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25 魔法族の恋 5/6

シリアスが続いていたような気がしたのでノーシリアスを合言葉に与太話をしてみたら文字数がいつも以上に増えた。謎。

 雷精霊神官ニトーレに礼を言って、雷精霊神殿を出たヴァーレンハイトはこちらに走ってくる影を見て横の相棒を見下ろした。

 やってきたのはリーク・サンダリアン。だいぶ温かい気候のせいか、随分とラフで露出の多い恰好をしている。


「ティア! よかったー、今時間ある? あ、ヴァルさんもおはよう」


 朝っぱらから元気な子だ。アーティアの手を取ってぴょんぴょんと跳ねる姿はウサギのよう。


「今から女子会するの! ティアもどう?」

「え……ぼくたちもう出ようかと……」

「えー、駄目?」


 こてんと首を傾げてアーティアを見るリーク。握られた手を振りほどけない時点でアーティアの負けだろう。


「まぁ、いいんじゃないか。別に急ぎの用事とかないんだし」


 助け舟を出すと、アーティアは視線をうろうろとさせながら「う、うん……」とだけ呟いた。


「いいの! じゃあ決まりね! それじゃヴァルさん、ティア借りていくわね!」

「お手柔らかにー」


 手を振って見送ると、アーティアはリークに引き摺られるようにして去っていった。

 柱の陰でニトーレが笑っている。


「よかったのか、相棒連れてかれてるぞ」

「ニトーレこそ、顔出さなくてよかったの。リーク、喜んだだろうに」

「大事な用事があるみたいだったからな、いいんだよたまには」


 くつくつと喉の奥で笑っている男は楽しそうだ。


「……さて、突然暇になったけどどうしようかな……」


 そういえばヴァーンはもう帰っただろうか。なにか言おうと思っていたのだが、記憶が朧気だ。

 そもそも自分はいつ眠ったのだろう、とヴァーレンハイトは首を傾げる。


「あ、ヴァル」


 そんなヴァーレンハイトに声をかけたのはジェウセニューだ。珍しく集落内部にいるのを見た気がする。

 おはようと返すと、ジェウセニューはきょろきょろと辺りを見回した。


「あれ、ティアは? ヴァル一人?」

「さっきちょっと人攫いに会って」


 リークに連れていかれたというと、ジェウセニューはああと頷く。


「なんだっけ、女子会? とかいうのやるんだってな。モミュアも言ってた」

「まぁ楽しんでくればいいんじゃないかな……」

「そんでヴァルは置いてかれたのか」

「女子じゃないんで」


 くすくすとジェウセニューが笑う。


「じゃあ、ヴァルはオレと一緒に秘密基地行かないか?」

「ああ……あそこ風が気持ちいいよな」


 様子を見ていたらしいニトーレに手を振って、ジェウセニューと並んで風の集落の方にある秘密基地に向かう。

 ちょっとした高台になっているから風は気持ちいいし、眺めもいい。

 いつもの東屋に行くと、既にシュザベルがそこに座って本を積み上げていた。手に持って眺めているのは手紙のようだ。


「シュザ、おはよー」


 びくりとシュザベルの肩が揺れ、慌てて手紙を隠すように本の下に突っ込んだ。


「お、おはようございます……」

「なに隠してんだよ」

「個人的なものです」


 はぁ、と息を吐いて、占領していた席を開けるシュザベル。

 ジェウセニューと二人それぞれがシュザベルの隣に座った。シュザベルはさっと手紙を取り出し畳み直して懐に仕舞う。


「そんなに警戒しなくても、勝手に見たりしねーって」

「ちょっと落ち着かないだけです。お気になさらず」


 言いながらシュザベルは本を開く。


「そういえば、今日はアーティアさんと一緒じゃないんですね」

「リークに攫われて今日は女子会だってさ」


 ああ、とシュザベルは頷く。


「妹が行きたいとごねてましたね。まだ小さいので母が無理だと窘めていましたが」


 シュザベルは妹いるのか、とヴァーレンハイトは思いながらシュザベルの積んでいる本を見た。童話本のようなものが混じっている。手に取って開いてみると、中は少々落書きだらけだった。

 文字は読めるので読んでみると、魔法族セブンス・ジェムの創世神話のようなものらしい。

 要約すると、ある日、七人の魔法族の始祖の頭の上に星が落ちてきて、魔法を使えるようになった。七人はそれぞれに集落を作り、光、地、風、水、炎、雷、闇とした。それが魔法族の始まりだ。……というものだった。

 最後のページをめくると、でかでかと描かれた落書き。


「これ、シュザベル?」

「……妹が描いたんですね……」


 疲れた表情ではあるが、妹を大切にしているのだろう、優しさが滲み出ていた。


「隣に描いてあるの、誰だ?」


 ひょいとジェウセニューも本を覗き込む。シュザベルの似顔絵の横には少し小さく誰かが描かれている。目を赤いクレヨンで描かれているので妹本人ではないだろう。


(……赤い目……炎魔法族ファイニーズ、かな)


 ヴァーレンハイトはちらりとシュザベルを見る。耳が赤い。


「ああ、やっぱりこれティ……」

「わぁーーーーーーっ!?」


 ばたんと指ごと童話本を閉じられた。


「……痛い」

「すすすすみません、いや、その名前はちょっと」


 顔を真っ赤にしたシュザベルは童話本を自分の膝の上に置いた。

 前髪をいじりながら深呼吸をしている。

 いつもは大人顔負けの書籍を読み、解読し、勉強しているような大人びた青年だが、こうして取り乱している様は年相応に見える気がした。


「とにかく、その名前は出さないでください、本当。お願いします」

「はいはい」


 ヴァーレンハイトの頬が緩む。はいは一回と睨まれて、吹き出しながら謝った。

 おういと声が聞こえて見れば、ミンティスがフォヌメを引き摺って歩いてくるところだった。

 ミンティスは東屋まで来ると、ヴァーレンハイトの隣に座った。フォヌメは一人角に座る。


「みんないてくれてよかった」


 ミンティスがほっと胸を撫で下ろす。

 なにかあるのだろうか、と全員が見る中、フォヌメだけは遠くを見ていた。


「実は大変なことがあって……みんなにも聞いてもらいたかったんだ」

「大変なこと……?」

「それは一体……」


 こくりとミンティスが頷く。


「実は昨日、ラティスと港まで行って買い物デートしてたんだけど……」


 うん、と全員が首を傾げる。


「ラティス、ボクがあげた髪飾りつけてくれてて……ほんっとに可愛かった」

「……」


 ヴァーレンハイトはフォヌメを見た。フォヌメは空を眺めている。


「それから新しいワンピースもよく似合っていたし、靴も新しくしたんだって! ボクとのデートのために! え、めちゃめちゃ可愛くない? なんでそんなに可愛いの? 意味わからない……買い物中も……」


 喋りだしたミンティスが止まる様子はない。


「……ずっと、こんな感じなんだ……」


 げっそりと疲れた様子でフォヌメが呟いた。


「もとから仲良かったですけど、告白して正式に付き合うようになってから一層酷くなりましたね」

「告白しろっつったのフォヌメじゃん」

「なっ、僕はいい加減鬱陶しかったから言っただけで……おまえこそ賛成していただろう!」


 ガルガルと二人が唸りながら睨み合う。また喧嘩するのか、と思ったところでミンティスの話が止まった。


「ねぇ、二人とも聞いてる?」

「あ、はい、すみません」

「はい、聞いてますもちろん」


 びしりとジェウセニューとフォヌメは姿勢を正してミンティスを見る。

 満足そうにミンティスは頷くと、また話し始めた。


「それでね、ラティスってばボクに似合う服を見立ててくれてね」


 どれだけラティスという少女が素晴らしいか、可愛いかを説くミンティスは幸せそうだ。


(大人しい子だと思ってたけど、こんな子だったのかー)


 まるで水を得た魚。

 一通り語り終わって満足したのか、ミンティスは息を吐いた。

 その隙にふとジェウセニューがシュザベルを見た。


「そういえばシュザも彼女……」

「うっわーーーーーーっ!!」


 いきなり叫びだしたシュザベルがジェウセニューを本で叩いた。叩いたというか、本を口に当てて黙らせようとしたようだ。

 隣でびくりとフォヌメが震える。


「ど、どうしたシュザ……?」

「いえちょっと虫がいたので叩いたら……すみません、セニュー」


 はははと乾いた笑いをこぼすシュザベルは誰が見ても挙動不審だ。

 あれ、とミンティスが首を傾げる。


「でも今セニュー、彼女がどうのって……」

「か、カノウさんと仲良いよなって言いかけたんだよな」


 青ざめるシュザベルの代わりにヴァーレンハイトが口を出す。

 そうなの、とミンティスは何故か納得したようだった。ほっと胸を撫で下ろして、テーブルの下でシュザベルと拳を合わせる。


「そうだ、ヴァルさんはどうなの?」


 くるりと興味がこちらへ向いた気がした。ミンティスは丸い目でじっとヴァーレンハイトを見上げる。


「……どうって?」

「アーティアと」


 ああ、きた。そう思った。

 せんせーが見えていない以上、どうしても二人は二人旅にしか見えない。

 そうなると必然的になにかないのかと勘繰る者はいるのだ。

 とりあえずよくヴァーレンハイトとアーティアを見比べてほしい。体格差も外見年齢差もありすぎて、ちょっと犯罪臭がするから。

 いくら各種族の成人年齢や寿命がバラバラだとしても、子どもに手を出すやつは犯罪者以外の何者でもない。


「……ティアは、相棒だぞ?」

「えー、それだけ?」


 今日のミンティスは恋バナ脳らしい。

 結構ぐいぐい来る。

 少年を隣の席に押し留めながら、ヴァーレンハイトは息を吐いた。


「大切な相棒だとは思ってるけど……おれたちにそれ以上の価値観は必要ないからなぁ」

「?」


 年若い少年たちにはいまいちヴァーレンハイトの言いたいことが伝わらなかったらしく、一様に首を傾げている。

 うーんと、とヴァーレンハイトは頭を掻く。正直、どう言ったものか、自分でもよくわかっていない。


「仲がいいとか仲が悪いとか、友達とか夫婦とか、恋とか愛とか嫌悪とか、まぁ、そんなに拘る必要ないんじゃないかなって。人との関係性って、必ずしも一言で言い表せるものではなかったりするから」

「……一言で……」


 シュザベルはなにか噛み締めるようにヴァーレンハイトを見ている。

 例の彼女のことでも考えているのだろうか。


「確かにおれはティアのことが好きだし、尊敬もしてる。けど、ティアに感じてるものはそれだけじゃないし」

「好き!」

「好きって言った!」

「ええーい、ひーとーがーらーとーしーてー!」


 きゃあきゃあと煩い少年たちの頭を押さえつける。


「惚れた腫れたの話なら、ジェウセニューだっているじゃないか」

「ぅえっ、オレ!?」

「ああ、幼馴染のモミュアさんだっけ。あれからどうなの、ちょっとは進展した?」


 途端に真っ赤になるジェウセニューをにやにやとミンティスがつつく。

 ヴァーレンハイトはほっとして椅子に座り直した。


「もももももも、も、モミュアとは別にそんなんじゃ……」


 どもりすぎだ。


「でも毎日のようにご飯作りに来てもらってたんでしょ。今はお母さんいるから回数は減ってるみたいだけど、やっぱり家に行ってるみたいだし」

「そーれーはーっ」

「野人の発情期か」

「違わい!」


 ヴァーレンハイトが彼らくらいの年にはなにをしていたのだったか。ミンティスくらいのときには幼馴染のカオン・ルフェーヴルと馬鹿なことばかりやっていた気がする。ジェウセニューたちくらいのときにはもう戦場に立っていたか。

 それがない彼らは幸せそうだ。ヴァーレンハイトも、その幸せを壊してやりたくないと思う。

 ちらりとシュザベルの本を見る。魔法族の封印とはなんだろうか。とても嫌な予感がする。

 ポケットの中でじわりと赤い石が熱を持っているような気がした。


「もー、さっさと告白しちゃえばいいのに!」

「すっすすすす好きとかいいい言えるかぁ!」

「別の言葉で言えばいいんじゃないか? ああ、野人には語彙力というものがなかったか」

「んだとこのナルシーちゃんはぁ!」


 ジェウセニューがフォヌメの服を掴んだ。そろそろ止めなくていいのか、とシュザベルを見たが我関せずと本を読んでいる。自分に火の粉がかからなければいいタイプか。

 そういえば、とミンティスが声を上げて二人の少年がそちらを見て止まった。


「フォヌメにも幼馴染の子っていたよね。えーとパナリさんだっけ」


 びくんとフォヌメの身体が不自然に震えた。


「ぱぱぱぱぱぱぱパナリ!? その名前は聞きたくない!」


 がくがくと震えるフォヌメの様子は尋常ではない。だがどうしてだろう、心配する気にならないのは。

 くすりとシュザベルが笑って本から顔を上げた。


「逆に聞かせてやりたくなりますね。どんな関係なんです、あなたたち」


 ひぃとフォヌメは頭を抱える。がくがくと小刻みに震えているのは止まらない。


「あいつは……悪魔だ! いつも僕を恐怖のどん底に陥れる……恐ろしいやつなんだ……」

「え……そんなに……?」


 ジェウセニューですら心配そうにフォヌメを見る。

 震えは止まらない。


「た、たとえばどんなことをしてくるんだ……?」


 ごくりと少年たちが唾を飲み込む。

 フォヌメはゆっくりと震える身体を起こした。


「たとえば、か……これを聞いて夜眠れなくなるんじゃないぞ……」


 それほど恐怖を覚えることをしていたら家族や周囲が黙っていないのではないだろうか。一体なにを……フォヌメの言葉を待つ。

 ふ、とフォヌメは笑った。つうとその横を汗が流れ落ちる。


「休みの日に……朝から起こしてくる」

「……うん?」


 ちょっとお兄さんなに言われてるかわからない。

 ヴァーレンハイトはシュザベルたちを見るが、彼らも一様にぽかんとしていた。


「それから朝食という名の味のしない料理を振るまってくるとか、にわか雨の日なんて勝手に洗濯物を取り込んでいたりするんだ! そして僕の分まできっちりと畳んで寄越すんだよ!」

「え、それは恐ろしいな……」


 ヴァーレンハイトはたとえアーティアに下着姿を見られようと気にしないが(多分向こうは気にして怒鳴られて蹴られる)、思春期真っ只中の少年たちには異性に下着を見られるのは恥ずかしいらしい。

 シュザベルも本で隠れてはいるが耳が赤かった。


「それに恐ろしいのはそれだけじゃない……こないだなんて急に蹴られて階段から転げ落ちたんだ……」

「……最初のはともかく、最後はちょっと頂けないですね。フォヌメになんの落ち度もなければ」

「僕はただ朝起きて下の階に降りようとしただけだ!」


 なんとなく、それだけじゃないと思ったのは気のせいだろうか。いや、話を聞いている限り、パナリという子は世話焼きの幼馴染といった印象だ。蹴りが出たのは……なにかの事故か間違いではないかと思う程度には。


(……ティアも結構照れ隠しとかで足が出るよなぁ)


 その類ではないか。いや、アーティアの蹴りは大抵照れ隠し以外の理由なのだが。

 そろそろ昼時だなぁ、とヴァーレンハイトは空を見上げる。

 高いところを大きな鳥が飛んでいるのが見えた。



 +


 リークに連れ去られたぼく――アーティアは各集落の中心にある公共の建物に来ていた。ここでは普段、精霊神官のみの会議や族長会議に使われることもあれば、今日のように各魔法族入り混じって催し物をしたり、ただ集まってみたりするような場所らしい。

 今日は若い女子だけが集まってお菓子やら軽食やらを摘まみながら情報交換という名の雑談をする日らしい。

 そんなところにぼくが混じっていいのかと思ったが、リーク曰く、噂の最近よく見かける旅人というだけで興味の対象だから大丈夫、らしい。それはそれでちょっと恐ろしいのだが。

 会場になっている部屋に入ると、美味しそうなにおいが鼻をくすぐった。

 いくつかテーブルが置いてあり、その上にサンドイッチやクロワッサンのような焼き立てのパン、穀物を使った丸いおにぎり、クレープ・サレ、芋のキッシュが置いてある。別のテーブルにはクッキーやマカロン、桃まんやゴマ団子などが乗っているのが見えた。


「あたしは飲み物係だったの。……みんな絶対に料理は持ってくるなって言うのよ」


 噂を聞く限り、それは妥当な判断だと思う。

 リークはぼくに空のコップを渡し、ジュースとお茶のどちらがいいかと聞いた。お茶と答えるとすぐさまポットを持ってきてくれる。

 会場には七種族全員がいるのではと思う程度にはカラフルだ。

 だいたいお互い顔見知りのようで、リークに代わる代わる挨拶をする姿が見える。時々ぼくにも声をかけられるが、こういうときにどうしたらいいのかわからなくて不愛想になってしまったのは申し訳なく思う。

 リークの友達に悪印象を与えるのは少々心苦しい。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。普通におはようって言ったらいいだけ」

「……リークは顔が広いんだね」

「ふふーん、ニトーレさんを落とすために周りから囲い込む作戦よ!」


 薄い胸を張るリークの後ろで闇の少女が「そう言い続けて友達ばっかり増える女……」とぼそりと言って去っていった。


「うるっさーい、これからメロメロにさせるんだから!」

「はいはい、お母さんの料理気に入ってくれてるんだし、胃袋は掴めてるよ。お母さんが」

「リークは黙ってたら本当可愛い美少女なんだけどね……なんでこんな元気っ子なのかしら」

「散って! ティアにあたしの変なイメージ植え付けないで、散って!」


 リークが両手を振って寄ってきていた少女たちを追い払う。


(……ごめん、変なイメージもなにも、もう結構変な子だとは思ってる……)


 そしてそのイメージは多分間違っていないし、きっとニトーレも把握している。

 近くでくすくすとモミュアが笑っていた。


「ティアちゃんも来てたのね」

「モミュア!」


 モミュアはジュースを持って隅の方で会場を眺めていたようだった。リークとは逆に、少々人見知りをするタイプらしい。


「リークとティアちゃんがいてくれてよかった。来るのは好きなんだけど、リークほど顔広くないから……そうだ、お菓子作ってきたの。よかったらあとで食べてね」

「モミュアの作るお菓子大好きー! どれどれ?」


 お菓子のテーブルにあるマカロンだという。色とりどりで見た目からして愛らしい。朝食を食べたばかりではあるが、桃色のマカロンを一つ摘まむ。ふわりと香る花の風味と淡い砂糖の控えめな甘さが絶妙だ。


「美味しい」

「そう? ありがとう」


 ふとお菓子のテーブルに麩菓子が置いてあるのが見えた。誰だ持ってきたの。作ったのか。


「あ、パナリ! こっち、こっち」


 新しく入ってきた少女にリークが声をかける。やってきたのは少々つり目がちな炎魔法族の少女。モミュアやリークと同じ年ごろの子だ。高いところで結ばれた二つの髪が尻尾のように揺れている。


「あいっかわらず騒がしいわね、リークは」

「なーによぅ、誘ってあげてるんだから感謝してくれてもいいのよ」


 つんとした態度を崩さない少女はモミュアとぼくを見た。


「……友達?」

「そうよ。こっちがモミュアで、こっちの小さいのがティア。……アーティアだっけ? どっち?」


 リークがぼくを見る。小さいのは余計だ。


「本名はアーティア。けど普段はティアで通してる。……ここは何人か音が似てる名前の人がいたから、アーティアって名乗ったけど。好きに呼んだらいいよ」

「アーティアって響きも可愛いのに」


 そういうことを自然に言えるリークはすごいと思う。ぼくは俯いてどう答えたらいいかわからなくなる。

 くすりとモミュアが笑うので見上げると、優しい顔でぼくを見下ろしていた。


「そういうときは、ありがとうって言ったらそれで終わるから気にしなくていいんだよ」

「……あり、がと……」

「んふふ、どういたしましてー」


 それきりリークはその話は終わったとばかりに少女――パナリと話している。


「で、今日はあの縦ロール止めたの?」

「それほじくり返さないで。本当、一時の気の迷いだから!」


 リークはケラケラと笑っている。パナリはそんなリークをツインテールで叩いた。


「ティアはフォヌメって知ってたっけ?」

「うん? ……うん、ジェウセニューに紹介してもらった」

「この子ね、フォヌメの幼馴染なのよ。んでずっと片恋してるの」

「んにゃーーーーーーっ、ちょ、こんな小さい子に変なこと吹き込まないでよ! 確かに幼馴染だけど! あのバカとはただの幼馴染であって!」


 わたわたとパナリはリークの口を塞ごうと組み付く。リークはひらりとそれを避けた。軽いステップが大きな街で見かけた踊り子のようだ。


「ふふ、楽しそうね」


 言いながらやってきたのはティユ。リークたちも顔見知りらしく、嬉しそうに顔を輝かせた。

 こっそりとモミュアが「ティユさんはね、大人っぽくてみんなの憧れなの」と教えてくれた。


「アーティアさんも来てたのね」

「なんか、成り行きで」


 くすっとティユが微笑む。


「パナリちゃんも、いつもフォヌメを構ってくれてありがとう」

「い、い、いいえ! 幼馴染なので!」


 顔を真っ赤にするパナリをティユはにこにこと眺めている。

 後ろを通りがかったティユと同じくらいの年の少女がぽんとティユの肩を叩く。


「まーた告白断ったって聞いたぞ、この男泣かせ」

「わたしそんなつもりじゃ」

「わかってるよぉ、孤高の若き学者さまだもんね」

「もうっ」


 ばしりとティユは少女の肩を叩く。少女はあははと笑いながら新しいジュースを取りに去っていった。

 頬を赤くしたティユは息を吐いて頬をぺちぺちと叩く。


「ティユさん、理想高いとか?」

「そんなんじゃないの……そんなんじゃ」


 ティユはふと寂しそうに外を眺める。なんとなく、シュザベルを思い浮かべているのかと思ったが、口に出すのは憚られる。

 やはり、別魔法族という点が引っかかっているのだろうか。

 そういえば、ティアナはそんなこと気にしている素振りはなかったなと思い出す。


「告白といえば、モミュアはセニューに告白しないの?」


 リークがさらりと言った。

 ぽんと音が立ったと思うほどにモミュアの顔が赤く染まる。


「な、な、な……」

「あら、モミュアさんも好きな人いるの?」


 パナリが聞きつけて言うと、リークが頷く。


「そう、あんたと同じく恋する乙女なのよ、モミュアは」

「わっ、わわわたしは違うし! あんなナルシスト知らないし!」

「おや、誰を思い浮かべているのかしら~?」

「こ、この……っ」


 ティユはくすくすと笑っている。

 モミュアは赤くなったままもじもじとカップをにぎにぎしている。


「こ、告白したら……きっと困らせちゃうから……」

「いや、喜ぶと思うけど」


 流石にぼくもそう思う。人が他人を好きになる理由はわからなくても、それくらいはわかる。

 ついでに言えばルネロームも喜ぶだろう。姪であるぼくの存在すら喜ぶ人だから。


「そ、そういうリークは……」

「何度目かのチャレンジを仕掛けたのにサルに邪魔されたわ」


 あのサルはなんなのだろうか。

 リークは遠い目をして「あのサル……ニトーレさんに甘やかされてるからってぇ」と怨嗟を吐いている。美少女がしていい顔ではない。

 こほん、と咳払いをして、リークは持ち直すとパナリを見た。


「……パナリが告白出来るわけないか」

「さっすがに失礼じゃないかなぁ!?」


 リークとパナリは、リークとモミュアとは違う形で仲がいいようだ。

 しかしいい加減うるさいので二人の口に近くにあった一口サンドイッチ(一口とは言っていない)を放り込む。


「むぐ……あ、美味しい」

「んぐぐ」


 ぼくもサンドイッチを齧るとしゃきしゃきの野菜とたまごが絡み合っていて美味しかった。

 口の中のものを片付けたパナリがじっとぼくを見下ろす。


「なーんか、他人事って顔してるけど、あなたはどうなの、旅人ちゃん」

「……ぼく?」


 提供出来る面白い話題など持っていないはずだが。はて、と首を傾げるとパナリはずいとぼくに詰め寄った。


「噂の旅人さんって言えば、小さな女の子と背の高い男の人の二人組! なんかあるでしょ」

「……………………いや、なにもないけど」


 あの男――ヴァーレンハイトはただの相棒だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


 その場の全員がぼくを見た。そんな目で見られても残念ながら彼女たちが面白がるような仲ではない。


(……いや、残念ながらってなんだ)


 別に残念に思うこともない。


「えー、実はティアは焼け落ちたお屋敷のお嬢様で、ヴァルさんはそれを守る騎士だったとか……家を焼いた賊に復讐するために旅をしているとかとか!」

「いや、ヴァルと会ったのは二、三年前の冒険者ギルドだし」

「なら、種族の差を気にして駆け落ちしたとか」

「だから会ったの冒険者ギルドでだってば。受付嬢に紹介されて引き合わせられただけだから」


 随分と想像力豊かなことだ。

 あと周りで気のないふりをして聞き耳を立てて残念そうにしている少女が多い。みんなそんなに他人の惚れた腫れたのという話が好きだな。

 横でティユが「種族差……駆け落ち……」などとブツブツ言っているのがちょっと怖い。


「確かに、あいつは――貴重で大切な相棒だけど、それだけであって……リークたちの興味をひくようなものはなにもないよ」

「ちぇー」

「あと仮にぼくとヴァルがそんな関係だとしたら……どう見てもヴァルが危ない大人でしかない」

「……」


 ぼくたちの体格差を思い出したのか、少女たちは黙る。


「愛があれば年の差なんて……」

「愛はないし、多分ぼくの方が年上」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


 失礼な人たちだな。いや、確かにぼくの見た目で年齢を当てろという方が無理なのもわかっているが。


「じゃあ相手の隣に自分と違うタイプの人を立たせてみたらいいんじゃない。それで嫌だったら、好きってことよね」

「ヴァルの隣に?」


 ぼくと違うタイプ――駄目だ、一緒に寝るタイプしか思いつかない。そして二人で眠られるとなんだか腹が立つ。なんだこれ。


「…………いや、こっちが起きてるのに安穏と眠ってられると腹が立つのは普通では?」

「……ティアちゃん、なに想像したの……」


 ちょっと想像の方向性自体を間違えたらしい。ぼくには難易度が高いようだ。


「あのヴァルの隣で剣を振れるのはぼくくらいだと思うけどな」

「それぇ~、もう愛じゃん……」


 リークがなにか言っているが、違うと思う。あの面倒くさがりに合わせられる人材が少ないのだ。


「好きならもっと丁寧に扱うんじゃない? ぼく、よくヴァルのこと蹴ったりするし」

「そうでもないかな……パナリなんて、照れ隠しで蹴りが出るからね」


 パナリを見ると頭を抱えて蹲っている。


「違うのよ……別に蹴りたくて蹴ってるわけじゃないの……事故……事故なの……」

「お、おお……今度はなにしたのよ」


 パナリはそっとリークを見上げて肩を落とす。


「……こないだ蹴って階段から落としちゃった……」

「……なんでか理由を聞いてあげよう」

「フォヌメの苦手な虫がいたから、つい……」


 ついで階段から落とされたのか、フォヌメは。

 ティユを見ると、弟と幼馴染のやり取りになんの疑問も持っていないらしく、「ああ、あれね」なんて苦笑している。


「あんたは本当、一回ちゃんと素直になって向き合った方がいいと思うわ……」


 リークは言いながら新しいジュースをパナリのカップに注いでやる。

 パナリはそれを一気に呷ると、涙目で「頑張る……」と呟いた。


パナリ:友人苺

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