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35 真実 2/2

「シリウス?」


 カムイとシュラが首を傾げてシアリスカを見る。

 幼馴染と言っていたシュラですら知らないシアリスカの知り合いだろうか。

 シアリスカはじっとアレックスを見上げている。

 アレックスは浮かしかけた腰を椅子に戻した。


「おまえの中に眠る、っていうのはどういう意味だ?」

「……」


 シアリスカはすぐには答えなかった。けれど視線はアレックスから離さない。


「シリウスは……ボクにとって、替えの効かない存在だよ」


 きゅっと引き結んだ小さな唇が息を吐く。


「ヴァーン以外は知らない、ボクの唯一」


 シアリスカはヴァーンが売られてきた人買いサーカス団のメンバーであるアトリ夫妻の間に生まれた。しかし父親は一座を抜けようとした代償に団長に殺され、母親はシアリスカを産んですぐに病で亡くなったのだという。

 小さいころから芸を仕込まれ、シアリスカは一座の看板となるべく育てられた。耐え難い屈辱だっただろう。親を殺した憎い相手に育てられるのは。

 それでも小さく幼かったシアリスカは耐えた。

 やがてヴァーンが見世物小屋に売られてきて、二人で耐えるようになった。

 そのころ、猛獣として飼われていた一頭のオオカミがお産で死んだ。取り上げたのはシアリスカだった。

 オオカミは最期に、シアリスカに子を託した。


『ワタシの子、可愛い子。どうか、元気に育って……』


 小さな生まれたばかりの命にそう語りかけたオオカミは眠るように息を引き取った。そして知ったのはオオカミがただのオオカミではなく、獣人族ビァニストであったこと。

 毛並みが美しく、青い瞳が宝石のようだった、シアリスカの一座でのパートナーは人だった。そのことにシアリスカは衝撃を受けた。オオカミはただの獣として過ごすことを余儀なくされた、団長の被害者だった。

 シアリスカの見ている前でオオカミはゴミのように捨てられた。子どもはシアリスカの必死の説得で、彼が育てることになった。

 その子どもの名前がシリウス。


「シリウスは、神族と獣人族の間に生まれた子だったんだ」


 シリウスはよく熱を出す子だった。神族寄りの魔力と獣人族寄りの身体、それが反発して成長は遅かった。

 ようやくシアリスカの身長に追いついたころ、二人、いや、三人の人生に大きな転機が訪れた。


「ボクが団長に殴られるのをシリウスに見られちゃったんだ」


 育て親であり大好きなシアリスカを殴る大人の姿を見て、シリウスは激高した。

 ただでさえ身体に見合わない魔力を持っていたのに、それを高ぶらせてしまった。

 シリウスは衝動のままに暴れ回り、団長を食い殺し、団員を噛み殺し、一座を壊滅に追いやった。

 シアリスカはぽかんとそれを見ていたらしい。

 そこがただの野営地であったことは幸いだっただろう。町で興行中であったなら、きっとシリウスは町の人たちにも手を出していただろうから。

 止まらないシリウスは身体が崩壊しかけていた。獣人族の血を引くシリウスには神族の魔力に耐え切れなかった。


『しア、もウいじメるヒト、いナい……これデ、いっぱイ、あソべる……ネ』

『シリウスがいない世界で遊んでもつまらないよ!』


 力尽きかけた小さなオオカミ。このままでは死ぬだろう。

 そんなとき、ヴァーンが一つ提案をした。


『シアの身体にシリウスを封じて時間を止める。そうすれば、延命くらいは出来るんじゃないか』


 と。

 シアリスカは一も二もなく頷いた。自分の身体にどれだけの負担がかかろうと、どんな影響があろうと。

 いつか、シリウスを助ける手立てを見つけることが出来ると信じて。

 そうして、ヴァーンの手でシリウスはシアリスカの身体に封じられた。


「ヴァーンには感謝してもしたりない。きっとボクだけだったらそんなこと出来なかったし、思いつきもしなかったから」


 その後、二人は壊滅した一座から逃亡し、ロウたちエーゼルジュ兄妹の住む家に流れ着いた。

 話し終わったシアリスカはぎゅうと拳を握り締める。


「ボクはシリウスを助けるためなら、どんなことだって出来る。やってやるって決めてるんだ」


 決意を秘めた赤い瞳が真っ直ぐにアレックスを射抜く。

 アレックスは肩をすくめて息を吐いた。


「なるほど、やつの力を使えば身体を強化することは可能だとおチビちゃんが証明しているからなぁ」


 アレックスがぼくを見る。

 ぼくの身体を巡る青黒い魔力はぼく自身の魔力に変換され、主に身体強化に使われている。

 その法則を使えば、神族の魔力に耐え切れなかった獣人族の身体を強化し、シアリスカの中からシリウスを出して起こしても問題はないだろう。

 ただ、とアレックスは眉を顰める。


「成功率は低いだろうな。やろうとして出来ることではない」

「それでも、可能性があるなら」


 シアリスカの決意は変わらない。

 アレックスはがしがしと頭を掻くと、ルネロームを呼んだ。


「オレが関わると面倒だからな、ルネかノエルが手伝ってやるといい」

「……身体の再構築と強化でしょう? 父さまの方が適任なのに」

「オレが人命助けたとあっちゃぁ、管理者としての責を果たせないだろうが」

「頑固ぉー」


 なんとでも言え、とアレックスは息を吐いた。


「青い石には直接触れるなよ」


 こくりとシアリスカが頷く。


「ルネロームは雷魔法族サンダリアンの集落に帰るんだよね? じゃあ、青い石を手に入れたら行くから☆」


 ええ、とルネロームも頷く。


「ってことでヴァーン、外出許可貰うね」

「ああ……ちゃんと二人で帰ってこい。いいな」

「はーい。じゃあ準備してくるね!」


 言い終わるや否や、シアリスカは転移魔法でその場から掻き消える。

 ヴァーンは肩をすくめた。

 アレックスはくつくつと笑っている。


「それじゃあ、代わりにオレがここの世話になろうかね」

「アレクさま?」

「言ったろ、相棒を探してるって。最近の地上の報告書を見せてくれ。特に奇妙な事象が起きているものを。ディのやつが関わってるかもしれん」

「その相棒という方の特徴などを教えていただければ、こちらで調べますが」


 いや、とアレックスは首を振る。


「仕事の邪魔だろ。資料見せてくれれば勝手に調べる。でも、そっちに報告が行ったときにわからなかったら困るな……」


 ふむとアレックスは考え込んだ。


「相棒の名前はディエフォン・モルテ。陰気で根暗でネガティブで融通効かなくて頑固で引きこもりなやつで、見た目は耳の垂れたウサギみたいな……長い髪と左右で違う目が特徴だな。赤と銀なのは覚えているが、どっちがどっちだったかは忘れた」

「ディエフォン・モルテ?」


 ルネローム以外の全員の声が揃った。

 ディエフォン・モルテ。それは確か、魔術の祖と呼ばれる人物の名前だったはずだ。


「ああ。オレたちが地上を離れる間際にそんな風に呼ばれて祀られてたな、そういえば」


 管理者、気軽に祀られ過ぎなのでは?

 まだ創世の時代だったからセーフだそうだ。基準がよくわからないが、彼らにはあるのだろう。


「ヴァルたちも見かけたら教えてくれ。しばらくはここにいるつもりだから」


 わかった、と男が頷く。

 アレックスは満足そうにくくと笑った。

 アレックスが椅子から立ち上がるとそれを合図に他の者たちも立ち上がる。ヴァーンが指を鳴らすと椅子はふっと霧のように消えた。


「それじゃあ、ぼくたちもこれで」

「お世話になりました」


 いろいろな話を聞いたが、ぼくたちが今やること、やれることは変わらない。男もそう結論付けたらしく、ぼくを見て頷く。

 寂しくなるな、とヴァーンがぼくに近寄り、頭を撫でる。


「……また来ても、いいよね」

「当たり前だろう」


 ヴァーンが笑う。


「ああ、でも喧嘩の逃げ込み先にされるのは困るな」

「もうしないってば」

「そもそも喧嘩ではないかな」


 男は肩をすくめた。

 ぼくたちはヴァーンたちに手を振って扉が開くのを待つ。開いた扉から、シアリスカがシュガルを引き摺って顔を覗かせた。


「あ、よかった。まだ旅立ってなかったね」

「シア……さま、首……首絞まって……ぐぅ」


 シュガルが青い顔をして呻いているが、シアリスカは意に介していない。ぼくはそれを視界に入れないようにしながらシアリスカを見た。


「どうしたの」

「アーティアたちについていけば、青い石を手に入れられると思って」


 ついてくるつもりらしい。

 ぼくは男を見上げる。

 男は面倒くさそうに肩をすくめた。



 準備してきたという割に、シアリスカはなにも荷物を持っていない。

 増えた装備といえば、腰に吊ってある長い鞭くらいなものだ。……鞭?


「なんで鞭?」

「これで叩くと弱い魔族程度なら言うこと聞かせられるんだよ☆」


 ピシーっと素早く地面を叩くと、横で息を整えていたシュガルが青い顔のまま直立不動になった。


(こいつって別に弱い魔族ではないと思うんだけどな……)


 低く見積もっても中級魔族だろう。普通に上級魔族くらいと見てもいいくらいだ。


「猛獣調教してたから落ち着くんだよねぇ」


 世の全ての猛獣調教師が鞭を持っていて落ち着くような発言はやめてほしい。多分シアリスカだけだから。

 細かいことに突っ込むと余計な深淵を見そうなので、ぼくは聞かなかったことにする。

 シュガルの案内とシアリスカの転移魔法で久々の地上に降り立った。久々といってもほんの数日程度なのに、妙に懐かしい気分になる。

 滞在中の出来事が濃すぎるせいだろう。

 あっという間に街に着いた。


「あーっ、ヴァルちん! アーティアもいる!」


 声に驚いて上を向けば、宿の屋根に座っているクロウェシアの姿。


「やっと戻ってきたーっ!」


 そこからぱっと飛んでぼくと男目掛けて落ちてくる。


「ちょ、危なっ」


 男が声を上げるがもう遅い。

 ぼくは避けたが男は回避に間に合わず、全身でクロウェシアを受け止める羽目になった。

 地面に頭をぶつけた男を見下ろす。


「大丈夫……そうだね」

「クロエが思ったより軽くて助かった……」

「えへへ~ぇ」


 子猫か軽い猫くらいしか体重がないらしいクロウェシアを腹の上から退けて、男は立ち上がる。


「なんで魔族がいるの?」


 見ていたシアリスカが首を傾げる。


「あれ、神族?」


 クロウェシアが立ち上がり、シアリスカを見た。クロウェシアの方がシアリスカより背が高い。若干だが。

 男ではないが、面倒くさいなと思いながらぼくは二人をそれぞれ紹介する。


「こっち、シアリスカ。青い石を探してる。……あっち、クロウェシア。ノエルを探してる」

「アーティアってば適当~。なんで神族と一緒にいるの?」

「同感―。なんで魔族がここにいるの?」


 はたと二人は顔を見合わせる。


「……×××××やつは?」

「×す」

「じゃあ好きな××××は?」

「あえて選ぶなら××××××××かなー」

「×××××」

「×××××」


 ふたりはがっしと手を組む。なにやら息が合ったらしい。


「なぁんだ、低能魔族かと思ったら話わかるじゃーん」

「なんだー、傲慢神族かと思ったら話わかってるぅ」


 うふふと笑い合う姿が怖い。見かけは無害そうな子どもの姿をしているだけに余計。


(会わせたら駄目だったやつじゃないかな、これ)


 でもぼくのせいではないし、と目を逸らす。

 相棒も目を逸らして「お腹減ったなー」なんてこぼしている。

 シュガルはそそくさと神界へと帰っていった。


「ボクもお腹減ったな。どこか美味しいハンバーグのお店ないかな? 目玉焼き乗ってるとなおよし」

「目玉焼きは乗ってないけど、あっちにある食堂のハンバーグオムライスが美味しかったよ」


 すたすたと歩いていく二人を追いかけてぼくたちも食堂へ入る。勝手に店が決まった。

 この数日、クロウェシアは暇を持て余してあちこちへ食べ歩きをしていたらしい。その金は男から受け取った財布から出ているというのだから、もう……。

 神族と魔族には自由人しかいないのか。

 四人でテーブル席に通され、メニューを片っ端から頼んでいく。

 順番に運ばれてくる料理を眺めて、子どもの姿をした神族と魔族は目を輝かせた。

 シアリスカがジュースの入ったグラスを持って掲げる。


「それじゃあ、クロエの探し物とボクの探し物が見つかるように、かんぱーい」

「シアの探し物とわたしの探し物が見つかりますように、かんぱーい」


 カンといい音が鳴って、グラスが合わさる。

 ぼくたちも乾杯を強制された。キンとグラスがぶつかる。


「ハンバーグとオムライスだけでも贅沢な感じするのに、シチューもかかってると凄く得した気分になる」

「わかる。ドリアとかグラタンにハンバーグ乗ってるのも凄く……こう、凄く凄い気がしてくる」


 わかるーとシアリスカとクロウェシアは楽しそうだ。

 というか魔族であるクロウェシアはともかく、神族四天王として神界に君臨しているような者がそんな価値観でいいのか。もう少し贅沢してるもんじゃないのか。

 けれどツッコんだら負けだとぼくの中で誰か(せんせいか?)が必死に目を逸らそうとしているのでなにも言わない。

 ぼくは手元にあったシーザーサラダを自分の皿に盛って食べ始める。ドレッシングが少しだけ酸っぱくて美味しい。

 シアリスカたちはいつの間にかシリウスの話になったらしく、クロウェシアが目に涙を溜めてそれを聞いている。


「えぇ……シアちんの中にいる子、かぁいそう……早く会えるといいねぇぇぇぇ」

「そのために青い石が欲しいんだ。クロエはなにか知らない?」

「知らないけど、あとで植物たちに聞いてみるね!」


 男が小声でクロウェシアは植物と会話出来るらしいと教えてくれた。

 その能力があるなら、ぼくたちについてこなくてもノエルを探せるのではと思ったが、顔がわからないから無理らしい。なかなか万能にはいかないようだ。

 昼過ぎには宿に荷物を置いて、買い物がてらノエルと青い石の情報を探しに行こうということになった。


「クロエはどうしてノエルを探してるの? ノエルってアレクさまの娘のノエルでいいんだよね?」

「知らなーい。でも悪いようにはしないと思うよ。だって毛先一つ傷付けるなって厳命されてるからね」


 ふぅん、とシアリスカが相槌を打つ。


「死んでほしいやつを探してこいって言われた場合は、基本的に首だけ持ってこいってことだし」


 男が横で魔族怖いと呟いている。

 それでも食べるペースは落ちないのだから、別に本気で怖いなんて思っていないだろう。

 ぼくはジュースをすすりながら脳内で買い物リストを作成する。聞き込みは適当なギルドに顔を出せばいいだろう。


「デザート食べたいんだけど、ワッフルとガトーショコラ、どっちがいいかなぁ」

「わかった。両方頼んで半分ずつにしよう」

「え、シアちん天才……?」


 本当に彼らが神族四天王と魔族五賢王なのだろうか。甚だ疑問だ。

 ぼくは黙ってアップルパイを注文する。

 何故だかパーティが四人に増えたとある日だった。


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