25 魔法族の恋 2/6
前回と合わせてタイトル変更しました。 話→恋
なし崩しのようにそのままジェウセニューの家に泊まることが決まった。
本当は雷精霊神殿にでも世話になろうかと話していたが、それを聞いていたルネロームが引き留めてくるのでそういうことになった。
「姪ってことは娘みたいなものよね」
「いや、そうはならないでしょ……っていうかモミュアの方が娘に近い、」
「あー、なんか急に狩りに行きたくなったなー」
真っ赤な顔をしてジェウセニューは家を出ていった。誤魔化し方が下手だと思う。
結局、ぼく――アーティアと相棒の男――ヴァーレンハイトはルネロームのペースに勝てなかった。
仕方ないので日中はルネロームや近辺の人たちの手伝いをして小遣い稼ぎのようなことをすることにした。男は少々面倒くさそうにしていたが、そろそろ普通に仕事をしてもいいと思う。
とはいえすぐに誰かから依頼が来るわけでもなく、ぼくたちは暇を持て余していた。
「そういえば、雷の集落には図書館があるんだって。おれは行ってこようと思うけど、ティアはどうする?」
「……行く」
本を読むのは嫌いではない。
集落の端に建てられたそれは、神殿の次に大きな建物だろう。それなりの大きさはあるのだが、どこかこじんまりとした雰囲気を持っている。
男は気負うことなく扉を開けて図書館へ入る。紙とインクのにおいがして、少し薄暗い室内は思っていたよりもたくさんの本が収められている。
男はさっさと魔法や魔術についての書籍を探しに行った。
ぼくは特に目的もなく本の背表紙を眺める。
なんとなく手に取ったのは古そうな装丁の童話本。どうしてそれを手に取ったのかはわからないけれど、なんとなく目についた。
その場でぱらぱらとめくってみる。
よくある悲恋物語のようだ。
とある魔王がある日、神さまからの天啓を受けてとある姫と出会う。
二人はやがてお互いを想い合うようになり、幸せに暮らす。
だが突然、魔王の前から姫は姿を消した。姫にはやるべき使命があったのに、それを忘れて魔王と仲良く暮らしていたことに怒った神さまが姫を隠したのだ。
魔王は嘆き悲しみ、神さまを恨んだ。憎くて憎くて仕方ない神さまを呪った。
その呪いは世界を蝕み、やがて草木も生えない時代がやってきた。冬の始まりである。
「……毎年、冬が訪れるのは魔王が姫を探しているからなのです。おしまい……えっ、これで終わり?」
思わず声に出した。小さい声だったのでそれほど響きはしなかったが、静かな空間なので自分で自分の声に驚く。
顔を上げると、目を瞬かせているティユ・ファイニーズと目が合った。
ぺこりと軽く会釈されたので、ぼくも小さく頭を下げる。
「アーティアさん、よね。本、好きなの?」
「嫌いじゃないけど、そう多くは読んでない」
見ればティユの腕には難しそうな本が数冊抱えられている。
「そういえば、弟――フォヌメがお世話になったって聞いたわ。ありがとう、仲良くしてくれて」
別に世話をした覚えはないが。首を傾げていると、ティユは小さく笑った。
「あの子、勘違いされやすくて友達が少ないから、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「……うん」
あのテンションについていけるかはわからないが、とりあえず頷く。
ティユはホッと胸を撫で下ろした。
ところで、とティユは声を潜める。
「ちょっと話してみたいことがあるの。時間はあるかしら」
男がいる方を見れば、大量の本を持って読書用の机と椅子にかじりついて読みふけっているのが確認出来る。あれは閉館まで動かないだろう。
いつもは面倒くさがりで動くことすら怠いというのに、こういうときは急にスイッチが入るのか誰かが止めるまで集中するのだ。
放っておいていいと判断して、ぼくはティユに頷く。
持っていた本を司書のいるカウンターに置いて、ぼくと二人で外に出る。木漏れ日が傾き始めていた。
図書館の横に回ると、ぽつんと休憩用の長椅子が放置されていた。それに座って、ぼくはティユを見上げる。
「それで、話ってなに?」
「ええっと」
ティユは視線を落とす。指を組んでは離し、考えているようだった。
「アーティアさんは旅人なのよね」
「そうだね」
「その、旅人っていうのはいろんな場所で依頼を請けたりしてお金を稼ぐって本当?」
頷く。
「冒険者ギルドっていうのがあって、そこに行くと登録してる旅人に依頼を請けさせたりしてくれるんだ。旅人はギルドがちゃんと請けた仕事だから安心してこなせるし、依頼者側もギルドが認定している人にしか請けさせないからこっちも安心出来るようになってる」
そうなの、とティユは感心して頷いた。
「じゃあ、この集落みたいにその……ギルド? が、ない場所ではどうするの?」
「お金が余ってるときはただ滞在して通り過ぎるだけ。入り用でなにか欲しいときは物々交換を頼むか、自分からアピールして依頼貰ったりかな」
「……今は、依頼を請けたりはしない?」
なんとなく言いたいことがわかってきた気がする。ティユはなにか集落内では頼めないことを頼みたいのか。
「なにかあるなら探そうかなとは思ってるよ。……ちょっと明後日の晩までは滞在することになっちゃったし」
ただ飯ただ宿はありがたいが、流石に心が引けるので手伝いを申し出たのだ。明日はジェウセニューと狩りに行く予定になっている。……なんの肉かはわからないが。
ティユはまた指を組んだり解いたり回したりしている。
ふと昨日の取り乱したシュザベルを思い出した。シュザベルはティユを傷付けたと言った。
でも、あの指輪の件を見る限り、ティユはシュザベルを嫌ってはいないと思う。
ぼくはティユが話し始めるのを待つ。
ティユはそっとポケットから小さく折り畳んだ紙を取り出した。手紙だ。
「……これを、ある人に届けてほしいの」
「手紙?」
こくりとティユは頷く。
「出来れば、わたしが彼に手紙を渡したと知られないように」
「相手は?」
多分、シュザベルだろうなと思った。
ティユは耳を赤くして、小さな声で「シュザベル・ウィンディガムに」と言う。
「……報酬は?」
ティユは真剣な目で自分の財布を取り出して見せる。銅が多いが、銀も数枚見えた。
「た、足りなかったら家にあるなにかで……」
言い終わる前に、ぼくはそのうちの銅を一枚取り出した。
「依頼、承りました」
ぽかんとティユはぼくを見ている。
「それだけでいいの?」
「だって、手紙渡すだけだよ。怪我しようもないし、なにか消耗品を使うわけでもない」
ティユは目を瞬かせている。
「今から行ってこようかな。ティユはまだ図書館にいる?」
「え、ええ……」
「じゃあ中にいる赤銅の髪した大男に、終わったら先戻ってるって伝言頼んでいい?」
「わかった。ありがとう、アーティアさん」
ひらりと手を振って、ぼくは椅子から立ち上がる。
ここから風の集落へは北西へ行ったところだ。走ればすぐに着くだろう。
そういえばシュザベルの家を知らないなと思いながら駆け出す。
(向こうの集落に着いたら誰かに聞けばいいか)
ぼくは地を蹴って速度を上げた。
道行く人に聞いて、シュザベルの家の前まで来た。
扉を叩くと、誰かが動いた気配がする。
しばらくして扉が開く。現れたのはシュザベルによく似た女性だった。シュザベルと違うのは年齢と垂れ目くらいか。眼鏡もお揃いかと思うほどには似ている。
母親だろうか。
「はい、どちらさま?」
「シュザベルの知り合いのアーティアです。シュザベルいますか」
「あら、シュザのお友達? すぐに呼びますね」
一度、扉が閉まり、中でシュザベルを呼ぶ女性の声がする。
またしばらく待つと、扉が開いて今度こそシュザベルが顔を出した。
「アーティアさん。どうしました?」
「届け物」
折り目のついた手紙を渡すと、シュザベルは首を傾げる。
「あの、どなたからでしょうか」
「多分、中に書いてあると思うけど……」
ぼくはそっとシュザベルの襟を引っ張って耳を近付けさせた。
「ティユから」
「!」
ばっとシュザベルが姿勢を正した。さぁと血の気が引いている。
「確かに、渡したからね」
「ま、待ってください、どうして……」
「ぼくは手紙をそっと渡してくれって依頼されただけ」
「そう……ですか……」
シュザベルは肩を落とした。手紙をそっと懐にしまい、ぼくに頭を下げる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、ぼくはこれで」
このままジェウセニューの家に戻れば、晩ごはんの手伝いくらい出来るかもしれない。ルネロームはお客さんだからとなにもさせてくれないが、男のようにされるがままになるのは嫌だった。
そろそろ日が落ちてくるなと思いながら、ぼくは軽く走ってジェウセニューの家に戻った。
+
あっという間に約束の二日後が来てしまった。
ルネロームはいつも以上にふわふわしているし、ジェウセニューは朝からそわそわと忙しない。
「ティア、よく考えたらおれ、全く関係なくない?」
「死なばもろとも」
そんなことを言いながら、ルネロームの手伝いをする。山のようなトウモロコシを見たときはなにをするつもりかと思ったが。
トウモロコシから作った丸い生地をひたすらこねるのはぼくの作業だった。
西の方でよく食べられると聞くタコスだ。何故これにしたのかと問えば、ルネロームはにっこりと笑って、
「ヴァーンの好物ってよく考えたら知らなかったわ」
ふと思いついたものを作ることにしたらしい。
山のようにタコスを作る姿はちょっとばかり引くものがあったが、出来上がった具材の味見をして、
(あ、これ欠片も残らないな)
と思った。
美味しそうなにおいに釣られて男二人もそわそわと台所に寄ってくる。
つまみ食いしようとするジェウセニューを阻止していると、気が付いたら約束の時間が迫っていた。
不意に魔力の流れを感じて、ぼくは顔を上げる。
同時に扉が叩かれた。
ルネロームが扉を開けて、そこにいた人物を見上げた。
「よっ」
片手を上げて笑うのはヤシャ。
首を傾げていると、苦笑したヤシャは自分の後ろに立つヴァーンを指した。
「いらっしゃい、ヴァーン。ヤシャくんも」
「ああ、俺はただの付き添い。あと身体の情報をくれた礼にな」
そう言って手に持っていた袋をルネロームに押し付けるように渡した。ついでにヴァーンの背中を押して、家の中に押し込む。
事情がわかっていないらしいジェウセニューに、簡単に前に来たときにいた幽霊だと教えてやった。
「えっ、死人?」
「死んでなかったんだって。それで身体を取り戻せたから、そのお礼」
ふぅんとわかったようなわかっていないような返事をするジェウセニューを置いて、ぼくは椅子を並べた。
「なにが好みかわからなかったから、日持ちする菓子と茶葉にしといた。気に入らなかったら言ってくれ、別のもん持ってくるから」
「気にしなくていいのに。ありがとう、みんなで食べるわね」
その様子にヤシャはホッと胸を撫で下ろす。
「ラセツのアドバイス聞いといてよかった」
そんな呟きがぼそりと聞こえた。
所在なさげに視線(?)をうろつかせるのはヴァーン。
それを見てルネロームはくすりと笑った。
「来てくれてよかった」
「……あー、その、て、手土産を持っていけと部下がうるさくてな……おれもふ、二人の好みがわからないから、適当に流行りのものを持ってきた……」
両手が塞がっているルネロームの代わりにぼくが受け取る。ジェウセニューは何故か遠巻きに見ているだけだ。男の後ろから。
袋の中を見ると、見たことのある容器に緑色が見えた。
「抹茶プリンだ」
「ああ、カムイの言う通りにちょっと多めに持ってきてよかったな。……いや、なんでアーティアがここにいるんだ?」
ぼくはヴァーンから目を逸らす。
「成り行き」
そうか、とヴァーンは苦笑する。
「じゃあ、俺は用事も終わったし帰るなー」
「は? ちょ、待て、付き添いじゃなかったのか!」
慌てるヴァーンに、ヤシャはくくくと笑った。
「ここまで付き添っただろぉ? んじゃ、ごゆっくり」
まだなにか言おうとするヴァーンの目の前で無情にも扉が閉まる。すぐに魔力の流れを感じたから転移魔法でさっさと退散したようだ。
あのやろう、とヴァーンは小さく歯軋りする。
ルネロームはくすりと笑って、「仲がいいのね」と言った。
「……幼馴染だからな」
「そうだったのね」
ルネロームはヴァーンを見上げた。ヤシャの菓子折りを抱えなおし、ヴァーンの顔に手を伸ばす。
そっと触れたのは目を隠す白い布。
「前はこんなのしてなかったよね。……わたしのせい?」
「……確かにこれはあのときの傷だ。けど、ルネロームが気にすることじゃない」
でも、と言うルネロームの唇にヴァーンの指が触れる。
「馬鹿なおれへの罰だ。ルネロームは悪くない」
困惑したように眉を下げるルネロームは、ややあってこくりと頷いた。いい子だ、とヴァーンはルネロームの頭を撫でる。
「二人の世界はそこまでにして、そろそろ晩ごはんにしない?」
こほんとぼくが咳払いをすると、ヴァーンは慌ててルネロームから離れた。
あら、とルネロームは笑みをこぼす。
後ろを見れば、男がジェウセニューの耳を塞いで自分の腹に押し付けていた。
「……ヴァル、もう離していいよ。ジェウセニューが窒息するんじゃない?」
「おお」
手を離されたジェウセニューは大きく深呼吸した。
「な、なんだよいきなり……」
「ちょっと障りがあったので」
なんだぁ? とジェウセニューは首を傾げる。
小さくヴァーンがすまんと言った。
「さ、晩ごはんにしましょう」
ルネロームの言葉で、ぼくたちも手伝って皿をテーブルへ運ぶ。
台所に近い席にルネロームが座り、その左右にジェウセニューとヴァーン。ジェウセニューの隣に男が座り、ヴァーンの横にぼくが座った。
大皿に大きめに作られたタコスが乗っている。具材はジェウセニューと男が狩ってきたなんの生き物かわからない獣肉、別の獣肉に香辛料や玉ねぎを和えたもの、謎肉の煮込み、鳥っぽいもので作ったチキンファフィータもどき、エビ、キノコ、白身魚のフライなど多数だ。もちろん野菜もしっかり入っている。
謎肉が多いのは家で落ち着いてられなかったジェウセニューが何度も狩りに出たからだ。
ルネロームの召し上がれという言葉で全員がそれぞれに手を伸ばす。
「なんで西の方の郷土料理?」
「なんとなく! でも具材もたくさん作ったし、これだけでもお腹いっぱいになるかなって」
確か一応この料理は軽食に分類されるものだったはずだが、この量と大きさなら軽食の域を超えているだろう。こぼさないように食べるのが少々難しそうだ。
「お、美味い」
「本当? よかった!」
にこにことヴァーンが食べるのを眺めているルネロームの横で、ジェウセニューは借りてきた猫のように静かにもそもそとキノコを齧っていた。
「ジェウ、美味しくなかった?」
ルネロームが心配そうに彼を見る。ジェウセニューは慌てて首を振って「美味いよ!」と声を上げた。
「いっぱい食べてね」
「う、うん」
ジェウセニューがちらりと正面に座るヴァーンを見た。
ヴァーンはどこを見ているのかわからない。
ジェウセニューはそれを指摘していいのか迷っているようだった。
「そういえば、ヴァーンはそれでどうやって見てるの? 見えてるの?」
「ぶっ」
「ぐふっ」
ルネロームの言葉に男二人がむせた。ぼくもちょっと危なかった。
彼女の無邪気で率直な言葉にヴァーンは以前ぼくにしたような説明をする。目で見るのではなく、気配を感じるようにして視ているのだと。
ふうんとルネロームは首を傾げる。わかったようなわからなかったような仕草はなんとなくジェウセニューと同じだなと思った。
助けを求めるようにジェウセニューがぼくを見たが、ぼくに出来るのは大量に作られたタコスを消費することだけだ。いや、お腹が減っているからというわけではなく。
「食後はヴァーンの持ってきてくれたデザートを食べましょうね」
ジェウセニューもヴァーンも頷く。
ジェウセニューはちらちらとヴァーンを見ているし、ヴァーンもジェウセニューを気にしているのかそわそわと落ち着きがない。
ルネロームは取り持つつもりがないのか、にこにこと二人の様子を見ているだけだ。
妙な沈黙が続く。
その沈黙に耐えられなかったのはジェウセニューだった。
「と、……その、あんたはなんで母さんを殺そうとしたんだよ……」
「ジェウセニュー、流石にその話題はごはんが不味くなる気しかしないから止めよう?」
ジェウセニューの話題ミスチョイスに思わずぼくも声を上げた。
びくりとヴァーンが震えたが知ったことではない。
そうだな、とジェウセニューもエビを口に放り込む。
結局、そのまま新たな沈黙が続いた。時々ルネロームがそれぞれに話題を振ったり、どの具材が好きかを聞いたりするだけの時間が過ぎる。
あれだけあったタコスは結局ほとんどをぼくと男が平らげた気がする。
食後のお茶を貰い、息を吐く。
ルネロームは食後のデザートだと鼻歌を歌いながら台所へ向かっている。
じとりとジェウセニューがヴァーンを見ていた。
ヴァーンは息を吐いて、ジェウセニューを見た。
「……別に好きになってもらおうとは、今更思わない」
ヴァーンが茶をすする。
納得のいかない顔をしているジェウセニューを見て、ヴァーンは湯飲みをテーブルに置いた。
「神族の長としてやったことだ、謝ることは出来ない。公式に賠償することも出来ない。おまえを正式に息子と認めることも……出来ない」
その言葉は自分へ向けたもののようだった。
眉間に皺を寄せたジェウセニューを正面から見据えたまま、ヴァーンは続ける。
「多分、おまえが聞きたいことをおれが答えてやることも出来ない」
「じゃ、じゃあなになら出来るんだよ」
テーブルの下で、ヴァーンが拳を握った。
「本当に……おれは、どんなことならおまえたちにしてやれるんだろうなぁ」
自嘲的にヴァーンはこぼす。
しんと部屋が静まり返る。
台所から振り返ったルネロームはそっと二人の前に抹茶プリンを置いた。
「食後のデザート。とっても美味しそうよ」
「う、うん……」
ぼくたちの前にも置かれたそれを見て、ルネロームはヴァーンを呼んだ。
「ねぇ、ヴァーン。わたし、あなたになにかしてほしいって言ってないわ」
「……」
「今回、こうしてたまに会いに来てほしいと言ったのは、なにも言わなかったらまたあなたが姿を消すんじゃないかって思ったから。でも、なにかしてほしいと思ってのことじゃないの」
ルネロームは顔を上げてヴァーンを見上げる。
「わたしがしてほしいことと言ったら、こうしてたまには顔を見せてご飯を食べてほしいことくらい。それも、あなたが嫌だって思うなら無理には強制しないわ」
ジェウも、とルネロームに突然呼ばれた少年はびくりと肩を揺らす。
「ジェウだって、無理にヴァーンと仲良くしてほしいわけじゃないの。ごめんね、急にいろんなことがあって、びっくりしたでしょう。でもジェウはジェウの思うように過ごしてくれたらいいの」
「母さん……」
「また会えなくなったらどうしようって怖かったのはわたし。わたしの我が儘。だから、二人も無理に付き合わなくていいの」
「無理とは言ってない!」
ヴァーンが声を上げた。
ルネロームは目を丸くする。
「……嫌だとも、言っていない……」
もごもごと言うと、ヴァーンは二人から視線を逸らした。
ふふ、とルネロームは笑う。
「ねぇ、ヴァーン。なにかを無理にしなくていいわ。してほしいことがあったらあなたに尋ねるわ。それで、出来ることだったらやってくれると嬉しい。それだけなの」
「……おれは族長だ。出来ないことも多いぞ」
「一緒にいてくれるじゃない。それだけで十分すぎるくらいだわ」
にっこりと笑ったルネロームに、二人は勝てない。
さぁ食べましょうと続けた彼女になにも言わず、二人は匙を取った。
ぼくもなんでここにいるんだろうと思いながら匙を口に運ぶ。抹茶の苦みとプリンの甘みが口いっぱいに広がった。