30 罪の告白
ヤシャがヴァーンの執務室で冷やかしていると、ルカがナールとアーティア・ロードフィールドを連れてやってきた。
そのアーティアの腕には何故か子豚が抱えられている。
それを見てカムイ、カゲツ・トリカゼ、ラセツ・エーゼルジュが顔を引き攣らせた。ヴァーンの表情はよくわからない。
「おう、ティア。どうした、その子豚」
「迷子みたい。神族の気配がするから、多分誰かのペットかなって思って」
ひくりとカゲツの頬が更に引き攣る。
「さ、探したよ~、おいちょ~!」
カゲツが両手を広げてアーティアから子豚を受け取った。なんだそのネーミング。
「カゲツの子だったんだ」
「んん゛っ……うん、うちの子! 見つけてくれてありがとうございます」
そしてヴァーンとカムイの方を向いて「ちょっとこの子を部屋に放り込んでおきますね!」と言いながら執務室を出ていった。
「……トンカツじゃなかったんだ、名前」
小声でアーティアが呟いたのが聞こえた。本気でトンカツという名前だと思っていたのだろうか。
「あの豚、リングベル。おまえの後輩」
ヴァーンがそっとヤシャに向けて言う。
(……諜報系ってことか。鍛え直し甲斐がありそうだな)
くくと笑うとアーティアが不思議そうな顔で見上げていた。ヤシャはひらりと手を振ってなんでもないと伝える。
ヴァーンは咳払いをすると、目の前で縮こまる二人の少年たちを見た。
「で、ここに来たと言うことは自分がなにをしたのかわかっているということだな?」
ひぇと少年たち――ルカとナールが俯く。
「か、勝手に通行書使ってすみませんでした……」
「勝手に地上に行ってすみませんでした……」
ヴァーンは肩をすくめて、あのなぁと口調を少し砕けさせた。
「通行書を取られた文官は恐縮して真っ青な顔してたぞ。自分で失くしたと思ってな。見てるこっちが可哀想になってくるくらいに。あとで迷惑かけたことを謝っておけよ」
「……はい」
「ルカは三日、ナールは五日間、自室で謹慎。その後はラセツを通して仕事の指示を出すから、それに従っていろいろ手伝いをしてもらう。期間は未定、以上」
きょとんとルカとナールは瞬きをし、二人で顔を見合わせた。
謹慎のあとは二人が最近やっていたこととあまり変わらないのではないか、とヤシャはヴァーンを見る。横でカムイが呆れたように肩をすくめた。
「それだけで……いいんですか?」
「なんだ、もっと重い罰が必要か?」
「い、いいえ……」
ため息を吐いて、カムイが二人に「部屋に戻りなさい」と言った。
二人はちらとアーティアを見てからヴァーンにぺこりと頭を下げて執務室を出ていく。
「甘くないですか、ヴァーン」
そうか、とヴァーンが肩をすくめる。
「今回ばかりは流石に反省しているみたいだったからな。それに、最近あちこちの手伝いをしてると聞いて見てみたが、二人とも楽しそうにしていた。なにより手伝われた松や他の部下たちからも一生懸命やっていると評判がよかった」
ヴァーンはふふと笑った。
「だから身内に甘いと言われるんですよ」
「厳しすぎて萎縮されるよりはいいだろう」
「あなたの場合、もう少しそうしてくれていいくらいです」
カムイは言いながらヴァーンのデスクから書類を一枚拾い上げた。例の通行書を紛失したという文官の始末書だ。
「この件と……あの二人の仕事振り分けに関しては僕からラセツに指示を出します。あなただとちょっとぬるすぎるので」
「お手柔らかにな」
「同僚と部下のお祝いの手伝いくらいしてもらいますかね」
カムイが言うと、ラセツの頬が紅潮した。ヤシャは悪いなとカムイの肩を叩く。
「早く仕事に復帰してくれることを祈りますよ」
では、とカムイは執務室を出ていった。
アーティアが所在なさげに視線を動かしている。
「そういえば、ヴァルはどうしたんだ」
びくりと小さな肩が揺れた。
喧嘩でもしたのか、とヤシャは目を丸くする。
「……その、伯父さんたちの邪魔はしないから……しばらく、いてもいい……?」
「……? それは構わないが」
ヴァーンも様子がおかしいと思ったのだろう、ラセツと顔を見合わせる。
「ラセツ、アーティアに用意している部屋に案内してやれ」
「はい」
「んじゃ、俺もお暇しますかねーっと。ヴァーン、仕事しろよ」
「しとるわいっ」
くくと笑ってヤシャはラセツとアーティアを促して執務室を出た。
「ヤシャは暇なの?」
「暇言うな。まだリハビリ中なんだよ」
右目右腕がないという生活にはだいぶ慣れたつもりだが、まだたまに間合いを間違えて壁にぶつかったりすることがある。ゆっくりとした日常生活ならば随分と問題なく過ごせるが、仕事となると話は別だ。
「まずは指導官として現場復帰を目指すことになってな。諜報部顧問という立場になるんだぜ、俺」
以前はほぼただ一人の諜報部だった。今では素質がある者をそこに配置しつつ、有事の際だけに諜報部となる幽霊部署だ。メンバーはリングベル、ハウンド、イーグルを含めた十数人という少数精鋭。
そこの先輩であり顧問としてヤシャは彼らを指導する立場になることが決まっていた。
お手柔らかに、とラセツが笑顔を引き攣らせているが公私はわけるタイプだ。
「半端な指導して、命の危険に晒すのは可哀想だろうが」
「……まぁ、そうだけど」
ラセツはもごもごとなにか言いたげだったが、結局は口を閉じた。
「つかラセツは忙しいだろ。俺がティアを案内しておくから戻っていいぞ」
「は!? いや、それならヴァーンさまの執務室で言えばよかったのに……」
ヤシャは手を伸ばしてラセツの頬をするりと撫でる。
「ちょっとだけ、ずっとヴァーンの横にいるのに嫉妬した」
「なっ」
ラセツは先ほどよりも顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。
「いや、ぼくを挟んでイチャつかないでくれる?」
「――っ」
はははとヤシャは声を上げて笑った。
目尻には涙が浮かんでいる。
「~~~~っ、も、戻る!」
「ああ、無理するなよ」
駆け足で来た道を戻っていくラセツの背中を見送り、さてとヤシャはアーティアを見下ろした。
「すぐそこに座れるところがあるんだ、ちょっと行こうぜ」
アーティアがこくりと頷くのを見て、ヤシャは先導してバルコニーに出た。城下の様子が見下ろせるようになったそこは休憩所としても使われている場所で、長椅子がいくつか設置してある。
通りがかった暇そうなヴァーンの部下たちにアーティアの荷物を部屋に運んでくれるように頼む。彼らはヤシャの顔を見て慌てて礼をした。そそくさとアーティアの大剣や荷物を恭しく抱えて去っていくのを見送る。
長椅子のうちの一つに座り、アーティアを呼んだ。
隣をぽんと叩くと、少し距離を置いてアーティアはヤシャの隣に座る。
アーティアはじっとヤシャの左手を見た。正確には、その腕に嵌る腕輪を。
「それ、あのときの揃いの腕輪?」
ヤシャは腕輪を見ておうと答える。
「やっと返してもらえたんだ」
「じゃあ、結婚するんだ」
「まぁな。今は準備中。ヴァーンが城下にも変な宣伝の仕方をしてくれやがったおかげで、妙に祭りみたいな雰囲気になってやがる」
アーティアは「だから街の様子が明るかったんだ」と呟いた。
「……そんなときに来てごめん……」
「ばぁか。もともとおまえとヴァルは招待客だよ。手間が省けた」
わしゃわしゃとアーティアの白い頭を撫で回すが、いつものように嫌がる素振りを見せないことにヤシャは内心首を傾げた。
アーティアは自分の膝の辺りを眺めるままだ。
息を吐いて、腕を引っ込める。
「それで、一体なにがあったのか話してみる気にはならないか?」
「……」
アーティアは小さくこくりと頷く。どちらだかよくわからなかった。
ヤシャは黙ったままの少女を見て頭を掻く。
「……ヤシャは、ぼくの母親のこと、どれくらい知ってるの」
やっと話し始めたことにほっとして、ヤシャはアーティアのつむじを見た。
少女は俯いたまま動かない。
「ティアの母親ってことは、ヴァーンの妹だろ。何十年か前に亡くなったとは聞いてるが、それくらいだな」
「……………………殺したの、ぼくが」
咄嗟に言葉が出なかった。
なにを言い出すのかと少女を見るが、アーティアは変わらず俯いたままだ。
ヤシャは唾を飲み込んで、アーティアの次の言葉を待った。
「ぼくが、伯父さんの唯一の家族を殺したんだ」
アーティアはぽつぽつと、ゆっくりと語り出す。
母と娘の身になにがあったのかを。
父親である魔族アライアが家を焼いたのはなんらかの偽装のためか?
ヤシャにはよくわからなかった。
「……伯父さんに、直接言うのは、怖くて」
「ああ、そうか……そうだな」
「ヤシャが聞いてくれてよかった」
ヤシャは再びアーティアの頭を混ぜっ返した。それでも少女は俯いたままだが。
「それだけじゃないんだろ。全部、吐き出しちまえよ」
うん、とアーティアは少し考えるように頷いた。
街でなにか盛り上がっているのか、陽気な音楽がかすかに届いている。
そういえば、ラセツやニアリーも好きだという劇団が新しい舞台を公演するとコウから聞いた。アーティアも好きそうなら気分転換にならないだろうか。
そこまで考えて、演目のジャンルが恋物語だと思い出す。……アーティアに興味があるジャンルとは思えなかった。
「……ヴァル、の、幼馴染のこと、聞いた?」
「ああ、カオンっつー子だっけ」
「じゃあ、胸の痣は?」
「あの痛そうなのな」
ヤシャは幽霊だったころに何度かヴァーレンハイトの着替えを見ている。その際に見た青黒い痣は痛々しく、なにをしたらそんな風になるのかと聞いた覚えがある。
「あれやったの、ぼく」
「うん?」
ヴァーレンハイトは子どものとき死にかけた際に出来たものだと言っていたはずだ。そしてアーティアとヴァーレンハイトが出会って組んで旅をすることになったのは二、三年前と聞いている。
ヤシャが首を傾げているのに気付いたのだろう、アーティアは小さい声で続けた。
記憶が混濁していること、兵士とカオンを殺してヴァーレンハイトまでも手にかけたはずだということ、少年兵のヴァーレンハイトに反撃を食らい焼かれながら海に落ちたこと、気が付いたときには記憶がなくなっていたこと。
「記憶がないなんて、言い訳でしかないけど」
アーティアは小さく唇を噛む。
肩がかすかに震えていた。椅子の淵を掴む手に随分と力が入っているのだろう、長椅子がミシミシと悲鳴を上げている。
ヤシャはその手をぽんぽんと叩いて息を吐く。
「そんで、思い出しちまった勢いで出てきたわけだ」
「……」
無言は肯定と取る。
「ぼくのせいで、ヴァルは一人になったんだって……気付いたら……一緒にいるのが、怖くて……」
怖いと震えるアーティアはただの幼い少女でしかなかった。
(怖い、か)
ヤシャがヴァーレンハイトから聞いた少女と出会ったころや、ヤシャが出会ったばかりのころであったらそんなことを言わなかったかもしれない。
(怖さを自覚出来るっていうのは大切なことではある、が)
彼女はまだ自分がなにを怖がっているのかわかっていない。だから余計に怖いのだろう。
「ティアは、なにが怖いんだと思う」
「なにが、怖いか?」
アーティアはようやく顔を上げてヤシャを見た。
「ヴァーンに対して、ヴァルに対して、なにが怖い。なんで怖い?」
「なんで……」
言ったきり、アーティアは考え込む。
アーティアの告白は大変なものだ。取り返しのつかないものだ。けれど、ヤシャがなにかしてやれることはないだろう。
ヴァーンとアーティア、そしてヴァーレンハイトとアーティアの問題だ。
それよりもヤシャは、アーティアの記憶障害についての方が気にかかる。いつからだろうか、どれくらいだろうか。
ルネロームの記憶は今も少しふわふわしているらしいが、それでも雷魔法族の集落に帰ることによってだいぶ戻った。
では、アーティアは?
思い出すきっかけはなんだったのだろう。忘れていた原因はなんだろう。
なんとなく、ないはずの右腕が痛んだ気がした。
そういえば、アーティアも頻りに右腕をさすっている。なにかあったのだろうか。
「……ああ、そうか」
アーティアが小さくこぼす。
風が吹いて二人の髪を揺らす。正面を向くアーティアの瞳が潤んだ。
「ぼく、伯父さんやヴァルに嫌われたくないんだ」
ヤシャが見立てた結論と同じところに辿り着いたらしい。
「嫌われるのが、こんなに怖いんだ……」
ぎゅうと胸の前で拳を握るアーティア。
でも、とまた俯く。
「謝りたいのに、謝れないのって、こんなに苦しいんだ……」
謝りたいのは誰にだろうか。母か、カオンか、それともヴァーンとヴァーレンハイトにか。もしくは全員だろうか。
ヤシャも革命期、神魔戦争時代には多くの命を奪った。ヴァーンのように全員を覚えてはいないが、未だに瞼に浮かぶ死に顔だってある。
だが後悔はない。それが自分の役目だったから、自分の信じた道だったから。
それとは理由が違うアーティアは割り切ることが出来ないのだろう。襲ってきた野盗を殺すのとはわけが違う。
仕事でもないから、そう割り切ることも出来ない。
ふうと息を吐いて、ヤシャは長椅子の背にもたれた。
ちらと視線を遠くへ向けると、こっそりとヴァーンが覗いているのを見つけてしまった。
(あいつ、仕事しないでなにしてやがる……)
革命期に使った暗号で「様子はどうだ」と聞いてくる辺りが鬱陶しい。
(うるせぇ、人生相談中)
ヤシャも暗号で返す。
(なんでおまえに)
(日頃の行い。仕事しろ)
(ずるい)
(仕事しろ)
くだらない言い合いになってきたのでヤシャはアーティアに気付かれる前に手を振ってヴァーンを追い返した。
それでも視線は感じるからまた別のところから見ているのだろう。
「ヴァーンには会っただろう。大丈夫じゃないのか」
アーティアは首を振る。
「だって、伯父さん、おかあさんのこと、知らないから……」
「言わないつもりか」
また首を横に振った。
「ちゃんと、話さなきゃって、思う……けど、どう言ったらいいか……」
「ヴァーンなら、ちゃんと話せば最後まで聞いてくれる。だから安心して話してくればいい」
その告白を聞いてどう思うかまではわからない。ヴァーンにとって血縁とは、自分たちとの縁とは違う意味を持つ。憧れであり、手に入らなかったもの。やっと手にしたもの。
流石に激高してアーティアになにかするとは思わないが、ついていてやった方がいいだろうか。いや、過保護すぎるか。
アーティアも、少しだけ顔色がよくなったのか、こくりと頷いている。
「……夜にでも、時間、作ってもらうこと、出来るかな……」
「ティアの頼みならすぐにでも時間作れるだろうさ」
現に今も視界の端で覗いているのが見える。廊下を通る部下たちがぎょっとしているから切実に止めてほしい。
「ヴァルはどうだ」
首を振る。
「まだ、会いたくない……どうしたらいいか、わからない」
わかった、と答えてヴァーンへ手信号で「ヴァルに連絡しないように」と伝えた。ヴァーンは首を傾げていたが、すぐにわかったと返事を寄越す。
少しだけなら時間を置いた方がいいのかもしれない。
(……居場所くらい教えておいた方がいいか)
いつぞやのアーティア誘拐事件を思い出す。あのときのヴァーレンハイトは冷静さを欠いて大変だった。
もしかしたら今も一人で探し回っているかもしれない。
(そんなに大切な相手が、自分を殺しかけて幼馴染を殺したってんなら……どうするだろうなぁ)
自分に置き換えて考えてみても答えは出ない。いや、自分では過激な答えしか出せないとヤシャは首を振った。
アーティアはヤシャに話したことで少しだけ落ち着いた様子だ。
頭を撫でると、ちょっとだけ嫌そうに見上げられた。
小さく吹き出して白い頭を混ぜっ返す。
そして気になっていたことを聞いてみた。
「ティアの父親ってのは、どういうやつなんだ」
「……」
アーティアの表情が凍る。
まだこの話題は早かったかと、ヤシャは内心舌打ちした。
少女の首が横に振られる。
「……多分、あの人がぼくになにかしたんだ。失敗作って言ってたから、ぼくはあの人の実験台だったんだと思う」
また俯く。
「なにか……ぼくの身体に取り付けたんだ……青い……石……?」
「青い石、だと?」
「そう……そうだ、ヤシャの右腕のあれに似ているやつだ」
それをアーティアもつけられていたのだという。ヤシャは眉をひそめた。
先ほどヴァーンの執務室で見た書類の中にいくつか、青い石によって暴走した生き物の報告があったのを思い出す。
なにか関係があるのだろうか。
しかしこの小さな友人には余計なことを考えて煩わせるのは気が引けた。
(ティアの父親、アライア……)
その後の調べで、ヤシャの右腕に青い石を嵌め込んだのはアライアだとわかっている。突然、神族に押しかけられたイザナイはさぞ驚いただろう。
(青い石ってなぁ、なんなんだろうな)
それがわかれば、アーティアが殺戮を行った原因もわかるだろうか。
あとでヴァーンに相談してみるかとヤシャは決めて、長椅子から立ち上がった。
「そろそろ部屋に案内するか」
アーティアもこくりと頷く。
視界の端で未だにこちらを見ているヴァーンの姿が目に入った。
あー、とヤシャは首の後ろをさする。そんなヤシャをアーティアは不思議そうに見上げた。
「ティア、ヴァーンのことも頼ってやってくれるか」
「伯父さん?」
きょとんとアーティアが目を瞬かせる。
今はだいぶ精神的にも憔悴しているらしく、ヴァーンの姿には気付かないようだ。
ヤシャは苦笑してアーティアを撫でた。
「あれで一応、身内として年長者として頼りにされてぇらしいからな」
ううん、とアーティアは考え込む。
「でも、なにを話したらいいのか……」
「別になんでもいいんだよ。困ってることがなけりゃ、嬉しかったこととか楽しかったことでも報告してやるだけでいい」
でないと鬱陶しいからな、とぼそりと呟いた声はアーティアには聞こえなかったらしい。
「……頑張ってみる」
まぁその前に重大な告白があるのだが。
ヤシャははぁと息を吐いて、アーティアの部屋まで先導する。
アーティアのものとして宛てられた部屋は景色のいいそこそこ広い部屋だった。
ただ、本人の趣味を無視した随分と可愛らしいコーディネイトがされている。
「……」
「……誰だ、部屋用意したやつ」
ついでに隣はヴァーレンハイトの部屋だそうだ。そちらは割と殺風景な部屋になっている。何故アーティアの部屋だけこんなにもふわふわとしたぬいぐるみや総レースの天蓋付きベッドなどで揃えられているのだろうか。
アーティアを見ると絶句して固まっている。
色がピンクだらけでないことだけが救いのような部屋だ。
「変えてもらうか?」
「……いや、せっかく用意してくれたんだし……枕の高さ調整に使うかな」
ぬいぐるみと寝るとか遊ぶとか、そんな可愛らしい発想がないようだ。それでこそアーティア、とヤシャは頷いた。
荷物もしっかりと届けられていて、なくなったものもないらしい。
くぅ、とアーティアの腹の虫が存在を主張した。少女は頬を赤らめて、腹を抑える。
「飯でも食いに行くか」
「うん」
また部屋を出る。
目指すのは食堂だ。途中でヴァーンがラセツに引っ張られて執務室に消えていくのを見たのは気のせいだと自分に言い聞かせて、ヤシャは息を吐いた。