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19 魔法族、よもやま話 4/5

「アーティアさんとヴァルさんは、旅は長いんですか?」


 シュザベルに問われて、ぼく――アーティアと男――ヴァーレンハイトは顔を見合わせた。

 指折り数えてみるが、よく覚えていない。


「ヴァルと組んで……二年くらい? だけど、旅自体はその前からしてたしなぁ」

「おれは……ええっと、百年戦争が終わったあとからだから、十二年くらいかなぁ」


 おお、と少年たちがどよめいた。

 少年たちの年齢を考えると彼らにとっては長い年月だろう。


「ぼくは……それより前からあちこちうろついてはいたかな。だからあんたたちが生まれる前から旅はしてることになるね」

「えっ、ティアって年下じゃなかったんか!」

「……アーティアさんは人間族ヒューマシムではないから見た目通りの年齢ではないですよ」


 そうなのか、と驚くのはジェウセニュー。あとその後ろでこっそりフォヌメも驚いていた。

 二人は喧嘩ばかりしているらしいが、本質は似ているのではないだろうか。


「今、調べていることがあるんですけど、ちょっと意見を聞いてもいいですか?」

「シュザは真面目だよなー、いっつもなにかしら本読んだり勉強したりしてるし」


 シュザベルが広げた資料や本を指した。


魔法族セブンス・ジェムの歴史なら、おれたちに聞くよりも自分たちの方が詳しいと思うけどな」


 男の言葉に頷く。

 シュザベルは小さく首を振った。

 資料を見やすいように、とミンティスが場所を譲ってくれる。


「確かに調べているのは魔法族についてです。けど、今お聞きしたいのはお二人が旅の中で出会ってきたであろう、たくさんの他種族との相違ですね」

「ボクたちだとわからないけど、外から見たらおかしいことを聞きたいってこと?」

「そうですね。例えば、この本に記載された『他の種族と交わってはいけない』という文。昔はそのまま、交流という意味で取られ、種族間での交流すらなかった時代もあったそうです」


 シュザベルが指すのは昨日ぼくと交換した本だ。

 確かに、他種族と比べると、魔法族というのは少々閉鎖的だと思う。

 妖精族フェアピクスも他種族との交流を嫌うし、別種族との子を残すことも忌避する傾向にあるので似たようなものかと思うが、妖精族はその多くが見目麗しいことから一時期他種族に捕まり奴隷として、観賞用として売られていた時代があることから、歴史的な忌避なのだろうと推測することも出来る。

 だが、魔法族にそういった歴史はなかったはずだ。

 シュザベルもその類似と相違点については考えていたらしく、こくりと頷いた。


「考えられるのは、魔法族の血が薄れることを恐れたか、もしくは他魔法族との子になにかあったか、かな」

「なにかって?」

「……資料が足りないからなんとも言えないけど、ぱっと思いつくのは遺伝病や魔獣化、もしくはそもそも生まれないとか……かなぁ」

「魔獣?」


 ぎょっとミンティスが目を丸くした。


「今は多く言われないけど、昔は他種族と子を残すと子が魔獣になるっていうのはよく言われた話らしいよ。父親不明の不義の子は魔族ディフリクトの子だから魔獣になる、とかね」

「今では否定されているけどな。まぁ、知らないうちに魔族に乗っ取られて腹の子が魔族として生まれた、っていう例は古今東西聞くけど」


 ひぇぇ、と少年たちは顔を引きつらせる。

 シュザベルは眉間に皺を寄せた。


「では、今は異種族間で子どもが生まれることはある、ということですか?」

「……全くないとは言わないよ。けどやっぱり生まれにくい傾向ではあるみたい。魔族なんて、そもそも胎生に向いてない種族だし」


 ふむ、とシュザベルは眼鏡を押さえて考え込む。

 横で「たいせい?」「体制じゃないのか、組織的な……」とこそこそ言っている喧嘩友達二人は放っておく。


「まぁ、未だに別種族間での交配は勧められてないみたいだな。ヴァーンたちがそちらに利を見てないから余計に増えないんだろうけど」

(……じゃあ利が見つかれば異種族婚姻も増えるのか……?)


 ヤシャはふんふんとシュザベルの上から本や資料を眺めている。


「決まりがある以上、それを決めた誰かがいるってことだし、その誰かはなにかを恐れたってことではあると思うんだよな」

「原因、ですか」

「資料に残ってない以上は知ってる人に聞くくらいしか出来ないかな」


 シュザベルの眉間の皺が増えた。異種族間婚姻についてなにか思うところがあるのだろうか。


「……わかりました、ありがとうございます。他は……そうですね、私たちには精霊信仰というものがありますが、他の種族の方はどんな感じですか」


 どんな、と言われて考える。

 例えば妖精族や巨人族ティトン神族ディエイティスト信仰が多いとされる。神族信仰は名前の通り、神族を頂点として、恐れ敬うこと。

 ごく少数だが魔族信仰もあるというが、これは多くは邪教扱いだ。

 小人族ミジェフは独自の信仰というか、かつて存在した小人族の中でも最も優れた細工技術を持っていた者を崇めているのを見たことがある。

 一番宗教が多いのは人間族だ。彼らは様々なものに神聖を見出す。かと思えばそれを犯罪の温床にしたりと節操がない。

 相棒のように魔術を行使する者は魔術の祖と呼ばれるディエフォン・モルテを信仰する者が多いようだ。……男がその祖に敬意を示しているのを見たことはないが。


「……いや、祖とか言われても知らない人だし……」

「知り合いが祖でも怖いな……人間族のくせに長生きすぎる」


 シュザベルは資料の一部を指した。

 精霊についてシュザベルの字でまとめてあるようだ。

 光魔法族シャイリーンの精霊、ライラ。

 闇魔法族ダーキーの精霊、シェイドグロム。

 風魔法族ウィンディガムの精霊、シルフィーユ。

 水魔法族ウォルタの精霊、ウォルティーヌ。

 地魔法族ノールドの精霊、ノーリャ。

 炎魔法族ファイニーズの精霊、ファイラ。

 そして雷魔法族サンダリアンの精霊、ヴォルク。


「信仰することに否やはないんですが、どうして私たちだけ『神』という存在ではなく精霊を祀っているのか、と思いまして」

「それほど気にすることかな。前にどっかの人間族が靴底を祀ってたのを見たことがあるよ」


 くつ、ぞこ……? と猫が宇宙の深淵を覗いたような顔をする少年たち。

 ぼくも知ったときはそんな顔になったから気持ちはわかる。


「なんでも、人体を支える足の裏が一番尊い。でも多くは靴を履くからその靴底が更に尊いとかなんとかかんとか。ちょっと理解できなくてよく覚えてないけど」

「理解できるって言われたらおれ、流石に組むの考え直すわ……」


 ぼくも相棒が信仰してたら考え直すと思う。


「精霊信仰はおかしくありませんか」

「おかしくはないんじゃない、珍しいとは思うけど」

「気になるなら精霊信仰の根源を探ってみるのも、テーマとしては面白いかもな」


 なるほど、とシュザベルはペンで『根源を探る』とメモ書きした。


「こっちの記述はどういうことだ? 神族側、魔族側?」


 横から顔を出したフォヌメが本の一節を指す。


「『光、地、風、水は神族のものとされ、闇、炎、雷は魔族のものとされていた』? なにそれ、じゃあボクとシュザが神族側で、フォヌメとセニューが魔族側ってこと?」


 ミンティスはぽかんと口を開ける。


「そもそもなんで神族と魔族が出てくるんだ」


 ぼくと男はシュザベルの頭上を漂うヤシャを見た。

 ヤシャは両手を上げて首を横に振る。


「俺がヴァーンのそばにいたのはあいつが三代目になってすぐまでだからなぁ。神族上層部としての情報はあんま知らねぇんだ」


 ヤシャは腕を組む。

 ぼくも腕を組んだ。


「……そういえば、以前光の集落に襲撃があったあと、魔族の襲撃が度々あるっていうのを聞いた気がするんだけど」


 少年たちは顔を見合わせる。


「えーとオレたち小さいころだったしなぁ」

「野人だから記憶力が摩耗しているんだ」

「二人とも、喧嘩するなら向こう行ってて。うーんと、もしかして九年前の魔族襲撃のこと? 母さんが撃退したって武勇伝で何度も聞いたことがあるけど、ボクはまだ物心つくかつかないかのころだからよく覚えてないや」

「確か、風の集落にも暴走した魔獣が襲ってきたことがありましたね。七年前です」


 よく覚えてるな、とフォヌメが頷いた。


「確か、闇精霊神官の人が昔から定期的に襲撃はあるって言ってたっけ」

「数年単位なのは百年戦争が終わってからとも言ってたよね」


 なるほど、とシュザベルがメモ書きを増やしていく。

 ふとミンティスが集落の地図を見ながらシュザベルを呼んだ。


「ねぇ、ちょっと気になったんだけど、魔族が襲うのって、神族側って言われてた集落ばっかりじゃない?」

「え?」


 ほら、とミンティスが広げた地図をみんなで覗き込んだ。

 確かに今例に挙げたものだけでも、魔族が襲撃したのは神族側と呼ばれていた光、風、水の集落だ。


「魔族側って言われてた闇、炎、雷の集落の裏のジャングルには魔族の巣窟の噂があるしな」


 そういえば、以前神族の神界へ通じる道を通るために行ったのも光の集落裏にある山だった。


(神族と魔族がどうして魔法族にこんなに注視している……?)


 ヴァーンに聞けばなにかわかるだろうか。けれど、純粋な神族でもなければ幹部でもないぼくに教えてくれるとは思えなかった。


「……セニューのお母上が亡くなったのは、魔族の仕業と言われていませんでしたか?」


 シュザベルの言葉に、ジェウセニューは首を横に振る。


「悪いけど、覚えてないんだ、あのときのこと。犯人の顔だって、しっかり見てるはずなのに」


 ジェウセニューの拳が握り締められる。

 つまり、彼は自分の母親が死ぬところを見ていた、ということだ。

 何年前のことかは知らないが、一部記憶が失われるほどのショックを受けたのだろう。


「……魔族はどうして神族側(仮)の集落を襲うんだろう」

「魔族に理由なんてあるのか?」

「だってこっち側ばっかりなんだよ、全体じゃなくて」


 ああ、確かに、と一同で頷く。


「光の集落襲撃の理由はもともと、光精霊ライラを狙ってるっていう話じゃなかったっけ」

「ああ、そういう話もあったな」


 精霊? と少年たちが首を傾げた。

 そもそも前回どうして魔法族の集落に来ることになったのかをかいつまんで説明してやる。


「つまり……精霊が鍵ということですか」


 おそらく。頷くと、シュザベルは精霊の資料を見た。


「精霊信仰……精霊を狙う魔族……魔法族がどうして精霊を持ち、それを信仰しているのか……」


 散見していた疑問が一か所に収拾しつつあるようだ。

 ぼくは資料を眺める。随分とあちこちに手を伸ばして調べていたようだ。それほどまでに歴史を追求する理由はなんだろう。余程の執念が見え隠れしている。

 ふとぼくはとある記述を見つけ、ジェウセニューを見た。


「ねぇ、<雷帝>ってなに?」


 ジェウセニューは目を瞬かせる。


「なんだ、それ」

「いや、セニューは知っててくださいよ、ご自身の母親のことでしょう」

「母さん?」


 ジェウセニューがぼくの手の中の資料を覗き込んだ。

 雷魔法族にのみ<雷帝>という記述がある。

 シュザベルを見ると、彼は肩をすくめて口を開く。


「私もよくわからないのですが、雷魔法族にのみ、<雷帝>という存在が確認されているんです。<雷帝>ルネローム……彼女は精霊神官よりも強い力を持ち、その存在は公にされず、隔離されていたらしいのです」

「……母さんが?」

「代々の<雷帝>と呼ばれる存在はあの集落はずれの家で暮らしていた、くらいしかわからなかったのですが……」


 資料を見る限り、他の種族にそういった特出した存在はいないようだ。

 何故、雷魔法族だけそのような存在が現れたのだろう。

 というか――


「ルネローム?」


 聞き覚えのある名前だ。

 ぼくは思わず隣の男を見上げた。


「……雷魔法族では、ルネロームって名前はメジャーなの?」

「さぁ。母さん以外にその名前の人は会ったことないなぁ」

「……お母さん亡くなったのってどれくらい前?」

「えーと、九年前、かな」


 他人の空似だろうか。以前、迷子だったのを保護したルネロームも雷魔法族だったはずだ。


(まさか、死人があんなところ歩いているわけがないし……)


 完全に幽霊なヤシャと違って、あのルネロームは生きて肉体を持っていた。それは間違いない。


(他人の空似?)


 でなければなんだというのだろう。

 もやもやとした気持ちが残っていた。



 そういえば、とジェウセニューがぼくの顔を覗き込む。


「ティア、どうして眼帯なんかしてるんだ?」


 なんの邪気もない言葉がぼくに投げかけられた。

 いや、確かに闇の集落にいたときはもう面倒くさくなって眼帯を外していることが多かった。

 目が悪いんじゃないんですか、とシュザベルが横で首を傾げる。


「目はいいんだよな。眼帯なんかしてたら、目悪くならねぇ?」


 ヤシャが頭上で頷いている。


「俺もそれ心配してんだよな」


 うるさいな、とぼくは手を振ってヤシャを近くから追い払う。少年たちには変な行動に見えたようだ。


「……目の色、変だから」

「え? 綺麗な色じゃん。なんで」


 ジェウセニューは心底不思議といった顔で首を傾げていた。なんの裏もなくそんな言葉を吐けるのだからどうしようもない。


「…………口説くのはモミュアだけにした方がいいと思う」

「んなっ」


 ぱくぱくと口を開閉する様子が金魚のようだ。

 ぼくは観念して眼帯を外す。いつの間にか、見られることに抵抗はなくなっていたみたいだ。

 ぼくの金の右目を見て、三人の少年は目を瞬かせる。


「な――」


 流石に罵倒されるか、とフォヌメを見た。


「なんだそれは! かっこいいじゃないか!」

「……うん?」


 さっと近付いてきたフォヌメを抑えつつ首を傾げる。ちょっとぼくの知ってる反応と違う。


「なにか力を秘めてそうな眼帯の下から現れる色の違う両目! きみは曰くある物語の主人公かい!」

「は?」

「おっ、フォヌメのくせにわかってんじゃん! これはあれだよな、実は高貴なる生まれの証だったりするんだよな!」

「えっ」

「二人とも、違うよ! きっと古の魔王と勇者の禁断の落とし児なんだよ! それで人々のために戦っていたけどラスボスが実の父親だと知って困惑するんだ!」


 困惑したいのはぼくである。


「……すみません、三人とも図書館に置いてある冒険譚にハマってまして」

「ええ……うん……」


 三人の中でぼくは高貴なる姫と古の魔王の禁断の恋の末に生まれた禁忌の子で、どうやら勇者として旅立つまでそれを隠されて生きていたという設定らしい。

 そんなややこしい人生嫌だなぁと思ったが、実際の人生も面倒くささでは勝るとも劣らないことに気付いて絶望した。


「つまりヴァルさんは……」

「そう、ティアを暗殺するために近付いた姫の父親からの手先だったんだよ!」

「うわぁぁぁ、なんてことだ……!」


 男にまで謎設定がついていた。なんてことだはこっちのセリフだ。


「楽しそうですね」


 シュザベルはくすくすと笑っている。


「――その目、おそらくですが……神族と魔族のものでは?」

「気付いてたの」


 はい、とシュザベルは頷く。


「でも、その様子だと上層部の話は詳しくなさそうですね」

「さっき喋ったので精一杯だよ」

「……ありがとうございます。話しのことも、眼帯のことも。無理を言ってすみませんでした」


 ぼくは肩をすくめる。


「本当に嫌だったら、ジェウセニューを振り切ってでもここから走り去ってるよ」


 まぁ、まさかよくわからない妄想冒険譚のキャラクターにされるとは思わなかったが。

 少年三人はまだ盛り上がっている。時折ぼくの方を見てはきゃあと高い声を上げていた。落ち着け。

 ぼくは隣に座る男を見る。今度は男が肩をすくめた。


「なぁ、ティア。俺、こいつらの話してる冒険譚読みたい」


 ヤシャがなにか言ってるが、もう勝手にしてくれ。



シュザベルは文学や学問に興味のないジェウセニューに本にだけでも親しんでもらおうと少年が好きそうな冒険譚をオススメしたらまんまとハマり、それがフォヌメとミンティスに伝播したという話。

あと丁度十四歳なのでそういう心が疼いているっていう。

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