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03 睡眠欲

文字数ってこんな感じでいいのかしら……。

「ご利用ありがとうございました。是非、今後ともご贔屓に!」


 言い切る前に無情にも扉は目の前で閉められた。

 引き攣りそうな顔の筋肉を楽にして、ながーいため息を吐く。

 空が嫌味なほどに青い。

 目の前には更に嫌味なほどに豪奢な両開きの大きな扉。

 いつまでもここにいては仕方ないとぼく――アーティアは肩を回した。

 隣でせんせいがくつくつと喉を鳴らして笑っている。

 くそ、なにがそんなに面白いんだか!

 金払いは悪くなかったが、態度が最悪の部類の依頼人だった。もう絶対、請けない。

 せんせいは扉に向かって威嚇するぼくを面白そうに見ている。


「こういった愛想笑いだけは上手くなっていくねぇ、アーティア」


 うるさいよ、せんせい。口を小さく尖らせて言うと、せんせいはまた喉を鳴らして笑う。なんとか言う、神出鬼没な猫のようだ。

 せんせいは思い出したように隣を見て、さて、と手を打つ。


「ヴァーレンハイトくんはもうおねむのようだし、用が済んだのならこんな場所とっととおさらばしてしまおうではないか。ここらの空気はわたしには合わないようでね」


 せんせいはうふふと笑う。

 視線をずらすと、無駄にデカい図体を妙な角度に折り曲げて壁にもたれかかる男――ヴァーレンハイトがそこにはいた。

 交渉役はぼくが、表の顔役を男が担っているとはいえこれはどうなんだ。

 ぼくが苦労して腹立たしい依頼人とやり取りしている間、こいつはなにをしていたんだ。……寝てたよ! 椅子に深く座り込んで!

 無性に腹が立ったので、足を――本当は尻でもよかったのだが悲しいかな、届かなかった――蹴り上げておく。

 いたい、と小さく男は呟いて目を開けた。


「はいはい、こんなところで寝ないでくれる」


 さっさと宿に戻ろうと急かす。

 男はふぁい、と情けない声を出しながらゆるゆると身を起こす。

 それを横目で見て、ぼくはなんだか悲しくなってもう一度ながーいため息を吐いた。



 ぼくらが出会ってから季節が一巡りした。

 最初は大人の顔をしていれば、依頼を受けるときに信用してもらいやすくなるからという理由で誰でもいいと思っていた。

 けど、現実は甘くない。

 人間族ヒューマシムではないぼくの成長は遅く、今でも見た目が標準外見年齢で十二、三歳程度しかない。

 そもそも、ぼくと組んでくれるという(外見)大人がいなかった。

 粘りに粘り、条件を引き下げに引き下げて現れたのが――ヴァーレンハイトと名乗る人間族の魔術師だった。

 好都合だと思った。だってぼくは近距離前衛型。後ろを守ってくれる同行者は願ったり叶ったりだ。

 ……そう、思っていた。最初は。


(まさか、ここまでやる気のない性格だとは……)


 この男、人間族の成人を過ぎた年齢だというのに――よく寝るせいか――未だに少しではあるが成長中らしい。

 後衛職のどこにそんな高身長が必要なんだ。あとやる気さえ出せば体術も会得しているので体幹がしっかりしている。体格に恵まれていて実に羨ましい。

 確かに性別や外見年齢のこともあるが、前衛職としては物足りない。

 腕力、脚力、膂力そのほかに自信はあるが、それでも身長や体格が足りていないのは事実だ。

 不本意ながら、神族ディエイティスト魔族ディフリクトの血を引いているせいで絶賛伸び悩み中だ。ぼくの成長期っていつなんだろうか。


(……いや、悲しくなるから身長の話はもう止めよう……)


 そういえばまたせんせいがいない。

 せんせいはぼくが小さい頃から面倒を見て――見て……るか? いや、まぁ、一応面倒を見てくれているような気がするヒトだ。種族は知らない。

 神出鬼没で気まぐれで、ぼくらの話に突然加わったと思ったらいつの間にかいなくなっている不思議な人。

 鬱陶しい喋り方をする変な人だ。

 まぁ、それでも親のいないぼくにいろんなことを教えてくれたのがせんせいだ。

 男と出会う前、独りきりだったぼくのそばにいたのはせんせいだけだった。


(たまに頭の中を読んだようなことを言ってくるのは困るけど)


 ぼくにとってせんせいはせんせいであり、親も同然だ。

 だからぼくはせんせいに「アーサー」という名前をあげた。

 たとえせんせいがすぐにどこかへ行ってしまっても、突然現れても、戦ってくれなくても、商談に参加してくれなくても、なにを考えているのかわからなくても――ぼくにとっては大切な人なんだ。

 まぁ、これを容認しないようなやつとパーティ組もうと思わないから、そのせいで誰もぼくと組んでくれなかったというのもあるが。

 そんな二人だか三人だかよくわからないパーティを組んで、季節が一巡り。

 よくもまぁ持ったものだ。



 宿に着いて荷物を置く。

 なんだか疲れたから、今日は早く食べて早く寝よう。

 そう思いながら宿併設の食堂へ行く。すぐに食事はもってきてもらえたのが幸いだ。

 せんせいは当然のようにいないし、男は半分夢の中だ。

 というかこの睡眠欲はなんなんだ。

 朝は低血圧でなかなか起きないし、ようやく布団から引き剥がしても朝食時にはまた夢うつつだ。

 昼食後は必ずお昼寝。幼児か。

 夜は夜で幼子のように早寝だ。……やっぱり幼児か。

 そういえばこの一年で真面目に起きている姿を見たのは何度だっただろうか。多分きっと恐らく絶対に、片手で足りる。

 むしろあまりにも少なすぎて、本当に現実としてそんなことがあったのかどうかすら不明瞭だ。

 今まさにぼくの正面に座る男は匙を片手に夢の中へ完全に旅立とうとしている。

 顔面がそのままスープ皿に突っ込みそうだ。


「……ねぇ、ヴァル」


 一応、声はかけておこうと口を開く。

 反応はない。


「――ヴァル?」


 指で突いても反応はない。


「……………………えいっ」


 さくっ。肉刺で無防備な鼻先を軽く突いてみた。流石にびくりと肩が揺れる。


「……痛い……」

「うん、痛くしたからね」


 肉刺しを目の前でちらつかせながら、もう片方の手で更に鋭そうな食器を探す。

 うえぇ、と男の口から悲鳴(?)が漏れた。


「……起きた。起きたよ。だからそれ止めてくれ」


 眠たそうな目をこすりながら、眉を寄せる。少し涙目なのは、目をこすっているからというだけではないようだ。大の男が泣くな。

 あのね、とぼくは肉刺しを焼き魚に突き立てる。


「寝たいなら部屋戻ってからにしなよ。――そのスープ、片付けてから」


 さっきから男が顔を突っ込みかけていたスープ皿には半分ほど冷めてしまった液体がなみなみと揺れている。

 男は心なし悲しそうに皿の中を指し、


「……毛が入ってる……」

「あんたのだよ、馬鹿」


 もったいないから全部食べなよ、そう言ってぼくは魚を口に放り込む。

 正直、値段の割に美味しくはない。

 でも食べないともったいなくて、ぼくが手と口を止めることはない。


「残したらヴァルの財布からここの支払いしてもらうよ」


 微妙に割高なのだ、この宿。

 ぼったくりかと少々憤りながらスープを飲む。塩が足りない。

 唐突に、くつり、と笑い声が聞こえた。


「人間族でありながら、あれほどの魔術を行使する魔術師の実態がこれだとは誰が想像し得るだろう? ヒトの身で魔術を行使するにはそれなりの素質や代償、並々ならぬ鍛錬が必要だろう。それに魔術は案外、腹が減る。なのにきみは食べることよりも寝ることを優先する。……そこになにか秘密があるのだろうか。実に興味深いことだ」


 せんせいだ。

 せんせいはぼくの皿からプチトマトを一つ摘み取ると口へ放り込む。


「……やはり食事というのはわたしには合わないね」


 それだけ言うと、またくつりと笑った。

 男は肩をすくめて黙っている。

 せんせいは「やれやれ」とおどけた様子でまたどこぞへと消えていった。

 なにしに来たんだか。


「ま、せんせいの言うこともわからなくないけどね。……なんであんたが前衛職じゃなくて後衛職なんだか」


 だって、と男はスープを飲み込む。

 空になったスープ皿をこちらに見えるように持ち上げてみせた。


「あっちこっち動かなきゃいけないじゃん、前衛職って。面倒」

「いや、後衛職でも動いてほしいんだけど?」


 ごちそうさま、と丁寧に頭を下げる男のつむじを見ながら、そういえばこいつ、魔物と戦ってるときもあんまり場所移動しないな、と思い出した。


「……先に寝る~」


 どうぞ、とぼくは手を振ってテーブルの上を眺める。


「…………あいつ、スープ以外全部残しやがった!」


 ぼくの晩餐はまだまだ終わらないらしい。


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