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26 一方そのころ 1/2

 身支度を整えたホウリョク・メルヤは鏡の前で自らの頬を叩いた。


「よしっ」


 にっこりと笑ってみると、鏡の中のホウリョクも愛らしく相好を崩す。

 いつも通り笑えている。

 それを確認して、ホウリョクはほうと息を吐いた。

 昨日、朝早くにホウリョクたち四人はギン・カヨウの故郷である東方の亜竜族集落に着いた。そこで彼の幼馴染を弔いを済ませた。

 集落の人たちは幼馴染――ルキの死を嘲笑いこそしなかったが、悲しみもしなかった。それがホウリョクは酷く悲しかった。

 ギンは平然とその言葉を流していたが、内心ではどう思っていたのだろう。

 彼の無表情を見ると、どうしてもルキが死んだときのことを思い出してしまう。


(集落揃って不愛想だらけ。だから血の通わないトカゲとか冷血蛇とか言われやがるんですよーだ)


 まぁ、そういうホウリョクの想い人も亜竜族なのだが。

 ホウリョクは身を翻して部屋を出る。宿の前にはもう他の三人が準備を終えて待っていた。


「遅過ぎやろ、自分。昼んなってまうで」

「乙女は身支度に時間がかかるんでーす」

「誰が乙女や」

「はぁ? 目ん玉ついてやがるんですか?」


 いつも通りに返せただろうか。ホウリョクはちらりとギンの様子を伺った。

 彼はホウリョクの頭を軽く叩きながら仲間のルイと「朝飯どないするん」「確かそっちに食堂があった」などと話している。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 そんな様子をもう一人の仲間のティアナ・ウィンディガムがにこにこと見ていた。


「なんですか、その顔」

「いいえ。ホウリョクは今日も可愛いなって」


 なんだそれは。まぁこんな風ににこにことしているティアナになにを聞いても無駄なのは経験則からしてわかっている。

 歩き出した男二人についていきながら、ホウリョクはティアナのことを考えた。

 彼女が旅をしているのはルイが旅をしているからでもあるが、一番の理由はやはり彼女にかけられた魔族ディフリクトの呪いを解くためだろう。

 先日立ち寄った町にいると言われた解呪師はティアナの呪いを見た途端、「帰ってくれ」と言った。

 今思い出しても腹が立つほどに縋りつく間もなかった。


「ワタシではその呪いは解けない。どうしてだか薄くはなっているが、手を出すだけでこちらまで呪いがかかるだろう。そんな恐ろしいものに関わりたくない」


 言い分はわからなくもないが、高名な解呪師だと聞いたからわざわざやってきたのに、なんて言い草だ。

 見たんだからと料金を請求されたが、ギンと一緒にキレ散らかしてなかったことにした。ルイとティアナはドン引きしていたが、解呪師なんだから解呪してから料金請求しろと言いたい。

 こちらも表面上はいつも通り。けれど、思った以上に危ない呪いだったことがわかってしまって、ティアナはどう思っただろう。

 強い女性だと知っているが、それでも傷付かないなんてことはないだろうし。

 うんうんと唸っていると、なにかを察したのかティアナがホウリョクの頭を撫でた。


「……なんです?」

「いいえ」


 にこりと微笑むその顔は特に喋る気がないときの顔だ。

 けれどホウリョクはなんとなく自分の考えを察された気がして、唇を尖らせる。


(なんだか、わたしばっかり怒ってるみてーじゃねぇですか)


 男たちが食堂に入るのに続いてホウリョクも暖簾を潜る。いや、頭に掠りもしなかったが。

 愛想があるんだかないんだかよくわからない亜竜族の女性店員にテーブル席に案内される。ホウリョクはこの地域のセイザという座り方が苦手だ。

 ギンは苦笑して「足崩したらええやん」と言うが、なんとなく負けた気がして昨日は強がってセイザをした。経験したことのない痺れと痛みが両足を襲った。

 今日はそんな無様な真似をしないよう、気を付けて座る。


「あ、わたし、昨日食べたオチャヅケが食べてぇです」

「じゃあわたしはお漬物が欲しいわ」


 はいはいと手慣れた様子でギンが先ほどの女性店員に注文する。朝から量が多いのはいつものことだ。


「せっかく東方にほど近いところまで来たんですし、こっち独自のものを見て食べて楽しみてーですよね」


 昨日の夕方見た、赤い花の群生は背筋がぞっとするほど美しかった。ギンは余り好きではない花だったようだが、なんという花だっただろうか。


「そういえば、昨日のあの赤い花はなんてぇんですか?」


 出された水を飲んでいたギンはああ、と頷く。


「彼岸花やな。赤やから曼殊沙華とか灯籠花とか言われるやつや。別名はたくさんあって、死人花、墓花、火事花、捨て子花なんても呼ばれよるの」

「死人、墓、火事、捨て子……とんでもねーじゃねぇですか」

「そ。摘んだりしたら家が火事になるだの、食べると彼岸に行く言われるから食うたらあかんよ」


 彼岸に行くとは東方で死ぬことを意味すると聞いている。「食べねぇですよ」と頬を膨らませると、ギンはくくくと笑う。

 あんなに綺麗なのに、とんでもない花だった。


「季節やないのに、昨日は群生しよったな……なんやろ」


 普段は暑さの盛りが過ぎたころに咲くのだという。


「ああ、西北の方ではリコリス呼ばれよんのと同じ花やなかったっけ」

「もしかしてセイホクカンゾウのこと? あれとは別だと思ったけど……」

「カンゾウならハーブですよ。毒はねーです」

「ややこしいな」


 そんな話をしていると料理が運ばれてきた。

 ホウリョクの頼んだオチャヅケにティアナの頼んだオツケモノは数種類あるように見える。一口サイズの小さな魚の乗った丸いおにぎりのようなスシ、お吸い物、生魚を切り揃えたサシミ、天ぷら、焼き魚に煮魚、野菜がごろごろとした煮物、小鉢に入ったものがいくつか。

 魚が多いような気もするが、山菜も多い。こちらでは余り肉は食べないのかと思えば、他では見かけないような獣肉が普通に出てきたりもする。

 ここより少し北の方では東方と似ているようで全く違う文化が見られ、そちらでは主に辛い料理が人気だとか。

 普段中央辺りをうろうろしているホウリョクたちからすれば目新しいことばかりだ。

 最初は生魚を食べるなんてお腹を壊すのではとも思ったが、ギンが余りにも普通に食べるのでホウリョクも渋々食べている。いや、出されたものは食べるのが旅人として必須能力ともいえる。まともなご飯なんていつでも食べれるわけではないのだから。

 ただこちらの全体的になんだか黒っぽい煮物は好きだ。今日出されている煮物も、レンコンに中まで味が染みていてほくほくしている。

 小鉢をつつきながら、ホウリョクは三人を見た。


「それで、これからどうするんです?」


 どうしましょうね、と返すのはティアナ。ルイとギンは目を見合わせて、首を傾げた。


「特に考えてなかったな……とりあえずティアナの呪いを解く鍵でもあればいいんだがな」

「せやなー。あんの似非解呪師、なんにもせんくせに金だけとろうとしおってからに」

「あと路銀のこともあるから、依頼を請けつつ呪いについて探していく方向か」


 その方向にはホウリョクも賛成だ。こくりと頷く。


「なんだか、わたしのために申し訳ないわね」

「いーんですよぉ。ティアナにはたっくさんお世話になりやがってるんです、これくらい恩返しさせやがれください」


 ぽんと肩を叩くと、ティアナは嬉しそうに頬を緩めた。

 テーブルの上の皿が粗方空になったころ、女性店員がデザートの皿を持ってくる。


「抹茶ティラミスです」

「おお」


 これが東方名物抹茶デザートか。

 ホウリョクはいそいそと匙を取る。


「あのぅ」


 と、申し訳なさそうに女性店員が一行に声をかけた。

 開けかけた口を閉じて、彼女を見る。


「どうしやがりました?」

「あの……旅人さんたちは依頼を請けてくださるんですか……? あ、ちょっと声が聞こえて、すみません」


 ホウリョクたちは顔を見合わせる。


「こっちの方に冒険者ギルドは?」

「もう少し東に行ったらあるんですけど、この集落にはなくて」


 女性はしゅんと肩を落とす。

 ルイは少し考える仕草をしたあと、「請けれるかはわからねぇが」と言い添えた。


「話を聞くくらいは出来る」

「あ、ありがとうございます……実は、集落裏手の森の方から夜な夜な話し声が聞こえるんです。最近では子どもが消える事件もあって……いえ、子どもは帰ってきたんですけど、なにも覚えてないらしくて」


 誘拐事件とは違うようだ。

 声が聞こえる、とはどういうことだろうか。


「子どもの声みたいで……気味悪くて。でも他の人たちはなにか害があるわけじゃないからって……放置してて……」

「それをどうにかしたい、と」


 こくりと女性店員は頷く。

 ルイはどうする、とホウリョクたちを見た。

 ギンが肩をすくめてティアナを見る。


「別に見てくるくらいなら構わないんじゃない? 今は特になにか目的地があるわけでもないし」


 目的はあるが。

 ホウリョクもティアナの意見に否やはない。頷くと、ルイが女性店員に「わかった」と答えた。


「ただし、解決出来るかはわからない。まずはその森に行ってみて声の正体を突き止めるところからだな」

「ありがとうございます! 料金は……ここの支払いだけでは足りないでしょうか」

「いや、十分だ」


 今の情報と状況だけならば、お釣りを出さなければならないくらいだ。まぁ、今後その森の声とやらの正体次第では追加料金が発生してもおかしくないのでホウリョクは黙っている。

 女性店員を呼ぶ声が厨房から響いて、彼女は慌ててホウリョクたちに頭を下げて去っていく。


「食い終わったらその例の森とやらに行ってみるか」

「出来ればさっさと見つかったらええんやけど」


 ホウリョクは匙で抹茶ティラミスを掬って口に運ぶ。


「……苦ぇです」

「あら、ホウリョクの口にはちょっと合わなかったのかしら」


 抹茶の苦みとティラミスの苦みが合わさって余計に苦い。ホウリョクは湯気の立つお茶を一気に飲み込んだ。

 熱いがちょっとこの苦みには耐えられない。


「はは、お子様舌やからや」

「うっせーです、お黙りやがれください」


 そっと抹茶ティラミスの皿をティアナの方へ寄せる。ティアナはくすくすと笑いながらそれを受け取った。彼女は気に入ったらしい。

 ギンも匙で掬ったそれと口に運ぶ。


「……苦ぁ」

「ははは、ギンだってお子様舌じゃねーですか」

「いや、オレは苦いの平気やもん。……そういや抹茶の苦み苦手やったわ……」


 ギンもそっと皿をルイの方へ押しやる。

 ここぞとばかりにホウリョクは指を指して笑ってやった。



 食べ終わった一行は件の森へと足を運んだ。その道々で夜な夜な聞こえるという声についても聞いてみる。九割がその声を聞いたことがあるようで、静かに噂は広がっているようだ。

 いなくなったという子どもに関しても、すぐに帰ってきた、なにも覚えていないらしいという話しか聞かない。

 さて、どうするかとホウリョクは森を見た。故郷の森とは違ってそれほど深くはなさそうなのに、どこか足を踏み入れるのを躊躇したくなる雰囲気だ。

 まだ午前中だというのに鬱蒼と暗い。


「これ中に入るんですか~?」

「そら入らな、なーんもわからんやろ」


 ずんずんと進んでいくギンの首巻を慌てて掴む。


「ぐぇ、首絞まっとるっちゅーねん」

「はぐれたらどーすんですか」


 結局ホウリョクも森へ足を踏み入れる。

 じめじめとした、なんだか嫌な空気だ。

 足元を青黒い靄が這っているような気がする。

 森に入ってすぐに気付いたのは獣道がないこと、そして空が見えず光が入ってこないこと。


(その割に植物が随分と元気なような……いえ、元気というより狂気的な生え方してんですけど)


 いつぞやの魔法族セブンス・ジェムの集落近くのジャングルのようによくわからないうねりを持った植物や、妙に青黒い色をした大きな葉があちこちに見える。


「嫌な感じだな……」


 ルイが呟く。そうとしか言えないこの雰囲気はなんだろうか。

 足元を見たことない大きさのトカゲが素早く通り抜ける。あれはこの地方ではよく見かける小さな種類のトカゲのはずだ。なんであんなに大きくなっているのだろう。

 木の上から蛇がこちらを見ているが、やはり通常見かけるものよりもずっと大きい気がする。

 ホウリョクはそっと全員に身体能力強化魔法をかけた。

 よくなった視力は更に不気味なものを見る。ホウリョクの掌くらいの大きさの働き蟻が列を作っているのを見たときは意識が真っ白になるかと思った。

 いや、ホウリョクの名誉のために言っておくが、彼女は別に虫も爬虫類も両生類も平気だ。毒があるやつだろうと、襲ってくるまではどうもしない。

 が、常よりも大きいというのはそれだけで脅威だ。


「なにか、特殊な栄養源でもあるのかしら。ほら、これなんてわたしの両腕を広げたのより大きいわ」


 ティアナが言うので振り返ると、何故か彼女は木の上にいたはずの蛇を両手で掴んで引っ張っていた。確かに彼女の両腕を広げたのよりもずっと長い。太さはティアナの腰くらいありそうだ。


「いやいやいやいや、なんで持ってやがるんですか。捨ててくださいよ!」

「大丈夫よ。この子、毒は持っていないから」


 そういう問題でもない。

 ティアナに蛇を捨てさせ、息を吐く。

 ティアナは少女のようにくすくすと笑っていた。


「ちょっと大きいだけよ。大丈夫なのに」

「そういう問題じゃねぇです」


 そういう問題でもない(二回目)。

 男二人は周囲を警戒しながら足を進めている。

 振り返れば、もう入った場所すら見えなかった。

 ホウリョクは頭を振って、先を行く仲間たちのあとを追う。だんだん足元がぬかるんでいるような気さえした。


「お?」


 急にギンが声を上げた。

 見ればそちらに開けた場所がある。そこだけぽっかりと木が生えておらず、太陽が差し込んでいる。


「……誰かいるな……」


 ルイの見る先を見れば、その太陽の下にある小さな花畑の中心に誰かが倒れているのが見えた。


「人、かしら」


 住人が迷い込んだ?

 いや、集落の亜竜族たちは最近は誰もが気味悪がってこの森には近付かないと言っていた。

 では誰だろう。

 警戒しながら近付くと、稲穂のような頭がもぞりと動くのが見えた。

 あれ、とホウリョクが首を傾げる。

 丁寧に櫛梳られた淡い稲穂のような髪。同じ色合いで作られた淡い色のワンピース。そして空を映したかのような広くて優しい色をした瞳。


「……ノエル?」


 そう、いつだったか出会った女性――ノエルがそこに蹲っていた。

 具合が悪いのか、と慌てて近付けば、くぅ、という悲しそうな泣き声……いや、腹の虫。


「…………おなかすいた……」

「またですか」


 ホウリョクは肩を落とした。

 ティアナが苦笑しながら荷物から、お弁当にと女性店員から渡されたおにぎりを取り出した。

 こてんとノエルは首を傾げる。


「どうぞ。よかったら食べて」

「……ありがとう」


 ノエルは素直に受け取って、おにぎりを口に運ぶ。


「美味しい」


 それはよかった、とティアナは微笑んだ。

 その間にホウリョクと男たちは周囲を見て回る。この一帯だけはどうしてか嫌な空気がなかった。陽光が入るからか、ここだけは土が乾いている。

 小さな花畑も、よく見る名前も知らない花ばかりだが見知ったものだ。花の上で見かけたテントウムシも常と同じ小指の爪より小さいものだ。


「なーんでここだけ普通なんです?」

「さぁ……お日さん入っとるからやん?」


 ギンと二人で首を傾げる。

 ルイが戻ってきて、日の当たらない場所はやはり生き物が妙な成長を遂げているとのことだった。

 ティアナたちのところに戻る。

 ノエルはほわほわと幸せそうに微笑んでいた。空腹は去ったらしい。

 ティアナは包み紙を荷物の中に仕舞っている。


「それで、ノエルはどうしてここにいるんです?」


 きょとん、とノエルは首を傾げた。


「どうして? ……どうしてだったかしら……」


 のんびりとした口調でのんびりと考えるノエルは、せっかち気味なホウリョクの顔を引き攣らせる。

 そうだ、と胸の前で手を合わせたノエルはにこにこと笑った。


「森の奥から、助けてって声が聞こえたの……。それで、誰だろうって思って、森に入ったの」


 思い出せたことを褒めてと言いたげな笑顔だ。見た目、ホウリョクよりも年上なのに、どうも幼さの抜けない女性だ。


「それがどないしたらここで寝るっちゅーことになるんや……」

「……ここ、暖かくて……」


 ふわぁ、とノエルは欠伸する。

 放っておいたらまた眠りだしそうだ。


「それより、助けてって声が聞こえたってのは?」


 ルイがノエルに視線を合わせながら問う。

 ノエルはぱちぱちと瞬きして、すっと森の奥を指差した。


「あっちの方から、ずっと聞こえるのよ。助けて、助けて、って」

「んでその目の前で寝たんかい」

「なんだか、急に眠たくなって……あら、どうしてお日さまが見えているのかしら……」


 ノエルの言葉にホウリョクは首を傾げる。

 どう見たってこの空間は昔からあったものだ。少なくとも二桁年数はこうしてぽっかりと開いている。

 なのに、ノエルの言い分を聞くと、ノエルが眠気に倒れたときは他と同じように地面はぬかるみ、木で覆われていて空も見えなかったという。

 ノエルが眠っていたのはどれくらいかわからないが、少なくとも年数は経っていないはずだ。だってノエルとはつい何十日か前という単位で会っているのだから。

 ティアナも首を傾げている。

 ホウリョクは花畑の花を眺めた。とても最長で数日で咲いたとは思えない。

 ぬかるんだ場所に花畑を作るなんて、まるで昔読んだおとぎ話の聖女さまのようだ。ホウリョクもそれなりの年数生きて様々な魔法や魔術と言われるものを見たが、こんなものは見たことがない。

 無から花を咲かせるのは生命を左右することと同義だ。きっと神族ディエイティストや万年生きた龍族ノ・ガードですら出来ることではない。

 そもそも、前回会ったときにティアナにしてのけたことすら不思議だった。

 呪いが薄くなったというが、あれは解呪しようとして出来るものではない。どちらかといえば呪いの根本から引っこ抜こうとしたような感じだ。ちょっとした力業だが、誰でも出来るものではない。


(まして、凄腕と言われる解呪師が関わりたくないと断ずるような呪いに対して)


 ノエルは一見ただの人間族ヒューマシムに見える。なのに、どうしてそんな魔術ではなく魔法のようなことをしてのけるのか。

 いや、現行、魔法ですら無理だろう。

 ノエルはのんびりと立ち上がり、スカートを払う。ついていた乾いた泥が霧散した。


(自らの身体を守る結界魔法の応用……? いえ、これはそんなもんじゃねーです)


 まるで自分に触れるもの全てを拒絶するような。

 そもそも人間族には魔法が使えない。それを人間族や魔法の使えない種族でも使えるように改良、布教したのが魔術であり、それをやってのけたのが大昔の魔術の祖、ディエフォン・モルテである。だから魔術師はほぼ人間族しかいないし、魔術の祖を信仰するのだ。

 そっとホウリョクはノエルの手を取った。ぎゅっと握ってみたり、上下に振ってみたりする。……なにも起こらない。いや、起こっていたらホウリョクの手は霧のように消え去っているのだが。一応防御魔法をかけておいたので最悪の事態にはならないはずだった。


「なにしとんねん」

「……いえ、ちょっと思ってたのと違ぇなと思っただけです」


 手を離すと、ノエルは少々残念そうに眉を下げた。


「さて、その声の方角に行ってみたりします?」


 せやな、とギンが言い、ルイとティアナが頷く。


「ノエルはどうしやがります?」


 こくりと頷くノエルはついてくる気満々だ。

 それを確認して、先ほどのようにギンが先行するのについていく。

 また暗くて嫌な感じのする森をしばし歩いた。


「くすん……くすん……」


 誰かが泣いている。

 子どもだ。

 それは段々と近付いていく。道は合っているようだ。

 そして現れたのは真っ暗な中で泣いている真っ白な子ども。

 比喩ではなく、短い髪も肌も白く、着ているシャツとパンツも真っ白なのだ。


「ひっく……ひっく……」


 蹲っている子どもはホウリョクより、以前会ったアーティアよりも小さく見える。


「こ、子ども……?」


 ホウリョクの声に驚いたらしい子どもは泣くのを止めてはっと一行を見た。目も白い。

 亜竜族のようには見えなかった。

 額の左側から小さく白い角が一本だけ生えているのが見える。


「……おにいちゃん、おねえちゃん、だぁれ?」


 少年か少女かわからない声だ。


「オレはギン、こっちがホウリョク。んでそっちがルイとティアナ……とノエルや」


 真っ白な子どもはぱちくりと目を瞬かせる。


「んで自分はなんでこないなとこで泣いとんのや」


 ぐす、と子どもは鼻をすする。


「くろいのがいないの。しろいのひとりじゃ、なにもできないのに……」


 真っ白な目からぽろぽろと透明な涙がこぼれた。

 ホウリョクたちは顔を見合わせる。


「ずっと泣いとったんは自分か」


 こくりと子どもは首肯する。


「おにいちゃん、おねえちゃん、おねがい、くろいのさがして」


 子どもがそっとギンの手を引っ張った。

 逆の手でギンは頭を掻く。


「どうする」

「どうするもこうするも、探したったらええんちゃう?」


 ギンの言葉に子どもはぱっと顔を輝かせた。


「ガキンチョ、おまえ名前は?」

「? なまえ?」


 きょとんと子どもは目を瞬かせる。

 本当にわかっていないようだ。

 ギンは困った様子でホウリョクたちを見る。……見られても困る。


「せや、白いからシロ呼んだらええやん」

「犬猫じゃねぇんですよ」

「シロ? しろいののなまえ?」

「せやでー、今日からおまえはシロや」

「シロ!」


 ぱっと子ども――シロの顔がほころんだ。

 それでいいのか、とホウリョクは肩を落とす。まぁ本人がいいならいいだろう。


「それで、探してる……くろいの? は、どこではぐれやがったんです?」


 シロがあっちと指差すのは更に森の奥だ。

 おかしい。

 どうしてこんなに深いのだろう。とっくに森を抜けて集落の反対側に出てもおかしくないのに。

 ホウリョクの疑問を感じ取ったのだろう、ギンたちも頷く。

 嫌な気配が更に濃くなった気がした。


おっかしいな。一話分で終わると思ったのに。

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