25 魔法族の恋 6/6
女子会は昼過ぎには終わった。
だらだらと友達と残る人、終わった途端にすぐに帰る人、もうすぐ終わると知るとさっさと帰る人もいれば、そのまま二次会と言ってどこかへ去っていくような人たちもいた。
片付けは持ち回りらしく、今回は風魔法族の少女たちだ。余ったお菓子などは片付け当番が持って帰っていいらしく、誰がどれを持って帰るか楽しそうに話している。
それを横目にぼく――アーティアはモミュアたちと外に出た。
日差しは高く、気温はそれなり。そろそろ薄手の衣類が恋しくなってくる季節になってきた。
半日もなかったとはいえ、いろんな人に囲まれて話を聞いていたが、多くが恋バナ好きだなということだ。
それでも、誰一人として自分と違う魔法族の名前を出さなかった。
聞けば、他魔法族とは結婚できないからという。決まりがあるのかと聞けば、みんな首を傾げて「昔からそう言われてる」と答える。そういうものか、と思いながらティユを見た。
友人たちと楽しそうに話してはいるが、時折窓の外を見たりしてため息を吐いている姿が目に付く。
シュザベルとティユは、本人たちから聞いたわけではないがなにかあるのは明白だ。きっとぼくが魔法族ではないから見えるのであって、友人たちも気付いていないこと。
風魔法族と炎魔法族。
別魔法族。
ヴァーンに聞けば、シュザベルが調べていた魔法族の来歴についてなにかわかるだろうか。
(……ぼくが首突っ込むことじゃない、よな)
何故ぼくは今こんなことを考えているのだろうか。
ティユから依頼を請けたから? でも、今までその依頼のあとも気にするような依頼主は特にいない。
「それでねー、今度の衣装がめちゃくちゃ可愛いの! ……ティア、聞いてる?」
「なんとなく」
「なんとなくかーい」
もう、とリークが膨れた。
リーク曰く、今年は各精霊を祀った大きめの祭りがあるらしい。それに参加するとのことだ。
「あたしは舞姫として昔から精霊祭に出てるの。よかったら見に来てよ」
「覚えてたらね」
聞けばティユも燈姫という役割で参加するのだという。
「灯りを持って決まった順路で集落を回るの。結構大変なんだけどね」
「ああ、衣装も重かったりしますもんね!」
リークがこくこくと頷く。他の魔法族にもそれぞれ精霊神官とは別に代表がいるらしく、かつて有名だったのは風の琴姫と名高いティアナだという。
「……ティアナが抜けたあと、祭りはどうしたの?」
「もちろん大慌てで次の子を探してたわよ。一度だけ、あたしもあの人の音色で踊ったことあるけど、すっごかった。合わせやすくってびっくりしたもの」
わいわいと話しているのを一歩引いて眺める。これくらいがちょうどいいとも思う。
ティユたちは気付いていないが、正面の道からジェウセニューたちが歩いてくるのが見えた。男――ヴァーレンハイトも後ろからついてきている。彼らと一緒にいたのか。
目が合った。ひらりと片手を振っているが、ぼくはそれを無視して違う方向を見る。誰かがよくない魔力を垂れ流しながら走ってくるところだった。
魔力が青黒い靄のように立ち上っているように見える。若い男性だ。
彼はぼくたちの前まで来ると足を止め、ティユの首に下がっていたチェーンを引き千切った。
「きゃあっ」
「ちょ、いきなりなに!」
よく見れば目が薄っすらとした赤なのがわかった。炎魔法族だ。
「あれ、こないだティユにフラれたやつじゃん」
遠巻きに見ていた少女がこぼすのが聞こえた。
男性は切れたチェーンにぶら下がる緑の石の嵌った指輪を手にした。あれは確か、ぼくが前に花と交換したなんとかの指輪だ。
指輪が盗られたことに愕然とするティユの周囲に魔力の流れが生まれる。
「ちょっと、いきなり来てなんなのよ! それはティユさんのでしょう、返しなさい!」
リークが男性に詰め寄るが、軽く振り払われて地面に転がる。
「きゃっ」
倒れたリークにモミュアが慌てて駆け寄る。
男性の息が荒い。目も正気ではない気がした。
「かかかかか返してほほほしければ、ぼぼぼボクと付き合えええええええっ」
はぁ、とリークたちが目を見開く。
ぼくは男性の周囲に渦巻く青黒い魔力を見た。男性から自然発生しているわけではないように見える。
(操られている? 誰に、どういう目的で?)
身を低くして、いつでも飛び掛かれるように準備する。ただ、彼が操られているだけなら怪我をさせるのは最善ではない。
一瞬だけ遠くにいる相棒に目配せ。男はこくりと頷いた。
その一瞬で、背後にいくつもの魔力が固まるのを感じる。慌てて振り返ると、ティユの周囲に炎の塊が浮いている。今にも爆発しそうだ。
(重弾っ)
相棒で見慣れているが、一般人ではなかなかお目にかかれないそれは重弾と言って同じ魔法、同じ純度の魔力で構成されたもの(主に弾のような攻撃魔法)を同時に射出する連続魔法の一種だ。
調整が難しいために使い手は限られている。
それを今にもティユが発射しそうだった。
男性を止めるべきか、ティユを止めるべきか。
迷った一瞬で男性の方が早かった。
止めに入った数人を男性が生み出した炎の壁が阻んだ。それは火の粉を振りまいてぼくたちも腕や足を火傷する。
建物に燃え移った瞬間、ティユの魔力が――
「止めなさい」
風が巻き起こり、ティユの周囲の炎を消す。同時に建物に水がかかって火を消し止めた。
シュザベルの声だと気付いたティユがはっと目を見開く。
男性の意識が彼らに向かった瞬間、ぼくは地を蹴って跳躍。男性の胴に組み付いた。男性にのみ重力魔術がかけられ、地面に縫い付けられる。
「これは返してもらうよ」
男性がなにか呻いているが、ぼくはその上から立ち去るついでに緑の指輪をもぎ取った。
「自警団呼んでくる!」
「縛っとこう」
わらわらと見物していた者たちが寄ってきて男性を拘束する。
ぼくがティユの方を見ると、シュザベルが走ってきて彼女の手を引くところだった。
「こんなところで大技を使うやつがありますか!」
冷静なシュザベルの叱責に、立ち上がったティユはしゅんと俯く。
「……ごめんなさい」
「あなたなら、もっと冷静に対処出来たでしょうに」
周囲もシュザベルが怒っているのを見たことがないのか、ぽかんと口を開けている。
ぼくはそっとリークの怪我を見てちょっと手を擦りむいただけだと確認し、ティユの方へ近付く。
「シュザベルが間に合ってくれてよかったよ。あのままじゃ周囲が火事になるだけじゃなくて、この指輪も丸焦げだっただろうし」
言いながらティユに指輪を返す。
ティユはほっとして指輪を手で包み込んだ。
リークもちょっと擦りむいただけみたい、と報告すると彼女は胸を撫で下ろす。
「……その指輪が、そんなに大切ですか」
ムッとした口調でシュザベルがティユの手を見た。
「――ええ、大切よ」
シュザベルの顔が歪む。拳を握り締めて、彼は口を開いた。
「誰から貰ったのか知りませんが、」
「だってこれは、四百八十二年前に生きたとされる魔術師ニシュヴァーが大切な友人のために作ったと言われるニシュヴァーの指輪! これほど精緻な加工が残っているなんて奇跡なのよ!」
指輪に傷がないのは確認済みだ。
「それにこれはアーティアさんに無理を言って頂いたものよ」
ちらりとシュザベルが横に立つぼくを見下ろした。ぼくは黙って頷く。
シュザベルは手で顔を覆った。耳が赤い。
おそらく誰かから貰ったものだと勘違いして怒ってしまったのだろう。嫉妬というやつか。
「シュザベル」
そっとティユが青年の名を呼ぶ。
視線は同じくらいだが、ティユは見上げるようにしてシュザベルを見た。
「わたし、やっぱり諦められない。わたしのなにが悪かったのか、ちゃんと言ってほしい。わたしは……」
ティユの瞳が潤む。
「いいえ。どんな形でもいい、わたしは、あなたの隣にいたい!」
ざわっと周囲が騒めいた。
「え、ティユさん……好きな人いたの? でも……」
「風魔法族じゃん……え?」
「まずくない?」
そんな声があちこちから聞こえる。不穏な空気だ。誰もが二人に注目している。
ぐっとシュザベルが拳を握り直した。
私は、とシュザベルのかさついた唇が動く。
「私は、あれからずっと考え続けていました……どうしたらいいのか、どうしたいのか。でも、見つからなかった」
シュザベルが調べていたのは魔法族の来歴を中心とした各種族同士の関わり方について。
他魔法族との婚姻が禁忌であり、問題があるというのは奇しくもジェウセニューの両親であるヴァーンとルネロームが方便であると証明してしまっている。
けれどそれを口外することは出来ないだろう。
さわさわとした外部の声がうるさい。
いつの間にか近くにいた男がシュザベルの背中をとんと軽く叩いた。
シュザベルはティユを見る。
「答えは見つかったのに、どうしようもないことを一人で考え続けていました……ですが、あなたがそう言うのであれば、一人で考えるのは止めにしたいと思います」
す、とシュザベルの拳が解かれ、ティユに差し出される。
「私と共に、研究を続けてくれませんか」
ぽかんと周囲の者たちが目と口を開く。
ティユはぱちぱちと数回瞬きをして、意図を察して頷いた。シュザベルの手を取る。
「ええ、もちろん……あなたとなら、きっとなんでも解明出来るわ」
ティユが嬉しそうに微笑む。
周囲は「なんだ……研究の話か……」「流石、孤高の学者……ブレなかった」「あー、びっくりした」とそれぞれに散っていく。
シュザベルとティユはほうと息を吐いた。
「……ごめんなさい」
「いえ、私も途中までは思うままに口に出していましたから」
そっと二人が囁き合う。
「姉さん、怪我はないかい」
我に返ったフォヌメがティユに問いかける。ティユはシュザベルの手を離し、笑顔で頷いた。
「しかし、シュザが姉さんの研究仲間だとは知らなかったな」
「ちょっと一時期、研究結果の相違で離れていまして」
「シュザもいつも本を読んでいるようなやつだけど、姉さんも結構遺物マニアだったっけ」
ふぅとフォヌメが肩をすくめる。
ミンティスもやってきて、「火事にならなくてよかった」と胸を撫で下ろした。建物の火を消したのは彼だったのだろう。
ジェウセニューはモミュアたちに駆け寄り、怪我の具合を見ている。
「闇の集落で治療してもらうか?」
「大袈裟ねぇ。だーいじょぶよ、ちょっと掌擦りむいただけだもの」
「じゃあ早く帰って消毒しましょ」
モミュアに手を引かれてリークは歩き出す。じゃあまたな、と二人についていくジェウセニューが手を振った。
いつの間にかあの男性もどこぞへ連れていかれたようだ。
「じゃ、ティアはニシキさんトコ行こうか」
がしりと男がぼくの左腕を掴んだ。
「火傷、放っておくと怖いよ」
「……別にこれくらい平気なのに」
「おれは治癒術が使えないんだから、あんま怪我放置しないでほしいな」
じゃあね、と少年たちに挨拶をして、男はぼくを引き摺って闇の集落を目指す。
「痛くないのに」
「だーめー」
そんなやりとりをしながら、ぼくは闇の集落に連行されたのだった。
+
薬を塗ってもらい、氷水で冷やしてぼくの火傷の治療は終了した。
他にも何人か、あの場にいたらしい者たちも治療を受けている。ぼくの傷は軽い方だったくらいだ。
もう大丈夫と男を安心させ、治療してくれた人たちに礼を言って闇の集落を出る。
人目をはばかるようにして、シュザベルとティユが立っていた。
「アーティアさん、大丈夫だった?」
「ヴァルがちょっと大袈裟だっただけ。痛くもないよ」
ティユはほっと胸を撫で下ろす。
ぼくは二人の顔を見た。
「それで、どうかしたの」
二人は顔を見合わせて、またぼくを見た。
「アーティアさんとヴァルさんには話しておこうと思いまして」
「いろいろお世話になったから」
なにをだろうか、首を傾げるが特に思い至ることはない。
シュザベルはくすりと笑って、「自覚なしですか」と言った。
もう少しだけ集落を離れて、人がいないことを確認する。
「私の知ったことについて、ティユに話すことにしました」
そう言うシュザベルはどこか憑き物が落ちたように穏やかな顔をしている。
「お二人が私の調べものを馬鹿にしたりせずしっかりと聞いてくれたこと、他の地域でのことを教えてくれたこと、そしてアーティアさんはティユの手紙を渡してくれたこと……たくさんお世話になりました」
ありがとうございます、と二人揃って頭を下げる。
「おれはおれの知っていることを話しただけだよ」
「うん。ぼくもただ依頼されたからやっただけ。気にすることでもないよ」
二人は頭を上げてぼくたちを見る。
くすりと顔を見合わせて笑う姿は、違う色を持っているのに自然な姿に見えた。
「きっと、二人で歩くのは困難だと思うよ。さっきは研究者としてって誤魔化せたみたいだけど、そうはいかない日がいつか来る」
男はシュザベルを見下ろした。シュザベルは眼鏡の位置を直しながら、こくりと頷く。
「ですから、これからはどうしたら二人でいられるか、も研究対象としたいと思います」
シュザベルはティユの手をぎゅっと握り締める。ティユは嬉しそうにはにかんだ。
「それは研究のし甲斐がありそうなテーマだ」
「難しそうだけどね」
でも、とティユがぼくを見下ろす。
「諦めないわ、わたしたち。だって、二人なんですもの」
そう言って笑うティユは今まで見た中で一番綺麗に笑っている。
詳しい話は後日改めてするつもりらしい。ティユは少し不満そうだったが、簡単に説明できることでもないからとシュザベルは眉を下げた。
「いいわ。ちゃんと話してくれるって約束してくれたから。ちゃんと待つわ」
ぼくは二人を見上げた。そろそろ日が沈みそうだ。
夜の気配を感じた鳥たちが巣に帰っていくのが見える。
「二人は……それで幸せ?」
きょとんと二人は目を瞬かせる。
ふふ、とティユが笑った。
「ええ。きっと幸せだし、これからも幸せよ」
「シュザベルが隣にいるから?」
ぽっとティユは頬を紅潮させる。
「それももちろんあるけど……わたしたちなら、きっと乗り越えられるって信じられるから」
眩しいと思った。
「これから旅立つのは危ないわ、今日はうちに泊まっていって」
ぼくは男と顔を見合わせて、世話になることにした。
シュザベルと別れてティユの家に招待される。
ティユの家族は両親、弟二人に妹一人の六人家族だ。炎精霊神官のレフィスとフォヌメは顔立ちがよく似ている。
レフィスは弟を囮にすると高確率で護衛神官たちから逃げられるんだ、と笑った。
妹のシュマはフォヌメの一つ下。特にフォヌメにはよく懐いているようで、すぐ後ろをついて回るような子だ。
「レフィスがそんなだから、フォヌメお兄様が苦労なさるんですわ。もっとちゃんと考えて生きてほしいですわ」
……何故か同じ顔立ちの上の兄レフィスには当たりが強いようだ。
夕食を頂いて、寝る準備をする。
その前にぼくは炎精霊神官であるレフィスに聞きたいことがあった。
「レフィス、夕方に捕縛された炎魔法族の男、どうなったか知ってる?」
レフィスは目を瞬かせ、ああ、あれか、と頷いた。
「姉がお世話になったんだったっけ、ありがとう。あの男なら、余りに様子がおかしかったんで炎精霊神殿に運び込まれたよ」
「神殿に?」
こくりとレフィスは頷く。
「泡吹いて正気じゃないような目をしていたからね……簡単な払いの儀をした。今は落ち着いて眠っていると思うよ」
ただ、とレフィスは難しい問題を見たように眉間に皺を寄せる。
「少しだけ話を聞けたんだけど、ここ数日のことを覚えていなかったんだよね」
「……記憶がないの?」
「うん。……余り口外しないでほしいんだけど、」
レフィスは周囲を伺い、声を低くしてぼくの耳まで屈んだ。
「実は、少し前にも似たような症状で神殿に運ばれた人がいるんだ。突然、凶暴化してね」
つきり、右腕が痛んだ気がした。
「集落の外で、似たような症状や事件を見たことはない?」
ぼくは首を振る。後ろで聞いていた男も首を横に振った。
そっか、とレフィスは眉を下げる。
「ということはオレたちのみに発現した奇病? いや、払いの儀でどうにかなるなら呪いの方が近いか……」
ぶつぶつと考え始めるレフィスを横に、ぼくはあのとき見た男性を包むように覆っていた青黒い靄のような魔力を思い出していた。
(あれは……どこかで見たことがある?)
嫌な色だ。
嫌な魔力だ。
どこで見た? 割と最近だったと思うのだけれど。
つきん、つきん、右腕が脈動しているような錯覚が思考を邪魔する。
「あ、」
どうした、と男とレフィスがぼくを見下ろす。
ぼくは目を瞬く。
「そっか、ヤシャの右腕のアレに似てたんだ」
「ヤシャ?」
男二人が顔を見合わせる。
ぼくはどう説明したものかな、と首を傾げた。
レフィス:友人I
だんだん誰をあとがき紹介?したのかわからなくなってきた。