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25 魔法族の恋 1/6

*タイトル変更しました。 2020.03.09

「あーっ、アーティアにヴァーンのあることないこと吹き込むためのお茶会出来なかったーっ!」


 シアリスカが叫ぶ。

 やっとのことで神界のヴァーンの執務室に戻ってきたところだ。

 ヴァーンもようやく再起動を果たしたようで、自分の足で歩いている。

 その脛を蹴りながら、シアリスカは頬を膨らませる。


「お、おれのせいか?」

「ヴァーンが飛び出さなければ今頃お茶会だったー。ま、ちょっとびっくりしたけど面白いことも知れちゃったからいっかぁ」


 全然面白くありませんよ、とカムイが息を吐いた。


「とりあえずどこから漏れるかわからないので他言無用です。それから……魔法族セブンス・ジェムの見張りを最低限に。あとはやらかしの賠償ですが……」

「それほど過敏になること? 異種族恋愛なんて、今時は結構増えてると思うけど」


 カムイは首を振る。


「地上ではそうかもしれません。けれど、これは神族ディエイティストと他種族という点、そしてその神族が族長であるヴァーンということが問題なんですよ」

「反ヴァーン派がいないわけじゃないですからね……まぁ、面倒の芽は摘み取っていた方がいいでしょう」


 そっかーとシアリスカは頷いた。


「しかも相手があの<雷帝>とは……その子どもである彼の力はどの程度なのか。考えるだけでぞっとしませんね。今のうちにこちらで保護した方がよいのでは?」


 ぎょっとしてヴァーンが止めろと叫んだ。

 驚いたカムイたちは目を瞬かせる。


「それは……止めてやってくれ……あの子――彼は関係ない」

「……わかりました。けれど、看過出来ない場合は強制しますよ」


 わかった、とヴァーンは頷いた。


「とりあえず、今のところの対策は以上かなぁ?」


 そうですね、とカムイも頷く。シアリスカはちらりとヴァーンの横顔、そしてロウを見た。


「じゃあ、ヴァーンとロウ……シュラもかな? は、怒られイベントだね」

「は?」

「ナニ?」

「え……」


 殺気がして、三人はそろりと背後を振り返った。扉にもたれるようにして、自分たちの部下がにこりと笑っていた。



 +


 一晩ジェウセニューの悩みを聞いていたぼく――アーティアは欠伸を噛み殺して目をこすった。早朝の素振りを終えて、家の中に入る。

 ルネロームはもう起きていて、朝食の準備をしていた。


「おはよう、ティアちゃん。そろそろジェウたち起こしてくれる?」

「おはよう、ルネローム」


 結局、一泊お世話になってしまった。二つしかないベッドに四人で寝ることは出来ないので、お客さんを、小さい子を床に寝かせられない、という母子をベッドに放り投げてぼくと男――ヴァーレンハイトは床に転がったのが昨晩のこと。

 男二人を起こしに行くと、ジェウセニューは今まさに起き上がろうとしているところだった。

 寝ぐせのついた髪をがしがしと掻いて、眠たそうに目をしょぼしょぼさせている。


「おはよう、ジェウセニュー」

「おあよ……ティア……」

「こら、寝るな」


 朝ごはん食べちゃうよ、というと、それは困るとジェウセニューは目を開けた。

 問題は男だ。とりあえず布団を引き剥がしてから腕を引っ張った。


「ヴァル、朝だよ」


 一瞬だけもしやヤシャは生き返らない方がよかったのでは、という思いが過ったがそれはそれだ。

 腕を離すとがつんという音を立てて頭が床に落ちた。起きない。


「いつ見てもすごい起こし方だよな」

「誰か一発でこいつを起こす技を編み出してほしい」


 それからどうにかこうにか二人で男を起こした。

 寝ぼけた男の身支度を手伝ってやりながら、ジェウセニューが首を傾げる。


「それにしても、ティアはどうしてこっちに残ってくれたんだ? あの……父さん、って人たちと知り合いだったんだろ?」


 まだ実感は湧かないらしい。まぁ、そうだろう。

 ぼくが残った理由。大した理由があるわけでもない。


「…………と、友達、が、大変そうだから、愚痴くらい、聞いてあげることは出来るなって思っただけ……」

「ありがとな。おかげでちょっと混乱も落ち着いた気がする」

「うん。……それに……その、従兄弟、だし」

「……うん?」


 ジェウセニューとぼくが、というと彼はぽかんと口を開けた。


「あらあら、ティアちゃん、ジェウの従姉妹なの?」


 朝食の用意が終わったらしいルネロームが顔を出す。聞いていたらしい。


「……ぼくの母が……ヴァーンの妹なんだって」

「まぁ、ヴァーンに妹がいたのね」


 知らなかったわ、とルネロームは微笑んだ。


「……天涯孤独だと思ってたらどんどん親類が増えていく……」

「ぼくもそんな気分だよ」


 朝食の席に着きながら笑う。乾いた笑いだった。


「ってことは、ティアちゃんはわたしにとって姪なのね。姪……ふふ」


 なにか嬉しいらしいルネロームはご機嫌だ。

 そういえば、いつぞやの魔界でルネロームはノエルを「姉さま」と呼んでいなかっただろうか。昨日聞いた限りでは、<雷帝>に家族はいない。なのに、姉がいるのか。どういうことだろう。

 そもそもヴァーンは何故ルネロームを殺したのだろう。彼女が<雷帝>であることが関係あるのだろうか。でも、その理由ももう「ない」のだという。

 わからないな、と思いながらパンを齧った。

 朝食が終わって、ルネロームがジェウセニューを呼び止める。


「ジェウ、今日はお友達のところ行くの?」

「あーうん、そのつもり。ティアとヴァルも行くだろ、秘密基地」

「行っていいなら」


 いいに決まってるだろ、とジェウセニューは笑う。

 いいなぁ秘密基地、とルネロームも笑った。


「母さんは駄目。友達じゃないから」

「えー、母さんは仲間外れなの?」

「秘密基地は男のロマンなの!」

「ティアちゃんは女の子よ?」

「あー」


 よくわからないやり取りを母子がしている間に出かける準備をする。男も行くようだ。


「……いや、ルネロームと二人でここに残されても困るし」


 どんな会話をするのかはちょっと興味があるなと思ったのは黙っておいた。


「ジェウ、はんかちは持った? 迷子になったらその場を動かないのよ」

「母さん、オレもうそんな小さい子じゃないから!」


 ジェウセニューがルネロームを振り払って外に飛び出した。

 男は気の毒そうな顔でジェウセニューの背中を見る。


「……思春期の少年に過干渉は辛いって」

「そうなの? ……男の子って難しいわね」


 ぼくたちもルネロームに見送られて家を出た。ジェウセニューのあとを追って、炎の集落側の秘密基地へ向かう。

 天気は雲少な目の晴れ。風が温かく、過ごしやすい日になりそうだ。

 秘密基地という名の東屋へ向かうと、シュザベルが一人で本を広げていた。


「おっす、シュザ。一人か?」

「おはようございます。二人とも、用事があるとのことで今日は来れないと置き手紙がありましたよ」


 二人ともいないのかー、とジェウセニューはシュザベルの隣に座った。ぼくと男もその向かいに座る。

 どことなくシュザベルはそわそわしているように見える。


「ところでセニュー、なんだかやつれている気がしますが、なにかありました?」

「おお……うん、ちょっと……母さん周辺がごたごたしてた……」


 昨日のことを思い出したのだろう、ジェウセニューはひくりと頬を引き攣らせた。


「ああ、雷精霊神官さまたちも人が悪いですよね。幼いセニューにうつらないようにとはいえ、隔離するために母親が死んだなんて嘘を吐くなんて」

「ああ、うん……」


 そういうことになっているらしい。ぼくは口を滑らせないように男に目配せした。

 男も頷く。

 そうだ、と覚悟を決めた目でシュザベルがぼくたちを見た。


「アーティアさんとヴァルさんにまた意見を聞きたくて……」


 ちらりとジェウセニューを伺うシュザベル。


「あれ、オレいない方がいい感じ?」

「……いえ、そういうわけでは……そうですね、一緒に聞いていただけますか」


 わかった、とジェウセニューが頷くのを見て、シュザベルは息を吐いた。


「実はある人たちの話を盗み聞きするような真似をしてしまいまして……」


 シュザベルは俯く。

 意図的でないなら気にすることはないのではないだろうか。主に昨日のぼくたちのようでなければ。


「ちなみに、そのとある人って?」


 シュザベルは少し考えるようにして、口を開く。


「……風精霊神官のカノウさま、です。ヒドリと話しているのを聞いてしまいました」


 あの死にかけの男性か。

 しかしその肩書からして、変な噂話を掴まされたというわけではなさそうだ。


「その話って?」

「――魔法族の来歴について、です」

「ああ、なんか前からシュザが調べてるやつだっけ」

「はい。主に魔法族はこうして近く力を寄せ合って生きているのに、どうして交わることは嫌うのか……今こそ仲良くやっていると思いますが、どうしてかつてはそれぞれで独立した生活をしていたのか……こんなにも近い位置に集落があるのに、どうしてそんなことになっていたのか、そういうことが気になって調べていました」


 仲が悪ければ妖精族フェアピクス小人族ミジェフのように離れた地で暮らせばいいのに、魔法族の集落は円を描くように配置されている。……まるで誰かが意図的にそうしたかのように。

 シュザベル曰く、集落の位置は大昔から変わっていないらしい。


「理由は、魔法族がとあるものを封印する役目を負っているからだ、とカノウさまは言いました」

「封印……」


 つきりと右腕が痛んだ気がした。


「それはかつて神族と魔族ディフリクトが大きな争いをしたことに遡ります。二つの種族の族長の力がぶつかり、この地上が崩壊するやもという事態になったそうです。それを阻止するために二人の族長はその力をこの魔法族の地に封じたのだ、と」


 それほどの戦いがあったとすれば、初期の神魔戦争だろうか。ヴァーンは力を封じられているとは思わなかったから、先代か、先々代か、もしかしたら初代かもしれない。ヴァーンは四代目だと言っていた。


「光、風、水、地の精霊が魔族の力を――闇、炎、雷が神族の力を封じていると伝えられ、前者を神族側が守り管理し、後者を魔族側が守り管理しているそうです」

「……だから、光とかの集落を魔族が襲う……?」


 こくりとシュザベルは頷いた。


「その力が欲しい神族と魔族の争いが、この集落で起こっているということになります」

「そんな! オレたち関係ないじゃん!」


 確かに、ジェウセニューたちはただこの地で暮らしているだけだ。封印がこの地にあるなんて関係ない。ただの部外者のはずだ。

 ……だから、巻き込むのを嫌がったヴァーンはこの地に関わるのを嫌がったのだろうか。いや、本人から聞いたわけではないが、どうも四天王たちとの話を垣間見るに、そう思える気がした。


「……もしかして、その封印っていうのに<雷帝>の存在は関わってくる?」


 男が口を開いた。

 ジェウセニューはきょとんと目を丸くしている。


「関係がある、と私は思っていました。セニューの母、ルネロームさんが何者かに殺されたと聞いていたときは。ただ、病で臥せっていたのなら、もしかしたら関係ないのかもしれませんが」


 多分、その考えは正しかった。

 ヴァーンはきっと魔族側の力を削ぐために<雷帝>殺害を試みた。そしてそれは成功、本人は両目を失ったがきっと目的を果たせたのだろう。

 けど。


(だったら、何故『もう理由がない』と言ったんだろう)


 <雷帝>が復活したのなら、また殺さなくてはならないはずだ。けれどヴァーンはそれをしなかった。したくないと思っていたのも事実だろう。ヴァーンはルネロームに好意を抱いているようだったから。

 だからといって理由がなくなるわけではないだろう。


(ヴァーンは……なにかを知って、理由がなくなった?)


 なにかとはなんだろう。魔族側の力を削ぐという理由を失った?

 ぼくは隣に座る男を見た。男は肩をすくめている。


「つまり、この魔法族という存在は神族と魔族に管理されている……ということになります」


 シュザベルは震える声で言った。

 無理もないだろう。自分たちが突然、遥か上から何者かに操られていたも同然なのだから。


「そうすると、精霊信仰っていうのは封印を緩ませないためのものかな」

「だろうなー。異様に神魔に関わってるってことにも理由はつく」


 ぼくたちの話に、シュザベルも頷いた。


「魔法族がそれぞれでしか交わってはいけないっていうのは、要するに封印を守る魔法族の血を絶やさないためってことかな」

「前に魔族になるだか魔獣になるだか言ってたのは……」

「方便ってことになるんじゃない?」


 ああ、とジェウセニューが頷いた。


「嘘じゃなかったら、オレが普通に生まれてきてることがおかしいもんな」

「? どういうことですか、セニュー」

「あー、オレ、別の種族と母さんの子なんだとさ」


 慌てて男がジェウセニューを小突いたが、もう遅い。

 シュザベルは目を見開いて硬直、ぼくは頭を抱えた。

 こいつは口外するなという意味をわかっているのだろうか。ジェウセニューの出自など、最たるものだ。


「ルネロームさんと……他種族の、子?」

「あっ、やべ。あんま話しちゃいけないんだった」


 だから、もう遅い。

 ぼくはジト目でジェウセニューを見た。


「しゅ、シュザなら黙っててくれるよな? な?」


 慌てるジェウセニューはシュザベルを見たが、彼の反応はない。


「それが、方便だというのなら……私は……」


 俯いたシュザベルが本を落とす。

 ばさりと資料が散らばった。


「私は、いたずらにティユを傷付けただけではないですか!」


 ダン、とシュザベルの拳がテーブルを叩いた。

 男たちは目を丸くしてシュザベルを見る。


「……ティユって……フォヌメのねーちゃんか?」


 ジェウセニューの言葉で思い出した。

 以前、なんとかいう指輪と花を交換した女性だ。

 もしかして、と男がそっとシュザベルを伺う。


「付き合ってた、とか?」


 震えるシュザベルは、考えるようにして、結局小さく頷いた。

 あちゃー、と男は頭を抱える。


「えっ、シュザ、彼女いたんか!」

「ジェウセニュー、ちょっと空気読もうか」


 ぼくは資料を拾って眺める。

 シュザベルが知りたかったのは魔法族がどうして協力して生きているのに、交わることだけは不可としているのか。知りたかった理由は――好きな人が他魔法族の子だったから。

 資料の書き込みを見るに、もともと歴史を紐解くのは好きだったのだろう。

 けれどティユ・ファイニーズという存在と出会ったことで理由が出来た。

 その心理は理解できないが、順当に考えればそういうことなのだろうとわかる。

 そしてもう一つ気付いたことがある。


(シュザベルの目、あの指輪に嵌め込まれていた石に似ているな)


 もしかして、だからティユはあの指輪を欲しがったのだろうか。

 以前請けた依頼でも、好きな人の髪や目の色に似た素材が欲しいとか、そういう類のものにあったこともある。自分の色の素材を使ったアクセサリーを相手にあげたい、というのもあったか。


(まぁ、ティユの言葉や態度に嘘はなかったから、あの恋愛のお守りだとかいう話も嘘ではないんだろうけど)


 嘘だったところで、ぼくにこれといった被害はない。結局交換した花は巡り巡って今相棒の腕に嵌っている腕輪になった。

 あれをつけてから、少々ではあるが日中眠たそうにする頻度が減った気がする。本当に極々少々ではあるが。


「……すみません、ちょっと考えたいので、今日はこれで失礼します……」


 ふらりと立ち上がったシュザベルは、資料と本を手早くまとめるとそそくさと立ち去った。

 それを見送って、ぼくたちは顔を見合わせる。


「ジェウセニュー、このことは他言無用。いい? 喋っちゃ駄目」

「お、おう。わかった」


 今度は大丈夫だろうか。大丈夫だといいのだが。

 息を吐いて、太陽の位置を見る。そろそろ昼時だなと気付いた。


「オレたちも帰るか」

「……そうだね」


 東屋をあとにする。

 なんとなく、ジェウセニューの家に着くまで、ぼくたちの間に言葉はなかった。

 扉を開けると、嬉しそうなルネロームが迎えてくれた。ちょうど昼食が出来たとのことだ。


「なんか、母さん機嫌いい?」


 ジェウセニューが首を傾げると、ルネロームは窓の方を示す。

 そこには見覚えのある魔族の男性が窓の外に立っていた。


「ヴァーンからお手紙を持ってきてくれたのよ」

「……へ、へぇ……」


 なんで魔族だとかいうツッコミはない。

 そしてよく見れば彼はシアリスカの部下もとい玩具だという魔族姉弟の弟――確か名前をシュガルと言ったような気がする――だと気付いた。


「明後日、晩ごはんを食べに来てくれるんですって! ふふ、メニューはなににしようかしら」


 では、と暗い顔をしたシュガルは窓の外から消える。神界に帰ったのだろう。


「……オレたちって従姉妹だよな」

「うん……?」


 がっしとぼくの肩を掴むジェウセニュー。真剣な目だ。


「頼む、三人じゃ間が持たないから一緒にいてくれ……!」


 ぼくたちの魔法族の集落滞在延長が決まった。


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