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27 寄生するもの 2/2

どこで伝えたらいいのかわからないのでここで。

評価やブクマ、ありがとうございます。とっても励みになります!(*´▽`*)

 ぼく――アーティアはぱちぱちと目を瞬く。

 目の前のぼくより少し年上の外見をしたクロウェシアと名乗る少女はなにを言ったのか理解に時間がかかった。

 だって、クロウェシアは黒髪黒目で、人間族ヒューマシムの気配をさせていたから。ただ違うのは、同時に魔族ディフリクトの魔力も感じること。


(でも、ルイとは違う感じがする)


 その正体がわからなくて、ぼくは目の前の少女を警戒する。

 クロウェシアは唇を尖らせて、ぼくの顔を覗き込んだ。


「なーんでなにもしてないのに、そんなに警戒するのかなぁ?」


 ぼくは驚いて飛び退いた。男――ヴァーレンハイトの後ろからそっとクロウェシアを伺う。


「あはは、にゃんこみたいだ」

「いや、おれを盾にするなよ……」


 男は赤銅の頭を掻きながら少女を見下ろした。


「……<五賢王>って本気で?」


 クロウェシアは心外だと頬を膨らませる。


「あたしが嘘吐いてるって思うの?」

「そういうわけじゃ……」


 そもそも<五賢王>がこんなところにいる理由がわからない。なにをしに来たのだろうか。

 ぼくは男の背から少しだけ顔を出す。


「だってあんた、魔族じゃないし……」

「あれ、わかるの?」


 クロウェシアは面白そうに笑った。


「うん、あたしは純正の魔族じゃないよ。もとは人間族」

「人間族……?」


 男が目を瞬く。

 その反応を楽しむかのように、クロウェシアはくすくすと笑う。


「そうだよ。人間族だったけど、千の魔族を殺してその魔核を食らったから魔族になったの」


 千の魔核。

 余りにも狂気じみた行為に目を剥く。

 流石の男も言葉がないようだった。

 クロウェシアは大亀の魔核をつつきながらぼくたちを見下ろした。


「ヘルさまは実力主義だから、あたしみたいな半端モノでも使ってくれるんだよ。……イルくんとスッピーには嫌われてるけどね」


 にゃははと笑うクロウェシアは悲しんでいる様子はない。真実、ヘルマスターのためになるのが嬉しいのだろう。

 あとイルくんとスッピーって誰だ。


「……いや、自分の部下とか殺されまくってんのに?」

「だから、ヘルさまは実力主義なんだってば。弱いやつが一掃されてよかったって笑ってたよ」

「……」

「それであたしや赤目くんみたいなのでも<五賢王>を名乗れるの。もちろん半端な力では名乗るだけで殺されるけどね」


 もしかして赤目くんとはレッド・アイのことだろうか。

 あのレッド・アイですら半端者?

 ぼくの訝し気な表情に気付いたのだろう、クロウェシアはああと頷いた。


「赤目くん――レッド・アイはね、もとは他人に寄生しないと生まれることすら出来なかった低級魔族なんだって。神族ディエイティストの女性のお腹に宿って生まれてきたの」


 だから目が赤いのか。

 それにしてもこんなに魔族上層部の情報をペラペラと喋っていて問題ないのだろうか。


(あと、どうせならミストヴェイルの弱点とか教えてほしい)


 あのなにも感じていないような顔を思い出すだけで腹の底から黒いなにかが湧き出てきそうだ。

 それで、と男がぼくとクロウェシアを交互に見る。


「クロウェシアはなにか用があっておれたちに声をかけたのか?」

「大きな魔核が見えたから声かけただけだよ」


 嘘か本当かはよくわからないが、また攫われるとかいう用事でなかったことにほっとした。


「あたしのことはクロエでいいよ!」


 ぼくたちは顔を見合わせる。名乗るべきなのだろうか。


「これもう魔核譲って帰ってもらった方が楽なのでは?」

「ぼくもそんな気がしてきた」


 ちらりとクロウェシアを伺う。如何にも隙だらけな少女に見えるが、もちろん<五賢王>である以上そんなことはない。

 身体中に目があるのかと思うほどに見られていると思った。


「そんなに怖がんなくてもいいのに。大丈夫だよ、だってヘルさまにきみたちのことは聞いてないからね」

「!」


 しかしぼくたちを知っている、とクロウェシアは言外に言ってのけた。

 男も流石に警戒に身を固くする。

 ふふ、とクロウェシアは笑った。


「ミストさまから聞いただけだよ。神族族長の姪のアーティア、<北部の魔族殺し>のヴァ……バ……ヴァー……」

「……ヴァルでいいよ……」

「うん。ヴァル。二人のことは今は手出ししちゃ駄目って言われてるから、大丈夫だよ」


 彼女にはヴァーレンハイトという男の名前は言い辛かったようだ。男も肩を落とす。


(今は、か)


 ではそのうちなにかしらちょっかいを出されるのだろうか。激しく遠慮したい。

 クロウェシアは「ねぇねぇ、魔核貰っていい?」と再び大亀の魔核をつついている。


「……いいよ」


 ため息とともに吐き出した声はやけに疲れていた。


「本当? わぁい、ヘルさま喜んでくれるかなぁ!」


 クロウェシアが両腕で魔核を抱えるようにすると、真っ黒な魔術陣が現れた。それはすぐに発動し、大亀の魔核を頭部ごと転移させる。

 ……もしかして転移魔術でヘルマスターのもとへ送ったのだろうか。


(しかも頭部ごと)


 少しだけ突然こんなものを送られることになった<冥王>に同情した。少しだけど。

 クロウェシアはズボンをぱたぱたと払ってぼくたちに近付く。


「んふふ、ありがとう」


 背中を見せるのは気が引けるが、これで用事は終わっただろうとぼくたちは立ち去ろうとクロウェシアから目を逸らした。


「待ってよぅ」


 がしりと袖を掴まれた。横を見れば男も外套を引っ張られている。


「……なに」

「あたしね、探し物してるの。知らない?」


 魔族の探し物なんて碌なもんじゃないだろうと思ったが、袖を引く力がすごい。服の繊維が微妙に悲鳴を上げているのを聞いて、ぼくは再びクロウェシアに向き直った。


「なに探してるの」

「人間族!」

「多分その辺の町に行けば簡単に見つかると思うけど」


 人間族は住む場所にこだわりがあるのかないのか、あらゆるところに住み着く。大抵の人里に行けば会えるはずだ。

 だがクロウェシアは違うのと首を振った。


「ノエルって名前の人間族だよ。多分、若い女の姿をしてるはず、だって」


 ぼくは男と顔を見合わせた。

 ぼくたちが知っているノエルといえば、いつだったかに迷子として町に送り届けたあの女性だけだ。

 そして、おそらくルネロームが姉と呼ぶ人物でもある。

 どうしてその名前が今出てくるのだろう。


「お、その反応は知ってる? 知ってるよね? 教えて、教えて!」


 教えていいものなのだろうか。だって相手は魔族だ。なんのために探しているのかもわからない。

 けれどそもそもぼくたちはだいぶ前に会ったきりで、彼女のことをよく知っているわけでもない。

 答えに詰まって、ぼくは口を閉じた。


「……なんで教えてくれないの?」

「知ってるといえば知っているけど、知り合いというには遠い」


 クロウェシアは首を傾げる。

 ぼくだってよくわからない。

 またどこかで迷子になっているような気はするが。


「じゃあ、会ったことあるならどんな姿してるかわかるよね」

「……うん?」

「きみたちと一緒にいたら、ノエルに会えるかな」


 ぼくは天を仰ぐ。

 クロウェシアはにこにこと笑うばかりだ。


「それじゃあ、しばらくよろしくね。アーティア、ヴァルちん!」


 にーっとクロウェシアは嬉しそうに笑う。

 ぼくはそれを見て、相棒を見上げた。男もぼくを見下ろす。


「……マジか……」


 男の言葉が切実だった。



 +


 クロウェシアは本当にぼくたちについてくるつもりらしく、当然のように町までついてきた。外見は普通の人間族の少女なので、ぼくのように眼帯をしたりして擬態する必要はない。

 宿はぼくとクロウェシアの二人部屋、男の一人部屋を取る。

 ずっと魔界にいたというクロウェシアはいろんな種族が歩いているのを見るだけで目を輝かせてあちこちを見ていた。

 人間族だったときに見たことがあるのではと聞けば、「忘れた」と言う。今では人間族だったころになにを考えて魔核を食らおうと思ったのかすら覚えていないらしい。

 もし魔族が憎くて殺しまわっていたとしたらとも思ったが、クロウェシアは笑ってそれはそれで今楽しいからどうでもいいかなと答えた。

 宿の部屋で荷物を置き、一息吐く。クロウェシアが一緒だから少々気は休まらないが、それはそれだ。

 クロウェシアと交代で熱いシャワーを浴びて身の回りを整理する。クロウェシアがぼくの荷物の一つ一つを見ながらあれはなにこれはなにと聞いてくるのでいつもよりも時間がかかった。

 終わったころにはもう晩ごはんを食べていてもいい時間になっていた。


「アーティア、あたしお腹減ったよ」

「ぼくもだよ」


 誰のせいだと思いつつ、隣の男の部屋へ向かう。クロウェシアがノックもなしに扉を開いた。


「ちょ、ノックくらいしないと」

「ヴァルちん、ごはんー」

「え、ちょ、きゃ、きゃあ?」


 丁度、男は着替えの真っ最中だったようで上着を持ったまま固まっていた。下は辛うじて穿いていたが、上は裸だ。


「うわ、ヴァルちん、その胸の痣すごいね」


 クロウェシアの声に釣られて男の胸の辺りを見た。

 心臓の上に真っ黒な刺青のような痣が浮き出ていた。


「それ……」


 ああ、と男はシャツを着てそれを隠す。

 恥ずかしそうに頬を掻き、眉を下げて笑った。


「見て気持ちいもんじゃないだろ」


 くらりと頭が揺れる。

 酷く右腕が痛む。

 男が気遣わし気にぼくの名前を呼ぶのが聞こえる。


「それ……いつから……」

「……昔ちょっと死にかけたときの傷だよ。今は別に痛くも――ティア?」


 頭がぐらぐらする。

 だって、男の胸の痣は――、


(ぼくの右腕の刺青と同じものじゃないか)


 ぼくの視界は真っ黒に染まった。



 +


 突然倒れたアーティアをヴァーレンハイトは慌てて受け止めた。頭は打っていないようだ。

 以前――ヤシャの身体の件のときも、こうして急に倒れたことがあったが、今回はどうしてだろうか。

 今までこんなことはなかったから、持病というわけでもないだろう。

 ヴァーレンハイトはそっとその小さな身体を抱えて隣の部屋に足を運んだ。


「アーティア、どうしたの?」


 クロウェシアがそのあとをついてくる。

 わからない、とヴァーレンハイトは首を振った。

 アーティアが使っていた方のベッドに彼女を横たえ、服を緩める。


「上着脱がさないでいいの?」

「ティアは、右腕を見られるの嫌がるからね」


 その下にある大きな傷を、血管のように腕を覆う痣のような刺青を。

 アーティアの顔は苦しそうに歪められている。そっと眼帯を外すが、それでも辛そうだ。

 額に手を当てるが、熱がある様子はない。

 つきりと胸が痛む。


「おれがティアにしてあげられることってなにもないのかな……」


 ため息とともに弱音がこぼれた。はっと口を押えて、クロウェシアがいることを思い出す。

 クロウェシアはぱちぱちと目を瞬かせていた。


「? ヴァルちん、今だっていろいろしてたじゃん」


 不思議そうに首を傾げる少女はベッドに眠るアーティアを覗き込んだ。


「あたしの方がなにも出来てないよ。見てるだけだもん。夢を操る能力でもあれば、うなされないように出来たかもしれないけど」

「……なんでクロエがティアになにかしてあげようと?」


 だって、とクロウェシアはアーティアの頬をつつく。


「仲良くしたい子にはいろいろしてあげたくなるでしょ」


 うふふと少女は笑った。


「でもね、ずっとそうしてたってなにも変わらないよ」

「……わかってるけど」

「わかってなーい。アーティアが起きるまでそうしてるの?」

「……」


 やれやれ、とクロウェシアは首を振る。


「いつ起きるかわかんないし、疲れちゃうよ。起きたときにヴァルちんがそんな顔してたら、アーティアだってびっくりするよ」


 そんな顔とはどんな顔だろうか。

 ヴァーレンハイトは眉を下げる。


「とりあえず腹ごしらえしてー、アーティアの分の晩ごはんも持ってきてあげよう。起きたら食べるかも。あ、お水も持ってきた方がいいよね。起きたら喉乾いてるかもしれないし」

「……腹減ったの?」


 うん、とクロウェシアは素直に頷く。


「看病って結構疲れるんだよ。身体も心も。……あれ、なんでそんなこと知ってるんだろ」


 きっと人間族だったころの記憶なのだろうと思った。

 クロウェシアの言うことは一理ある。

 前に闇魔法族ダーキーの集落で治療を受けたとき、ヴァーレンハイトも怪我をしているのにずっとアーティアに張り付いていたことを聞いた彼女は、散々ヴァーレンハイトを罵倒したものだ。


(馬鹿だなぁ、おれ)


 なにも変わってない。

 息を吐いて、アーティアの顔を覗き込む。

 なにか拭くものも持ってきた方がいいだろう。クロウェシアの言うように起きたらなにか食べるかもしれないし、きっと喉も乾いているだろう。

 ヴァーレンハイトは立ち上がり、クロウェシアを促して部屋を出た。


「っても、おれ食欲ないけど」

「あたしはあるー」


 そうかい、と肩を落とした。どうも彼女と話していると緊張感が続かない。

 併設された食堂に足を運びながら、ヴァーレンハイトは息を吐いた。



 +


 ルカは時々、神族幹部たちの手伝いをしたり、食堂へ行って料理を手伝うようになった。

 それに連れられて、ナールも何度か手伝ったことがある。

 文字が読めないナールは書類を並べる手伝いをしながらルカや手の空いた神族の者たちに数字や簡単な単語を教えてもらった。

 ナールという自分の名前がどんな字を書くのかを知った。

 神族のほとんどは神界を出ることなく生涯を終えるのだと知った。

 ナールの村を焼いたのは神族の意思だけではなく、森の外の町の人たちの意思が大きかったことを知った。

 最初に悪かったのは、自分たちだったのだと知ってしまった。


「自分で思ってることだけが全てじゃないんだよね」


 ルカはナールが悪かったとも悪くなかったとも言わず、ただナールが寝入るまで頭を撫でてくれた。

 ナールは神界に身を置くようになっていろんなことを知った。

 知ってしまった。

 それがいいことなのか、悪いことなのかナールにはわからなかった。

 ナールの理性はもうアーティアに復讐することの無意味さと寂しさを訴える。

 けれど、ナールの狂気はなにがなんでもアーティアを殺さなくてはと訴えていた。

 頭が割れそうなほど痛い。

 わからない。

 わからない。


「ルカさん。ルカさんはもう、地上には行かないの」


 ルカは卵白をかき混ぜながら首を傾げた。


「え、行くよ。今はちょっと勝手し過ぎたから自重してるだけ」


 いや、行くなよと厨房の主である松という女性が御玉でルカの頭を叩いた。

 ルカはぺろっと舌を出してえへへと笑う。


「ナールは、地上に行きたい?」

「……わかんなくなっちゃった」


 ルカは手を止めてナールを見下ろした。

 ナールは手元にあったたまごを取って、コンコンと作業台に打ち付ける。親指を差し込んで二つに割ると、綺麗な黄身をした中身がとろりとボウルに流れ出た。

 これもここに来てから出来るようになったことだ。

 出来ることが増えるのは楽しいし嬉しい。けれど、同時に自分の内側で「そんなことをしている場合じゃないだろう」と訴える声が響く。

 ここしばらく、ナールはよく眠れていない。

 眠りたいのに、どうしても内側の声が邪魔をする。

 ルカはそんなナールを心配して連れていける範囲であちこちに連れていってくれたが、特にいい効果をもたらしてはくれなかった。


「……部屋に戻るね」

「一人で平気?」


 ルカはまだ松を手伝うつもりらしく、その場から動かなかった。それに大丈夫と答えて、ナールは松に謝り厨房を出た。

 一人で歩いているとすれ違う人たちがひそひそと話しているのがよく聞こえる。

 やはり、この神界で下級の魔族がいるのは不自然なことなのだ。

 かといって、ナールに行く場所はない。

 居場所がない。

 それはとても心細いことだった。

 泣きそうになるのをぐっとこらえて、ルカの部屋を目指す。

 途中で前を行く文官らしき神族がなにかを落としたのを見た。

 拾って声をかけようとして、拾ったものを見る。


(通行書だ)


 何度かルカが手にしているのを見たことがある、地上への通行書となる木札だった。

 ナールは顔を上げて、誰も見ていないことに気付いた。


「……」


 そっとそれを懐に入れ、来た道を戻る。


(ルカさん、ごめんね)


 その日、ナールはルカの部屋には戻らなかった。


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