17 魔界の亜竜族 1/6
本日(2/22)ぎりぎり三つ目の投稿です。
晩ご飯は三人で囲んだ。
部屋から出てきた男――ヴァーレンハイトは眠たそうに目をこすりながら、ようやく起きたルキの姿を見てよかったねぇと微笑んだ。
自己紹介する男から距離を取り、ルキはぼく――アーティアの背後に隠れる。隠れられていないが。
「害はないよ。むしろ寝てたら蹴って起こしていいくらい」
「蹴るのは勘弁してほしいかな」
案の定、ヤシャの姿は見えていないようなので省略。
四角いテーブルにルキは眼帯をしたぼくと並んで座った。
「懐かれたな」
とヤシャが笑った。
一気にあれこれと注文するとルキは目を丸くする。
「そんなに食べる、の?」
「……いつもこんな感じ」
すごいね、とルキがようやく表情を崩した。
干しブドウのパンにオニオンスープ、メインは山羊肉を蒸したものとカニピラフ。サラダはシーザーとチーズの二種類。
運ばれてきたのを見て、ルキは更に目を丸くした。
「た、食べれるかな……」
「無理しないで食べたいのだけ食べたらいいよ。どうせぼくたちが食べるし」
嘘は言っていない。どうせなにも残らない。
「ティアの方がよく食べるけどな」
「その割にちっせぇよなぁ」
「うっさい」
食べ始めると、ヤシャがぼくや男の周りをぐるぐると回りながら「それはどんな味がする?」だとか「そっちの感想を聞かせてくれ」とか言っているが無視だ。
ぼくたちに食レポを期待するな。というか聞いて余計に空しくならないのか。
ルキの食べる速度はぼくたちに比べてもゆっくりで、量も少ない。聞けばもともとそんなに食べる方ではないというからそんなものなんだろう。
以前出会った守銭奴トカゲは結構な量を食べていた印象があるから、種族内でも人それぞれらしい。
食べ終わったルキは興味深そうにぼくを眺めていた。ちょっと食べにくい。
「ルキ……そんなに見られてると食べにくい……」
「あっ、ごめんなさい」
ルキは恥ずかしそうに目を伏せた。耳が赤い。
うーん、一部の層の加虐心を煽りそうだ。ぼくより大人に見えるのに、少々幼い少女のようにも見える。
皿が全部空いたころには正面に座る男の目が半分閉じている状態になっていた。むしろ食べながら寝ている。
「いつものことながら、器用だな」
ヤシャはケラケラと笑っているが、ぼくにとってはそれだけでは済まない。
こいつがここで眠ったら、誰が部屋のベッドまで運ぶと思っているんだ。
「ヴァル、寝るなら自分で部屋まで行って」
「ふわぁい」
ふらふらした頭を重たそうにしながら椅子から立ち上がった男はよろよろと蛇行しながら部屋の方へ歩いて行く。
視線でヤシャに見張るように言って、ついていかせる。
「大丈夫かな」
心配そうに見るルキは本当に優しいなと思いながらぼくはまたメニューを開いた。
「……ティア、まだ食べるの?」
「なにか甘いもの食べたいと思って」
う、とルキが目を泳がせる。
「ルキも食べる?」
「……食べる」
結局ルキはバニラアイスを選び、ぼくは生クリームのたっぷり乗ったミルクトーストを頼んだ。
「甘いものは別腹」
「うん」
ルキとは気が合うなと思った。
部屋に戻って寝る準備を済ませ、それぞれのベッドに潜り込む。
少し前にヤシャが「ヴァル、床に倒れて動かねぇんだけど」と言いに来たが、同室でない以上邪魔になるわけでもなし、ぼくがどうにかする必要はない。勝手に寝てくれと追い返した。
布団に潜り込んですぐに眠くなる。
夢と現でまどろんでいると、ルキがぼくのベッドの横に立った気がした。
「……な……きゃ……でも……だ、め……」
なにか言っているが聞こえない。
「……………………ごめん、なさい……」
小さく呟かれたそれだけが耳に残る。
やがてルキは自分のベッドに戻ったようだった。
ぼくは目を瞑ったまま、まどろみの中から動けない。
ルキの寝息が聞こえてくる。
ぼくは――安心して夢の中へ足を踏み入れた。
+
翌朝。
少し肌寒さの戻ってきた気がする早朝。天気は晴れ。
ぼくは隣のベッドで眠るルキを起こさないように、いつもよりそっと起きだして身支度を整える。髪を梳いて三つ編みにして、眼帯を着ける。
ルキが身動ぎするのを横目に部屋を出て、庭を借りて素振りをした。
部屋に戻って柔軟体操をしていると、ルキが慌てて起きだす。
「ご、ごめんなさい、寝坊……!」
「してないよ。まだ朝ご飯にもちょっと早いかな」
早起きだねと言うと、ルキは目を瞬かせた。胸を撫で下ろして、手櫛で髪を梳く。
「ティア、早いのね」
「いつもこんな感じ。隣の部屋はまだ寝てるだろうけど」
そうなんだ、とルキは頷く。ベッドから名残惜しそうに這い出ると身支度を整え始めたルキを横目に、ぼくはそろりとやってきたヤシャを手で追い払う。
「見ねぇようにしてるから聞いてくれ。ヴァルが起きねぇ」
知ってた。聞けば結局一晩床で寝ていたらしい。
「すげぇな、あの睡眠欲。何度も声かけたのに起きねぇし動かねぇ」
だろうなと思いつつ、ルキに断りを入れて部屋を出た。
隣の部屋を一応ノックしてから扉を開ける。目の前の床に倒れている男の姿。誰かに見られたら勘違いされそうだ。殺人現場かな。
「ヴァル、朝だよ、起きて」
背中に乗る。どうせ起きないと思っているのでそのまま両足を両脇で抱え上げた。硬い床で寝ていたから身体がバキバキ言っている。
「おーきーろー」
ぐぐぐと力を入れていく。うう、と男が唸った。でも起きない。
「早く起きないと折れるよー」
そろそろ足の裏が背中につきそうだ。ついた。
「う……うう……」
「おーきーてー」
足の裏が床についた。
「あー、ちょ、いだだだだだだだっ」
ひょいと顔を出したルキが手で口を覆った。
「えっ」
「大丈夫、こう見えてこいつも結構、身体柔らかい方だから」
「いだいいだいいだいいだい、むりむり、ちょ、ティア、折れるっ」
「起きた?」
「起きましたっ」
今日は流石に身体が固まっていたから早めに起きたようだ。ぼくが手を離すと足が床にびたんとぶつかる。
「……相棒が酷い……」
「起きない方が悪い」
ヤシャは男の顔を覗き込みながら「お見事」と言って手を叩いていた。
「ほら、早く朝ごはん食べに行こう」
「わかったよ……」
「……いつも、こんな感じ?」
こんな感じ。無言で頷くと、ルキは眉尻を下げて困ったように笑った。
チーズ入りのパンをかじりながら今日はどうしようかと話し合う。午前中に冒険者ギルドに寄って仕事を探し、適当に切り上げて昼食後は買い物に行こうかという話になった。
もくもくとオニオンスープを飲んでいたルキは顔を上げるとぼくたちを見た。この宿、食堂では毎食オニオンスープ出してくるな……。
「あの、わたしにもなにかお手伝いさせて、ほしい……の」
「ゆっくりしてなくて平気?」
「う、うん。もう痛いところはないし、よく眠れたから」
最初に比べるとずっとよくなった顔色を見る。まだちょっと色は白いかな。日に焼けてないせいかもしれないけど。
別にいいけど、と男を見る。男は無言で頷いた。それはどういう意味の首肯だ。まぁいいってことなんだろうけど。
でも、とルキは俯く。
「わたし、ギルドとか行ったことなくって……」
「その辺はぼくたちがやるからいいよ。手があるだけでやれることも増えるし」
ただ本調子ではなさそうだし、ルキが戦えるのかわからないので討伐依頼は止めておいた方がいいかもしれない。
というかギルドの類を利用したことがないとは、もしかしてルキはいいところのお嬢様だったりするのだろうか。
……お嬢様があんな折檻されたような痣を作るわけがないか。
食べ終わるとすぐに必要なものだけを持って、冒険者ギルドの建物へ向かった。
ここの受付嬢は白鳩のような羽を持つ妖精族のネリス人女性。一方的に話しかけられた内容によると、ネリス人の里が近くにあるらしく、出稼ぎに来ているらしい。
お喋りな彼女はルキを見るときらきらと目を輝かせてくるくると周囲を回り始めた。
「わぁ、綺麗なお連れさんですねぇ。初めましてー、ここの受付嬢やってまーす、パロマです。お嬢さん名前は? ルキ? えっ、名前まで可愛い~」
相変わらずテンションが高い。ルキは後退ってぼくの後ろに隠れた。だから隠れられてないんだけど。
「いいから、今日の依頼書リスト見せて」
はーいと気分を害した様子もなく受付嬢は受付台にどさりとリストを置いた。
港町だから人の行き来がある分、結構な量の依頼が舞い込むらしい。
「なにか気になったのあったら言って」
言いながらリストをめくる。討伐、討伐、釣り、討伐、買い物、釣り、討伐、採取、釣り、釣り、討伐……買い物は冒険者ギルドじゃなくて商業ギルドではないだろうか。
そんなことを考えながらリストをめくっていると、いくつか気になったものを見つける。
ルキは横から眺めているだけで精一杯だったのか、ぼくがこれでいいかと言ったものに頷くだけだ。まぁ、最初はみんなそんなものだ。
「おれ、釣りがいい」
「寝て海に落ちないでね。助けないよ」
男二人を釣りの依頼を請けさせ、ぼくとルキは近くの草原に採取に行くことにした。
一件目。
ルキが採ってきた薬草のほとんどが毒草だった。むしろこればかりを採取出来るのは逆にすごい。よく手を洗わせて終了。
二件目。
突然生えた雑草の採取依頼だったはずが、草に擬態した魔獣の討伐依頼になった。ルキは両手に大型ナイフを持って戦えることがわかった。
三件目。
何故か砂漠ではないのに現れたサンドワーム状の魔獣の討伐。相棒の魔術がないから少し厳しいかと思ったけれど、ルキがぼくのフォローをしてくれたので大きな怪我もなく討伐達成。
昼ごはんにしようと男たちの様子を見に行くと、案の定、男は眠っていた。
ただ、置いている桶には数匹の珍しい魚が入っていることから完全にサボっていたわけではないらしい。ヤシャ曰く、ちゃんとかかったときには起きるとのこと。器用なことだ。
魚を依頼主に届けて、近くの食堂に入る。港町だから魚料理が豊富だ。
どうだった、と聞く男にルキはこくこくと頷く。
「た、楽しかった……知らないこと、いっぱいで」
「それはよかった」
午後は消耗品や携帯食料の買い出しをするつもりだ。
ルキは買い物もまともにしたことがないという。どういう生活を送っていたのか謎だ。
市場に行けば、興味深そうにきょろきょろと辺りを見渡している。
「ルキ、はぐれないようにティアのこと掴んでた方がいいんじゃない?」
「う、うんっ」
男の一言でルキは素直にぼくの袖を掴んだ。ヤシャが生暖かい目で見てくるのが鬱陶しい。
つまらない日用品や消耗品の買い物をさっさと終わらせたら、好きなものでも見に行かせることも出来るか。
ひよこのようについてくるルキを連れて、必要なものの買い出しを終えた。
工芸品や嗜好品が置いてある店先を冷やかしていると、近くをずっとうろついている不審者がいるのに気付いた。若い青年だ。
ルキ狙いか、自分で言うのもなんだが小児性愛嗜好の変態か。
(とりあえずルキを遠ざけて、なにかしてくるようなら殴るか)
視線を向けずに青年の動きを観察する。
「あ、あのっ」
ルキに声をかけた。
ルキはぎょっとして目を瞬かせる。
前に出ようとしたとき、青年は突然頭を下げた。
「買い物付き合ってもらえませんかっ」
「断る」
えぇ、と青年がルキとぼくを交互に見た。ナンパ下手くそか。
ぼくが胡乱な目で見ていることに気付いた青年は両手を振って違う違うと言った。
「あのっ、ナンパとかじゃなくて! ただ買い物に付き合ってほしくて……あれ?」
どうした、とのっそり現れた相棒を見上げて青年はひえと声を上げた。慌ただしいやつだな。
「……ナンパでもされた?」
「ちちちちち違います! ちょっと買い物に付き合ってほしくて」
「ナンパじゃねーか」
ヤシャの言う通りだ。
もう無視するべきかなと思ったが、青年は今にも土下座しそうな顔でまた頭を下げた。
「おっ、幼馴染にっ、誕生日のプレゼントを探してるんです! でも女の子の好みとかわかんないし……それできみたちならいいアドバイスしてくれないかなって……お願いしますっ!」
声がデカい。
「知らん。自分で選べ」
「そんなぁ……」
そもそも女の子の趣味嗜好ってなんだ。むしろぼくが聞きたいくらいだ。いや、興味ないけど。
ルキは首を傾げてなにか考えていたが、不意にぼくの袖を引いた。
「手伝っちゃ、駄目、かな……」
「……なんで?」
「その……幼馴染は、大切、だし……」
昨日言っていた守ってくれた人、大切な人とは幼馴染のことだったのかな、とふと思った。
別に手伝いたいというのなら否やはない。相棒たちを見ると二人とも肩をすくめていたが、止めさせるつもりもないらしかった。
「力になれるかわからないけど」
がばっと頭を上げた青年は「ありがとう!」と叫んでまた頭を下げた。
声がデカい、鬱陶しい。
「幼馴染は、どんな子?」
えっと、と青年は頬を紅潮させ、頭を掻く。
「彼女は……その、可愛くて、優しくて、気が強いところがあるけど繊細で、強がりだけど寂しがりやで、可愛くて……えっと、可愛い子……」
「惚気か」
ヤシャの言葉に思わず頷いた。ぼくたちはなにを聞かされているんだ。
「そうじゃなくて普段から身に着けているものの傾向とか教えてもらわないと、選びようがないんじゃない」
「あっ」
青年は更に顔を真っ赤にした。
青年は一生懸命に幼馴染の好きそうなものはこれだが持っているかもしれない、これは好きそうではないと店頭に並ぶ品を指しながら説明する。
ルキはふんふんとそれを真剣に聞いている。真面目だなと思った。
(ぼくたちがいくら言ったところで、知ってるのはこいつだけなんだから、自分で選べばいいのに)
別に欲しくないものだったと言われたらそれはそれだけの話だ。
店には一点物の布の切れ端や人形なども置いてある。
「こういうものなら被らないから、少しは安心してプレゼント出来ないかな……」
「なるほど!」
青年が首振り人形のように首肯する。ルキは人形を一つ一つ丁寧に見ていた。
ぼくは目の前の髪紐を見る。そういえば今使っているものがそろそろ切れそうだ。どれが丈夫そうだろうか。特に好きな色はないので適当に選ぼうとしていたら、横から腕が伸びてきて手に取ろうとしていたものを取られた。
「……ヴァル?」
「おっちゃん、これ頂戴」
はいよと店主が振り向いて会計を済ませる。
目の前の男はそれを受け取ると、ぼくの前に垂らした。
「はい、これ」
「……うん?」
「あれ、いらなかった? なんかリボンもくたびれてきてるよなと思ってたんだけど」
いや、いるけど。何故おまえが買う。
「……ありがと……?」
落ち着いた赤に金糸で縁取られた髪紐を受け取る。その場で髪紐を着けてみると、ぼくの白い髪によく映えているような気がした。
男を見上げれば、満足そうに頷いている。
なんとなく気恥ずかしくて、ぼくは男から目を逸らした。
青年とルキが見ていることに気付いた。
「……なに」
「え、えっと、よく似合ってるよ、ティア」
「ありがと……」
「え……なにそのスマートさ……かっこいい……」
青年はきらきらした目で男を見上げていた。手には人形が握られている。
「決まった?」
「あ、はい! これならきっと彼女も喜んでくれると思います!」
「最後は自分で決めたんだよ」
ルキがこっそりとぼくに耳打ちする。まぁ、どこの誰か知らないルキに選んでもらって購入していたら後ろから蹴りを入れているところだ。
青年は何度も頭を下げながらプレゼント用に包装された人形を抱えて去っていく。
「幼馴染さん、喜んでくれるといいなぁ」
ルキがぽつりと呟く。
それはあの青年と青年の幼馴染しかわからない。でもそれは言う必要のないことだと思ったから黙っていた。
だいぶ日が傾いてきていた。
ぼくたちはのんびりと宿に戻る。
「今日は、楽しかった」
ふふ、とルキが笑う。それはよかった、とぼくは頬を緩めた。
晩ご飯を食べて、寝る準備を済ませる。
相棒はもう眠っているだろう。いつも通りだ。
さて、明日はどうしようかと考えながらベッドに入ろうとしたら、ルキが背後に立っていた。
「……ルキ?」
「……ごめんね、ティア……」
ルキの手が閃く。ぼくの首に直撃したそれは呼吸を奪い、意識を刈り取った。
「……ル、キ……」
崩れ落ちるぼくをルキが見下ろしている。
「ごめん、ごめんなさい……ごめんね、ごめん……ティア……」
ルキの悲しそうな声が耳にこびりつくようだ。
それを聞きながら、ぼくの意識は真っ白に落ちていった。
しかし隣室は眠っていて気付かない。