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22 いないはずの人 1/2

今回はめずらしくティア視点でもヴァル視点でもないものだけになりました。


*ニトーレのセリフの一部を改変しました。 2020.03.03

 リーク・サンダリアンはご機嫌で雷精霊神殿へ向かっていた。腕に抱えるのはサンドイッチのお弁当。おやつにバナナもつけた。……九割九分九厘、作ったのは母だが。

 本当は自分で作りたかったが、母が猛烈に反対した挙句に母に手伝ってもらって台所に入ったら何故か卵焼きが可哀想なたまごだったもの(母命名)になり、ハンバーグが火柱になった。必死に母に縋りついて台所から追い出されるのは阻止したが、やらせてもらえたのは出来上がったサンドイッチを味見する係だけだった。まさかボックスに詰めることすらさせてもらえないとは。

 思い出してちょっと落ち込む。モミュアのように料理が得意だったらニトーレにもっとアピール出来るのに。以前、モミュアに料理を習おうとして台所を爆発させて以来、その試みは周囲から止められている。


(まぁ、ニトーレさんと一緒にご飯食べられるからいっか!)


 ポジティブなのがリークのいいところだろう。

 鼻歌を歌いながら神殿へ向かっていると、見覚えのある顔が集落に向かってくるのに気付いた。


「あら、ティアにヴァルさん! こないだぶり!」


 アーティアが片手をあげて振ってくれる。元気そうだ。今日は怪我をしている様子はない。


「またモミュアの料理狙い?」

「……いつも食べてるみたいに言わないでほしい」


 アーティアが目を逸らし、リークはふふと笑った。最初に会ったときより表情が柔らかい気がする。可愛い子はやはり笑顔がいいと思う。アーティアはそんなに笑顔ではないが。

 ヴァーレンハイトを見れば、いつも通り眠たそうだ。

 ふとその後ろにもう一人いることに気付いた。


「そちらの人は?」


 ああ、とアーティアがもう一人の女性を見上げる。

 女性は優しそうな黒髪の、雷魔法族サンダリアンだった。

 でもリークも見たことのない顔だ。誰だろう。


「ルネローム、この集落のリーク。知ってる?」


 ルネロームと呼ばれた女性は眉を下げて、申し訳なさそうに首を横に振った。

 そうか、とアーティアがリークを見る。


「記憶障害があるみたいで、ここに連れてくればなにか思い出すかなって思ったんだけど」

「そうなの……他の人にも聞いてみたらなにかわからないかしら」


 そのつもり、とアーティアは頷いた。

 ふらりとルネロームが歩き出したのを見て、アーティアが慌てる。


「ちょっと、どこ行くの?」

「あっち……知ってる気がするの」

「え、ちょ……ああもう、リーク、またね!」


 アーティアとヴァーレンハイトはルネロームを追って集落の中に入っていく。

 リークはそれを見送りながら、またふふと笑った。


「またなにかに巻き込まれてるのかしら。あとで様子見に行ってみよう」


 しかし申し訳ないが今はニトーレとの昼食が最優先だ。

 サンドイッチの入ったボックスを抱えなおし、リークは神殿へと向かった。



 ニトーレは神殿の午前中の務めを終えたところだったらしい。

 丁度いいタイミングだと褒められた。頭を撫でられ、庭に通される。

 他の神殿ではどうか知らないが、雷精霊神殿には緑の多い中庭があるのだ。

 着替えたニトーレがやってきて、お弁当を披露した。九割九分九厘、母作だが。


「相変わらず、おばさんは料理上手だな」

「えへへ、そう言ってくれると母もきっと喜びます!」


 ニトーレと並んで庭の木を眺めながらサンドイッチを食べる。最高に幸せだとリークは思った。


「たまにとはいえ、貰ってばっかじゃ申し訳ないな」


 気にしないでほしい。リークとしてはニトーレと二人でいられるということがなによりのお返しだし、あと母は「精霊神官さまを狙えば玉の輿……とはちょっと違うけど、悪いことではないわ。じゃんじゃんやりなさい!」と背中を押されている。父は「年の差……」などと言っていたが小さな声だったので聞こえなかった。

 たまごのサンドイッチを頬張りながら、リークはふとさっき会った旅人たちを思い出した。


「あ、そういえば、またティアとヴァルさんが遊びに来てくれたんです。……いや、用事があるみたいだったけど」

「おお、あいつらもこんな辺境によく来るもんだ」

「セニューたちはきっと喜びますよ。そうだ、ニトーレさんはルネロームって女性知ってますか?」


 ぼとりとニトーレがサンドイッチを落とした。

 リークはぎょっとしてニトーレを見上げる。


「……リーク、なんでいきなりその名前を出した?」

「え? ええっと、ティアたちが連れてたんです。けど、あたし知らない人だったから……他に雷魔法族の集落があるなんて聞いたことなかったし……」

「あいつらが……?」


 ニトーレの声が震えている。どうしたのだろうか。

 木から下りてきたサルたちがニトーレの落としたサンドイッチを巡って喧嘩を始めた。


「どんな女性だった?」


 ええっと、とリークは先ほどのことを思い出す。


「長い黒髪が綺麗な、優しそうな人でした。記憶障害があるとかで、自分の家を探してるみたいでしたよ」


 そうか、と言ったきりニトーレは黙ってなにかを考え込む。

 よくない話題だったのだろうか。リークは眉を下げる。

 不意にニトーレがリークの頭に手を乗せた。わっしわっしと力強くかき回され、リークは少し目を回す。


「悪いな、ちょっと昔の知り合いの名前だったから驚いただけだ」


 昔の知り合い。


(ま、ままままままさか、こっ恋人……!?)


 だったらどうしよう。リークは泣きそうになった。

 その顔を見て、ニトーレはくくと笑う。


「またなんか変なこと考えてんな? 安心しろ、つーのも変だが、ただの恩人だよ。もう亡くなって久しいがな」


 そう言って、彼はいたずらっぽく笑う。

 リークはぽぽぽと頬が紅潮するのがわかった。

 さて、とニトーレが立ち上がる。サンドイッチはまだ残っていた。


「悪い、確かめたいことがあるから今日はこれで。サンドイッチはあとで全部食うから、持ってっていいか? 入れ物は洗って返す」

「気にしないで、ニトーレさん! 今日は楽しかったです」


 聞き分けが悪いと思われたら嫌だ。リークは必死に笑顔を作った。

 しかしそれも見抜かれていたのか、ニトーレはリークの頬をむにと摘まんだ。


「……いひゃいれす、にほーえはん」

「ぶふっ。いや、いつも遊んでやれなくて悪いな」


 遊んでだなんて、小さな子どもじゃないんだから。リークはぷくりと頬を膨らませた。

 それを見てニトーレがまた吹き出す。


「気を付けて帰れよ」


 ニトーレが手を離した。お弁当を抱えて、くるりと背中を見せて去っていく。


「……まだまだ子ども扱い、か」


 喧嘩を終えたサルたちを見下ろす。


「でも撫でられたのは嬉しい……うう、複雑」


 サルたちはそんなリークを、首を傾げて見上げていた。



 +


 一雨来そうな天気になってきたことに気付いたジェウセニュー・サンダリアンは、昼食を作りに来てくれていたモミュアと洗濯物を取り込んでいた。一応言っておくと、洗濯したのはジェウセニュー本人だ。流石に年頃なこともあって、下着の類を異性に洗われるのは勘弁願いたい。それが好きな子なら猶更だ。

 遠くで雷が鳴っているのが聞こえる。荒れそうだ。

 洗濯物を抱えて家に入ろうとしたところで、こちらにやってくる人影を見た。

 珍しい、とそちらを見れば、他種族で初めての友達が駆けるようにしてやってくるところだった。


「お、ティア、ヴァ……ル……?」


 ばさりと手に持っていた洗濯物が落ちた。ジェウセニューはそんなこと気にせず目を見開く。


「セニュー、どうしたの?」


 家の中からモミュアが声をかけるが、返事をする余裕はない。

 どくどくと心臓が大きくなったかのように鼓動を速めている。

 ジェウセニューの視線の先にいるのは一人の女性。まだ若い、黒髪の女性だ。

 その人はジェウセニューを見るとぱちくりと目を瞬かせる。


「……ジェウ?」


 ああ、知っている声だ。でもどうして。

 ふらりとよろけ、家の段差を踏み外したジェウセニューは頭から地面に激突した。


「ちょ、セニュー?」

「ジェウセニュー、大丈夫?」


 少女二人が駆けよってくるが、ジェウセニューはその人から目が離せなかった。

 風を受けて女性が髪を押さえる。その仕草も、知っている。


「……か……」


 いや、でもそんなはずはない。だって、だってその人は――


「そう、思い出したわ……わたしの宝物、ジェウ……ジェウセニュー!」


 ぱっと笑顔になったその人は手を広げてジェウセニューに近付いてきた。

 そうか、これは夢か。

 夢なら覚めなければ。


「……夢……夢なら痛くないはず……」

「は?」


 ジェウセニューは じぶんでじぶんを こうげきした!


「ちょ、ジェウセニュー!」

「セニュー、どうしたの!?」


 少女たちの声が聞こえるが、ジェウセニューの意識は真っ白になる。

 懐かしい声が、やっぱり自分の名前を呼んでいる気がした。



「ジェウセニュー!」


 呼ばれてはっとジェウセニューは我に返る。

 恐ろしくて、座り込んだ身体は動かない。目の前では母が襲撃者の攻撃を防いでくれている。

 逃げなければ。

 そう思っているのに、身体はぴくりとも動いてくれなかった。

 擦りむいた膝が赤くなっている。

 ジェウセニューは襲撃者を見た。一人だ。若い男のように見える。知らない顔だ。

 轟ッ、

 一際強く魔力の衝撃が母に襲い掛かった。


「うっ」

「母さん!」


 じわりと涙があふれた。なんでこんなに無力なんだろう。

 まだ小さな子どもであるジェウセニューは、仕方ないとは思えなかった。


「ジェウセニュー……」


 母の優しい声。

 こんな恐ろしい状況とは信じられないような、いつも以上に優しい声だった。

 視線を上げる。母は肩口に振り返り、笑っていた。


「生きてね」


 ひゅっと息を飲む。

 それはどういう意味だ。

 待って。

 待って。

 手を伸ばしたいが、声を出したいが、動けない。

 目の前が真っ白になる。

 それが、生きた母を見た最後になった。

 ジェウセニューが意識を取り戻したとき、襲撃者は血だまりを残して消えていた。もしかしたら、どこかで生きているかもしれない。

 ぼさぼさの黒髪、白い外套、長い前髪に隠された目は――血のような赤。

 ああ、思い出した。

 思い出してしまった。

 ジェウセニューの母、ルネロームを殺したのは……、


「……神族ディエイティスト……」


 ジェウセニューの意識は真っ黒な闇に溶けていった。



 +


「リングベル」


 こっそりと観察対象を覗いていたリングベル・リーン・ジングルは突然名前を呼ばれて驚いた。

 木の上から落ちなかったことと、悲鳴を上げなかったことは褒められてもいいくらいだ。

 鼓動を落ち着けて、そっと振り返る。

 やぁ、と片手を上げる同僚――カゲツ・トリカゼがそこにいた。


「……びっくりした、カゲツじゃない。どうしたの」

「ちょっと報告と連絡」


 言いながらひょいとリングベルが座る木の枝に飛び乗った。少しだけたわむが、それだけだ。

 幹部の部下たるもの、自分の体重、重力、気配諸々を操作できなくてはやってられない。

 報告と連絡とはなんだろうか。リングベルはカゲツの言葉を待つ。

 一応同僚ということにはなっているが、彼の方が四天王の一角を担うカムイの直属部下だ。立場は多少異なるし、いざというとき彼の発言力の方が強くなる。

 リングベルとしては、男にしておくには勿体ないくらいの愛らしい顔を持っている以上、なにかと張り合いたい相手だ。そしてあわよくばお互いに高め合いたいと思っている。彼がどう思っているかは知らないが。

 カゲツを見上げて発言を待つ。追加の任務だったらどうしよう。

 リングベルの今の任務はアーティア・ロードフィールドとその相棒、ヴァーレンハイト・ルフェーヴル・メルディーヴァを監視、報告すること。

 少し前に魔界に攫われたり、魔界に乗り込んだりととんでもない目に遭っていたが、今は同行者が一人増えただけでのんびりしたものだと思っていたのだが。


「報告は報告先がカムイさまのみになったこと。連絡は報告の際は一度僕を経由してほしいこと、かな」

「カムイさまのみ、に? ……またカムイさまのヴァーンさま過保護案件?」

「……カムイさまはお優しいから、無駄にヴァーンさまのお心を乱したくないだけだよ」

「それが過保護って言うんじゃ……」


 とにかく、とカゲツは咳払いをした。


「僕がカムイさまに報告するから、リングベルは一度こっちに報告を持ってきてほしいんだよ」

「まぁ……その方が緊張しないからいいけど」


 よかった、とカゲツは胸を撫で下ろす。玉のような髪飾りでまとめた横髪がさらりと揺れる。

 本当に、男にしておくには勿体ない顔だ。


「だからヴァーンさまの耳に直接入るようなことがないようにね」

「ラセっちゃん……じゃなかった、ラセツさまにも?」

「もちろん。出来るだけ緘口令ってことで」


 本格的にカムイはヴァーンに情報を与えたくないようだ。

 カムイだけではなく、四天王と呼ばれる彼らはどうにも時々族長に対して過保護になることがある。

 その琴線がどこにあるのかはリングベルにはよくわからないが。

 了解、と敬礼すると、カゲツはくすっと笑った。

 カゲツはふと遠くを見る。

 リングベルも視線を追った。

 視線の先には監視対象の二人と新しい同行者、そして雷魔法族が二人。

 監視と言っても行動を全部見ているわけでも、プライバシーを侵害するようなことをしているわけではない。いや、結構ギリギリだけど。


「……監視って言ったって、どっからどこまで報告したらいいのかしらね」


 思わず独り言ちる。

 カゲツは無情にも肩をすくめた。


「二人で別行動するときはあのアーティアって子の方を優先すればいいのよね」

「うん。ヴァーンさまの姪っ子ちゃんらしいよ」

「えっ、うそ! それ聞いてない!」

「リングベル、声が大きい」


 カゲツに注意され、リングベルは慌てて口を覆った。

 気配は消しているし、アーティアたちからも距離を取っているから大丈夫だろうが、一瞬だけ少し焦った。

 ごめん、と小さく謝る。カゲツは首を振った。


「あー、つまりこの任務ってヴァーンさまの私用だったってこと?」

「いや、一概にそうとは言えないけど……」

「何割かは私用ってことね……まぁ、ヴァーンさまの役に立ってるならいいけど」


 カゲツがふふと笑った。


「じゃあもう少し詳しく報告した方がいいのかなぁ」


 リングベルはぶらぶらさせている足を見た。


「詳しくって?」

「今日はどんな任務受けてましたとか、どんな話してましたとか?」

「……それはいいんじゃないかな」

「あとはアーティア……さま? の右腕に大きな傷があるとか、刺青が抉れてるとか、相方くんの胸に結構えっぐい痣があるとか、たまに二人でなにもないところに話しかけてるとか、そのなにもないところにヤシャって名前つけてるらしいこととか……」

「別にその辺はいいんじゃ――ヤシャ?」


 カゲツは目を丸くしてリングベルを振り返った。


「なんでその名前をあの二人が?」

「? カゲツ、知ってるの?」

「……そうか、リングベルは第三期神魔戦争のあとに来たんだっけ」


 そうだけど、と頷くと、カゲツは腕を組んで考え込み始めた。


「僕も実際に顔を合わせたことないからな……」

「?」


 ぶつぶつと呟く言葉はリングベルにはわからない。

 カゲツは「カムイさまの指示を仰ぐか」と頷いて、腕を解いた。


「リングベルはこのまま監視をお願い。なにかあったら使い魔飛ばしてくれればいいから」

「はぁい」


 カゲツの姿が消える。少しだけ座っている枝がたわんだ。

 監視対象たちは倒れた雷魔法族の少年を家に運び込んだところだ。なにやら騒がしい。


「もうちょっと近付いてみようかな」


 呟いて、リングベルはそっと木の枝を蹴った。


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