18 ブラコンと復讐者と囚われの
本日(2/24)三つ目の更新。ちょっと短い。
前半は戦闘回。
※ルカの腕のくだりを最後に少し付け足しました。 2020.02.28
ルカの両手から白紫の光弾が発生、ルイへ向かって投擲。
ルイはそれを右手の大剣で切り裂いた。
振り抜いたところをルカが肉薄する。ルイは身を捻って左足を回転。長い脚がルカの横っ面に直撃した。
体勢を立て直して大剣を横に薙ぐ。脳が揺れているはずのルカはそれを両手で受け止めた。
ギィンと硬いものがぶつかった音がして大剣が弾かれる。
ルカの掌に浮かぶのは髪と同色の光る鱗。それが刃を防いだと気付いてルイは舌打ちした。
「もう、二人とも距離が近ぇです!」
援護に入ろうと構えるホウリョクはルカの隙を伺うが見つからない。
ギンは低めに大太刀を構えた。
「このっ」
ルイの蹴りがルカの腹に直撃。軽い身体はいとも簡単に吹き飛んだ。
ギンが地を蹴る。肉薄し振りかぶった大太刀がルカの首を薙いだ。
ギャリギャリギャリギャリッ、耳障りな金属音。
カッとルカが目を見開く。首にはやはり薄紫の光る鱗。
「邪魔しないでよ!」
ルカの細い手がギンの腕を掴む。ぐるりと回転しギンは勢いよく吹っ飛んだ。
「えっ、ちょ――!」
ルカに飛び掛かろうとしていたホウリョクを巻き込んで地面を転がるギン。
遠くでようやく回転が止まり、絡まった二人は動けない。
ぎょっとしてルイがそちらを見るが、どうやら目を回しているだけのようだ。
安心すると同時に視界の端で仕掛けようとしているティアナを発見。
「ティアナ、下がってろ!」
声に反応したティアナは悔しそうに唇を噛んだ。ルイに言われた通りに邪魔にならない場所に下がる。
ルカはそのやり取りを見て、きつとティアナを睨み、ルイに視線を戻した。
「……兄さんはいつもそうだ。人の心配ばっかりして、自分のことは後回し」
ざりとルカの足が地面を撫でた。
「そのくせ僕には構ってくれないんだから」
その口調はまるで構ってほしいと言っているようだ。
は、とルイは苦笑した。
「殺しに来る弟を、どこの誰が歓迎すると思ってんだよ」
なんで、とルカは首を傾げる。
ルイは大剣を下段に構えた。
「なんで? 兄さんは僕の兄さんなのに! こんなに兄さんを思ってるのに、どうして兄さんは父さんに殺されに行こうとするの!」
地を蹴ったルカがルイに肉薄する。
それを大剣で受け止めたルイは膂力を込めて耐える。
「殺されるつもりは――ねぇよ!」
渾身の力で大剣を振り抜く。
ギャリッと音がして鱗と刃が火花を散らした。ルカは宙で一回転、体勢を立て直そうと顔を上げた。
が、身体が動かないことに気付く。
見ればチリチリと全身から火花が散っている。原因は――極細の糸。
それがルカの身体を切り刻もうとして鱗に阻まれ火花を散らしていた。
どうして、とルカの唇が動く。
頭上が陰った。
見上げればルイが大剣を振り上げている。
ヒュッと風を切る音。
ルカは咄嗟に左腕でそれを防いだ。
痛み。
赤い尾を引いて左腕が吹っ飛んだ。
ルカは目をぱちくりと瞬かせてそれを見ていた。
返す刀でルイはルカの顔面を殴った。糸が切れて細い身体が吹っ飛んでいく。
くるんと宙で回転し体勢を整えたルカは未だ血の滴る左腕を見た。
「……あは、兄さんとお揃いだ」
にこりと笑った顔は本当に嬉しげで。
ルイはそうかよと吐き捨てた。
ルカは近くに落ちていた左腕を拾ってぶらぶらと振る。
くすりと笑って、仕方ないなぁと呟いた。
「今日のところはこれで退いてあげる。でも、兄さんが父さんを殺そうとするのを諦めない限り、僕はまた来るよ」
トンと地を蹴ったルカの姿が消える。
ルイは大剣を地面に突き立て、それに縋ってその場に座り込んだ。
「……勘弁してくれ」
その声はルカには届かず、風がかき消していった。
+
腕をだらりとさせたままナールがぼく――アーティアに迫ってくる。
ぼくは大剣を抜いてそれを迎えた。
刃と刃がぶつかり火花を散らす。
ひゅうと耳元で風が鳴ったのを聞いてぼくはナールを弾き返す。
地を蹴って後方へ跳躍。もといた場所に雷撃の槍が降り注いだ。
男――ヴァーレンハイトは更に数十の槍の形をした雷を空中に展開。ナールの頭上から降り注いだ。
「うっとうしいなぁ」
頬を切っただけのナールは標的を一時相棒へと変えた。ぼくは間に入ってその攻撃を防ぐ。
ギィンと刃がぶつかった。
きょとんとナールは目を瞬かせる。
「……なぁに、そいつが大切なの?」
くすりと笑ったナールは姿勢を低くしてぼくをすり抜けた。目指す先は男の心臓。
必殺の突きが繰り出されるのをぼくは手を伸ばして防ぐ。ナールのローブを引っ張り後方へぶん投げた。
軽い身体は勢いよく吹っ飛んだが、ナールは宙で回転し着地した。
「あは」
楽しそうに、嬉しそうにナールは笑う。
「そっか、そいつが大切なんだ」
ゆらり、立ち上がる少年の瞳孔は細く小さい。
「ねぇ、エリス。エリスはボクの大切なみんなを殺したよね……壊したよね……この恨みを晴らすには、やっぱり同じ目に遭わせてあげなきゃ、ふこーへーだよね」
うふふ、と口が裂けたかと思うほどの笑み。
壊れている。
だから、とナールは首を傾けた。
「キミの大切なものをまず――壊してあげる!」
ナールがナイフを振りかぶる。
ぼくは中段に構える。
刃が交わり、火花を――散らす前にそれは止められた。
ナールのナイフを止めたのは右手に持たれた左手。薄紫の光る鱗が、刃が肌に刺さるのを防いでいる。
思わず飛びずさって相棒の前で構え直す。
止めたのはルイの異母弟だというルカ。
「帰るよ、ナール」
きょとんとしたナールはナイフを持った手を下した。
「ええ? いいところだったのに……」
「今日はここまで。楽しみはあとに取っておくものだよ」
ちぇー、と口を尖らせるナールを血が滴るままの左腕で撫でるルカ。
まぁいいや、とナールはぼくを見て笑った。
「またね、エリス。次はキミの大切なものを壊してあげるね!」
二人は手を繋いで空間転移魔法で消えていく。
「……帰った……?」
男がずるりとその場に座り込んだ。怪我をしたのかとも焦ったが、どうやら疲れたらしい。
遠くでルイが座り込んでいるのを見て、本当に二人が去ったのだと確認。ぼくもふらふらと地面に座り込んだ。
「……もう……しばらく、ゆっくりしてたい……」
ぱたりと後方に倒れる男。ぼくも同じように倒れた。太陽がいつの間にかてっぺんにある。
「……流石に、同感……」
短期間にあれこれありすぎた。もうなにがなんだかよくわからない。
ぐぅとお腹が鳴った。
「……そうだ、休暇にして、モミュアの手料理食べに行こう……」
先ほど遠目に見た畑にいた人は多分、魔法族だ。例の魔法族のみんなが身に着けている変わった模様の帯を頭に巻いていたように見えた。
それならここは魔法族の集落にほど近いところということだ。
「さんせぇ~い」
男の気の抜けた声が嬉しそうに跳ねた。
ただ、と男は続ける。
「ちょっとの間はこのままで……動きたくない……」
賛成、とぼくも両手を広げて転がった。
ヤシャとルイたちが声をかけてくるまで、ぼくたちはそうして太陽を見上げていた。
+
きらきらとした木漏れ日が少女の顔を照らす。
少女は木漏れ日を反射する川へ足を浸した。冷たい。
川の中では魚が泳いでいるのが見える。
仲良く並んで泳ぐ魚を見て、少女は頬を緩めた。
「ルキ」
後ろから声を掛けられて、少女――ルキは振り向いた。
同じ年ごろの少年が駆けてくる。幼馴染のギンだ。
ルキはほっとして彼の名前を呼んだ。
ルキのもとまで走って来たギンはじっとルキの足を見る。膝が真っ赤に滲んでいた。
「……また誰かにやられたんか」
ルキは俯いて首を振った。
「違うの。ちょっと、転んじゃっただけ」
しかしギンはいとも簡単にルキの嘘を見抜いて額をぺしりと叩いた。
痛くないそれを押さえて、ルキは眉を下げる。
「嘘言うな。……オレにだけは、嘘吐かんといてくれ」
「……うん」
ギンがルキの手を取り、片手で布を濡らす。その布でルキの両手を優しく拭ってくれた。
大好きな幼馴染。
いつもたった一人、気にかけてくれる人。
ルキは嬉しくて、ふふと笑った。
なに笑うてんねん、とギンは呆れている。
それでも優しい彼の気持ちが嬉しくて、ルキは笑った。
「……オレ、強うなったるから」
「……うん」
「強うなって、ルキのこと守ったるから」
「うん」
その言葉だけで十分、ルキは守られている。
誰になにを言われても、なにをされても、きっと生きていける。
だからルキは頷いた。ギンが隣にいてくれるだけで幸せだったから。
ふとルキは目を覚ました。
真っ暗な牢は見慣れたもので、先ほどまでの煌びやかな夢とは違いとても冷たい。
ほろりと涙がこぼれる。
「……ティア……」
大切にしたい、初めての友達だったのに、傷付けてしまった。怪我はどれくらい深かった? 治るだろうか。
きっと嫌いになったと思った。
でも――
――必ず、迎えに行くから!
そう言ってくれた。
おまえなんか知らないとは言わず、手を伸ばしてくれた。
あの人と同じように。
「……ギン……」
地下牢に小さく声が響く。
ルキは冷たい膝を抱えた。
「大丈夫……わたしは、まだ大丈夫だから」
待ってる。だから。
無事でいてほしい。
ルキは膝に顔を埋めた。
+
「どこへ行っていた」
重々しい声に振り向くと、目を白い布で覆った男――ヴァーンが立っていた。
びくりと肩を震わせたルカはあははと笑う。
「おまえに外出を許した覚えも、勝手を許した覚えもない」
「……だって、兄さんに会いに行きたかったんですもん」
「もんとか言うな。魔族の子どもまで拾ってきて、なにをしている」
ヴァーンはルカの後ろにいるナールを見た。
ひぅっとナールが小さく悲鳴を上げる。
「……別にとって食いはしない。が、勝手を許すつもりはない」
ルカはそっとナールを自分の身体で隠した。
まだ彼にはルカたちがなにをしているかまではバレていないようだ。
知られたらきっと止められる。
だってナールが害したいのはこの人の姪なんだから。
なにも答えないルカたちに、ヴァーンはため息を吐く。
「まぁいい。しばらく部屋で謹慎していろ」
はぁいと頷いて、自室と割り当てられている部屋へ戻ろうと身を翻す。
その背中にヴァーンはもう一度名前を呼びかける。
「ルカ、おれたちの都合に振り回してすまない。だが、おまえの身はあの父親から預かっているものだ。休戦の証として。それを忘れてくれるな」
「……別に、ヴァーンさまのことも父さんのことも怒ってないよ、僕」
それだけ返すと、ヴァーンはそうか、と小さく呟く。
怒ってないし、恨んでもいない。
ただ、たまに兄に会いに行きたくなるだけだ。だってあの兄と来たら、すぐに死に急いでしまうのだから!
(父さんが兄さんを殺しちゃうのも、兄さんが父さんを殺しちゃうのも嫌だなぁ)
だからルカは兄を止めるために兄の腕が欲しい。それだけだ。
部屋に入ると殺風景な景色が広がっている。
人質のようなものだから、とヴァーンやその部下たちは気遣ってくれている。
ヴァーンはよくどこからか手に入れた珍しいお菓子をくれるし、家族が一緒にいれる世界を作りたいと言って頑張ってくれているので好きだ。
父や兄、姉と一緒に暮らせたらどれだけ素敵なんだろう。
そのためには、ルカも見ているだけじゃなくて頑張るべきだ。
ナールを部屋で休ませ、ルカは机の上に置いてあるガラス瓶をつついた。
腕はヴァーンに気付かれない程度にはもうくっついている。けれど、油断すればまたすぐにとれてしまうだろう。
兄とのお揃いは嬉しいが、今はそれよりも兄を止めることの方が先決だ。
「次こそ、きっと兄さんの右腕を貰うんだ」
ガラス瓶にはたくましい肩から下の左腕が丁寧に処理されて保管されている。
「待っててね、兄さん」
ルカは机に頬をつけてガラス瓶を眺める。
次はきっと、兄のルイもわかってくれる。ルカは嬉しそうに頬を緩めた。
戦闘を長く面白く書ける人ってすげぇなぁ。