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36 思わぬ再会 3/5

 アーティア・ロードフィールドとヴァーレンハイト・ルフェーヴル・メルディーヴァの監視任務の終了が言い渡された。

 やっと休暇に入れるとリングベル・リーン・ジングルが喜んだのも束の間、次の任務を命じられた。

 今度は雷魔法族の<雷帝>ルネローム・サンダリアンの監視・護衛。


「まぁ正直、護衛はいらないと思いますが」


 とはカムイの談だ。

 期間はまたもや不明。ただ、給料に色を付けてくれるというので渋々頷いたものだ。


(今度こそ休暇取れたら実家に帰って弟妹たちにお土産買ってあげよう……)


 そんなことを考えながら、神界から地上へ戻るルネロームについて雷魔法族の集落へ向かう。

 彼女には一人息子がいるのは把握済みだ。

 アーティアたちについて何度か行ったことのある場所だし、見たことのある人物でもある。リングベルは家の外から監視するかと木の上で休憩の姿勢を取った。

 何故か家に入ったはずのルネロームがひょっこりと扉から顔を出す。その視線は間違いなくリングベルを見ていて――、


「監視役さん、よかったら一緒にお昼ごはん食べない? 外だとそろそろ日差しがきついでしょう」

「……うっそ、なんでバレてるの……」


 ルネロームはにこにことしたままだ。その後ろで息子のジェウセニューがきょとんと目を瞬かせている。


(息子くんにはバレてないみたいだけど……)


 おーい、とルネロームはリングベルに呼び掛けている。


「今日のお昼ごはんはお肉たっぷりのカレーライスよ」


 どうしようかと悩んでいたリングベルの腹がくぅと切なく鳴いた。

 誰も聞いていないのが不幸中の幸いか。

 リングベルは顔が熱くなるのを感じながら木の上から飛び降りた。


「……ご馳走になります」

「ふふ、食事はみんなでした方が楽しいものね」


 決して、食欲に負けたわけではない。それだけではないのだ。

 リングベルは自分に言い聞かせながらにこやかにジェウセニューにも挨拶をする。

 監視役と聞いて警戒していた少年だが、リングベルが余り強そうに見えないことや明らかに食欲に釣られて出てきた様を見て警戒を解いた。なんとなく複雑である。

 いや、本当に食欲に釣られただけではないのだ。


(監視兼護衛だもの。対象には近付いて問題ない! ……よね)


 報告を受け取りに来たカゲツ・トリカゼの呆れた顔は脳内から振り払った。


(ヤシャ先生も、任務の内容や状況によって対象との距離を変えるのは一つの手だって言ってたし!)


 新しくリングベルたちの上司としてやってきたヤシャの教えはためになるものばかりだった。リングベルはまだ少ししか彼の授業に参加出来ていないが、同僚のハウンドとイーグルはメキメキと力をつけていると聞く。負けていられない。

 もともと自分磨きが好きで向上心の高いリングベルだ。そして結構負けず嫌いだったりする。

 一人闘志を燃やすリングベルを横目に見ながら、<雷帝>母子は昼食の準備を始めた。

 リングベルも慌てて手伝う。


「なんだって母さんに監視なんか……やっぱ神界に行ってなんかやらかした、とか……」


 ジェウセニューが心配そうにルネロームを見る。リングベルは慌てて否定した。


「お母さまがなにかやらかしたというわけではないの。ただ……ちょっと身辺がきな臭いらしいのよね。わたしも詳しいことは聞いていないけど」

「聞いてないのかよ」


 ジェウセニューの呆れた目が心臓の柔らかいところに刺さった心地だ。上の弟と同じくらいの外見をしているから余計に心に来る。

 リングベルは笑顔を引き攣らせないようににこりと笑った。


「それより、最近集落で変わったことはなかった?」


 変わったことと聞いてジェウセニューの表情が少し曇る。

 どうしたのかと問えば、最近はどの集落も少々落ち着かない様子だというのだ。


「精霊祭が近いっていう落ち着かなさとは違うんだよな……オレはあんまり集落には近付かないからよく知らないけど、モミュア……友達がちょっと危ないことに巻き込まれたりしたらしくて」


 思い出したのか、少年はしゅんと俯く。


「まぁ、モミュアちゃんになにかあったの?」


 キノコと葉物のサラダをテーブルに運びながら、ルネロームが驚いた声を上げる。


(モミュアって確か、息子くんの彼女よね)


 まだ彼女ではない。

 だが親しい少女の身辺が慌ただしいのは気になるのだろう。ジェウセニューは母からサラダの皿を受け取り、頷く。


「なんか最近、集落で暴れるやつが出るんだって。直前までいつも通りだったのに、突然暴れ出したり、攻撃的になったり、ただ走り回ったりするやつもいたって。なんか、変なんだ」


 ジェウセニューの話を聞くと、それは雷魔法族の集落だけではなく、全魔法族の集落で数日に一人の割合で出ているらしい。以前はもっと頻度が少なかったが、最近は連続していたりと頻発しているようだ。

 彼らはみな、近くの精霊神殿に運び込まれて払いの儀を受けるともとの穏やかな人物に戻るのだという。


(そういえば、前にも真ん中の講堂で騒ぎがあったっけ)


 あのときの青年も様子がおかしかった。結局アーティアに蹴倒され、周囲にいた少女たちに簀巻きにされて神殿に連れていかれていた気がする。

 あれと同じような症例が多発しているのか。


「族長たちは精霊祭が終われば落ち着くとしか言わないってニトーレもぼやいてた」


 ニトーレは確か、雷精霊神官の名前だ。


(精霊祭……)


 なんだろう、胸騒ぎがする。カレー皿をルネロームから受け取りながら、リングベルは首を傾げた。

 神族の客人には緘口令が敷かれたというし、四天王シアリスカが突然アーティアたちについて地上へ降りた。見れば嫌な感じを思い起こさせる青い石やアーティアの中にいるらしい謎の金目の男も気になる。


(なにが起きているの……?)


 リングベルはそっと外を見る。いつも通りに見える、青空だった。


 +


 朝もやの残る曇り空の下、ぼく――アーティアたち九人は北にあるという谷に向かっていた。

 男――ヴァーレンハイトは眠たそうだし、ルイは心底嫌そうな顔を崩さない。


「まさか、殺しに行くわけでもねぇのに自分からあのクソ親父に会いに行く羽目になるとはな……」

「あら、別に地上で待っててもいいのよ?」


 くすくすと揶揄うようにティアナが笑う。

 ルイは憮然とした態度のまま、ティアナの頭を小突く。


「おまえらに勝手されるとどんなことになるかわからねぇからな」


 あら失礼ねとティアナは怒ったような口調で笑った。


「ティア……」

「なに」


 男を振り向くが、彼はどこか遠くを見ている。


「?」

「……駄目だ、ティア……ピンク色のクジラが……絶滅してしまうから食べたら駄目だ……そんな、一口で……」


 寝言だった。


「どういう夢を見てるんだ」


 脛を蹴って起こす。顔面から地面に突っ込んだが知らん。こいつの中のぼくは一体どうなっているのやら。


「……あれ……ピンク色のクジラは……?」

「現実にいると思う?」

「…………いたらティアが捕まえて売ってるか……」

「本当に失礼なやつだな」


 のそりと男は起き上がる。

 それを横目にシアリスカがぼくたちを追い越した。ノエルと青い石について話している。


「あなたも……青い石の力が欲しいの……?」

「うん。それでシリウスを起こしてもらうんだ。アレクさまには許可貰ってるよ」

「父さまに……そう、それなら大丈夫……」


 更にその後ろではホウリョクとクロウェシアが仲良く楽しそうに話をしていた。


「こう、筒を目に当ててぽんって叩くと目玉がぽーんって」

「あはは、綺麗に抜けやがりそうですね」

「なんやこの会話……なんでこない盛り上がっとるん……」


 誰も緊張している様子はない。魔界に、それも<冥王>ヘルマスターに会いに行くというのに。

 そしてぼくたちは無様にも前回負けている。


(いや、別にぼくも緊張しているかといえば、してないけど)


 それにしてもヘルマスターはノエルになんの用があるというのだろう。


「……行けばわかるか」


 谷が見えてきた。こちらからはただの崖にも見える。峡谷になっているのだろう。

 シアリスカとクロウェシアが座り込んで底を眺める。


「あ、あったよー。魔界への通り道」


 クロウェシアが指差す先を見る。崖の壁面に魔素が渦巻いている場所があるのが見えた。


「……あそこまでどうやって行くつもり?」

「こう……ここからぴょーんって」

「阿呆か! ズレたら死ぬやないかい!」


 えー、とクロウェシアは首を傾げている。そんな不満そうな顔をされても、ぼくたち一同の中に空を飛べるやつはいない。

 ぼくも谷底を覗いてみた。

 結構、風が強い。


「普通に飛び降りたら風で煽られて目標からズレて地面に叩きつけられるだろうね」

「即席ミンチの出来上がりだねぇ」

「ミンチカツ食べたい……」

「まだ人の形してたいな。他に方法はないのか」


 ノエル辺りからなにか聞こえたが無視して、ぼくは崖の側面を触ってみる。ぽろぽろとそれほど固くない地盤だ。

 足場になりそうな窪みもいくつか見えるが、足を置いた途端に崩れて真っ逆さまだろう。

 長い縄をどこかに結んで降りようにも、そのどこか結ぶ場所がない。

 崖は随分な高さだし、下には川が流れているが水深はそれほどあるようにも見えない。


「だーいじょぶだよぉ。わたしが蔦で放り込んであげるから!」

「……」


 にゅるりとクロウェシアの足元から背の高い植物が生えてくる。それが男を軽々と持ち上げた。


「ちょ、おれぇぇぇぇっ!?」

「いっくよー」


 男の長身が崖下に消えた。慌てて崖を覗き込むと、ぽいと魔素渦巻く穴に放り投げられる男の姿。

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 男の魔力がぷつりと途切れた。魔界へちゃんと行けたのだろうか。


「次、誰が行く?」


 そろりと手を上げる。相棒が(強制的に)行ったのに、ぼくだけ残っているわけにはいかないだろう。うん、大丈夫。多分。

 ぞろと足元から名前のわからない植物が這い上がってくるのが気持ち悪い。

 ぼくの身体がしなやかな植物の蔓に持ち上げられ、勢いよく崖を下る。


「――ッ」


 内臓が浮くような感覚がして、ぼくは魔素渦巻く穴へ放り投げられた。

 真っ暗な穴を滑り落ちていく。長い滑り台を落ちていくような感覚。


「うわぁっ」


 それは唐突に終わり、ぼくは柔らかいなにかの上に落ちた。

 ゴロゴロと雷が鳴っている。重たい空気。刺すような冷たい風。

 三度目の魔界だった。


「……早く退いてくれ……」


 はっと声がする方向を見ると、男が地面に這い蹲っていた。その上にぼくが落ちてきたらしい。

 ということは後続もここに落ちてくるはずだと気付いてぼくはさっとその場を動いた。

 同時に落ちてくるシアリスカ。


「ぐえっ」

「あははははは、面白かったー。もう一回やりたいね」


 楽しそうでなによりだ。男がその下でもぞもぞと亀のように蠢いている。

 シアリスカがぴょんとぼくの横に飛び降りる。急いで男に手を貸しその場から退かしてやると、狙ったかのようなタイミングでティアナを抱えたルイが滑り落ちてきた。


「ケツ打った……」

「あら、大丈夫?」

「早くそこ退かないと後続に蹴倒されるよ」


 ルイが慌ててティアナごと飛び退くと、逆様なギンが落ちてきた。


「あんの魔族のおガキさま……なんでオレだけひっくり返したんや……」


 ティアナを下ろしたルイがギンに手を伸ばす。その瞬間にホウリョクの足が二人の頭を蹴った。蹴った本人は跳躍、宙でくるりと回ってティアナの横に降り立った。


「十点です!」

「零点やド阿呆!」


 続々と事故が起こる中、最後にクロウェシアとノエルが手を繋いで滑り降りてきた。なにかを踏むことなく無事に二人は地面に足をつく。


「あー、楽しかった」


 主に男連中があちこち痛めているが、まぁ、動けないほどではないようなので問題はないだろう。


「全員、無事に魔界へ入れやがりましたね」

「無事やないわ首折れるかと思うたわ」


 本当に誰だ、あんな場所に穴空けた馬鹿魔族は。シアリスカに言って、彼経由で穴を塞ぐように頼んだ。いや、塞がなくても普通の思考回路をしている飛べないやつはあんな場所の通路を利用しないだろうが。


「それで、ここは魔界のどこらへんだ?」

「ここは……ちょっと行ったらヘルさまのお城だよ」


 クロウェシアが遠くを指差す。稲光に照らされて城の影が見えた。


「案内するからついてきてねー」


 ひょいとクロウェシアは岩肌を下っていく。男が光の魔術で辺りを照らしてようやく、そこが大きな岩の転がる丘になっているのだと気付いた。

 明かりがないと足を踏み外して岩で頭を強打しそうだ。それにも関わらず、クロウェシアは明かりなしでひょいひょいと丘を滑るように降りていく。

 ぼくはノエルに手を貸しながら、足元に気を付けて歩く。歩くというよりもこれは岩から岩へ飛び移っているようなものだ。


「翼が欲しい……」

「生まれ変わったら鳥になれるといいね」


 男のぼやきを適当に流しながら、ようやくぼくたちは大きな怪我をすることなく丘を下った。

 息を吐いてノエルの手を離す。

 のそりと目を光らせて魔獣がやってきたのが見えた。


「邪魔」


 クロウェシアのその一言で巨人族ティトンほどの大きさの魔獣は竦み上がって後退する。


「さ、あとは一本道だよ」

「クロエがいると魔獣と戦わずに済むから楽なのでは?」

「今はいいけど、地上だと核っていう収入源がなくなるから困るな……」


 クロウェシアを先頭に、ぼくたちは城に向かって歩く。

 朽ち果てた巨大な門を通り過ぎ、大きな扉を抜けて階段を上っていく。もう見覚えのある道だ。

 一際豪奢な扉をクロウェシアが押し開ける。


「ヘルさまー、帰りましたー!」


 重たい音を立てて扉が開く。

 玉座の間。

 以前のように、気怠そうな少年王が玉座で肘をついていた。

 その手前にはミストヴェイルとレッド・アイ、そして知らない少年と青年が立っていた。


「クロウェシアか。……任は果たしたのだろうな?」


 はい、とクロウェシアはノエルの手を引いて玉座に近付く。慌ててぼくたちも部屋に入り込みあとを追った。背後でバタンと扉が閉まる。


「それにしては随分とおまけが多いですね……」

「うわ、神族まで連れてきましたよ、こいつ」


 ミストヴェイルと幸薄そうな顔をした青年がクロウェシアを見下ろした。

 その青年の顔がいつだったか見た水精霊神官ラキア・ウォルタのものだと気付き、息を飲む。だが魔力は薄暗い魔族のものだ。

 青年はぼくが見ていると気付いて薄っすらと笑みを浮かべる。


「あれ、ぼくの顔に見覚えでもあるのかな」

「水精霊神官……じゃ、ない……?」


 あははとラキアの顔をしたそいつは笑う。


「そいつはダークスピネル。誰にでも姿を変えられるんだよ」


 クロウェシアが振り向いて説明してくれる。


「ダークスピネル……」


 男が小さく繰り返した。

 ついでに、とクロウェシアはその隣のテンション低そうな血色の悪い少年を指す。


「あっちがイルフェーブル。あらゆる病気を操るから死にたくなければ近付かない方がいいよー」


 ここに<五賢王>が全員揃ったことに息を飲む。

 ぼくはいつでも大剣を抜けるように警戒を強めた。


「それで……ノエルはどこだ」


 ヘルマスターの声で<五賢王>がさっと首を垂れる。クロウェシアはそのままノエルをそっと前に押し出した。


「ここですよ?」


 ヘルマスターの金色の目が細められる。


「我を謀るか、クロウェシア」

「へ?」


 光が走り、大きな音を立てて雷が落ちた。

 ノエルはじっとヘルマスターを見上げている。


「我はノエルを傷一つつけず連れてこいと言ったはずだ」


 クロウェシアが首を傾げる。


「ええ? だからこうしてノエルを連れて……」

「どこにいる」

「え?」


 はっと他の<五賢王>たちが顔を上げる。

 ヘルマスターの目に怒気が宿る。


「どこにノエルがいると聞いている」


 ――ヘルマスターの目はノエルの方を見ていなかった。


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