っていた。


「ここが……わたしの、部屋……?」


 ノエルはやはり覚えがないようで、寂し気に目を伏せる。寂しいと思うということは、どこかでやはり覚えているのかもしれない。

 けれど、呪いが記憶に蓋をしているのだろう。ノエルが思い出すことはない。


「この部屋で寝てみる? じゃなかった、寝てみますか、ノエルさま」


 クロウェシアがノエルの顔を覗き込む。言い方を改めたのは他の<五賢王>がそうしていたからだろう。

 ノエルは小さく首を横に振る。


「みんなと、一緒がいい……」


 わかりました、とクロウェシアは頷く。

 そして案内されたのが大きな部屋。綺麗に片付けられているが、全体的に暗い色で揃えられているのは<冥王>の城の中ということでわざとそうしてみたとはクロウェシアの言だ。

 意外と生活で必要な部屋も揃っているのは大昔にノエルのために揃えたのだという。どれだけ<冥王>が彼女に重きを置いていたのかがわかるようなわからないような。

 ただ食事を必要とする魔族がそれほど多くないらしく、料理は自分たちですることになった。食材は見たことないものばかりだったのが不安だったが、相棒たちがどうにかして普通に美味しいものが出てきたのは素直に凄いと思う。

 交代で風呂を済ませ、荷物を置いた部屋に戻る。ベッドが人数分用意されていて、いつでも眠れそうだ。


(……<冥王>の城で安楽と眠れるかと言われると、ちょっと怪しいけど)


 その考えはみんな同じだったようで、あとは寝るだけになったというのに隣の部屋の男連中も居心地悪そうにこちらの部屋へとやってきた。


「まさか、この城に泊まることになるとはな……」

「半年前の自分にそないなこと言うても信じんやろなぁ」


 はははと笑うギンの声は乾いている。


「……ヴァルは?」


 やってきた男連中の中に相棒がいないことに気付いた。

 ああ、とルイが呆れた顔を隠さない時点でなんとなく察した。


「ヴァーレンハイトなら、眠いからってさっさと寝ちゃったよ。図太い神経してるよねー」


 シアリスカがくすくすと笑う。

 神族なのにこうして魔族の巣窟である魔界に来ている彼も相当の図太さを持っている気がするが。言っていいことがある気がしないので黙っておく。


「ボクは明日にでも地上に戻ってルネロームのところに行こうかなって思ってるんだけど、みんなはどうするの?」


 シアリスカはぼくが座っていたベッドに飛び込んで勝手に枕の硬さを確かめている。

 ぼくはノエル次第かなとノエルを見た。ノエルはベッドの真ん中に座り込んでぼんやりとしている。

 ルイたちはちらとノエルを見てどうするか話し合う。


「ノエルがどうしたいか、じゃないかしら」

「そうですねー。まぁ出来れば早く地上に戻りてぇですけど」


 ルイが重々しく頷く。目が真剣だ。


「そろそろ縁切りてぇ……」


 切ったら切ったで異母弟がうるさそうだ。


「ノエルはどうしやがりたいですか」


 全員がノエルを見た。ノエルはぼんやりとしたまま、首を傾げる。


「わたし……わたしは……」


 俯く。

 自分を知っているらしいヘルマスター。

 しかし本人は覚えていない。ここにいたところで思い出せるかどうかはわからない。


「また<冥王>に呼ばれるまでに答えを出せばいいんじゃない」

「そう……なの……?」

「そうね。今日はゆっくり眠って、明日にでもまた考えればいいわ」


 こくりとノエルは頷く。

 もぞもぞとベッドに潜り込むノエルを見て、ぼくとホウリョクは男連中を追い出す。


「眠れる気がしねぇんだけど」

「枕投げでもしやがったらいいんじゃねーですか」

「どうせヴァルは起きないから、こっちに響かないようにしてくれればなにしててもいいよ」


 閉め出すと渋々隣の部屋に戻っていった音が聞こえる。


「……わたしたちも眠れねぇってんですよ」

「横になって目を瞑るだけでも休んだ効果は得られるらしいよ」


 全員がベッドに入ったのを確認して、明かりを消す。時折響く雷の音と光以外、なにも見えない。聞こえない。


(聞こえない……うん、枕から歯軋りが聞こえるのも気のせい……聞こえない……)


 気のせいだ。

 全部気のせいだ。

 金色の目をした誰かがぼくを見下ろしているのだって。それがせんせいなことだって。


(全部、気のせい)


 ぼくは目を閉じて呼吸を浅くする。

 ぼくを見下ろす影は、いつまでもそこに立っていた。


 +


 朝だか昼だか夜だかわからないが、目が覚めた。眠った気がしない。

 それはホウリョクとティアナも同じだったらしく、眠たそうに目をこすっている。


「……おはよう?」

「おはようごぜぇます……うう、雷うるさ過ぎじゃねーですか」

「おはよう。マットレスから悲鳴が聞こえたのは気のせいかしら」

「気のせいです」


 ぼくも頷く。ホウリョクの顔が青いが、気のせいだ。

 ため息を吐きながら旅立ちの準備をする。素振りや柔軟をする気力はなかった。

 身支度を整えて隣室の扉を叩く。ギンが顔を出したが、ぼくたちと同じように眠れなかったのだろう、疲れた顔をしていた。


「おはようさん。なぁ、ヴァル起きひんのやけど」

「声かけるだけで起きたことないよ」


 見ればルイも身支度を整えて男を起こそうと声をかけている。

 ぼくは一言断って室内に入り、勢いよく男の腹の辺りに飛び込んだ。


「ぐふっ」

「朝だよー」


 嫌そうに男が眉間に皺を寄せて丸くなる。起き上がって布団を剥ぎ取って放り捨て、ベッドから蹴り落とす。


「……痛い……」

「起きた? おはよう」


 床で寝なかっただけマシだろう。もしかしたら男でさえもゆっくり眠れなかったのではと思ったが、しっかり寝ぐせのついた頭を掻く男を見て考えを取り消した。こいつに限ってゆっくり眠れなかったなんてことはないだろう。


「なんか……枕に愛を囁かれる夢を見た……」


 なんか言っている男の顔に荷物を投げる。

 いつの間にかいなくなっていたギンとホウリョクが朝食を用意してくれたらしいので全員で食べた。目玉焼きだと思って口に入れたものから肉の味がしたのは気のせいだ。


「なんか……懐かしい味がする……」


 ノエルが嬉しそうだったので、気のせいではないかもしれない。

 そうしているうちに伝令だという下級魔族からヘルマスターが呼んでいるということを聞き、ぼくたちは顔を見合わせる。


「やっぱ来たか」

「ここで放置されてもそれはそれで困ると思う」


 気が重そうなルイが一番に立ち上がり、伝令魔族のあとについて昨日と同じ玉座の間の大扉の前に立った。


「来たか」


 扉が開かれると、昨日見た薄紫の髪をした男性が玉座で頬杖をついていた。

 切れ長の金眼がぼくたちを順に眺める。やはり、ノエルの姿は見えないらしく、彼女がいるところで止まることはなかった。


「……」


 不機嫌を隠そうともせずにヘルマスターは左右に並び立つ<五賢王>を見た。


「ノエルはいるのか」


 はい、と部下が頷いたのを見て、ヘルマスターはふんと鼻を鳴らした。


「ノエルよ。貴様はこれからどうするつもりだ」


 ヘルマスターはノエルがいると教えられた辺りを見下ろす。ノエルはいつも通りぼんやりとした表情のまま、彼を見上げた。


「わたしは……ここには留まれないわ……役目があるから」


 こそりとクロウェシアがノエルの言葉をヘルマスターに伝えると、彼は怒るでも悲しむでもなく、ただ「そうか」とだけ呟いた。


「……好きにするがいい。それが貴様というものだ」


 そしてヘルマスターはちらとクロウェシアに目配せをする。

 クロウェシアはぴょこんと前に出ると、ノエルに金色の石の嵌ったペンダントを差し出した。


「なぁに、これ」

「これはー、魔界への通行証です。これがあれば、いつでもどこでも魔界に来れます! ヘルさまからのプレゼントですよ」


 言いながら、クロウェシアはノエルの首にペンダントをかける。


「いいの……?」


 ノエルがヘルマスターを見る。なにかを察したのか、ヘルマスターはこくりと頷いた。


「――好きなように、すればいい」

「……うん」


 ノエルは薄っすらと頬を桃色に染めてペンダントを撫でた。


「で、おまえらはどうするわけ?」


 胡乱な目でイルフェーブルがぼくたちを見る。


「地上に帰るに決まってんだろ」

「ルキのことは許したらんけどな」


 ヘルマスターはまた頬杖をついて、ルイを見た。それは一瞬だけで、詰まらなそうにぼくとシアリスカに視線を向ける。


「神族の拷問吏と混ざり者の小娘よ、<聖帝>に伝えおけ。いつでも遊んでやろう、とな」


 べーっとシアリスカは舌を出してそれを拒否する。ぼくは肩をすくめるだけに留めた。

 というかシアリスカ、おまえ拷問吏なのか……とんでもないな。

 ぼくたちは扉から出ようとヘルマスターに背を向ける。クロウェシアがぼくたちを送ると手を上げた。

 そんななか、相棒だけが動かずじっと<五賢王>を見ている。


「ヴァル?」


 男はちらとぼくを見て、また五人の魔族を並び見る。


「ダークスピネルに聞きたいんだけど」

「ぼく?」


 きょとんと目を瞬かせる水精霊神官と同じ顔をした青年の前に男が立つ。


「十七年前にゼネラウスって人間族を殺したこと、覚えてる?」


 ダークスピネルは首を傾げて考える素振りを見せるが、本当に考えているようには見えなかった。


「覚えてないなー。だって、毎日たくさん潰してたからね」


 そっか、と男は肩を落とし――青年の顔に右拳を叩き込んだ。ダークスピネルの身体が吹っ飛び、ヘルマスターの玉座の横に叩きつけられる。


「ぶっ」


 いつの間にか自分に強化魔術をかけていたらしい。


「姿が違うからわからないかと思ったけど、その笑い方は見覚えあるわ。ゼネを殺したの、あんただったんだね」


 手を振って痛みを逃がしている男の顔はいつも通り、眠たそうだ。

 ルイたちもぽかんと男を見ている。


「な……いきなりなにを……」


 起き上がったダークスピネルは鼻血を拭いながら男を見る。


「覚えてたらなにもしないつもりだったけど、覚えてないとか抜かすからちょっとイラっとして」


 ぼくは男がイラっとすることなどあるのか、と別のことを考えていた。

 男は肩を回すと、ぼくの背を押してさっさと玉座の間をあとにした。


「……復讐のつもり?」

「いや、なんかイラっとしただけ」


 ちょっとすっきりした、と男は息を吐く。


「けど、殴った手が痛いからもうしたくない」


 あとを追ってきたルイたちが男を見る。最初に吹き出したのはギンだった。


「なんや、いきなり。あの<冥王>ですらぽかんとしよったぞ」

「ふふ……<五賢王>なのに……魔族で特に強いやつらなのに……」


 クロウェシアまで笑っているのはいいのだろうか。

 追撃に来る様子はないので、安心して城の外に出た。


「それじゃあ、また遊びに来てね!」


 クロウェシアの言葉にぼくたちは曖昧な顔で笑うしか出来ない。ノエルだけはこくりと頷いていた。

 少女が転移の魔法陣をぼくたちの足元に展開し、発動させる。


「ばいばーい」


 大きく手を振って見送るクロウェシアに、小さく手を振り返す。

 ぼくの身体が粒子となって、魔界から消えた。


 +


 いい天気が続いている。

 相変わらず集落の方ではなにかと騒がしいようだが、いよいよ今夜は精霊祭。みんな浮足立っているのがわかった。

 リングベルはルネロームと一緒に買い物に出かけ、帰ってきたところだ。今日は港で魚が安かったので塩焼きにしようと話していた。

 家ではジェウセニューがお腹を空かせて待っているはずだ。


「あら……?」


 家の前に誰か立っているのが見えた。

 ぼさぼさの暗い赤銅の髪をぐるぐると白い帯状の布で巻き、背中に垂らしている。暗澹とした色のローブにも同じ布が巻き付いていて、うねうねと蠢いているのが気味が悪い。

 ゆっくりとその人物はルネロームたちを振り向いた。

 まぁ、とルネロームは声を上げる。

 白磁の肌に赤い刺青を彫り込んだ顔。左右で違う目の色は緋色と紫水晶のような輝きを持っているにも関わらず、沼に沈んだ鳥のように暗い。

 長い耳は彼の気持ちを代弁しているかのようにへにゃりと下を向いている。

 その首元には見覚えのある青い石。


「ととさま!」


 ルネロームが駆け寄る。


(ととさまって……ルネロームさんのお父さん?)


 リングベルは目を瞬く。

 だって、彼女の父親は神界で客人としてやってきたあの空色の目をした金髪の男ではないのか。

 とはいえ他人の家庭環境はいろいろとあるものだ。余り突っ込んではいけないことだって多々ある。

 そういうものだと自分を納得させ、リングベルもルネロームの背中を追って家に近付いた。

 途端、


「娘……ルネローム……その息子ならば……」


 すぅとととさまと呼ばれた男の手がルネロームに向けられた。

 ぱんっと弾けた音がしてリングベルは地面に叩きつけられる。見ればルネロームも同じように地面を這い蹲っていた。


「な……?」

「きゃぁっ」


 男が手を振ると地面に生えていた名も知らない草が伸びて二人を拘束する。

 二人の悲鳴を聞いてか、扉が開いてジェウセニューが顔を出した。


「母さん!?」

「ジェウ、来ちゃ駄目!」


 ぐいとジェウセニューの腕が引かれ、少年の全身が外に出た。腕を引くのは男。


「だ、誰だよ?」

「器よ、共に来い」


 ジェウセニューの腕が拘束され、男の身体が浮き上がる。


「待って!」

「母さん!」


 ルネロームが手を伸ばそうともがくが、動けば動くほど植物が身体を締め付ける。

 リングベルは隠し持っていた針のようなナイフで草を切るが、なかなか拘束は解けない。


「ジェウ!!」


 雷鳴が轟く。

 余りの眩しさにリングベルは目を閉じ――また開いたときには男とジェウセニューの姿は消えていた。

 ナイフで草を切り、ルネロームに駆け寄る。


「ルネロームさん!」

「ジェウ……ジェウは……?」


 草の拘束を切ってやると、ルネロームはきょろきょろと辺りを見渡す。しかし二人の姿はない。


「嘘……どうして、ととさまが……ジェウを……?」


 今にもどこかに駆け出そうとするルネロームを抑えて、リングベルは首を振る。


「わたしにはわかりません。けど、これはヴァーンさまたちに報告すべきことだと判断します。すぐに返事をくれるはずですから、今は少しだけ待って貰えますか」

「だって……ジェウが……」


 ルネロームを宥めながら、家に入る。先ほどまでジェウセニューが肉を解体していたのだろう。今日は魚だって言ったのに。

 リングベルはぎゅっと唇を噛んで、ルネロームを椅子に座らせる。

 緊急の伝令使い魔を飛ばし、手を組む。誰に祈るわけでもないが。


(お願い、ヴァーンさまじゃなくてもいい、誰か来て……)


 あの男の力はリングベルでは手に負えないものだ。もしかしたら、四天王たちでも。

 それを悟ってしまい、リングベルは指に力を入れる。指が真っ白になっているのも構わずに。


(どうして息子くんが……)


 空を見上げる。雲一つない、祭り日和の青い空が広がっていた。


あとはもうラストまで突っ走るだけです。

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