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24 雷帝と神族

*一部に足りなかった文章を書きたしました。 2020.03.07

 シアリスカ・アトリの直属部下、魔族ディフリクトイヅツの朝は早い。

 身支度を整え、隣室を貰っている愚弟シュガルを叩き起こす。それから朝食をとりながら情勢を把握し、シアリスカのもとへ参じる。

 大抵シアリスカは寝ているから、機嫌を損なわないように気持ちよく起きてもらう必要がある。

 そもそも何故、魔族である彼女たちが神族ディエイティストの幹部部下をやっているのか。

 それは第三期神魔戦争時にまで遡る。――などといいつつ、要するに、お払い箱扱いされていたところをシアリスカに拾われたのだ。

 前線で戦うイヅツとシュガルを笑顔で捕らえた少年の姿をした彼は悪魔とも呼ばれる魔族よりも恐ろしかった。

 逃げられなかったこともあるが、実際、姉弟などという魔族にあるまじき存在として浮いていた二人はシアリスカによって救われたと言ってもいい。

 弟のシュガルはそれ以上に恐怖が勝るらしいが、イヅツは純粋にあの小さな悪魔を慕っていた。自身の魔核を捧げるくらいには。

 魔核は所謂、魔族の心臓部だ。

 もし第四期神魔戦争が起きたらシアリスカのために命を使うつもりもある。

 もちろんシアリスカの部下になることを許してくれたヴァーンにも感謝はしている。


「姉よ、少々あの方を甘やかしすぎではないか」

「そんなことを口にする余裕があるのなら、遊び相手以外の仕事もしてください、愚弟」


 シュガルはうぐぅと言いながら半泣きで蹲った。遊び相手といっても、ボードゲームや人形遊びなどではなくちょっと危険が伴う実験だったり少々刺激の強い遊びだったりする。R-18Gタグはつけたくないので伏せるが。

 イヅツはそれを置いてさっさと歩いていく。処理しなければならない書類がまだまだあるのだ。

 道を歩けばひそひそとこちらを見て話す人たち。イヅツは慣れたもので、それを無視して資料庫へ急いだ。

 シアリスカの執務室へ戻る途中、中庭に並ぶ二つの影を見つけた。ヴァーンの姪だという少女と、突然帰ってきたという諜報部の男性だ。男性の方はシアリスカ曰く幼馴染でもあるという。

 そういえばシアリスカが今日のおやつはアーティアたちと食べるんだ、と言っていた気がする。声をかけた方がいいだろうか。

 イヅツはそっと二人に近付いた。

 少女――アーティアが男性を見上げる。ああ、男性の名前は確かヤシャと言ったはずだ。


「生き返って最初にやりたいことがプロポーズだとは思わなかった」

「ん。まぁ、約束だったからな。帰ったら言いたいことがあるから待ってろっつったのは俺だし、前に帰ってきたときに『こいつまだ待ってるのか』と思ったらこれ以上待たせちゃいけねぇと思ったんだよ」

「……なんで結婚しようと思ったの?」


 はぁ、とヤシャが首を傾げた。


「なんでって、どういう意味でだ」

「? どういう……なんでわざわざ結婚なんて契約をするんだろうって」


 アーティアも自分が聞きたいことがよくわかっていないようだ。

 ヤシャはあーとかうーとか言いながら天を仰ぐ。


「俺の場合だがな。神魔戦争が――例え冷戦突入だとしても――終わったのなら、一旦は個人の幸せを求めてもいいだろうがって思ったから行動したまでだな」

「個人の幸せ、が、結婚なの?」


 ヤシャは勘違いするなよ、とアーティアの頭を軽く小突いた。


「結婚はただの通過点。これから俺がおまえを幸せにしてやるから覚悟してろよっていう宣戦布告だ」

「……誰と戦ってるの……」


 ヤシャはくくくと笑う。


「あとは周囲への牽制だな」


 けんせい、とアーティアが繰り返した。


「こいつは俺のもんだから手出しすんなよっていう牽制。威嚇」

「やっぱ誰かと戦ってるの?」


 アーティアはよくわからないようだ。聞いているイヅツもよくわからない。恋は戦争という言葉を聞いたことがあるが、もしや愛や結婚も戦争なのかもしれない。


「ま、理由なんて千差万別だし、別にしきたりに乗っ取らなくたっていい。きっとおまえにもわかる日がくるだろ」


 ヤシャがアーティアの頭を撫でる。

 彼女は俯いて「来ないよ」と言った。


「俺は来ると思うけどなぁ。なんでそんな頑ななんだか」


 ぐりぐりと混ぜっ返す手をアーティアは払い除けて、ヤシャを睨みつけた。


「やっぱりよくわかんない」

「案外、ヴァルが教えてくれるかもしれねぇぞ」

「? ヴァルにならもう聞いた。わからんって言われた」

「お、おう……」


 ふとヤシャと目が合った。盗み聞きするつもりはなかったのだが、声をかけるタイミングを見失っていたイヅツは二人を見た。


「どうした? えーと、確かシアの部下だったよな」

「はい。イヅツと申します。アーティアさまに言伝を、と思いまして」


 頭を下げると、アーティアがぼくに、と首を傾げた。

 お茶の時間のことを伝えると、彼女はすんなりと頷く。


「俺もそろそろヴァーンのところに顔出すか」

「昨日からずっとラセツに避けられてますって報告でもするの」

「うるせぇや」


 イヅツがその場を離れようとすると、二人も当然のようについてきた。今、シアリスカはヴァーンのもとにいるはずだから目的地は一緒らしい。

 二人は仲良さそうにあれこれと話している。時々イヅツにも話が振られるのはよくわからなかった。


「イヅツはどうしてシアの部下やってんだ?」

「先の戦争で命を救われたので」

「あいつ落ち着きねーから大変だろ」

「お仕事は溜め込まずにやってくださいますので、それほど大変だとは思いません」

「マジか。ちゃんとやってるんだな、シアも」


 ちゃんとやっていないのは某四天王の呪術師だけだと思う。いや、実はそうでもないが。

 ヴァーンの執務室に着いた。扉を叩くと、入れという声と共に扉が独りでに開く。

 驚いたことに、ヴァーンの他に四天王たちまで集まっていた。その部下のラセツ、コウ、そしてアーティアの相棒の人間族ヒューマシムまでいる。幹部会議は昨日であって、今日はなかったはずだが。


「珍しい組み合わせだな」


 ヴァーンが笑っている。

 そこで会ったんだよ、とヤシャが答えた。


「そうだ、ヴァーン。地上に降りる許可くれ」

「は? 昨日帰ってきてもうどこか行くのか」

「今度はすぐ帰ってくるっつの」


 本当だろうな、とシュラたちがジト目で睨んだ。


「一人じゃなくてティアたちも一緒だから。な、ティア、ヴァル」

「えー」

「そうなのか?」


 アーティアとその相棒の男性は知らなかったらしく、眉間に皺を寄せている。


「おっと、意思疎通が全く出来てねぇ」

「いいから、説明」


 はいはいとヤシャは頭を掻いた。


「身体が放浪してるって教えてくれた人にちゃんと礼を言わねぇとなと思ったんだよ」

「ちゃんと生き返りましたって報告もじゃない?」

「そうだな、ルネロームには世話になったからなぁ」


 バサリ、と書類がヴァーンの手から落ちた。

 話していたアーティアたちはきょとんと目を瞬かせる。


「ルネ……ローム?」


 ヴァーンの顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかる。一体どうしたというのだろうか。

 カムイがヴァーンを呼ぶが、彼はアーティアとヤシャを見たままだ。


「まさか……死んでいなかった? そんなはずは……いや、でもヤシャが……」


 ぶつぶつと呟きながら椅子から立ち上がり、ヤシャに詰め寄る。


「その名前、どうして……いや、そうじゃない、生きて……?」


 どうしたんだよ、とヤシャは眉間に皺を寄せた。

 ヴァーンの肩を叩き、深呼吸を促す。


「……ルネロームなら、本人曰く九年前に一度死んだとは言ってたよ」


 アーティアがヴァーンを見上げる。


「黒髪の雷魔法族サンダリアンの女性。<雷帝>とも呼ばれていたらしいね。……ヴァーンが知ってるのは、その人?」

「……」


 真っ青な顔でヴァーンは頷いた。ふらりとヤシャから離れる。


「生きて……るのか?」

「今はね」


 ヴァーンが息を飲んだ。四天王たちが口々に彼を呼ぶが、聞こえていないようだ。


「……………………少し、出かけてくる……」

「あっ」


 言うが早いか、ヴァーンは転移魔法でその場から消え去る。

 アーティア、とシアリスカが叫んだ。


「そのルネロームとかいうの、どこにいるの、案内して!」

「ええ……」

「玩具その一、ボク出かけるからあとよろしくね!」


 玩具その一とはイヅツのことだ。イヅツは丁寧に頭を下げて了と答えた。

 それを見てシアリスカは満足そうに笑い、アーティアとその相棒の腕を取って転移魔法で消え去った。


「……回収してきます」

「ちょ、私たちを置いていくつもりですか!」

「ニアリーに待ってろと伝えておいテクレ」

「俺もいく!」


 四天王、そしてヤシャが次々に言葉を残して消えていく。イヅツは頭を下げて見送った。


「え、ちょ、仕事!」

「うわぁ、見事に全員行きやがった」


 イヅツは散らばった書類を拾い、机の上に置き直す。

 ラセツの額には青筋が浮かんでいた。

 イヅツは黙って耳を塞ぐ。


「あんの馬鹿族長&馬鹿幹部――――っっっ」


 ラセツの声が部屋を揺らす。


「イヅっちゃんはすんなり行かせたねぇ、シアのこと」

「シアリスカさま、です。あとをよろしくとのご命令でしたから」

「イヅっちゃんはあの二人とは違う方向に真面目だなぁ」

「……イヅツ、です」


 コウは聞いていないようで、あたしも行けばよかったーとぼやいていた。



 +


 ぼく――アーティアは相棒の男――ヴァーレンハイトと共にシアリスカに引っ張られて強制転移を続けていた。

 目的地はルネロームのいる雷魔法族の集落の外れ。

 何度目かの転移でようやくたどり着いたらしく、シアリスカはぼくたちの手を離した。


「転移酔い……初めて……」

「ぼくもちょっと気持ち悪い……」


 男とぼくは口を押えて蹲る。シアリスカは平気そうな顔で首を傾げていた。

 木の陰からこっそりとジェウセニューの家を覗く。ちょうどどこかからジェウセニューが帰ったところだったようだ。

 家の前で右往左往するヴァーンを見て、訝し気に眉を寄せる。


「あんた……誰だ」

「と、通りすがりのお兄さん……」


 ちょっとサバ読みすぎだと思う。

 ぼくの上から男がヴァーンたちを覗き込んでいる。横にはいつの間にかシアリスカ以外の四天王とヤシャが団子になってヴァーンを見ている。

 もしやこの人たち、暇なのでは?

 あっとジェウセニューが声を上げたのを聞いて、ぼくは視線をそちらへ戻す。


「あんた、もしかして母さんを――殺した……」

「!」


 ジェウセニューは覚えていたのか。いや、以前までそんな素振りはなかったから最近思い出したのだろう。

 ヴァーンが息を飲むのが見えた。


「……ちょっと結界張っておきますね。防音もして……リングベルたちも弾いておきましょう」


 カムイがぼそりと言う。

 一瞬だけなにか幕が張ったような違和感があったが、すぐに何事もなかったかのようにもとに戻った。

 魔力の流れを見れば、ぼくたちとジェウセニューの家の周りだけに人避け、防音の結界が張られたのだとわかる。

 こんな局地的なものをなんの準備もなくやってのける。流石は四天王の一角だと思った。


(……やってることはただのデバガメだけど)


 人のことを言えない状態なので黙っているが。

 ジェウセニューが声を上げたのが聞こえたのだろう、家の中からルネロームが顔を出した。

 驚いた猫のようにヴァーンが飛び退いて距離を取る。


「ルネローム……」

「……ヴァーン?」


 ぱっとルネロームが笑顔を咲かせた。


「母さん、家の中入れ! ここはオレが……」


 ジェウセニューの叫びも虚しく、ルネロームは家から出てきてヴァーンの正面に立った。


「どうして、生きている……おれは、確かにおまえを……」


 ヴァーンの声が震える。


「おまえを、殺したはずだ……っ!」


 ルネロームを殺したのがヴァーン。一体、なにがあってそんなことになったのだろう。

 でも、ヴァーンの本意ではなかったのだというのが、彼の態度からわかる。

 ルネロームはどう思っているのだろう。


「うん、死んだよ」


 ヴァーンの身体が絶望に震えた。

 でもね、とルネロームは微笑む。


「わたし、知ってたよ。いつかあなたに殺されるんだって」

「……そうか、知って――は?」


 知ってたよ、とルネロームは繰り返す。


「初めて会ったときのこと、覚えてる? わたし、知らない人に会うことってほとんどなかったから、とっても嬉しくてついヴァーンに遊んでってせがんだよね。そのときは流石に気付かなかったけど、何度か会ううちに、『あ、この人はわたしを殺しに来たんだ』って気付いたの」


ふふ、と笑ってルネロームは髪を押さえる。風が一際強く三人の間を通り過ぎていった。


「か、母さん……自分を殺そうとしてたやつと遊んでたのか?」

「だって、誰も遊んでくれなかったから寂しかったんだもの。そんなわたしにヴァーンは嫌な顔ひとつせずに遊んでくれた。いろんなことを教えてくれた。とっても楽しかったなぁ」


 ヴァーンは黙っている。なにを考えているのだろうか。


「子どもの遊びだとは思ってましたが、本当に子どもと遊んでいたとは……」

「あっ、カムイ、あなた知っていましたね、彼女のこと」


 声を潜めてシュラがカムイに噛み付く。


「九年前以前とイウト……百年戦争の余波でそれぞれ忙しくしていタカラ、あまり顔を合わせていない時期ではアルナ」

「たまーに出かけてるの知ってたけど、あれに会いに行ってたんだぁ」

「ほらほら、静かにしねぇと見つかるぞ」


 ヤシャの一言で四天王が黙る。

 流石にヴァーンにはバレているだろう、と思ったが彼は既にいっぱいいっぱいのようでこちらを見向きもしない。


「わたしの最初の大切な人――ヴァーン。よかった、やっと思い出せた」


 それは嬉しそうに微笑むルネローム。

 ヴァーンは後退しそうな足に力を入れてその場に留まった。


「ヴァーンには感謝もしてるのよ。わたしをすぐに殺さないでいてくれたおかげで、わたしはジェウっていう宝物に出会えたから」


 ルネロームはジェウセニューを見た。少年の頬に朱が走る。


「でもあいつは母さんを殺した……いや、今ここに母さんいるけど……えっと……」


 ジェウセニューは感情が追い付かないらしく、首を傾げている。

 確かに話の通りならヴァーンはジェウセニューにとって、母の仇である。しかし母ルネロームは今そこに立って笑っていて……ややこしいな。


「ジェウ。ヴァーンはね、別にわたしが憎くて殺したんじゃないの。きっとなにか事情があったの。だから、そんなに目の敵にしないで?」

「う……でも……」


 いや、とヴァーンがようやく口を開いた。


「おれは、その子どもにとって許されないことをした。幼い子どもから母を奪うなど……到底許されない行為だ」


 ヴァーンは俯く。

 ルネロームとジェウセニューは顔を見合わせた。


「……あんた、なにしにここに来たんだ。まさか、また母さんを殺そうって言うんじゃ……」


 ヴァーンは静かに首を横に振った。


「もう、理由がない。いや、最初からなかったんだ、そんなもの」


 どういうことだ、とはジェウセニューでも聞けなかった。ジェウセニューはやり場のない拳を解いて頭を掻いた。

 ジェウセニューはルネロームを見る。ルネロームは微笑んで、首を振った。


「ねぇ、ヴァーン……あなた、後悔しているのね」

「……しないわけがないだろう。おれは、おまえを……」

「いいのに、気にしなくて。……でも、そうね、どうしても気になるっていうなら、これから言うことを聞いてほしいな」


 断罪を待つ罪人の顔でヴァーンがルネロームを見た。

 ルネロームはにこりと笑って、


「週に一度……だとヴァーンは忙しいから無理かしら……そうね、二週間に一度、ここにご飯を食べに来てほしいわ」

「……は?」

「あのね、ジェウってばとってもお肉を捌くのが上手なの。狩るのも上手よ。わたしびっくりしちゃった」


 いきなり褒められて照れたらいいのか、先の発言に驚けばいいのか、ジェウセニューは目を白黒させている。

 ヴァーンは――口を開けたままルネロームを見ていた。


「わたし、前より料理も上手になったのよ。前みたいに、食べに来てほしいの」


 とてもいい考えを思いついたというように、ルネロームは胸の前で手を組む。


「<雷帝>が産むのは次の自分のようなもの。だからずっとわたしは続いてる。けど、それって家族ではないでしょう。……わたし、ずっと家族や大切な人と食卓を囲んでみたかったの。知ってるでしょ、ヴァーンなら」


 ヴァーンの薄い唇がはくはくと動いた。それは声を出すに至らず、動くだけ。

 <雷帝>というものがどういうものなのか、未だにわからないが、つまりルネロームはずっと一人でここにいたということなのだろうか。

 確かに、そんな状況に小さいころから置かれたら、突然現れた不審者だろうと引き留めて話したくもなるかもしれない。

 一度自身を殺されたというのに、ルネロームはそれでもヴァーンを慕っているのか。

 どうしてそこまで他人を内に入れられるのだろう。

 わからないまま、ぼくはルネロームを見た。

 ジェウセニューもどうしたらいいのかわからないのだろう、ルネロームとヴァーンを見比べている。


「母さん、流石にそれは……オレ、どうしたら……」

「ジェウ、気にするなとは言わないわ。けどね、傷付けたり、出来れば嫌ったりしないでほしい。……だって、家族なんだから」

「……母さ――うん?」


 家族?

 ぼくたちも四天王たちと顔を見合わせた。カムイだけが頬をひくつかせて頭を抱えている。


「ヴァーンはあなたのパパよ、ジェウ」

「は……はぁ!?」

「な、なにぃーっ!?」


 こらえきれなかった四天王たちが身を乗り出して体勢を崩した。ぼくも押されて地面に倒れる。


「は……は? 待て……おれの、子?」

「そうだって言ってるじゃない」


 ぷくぅとルネロームが頬を膨らませる。ヴァーンはよろけ、頭を抱えた。

 ジェウセニューは理解の範疇を超えたらしく、口を開けたまま固まっている。

 ちょっと待て。確かにジェウセニューに初めて会ったとき、他の雷魔法族とは少し違った魔力をしている気がするなと思った。それは神族の血が入っていたからか。


「……<雷帝>は処女降誕だって聞いたけど」


 思わずぼくも声に出した。

 それを聞いて、ルネロームがあらあらと笑った。


「それで生まれるのは女性だけよ。ジェウは男の子でしょう?」


 絶句する。

 そしてぼくはあることに気付いた。ヴァーンはぼくの伯父だ。

 つまり、ジェウセニューは――、


(従兄弟か!)


 まさかの血縁判明に眩暈がする。


「……あのときのか……っ」


 小さくヴァーンが呟いた。それは幸いにしてジェウセニューには聞こえなかったらしい。

 心当たりがあるのなら、あとはもうルネロームの言う通りなのだろう。


「……神族長が他種族との子どももうけるって、世論的にどうなんだ」


 男の発言に、四天王たちがはっとする。


「まずいのでは?」

「囲み会見スルカ?」

「わかった、隠しましょう、全力で」


 四天王たちは立ち上がり、未だ再起動出来ていないヴァーンを引っ掴む。そしてルネロームを見た。


「少々話し合う必要が出来たので、今日はこれで失礼させていただきます」

「ちョット、問題があるから出来ればこのことは口外しないでくれるとありガタイ」


 ぞろぞろと出てきた神族たちにジェウセニューは目を瞬く。

 ルネロームは彼らを見上げて、ぺこりと頭を下げた。


「じゃあ二週間に一度の件、前向きに考えてくれると嬉しいわ」

「まぁ、償いという意味でなにか賠償はさせます」


 ずるずると引きずられていくヴァーンに手を振ってルネロームは見送る。


「あら、ヤシャくん。無事に身体と会えたの?」


 ヤシャを見つけたルネロームがその背中に声をかけた。


「あ、ああ……いや、こんなことになるとは思ってなかったから改めて菓子折りでも持ってくるわ」

「ふふ、気にしないでいいのに」


 またね、と手を振る。

 茫然と見送るぼくたちに、シアリスカが声をかけた。


「アーティアとヴァーレンハイトはどうする?」

「……話し合いに巻き込まれたくないからこのままこっちに残る……」

「賛成」


 わかったーとシアリスカは頷いた。幸いにして荷物は持ってきている状態だ。


「忘れ物あったら玩具にでも届けさせるね。まったねー」


 姿を消したヴァーンたちと同じく、シアリスカも転移魔法で姿を消す。

 結界が解除され、すっきりとした空が見えた。


「ふふ、今日はヴァーンにも会えたし、ティアちゃんとヴァルちゃんも遊びに来てくれて、とってもいい日ね」


 にこにこと笑っているのはルネロームだけだ。


「え……父……え? 神族? は? おさ……おさってなに……え?」


 ぶつぶつと呟き続ける大混乱中のジェウセニューの背中を軽く叩いた。


「……お酒なら付き合う、と言いたいけどジェウセニューは未成年か……愚痴なら付き合うよ、うん……なんか、ごめん」

「……ティアは悪くないだろ」


 確かにその通りではある。ただ、ほぼ唯一の身内だと思っていた者がやらかしていたので、つい謝った。

 ルネロームはご飯足りるかしら、なんて言いながら機嫌よく家の中に入っていく。


「……………………ちょっと、狩り行ってくる……」


 ジェウセニューはふらふらとジャングルの方へ歩いていった。


「……死んだ人間が生き返るって結構大変なんだな……」

「……悪いけど、もうこれ以上はいいかな……」


 男が頷いた。

 ぼくも頷いて――ルネロームに招かれるままに家に入った。


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