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16 神族の幽霊 6/6

本日(2/22)二つ目の更新。

 ちらほらと雪が降り始めるのを大きな窓から眺めた。

 城内は温度が保たれていて、暑くも寒くもない。

 いいな、ここ……と呟くのは相棒の男――ヴァーレンハイト。

 ぼく――アーティアは呆れて肩をすくめた。

 確かに寒いのも暑いのも好きではないが、ずっとここにいるつもりはない。

 伯父――ヴァーンは仕事があるとかで、ラセツに追い立てられるようにして去っていった。去り際に通行書代わりになるという腕輪を貰った。シンプルなデザインで、腕にはめると僕の手首に合わせて伸縮した。

 これがあれば神界と地上の通り道がある場所を通ることが出来るし、城の中を自由に歩けるようになるという。……自由に歩けても迷うから誰かいないと大変だろうけど。

 そんな大層なものをぼくなんかに渡していいのかとも思ったが、ヤシャやロウが貰っておいてやってくれと言うのでその通りにすることにした。

 見送りだと言ってやってきたのはロウ。

 遠くでニアリーが「ロウさま! また逃げた!」という声が聞こえたような気がしたが気のせいだろうか。


「気のセイダ」


 そうか、気のせいか。

 ロウの先導で城の地下に行く。そこにも地上への通り道があるらしい。

 魔法族セブンス・ジェムの集落近くの通り道だと、魔族ディフリクトの魔界への通り道も近くて危険なので城から遠い場所に設定してあるらしい。

 神界のどこと地上のどこを結ぶかは定期的に変えているとのことだ。それほどのことをするだけの力が長にはあるのか。


「マァ、今月はオレの仕事だケドナ」


 じゃあやれよ。サボるなよ。

 思わずツッコんだが、当の本人は飄々としている。ニアリーが可哀想だと思った。

 地下に到着すると、一枚の姿見が床から数センチ、宙に浮いているのを見た。

 縦の大きさはヴァーンやカムイたちくらい、横幅はぼくと男が並んで映るくらいか。


「ちょっとおれ、見切れる……」


 この男はいつでもそんな感じだ。

 ロウが聞き取れない言語でなにかを唱え、手を触れると鏡面が水面のように波紋を描いた。やがて波紋が落ち着くと、ぼくたちの姿ではなく地上の光景を映し始める。


「わぁ……」

「ここに飛び込めば地上に戻レル。次からはその腕輪を当てるトイイ」


 わかった、と頷く。よくわからない呪文も必要ないらしい。便利だ。

 そっと鏡面に手を伸ばす。

 温度のない水面に手を突っ込んでいるような気分だ。


「それジャア、マタナ」

「……うん。またね」


 いつもは言わない再会の言葉がするりと口から転げ出た。

 男も少し屈んで鏡をすり抜けようとする。

 最後に振り向くと、ロウが小さく手を振っているのが見えた。

 一瞬だけ視界が真っ白になる。


「おわっ」


 目を開けると、横でたたらを踏む男と目が合う。

 天気は晴れ、気温はそれなりに暖かく、風は穏やか。

 空気が違うと思った。

 周囲を見れば、どこかの丘に立つ大樹の根本に立っていた。


「戻ってきた?」

「……みたい」

「ロウのやつが俺たちの中で一番、繋ぐのが上手いんだよなー」


 そうなんだ、と振り返ってぎょっとした。


「……なんでヤシャがここにいるの」


 別れたはずの幽霊が当然のようにそこにいた。

 男もきょとんと目を瞬いている。


「だって、カタナ……シュラに渡して……」

「あいつらにとって、俺は死んだ存在だしなー。見えてんのもロウだけだし、それなら見えてるおまえらと一緒にいる方が楽しいなと思って」

「どうやって?」

「気合で」


 じゃあなんでずっと錆びたカタナが埋まっている場所から動けなかったんだ。


「っていうのは流石に冗談だけどな。シュラに刀渡してもらったら安心したんだ。そしたらもう少し自由に動けそうな気がしたから、どうせならおまえらといてもいいなって」


 だから、とヤシャはいたずらっ子のように笑った。


「これからもよろしくな、ティア、ヴァル」


 ぽんぽんと触れてくる肩が冷える。

 ぼくは息を吐いて――


「なんだそりゃ」


 呆れた。



 +


 ぼくたちがいるのは魔法族の集落から少々遠い、とある町の近くだった。


「……まぁ、すぐそこに港町あるし、普通に会いに行けばいいんじゃないか?」

「……近くを通りかかって会いに行くのと、わざわざ会いに行くのってなんか違う……」


 いや、別に会いに行くとは言ってないし?

 たまたま会うなら話すくらいするつもりだったくらいだけど?


「そう言いながら頬膨れてるぞ、ティア」

「ヤシャは黙ってて」


 はいはいと幽霊はふわりと回った。

 港町は人が集まるからギルドへの依頼も多い。だからそちらに向かっているが、それはそれである。全くぼくの心情など関係ないのだ。

 特になにもない道をひたすら歩けば、夜までに町に着くだろう。

 ふいに空が陰った。

 見上げれば空飛ぶ魔獣がなにかを追い回しているのが見える。


「……鳥……じゃないな、人、か?」


 男も手でひさしを作って空を見上げる。

 数体の鳥型魔獣がそれに突進を仕掛けた。空中でぶつかったそれは気を失ったのか、落下してくる。


「――ヴァル、魔獣仕留めといて!」


 言うが早いか走り出す。荷物は放った。

 ぼくは地を蹴って手を伸ばした。それがぼくの腕に支えられ、寸でで地面への激突を免れる。

 追撃してこようとした魔獣が空中で爆ぜた。男の魔術だ。

 ぼくは腕に抱えるそれ――若い女性を見た。まだ少女のようなあどけなさを残した顔は少々やつれており、目は閉じられたままだ。

 気を失ったのか。

 標準外見年齢で言えば二十歳になるかならないかくらいだろうか。けれど耳の形が少し不格好なので、砂漠を思わせる魔力の質から亜竜族ノ・ガルブスだと判断する。だけどちょっと違う気もした。

 色素は薄く、砂漠の砂を思わせる長い髪は乱れていて、目は閉じられているので色はわからないがおそらく灰色系。左目の下にほくろがあるのが見える。

服装はどこかの制服のようにきっちりとした上着にひだのついた短いスカート、紐のロングブーツ。深い緑色を基調としたそれは金色の糸で刺繍がされており、しっかりとした生地で出来ている。

 色白というよりは顔色の悪い彼女は小さく身動ぎはするが、起きる気配はない。


「大丈夫か、ティア」


 女性を観察していたら男とヤシャが慌ててやってきた。

 彼女を見て二人とも驚いた顔をする。


「間に合ったか?」

「頭はぶつけてないはずだけど、起きない」

「脈は正常……顔色が悪いな」


 ぼくから女性を受け取った男は、壊れ物を扱うように彼女を横抱きにした。

 ぼくは立ち上がって砂を落とす。


「町まで連れて行った方がいいかな。まぁ、そのうち起きるんじゃない?」

「でもなんで空から落ちてきたんだ?」

「……彼女、亜竜族みたいだし、空中散歩でもしてたんじゃない」


 亜竜族の多くはほとんどの人と同じく歩いて移動するが、一部は龍族の名残か、空を駆ける能力を持つ者もいるという。

 彼女はそれなのだろう。

 亜竜族と聞いてヤシャは頷いた。なるほどなぁと腕を組んでいる。

 男が仕留めて落ちた魔獣の核を回収し、放った荷物を持って男のもとに戻る。男の魔術から逃れた魔獣たちは追撃を恐れてどこかへ飛び去ったようだ。


「じゃあ、早いとこ町まで行った方がいいな」


 ヤシャの言葉に頷いて、ぼくたちは足を速めた。



 宿で二人部屋と一人部屋を取り、二人部屋のベッドに女性を寝かせた。相部屋はぼくだ。

 医者を呼んでもらい、彼女を見てもらう。

 身体中に痛々しい痣があること、寝不足、栄養失調などだと診断された。

 症状を聞いてどこかの奴隷だったが逃げてきた、とも考えたが服の質などを考えるとそういうわけでもなさそうだ。


「まーた厄介ごとを拾ったかな」

「人命救助だから仕方ないんじゃないか」


 女性の寝息は安定している。

 同性であるぼくが看病することになった。代わりに冒険者ギルドで仕事を請けるのは男に任せる。嫌そうな顔をしているが無視だ。宿代だってただじゃない。


「神界で結構な量のお礼貰ったじゃん……」

「それはそれ、これはこれ」

「……金の亡者」

「あ?」


 なんでもないと男は隣室の一人部屋に戻っていった。

 ヤシャがくすくすと笑っている。


「なんかあったらすぐ呼べよ」

「なんかあったらね」


 おやすみ、と挨拶してヤシャも隣室の方へ消えていく。うわぁと男が驚く声が聞こえた。……まぁ、いきなり壁から知り合いとはいえ人が現れたら驚くだろうなとは思った。

 女性の呼吸が安定しているのをもう一度確かめて、ぼくも隣のベッドに横になる。


「せんせい、彼女になんかあったら教えて」

「おや、夜通し彼女を見ていろ、と」

「どうせ夜は暇なんでしょ。おやすみー」


 むぅと唸ったせんせいを置いて、ぼくは目を瞑った。

 その夜は夢を見た。

 一人きりの自分に、優しくしてくれる幼馴染の夢。

 これは誰の夢? わからない。

 わからないけれど、なんだか幸せな夢だった。ちょっとだけの、切なさを交えて。



 +


 男と交代で女性の看病をすること二日目の昼、ようやく彼女は目を覚ました。

 やはり灰色の目だ。金色がかった綺麗な目だった。

 横にいたぼくの姿に驚きつつ、女性はゆっくりと起き上がる。


「無理しない方がいいよ。怪我と睡眠不足と栄養失調だって。空から落ちたの、覚えてる?」


 ぼくが顔を覗き込むようにすると、女性はぱくぱくと口を開閉させて目を丸くした。


「……喋れない?」

「……いい、え……」


 小さくか細い声だが、声は出るようだ。意思疎通にも問題なさそう。

 まずは水分補給だろう、とぼくはサイドテーブルに置いていた水差しを取った。グラスに注いで女性に渡す。

 握力は大丈夫だろうか。


「……あ、りが、と」


 そっと受け取った彼女はゆるゆると水を口に含んで嚥下した。


「医者には起きたら水となにか柔らかいものを与えるようにって言われてるんだけど、食欲はある?」


 女性はふるふると首を横に振る。

 そっか、とぼくは頷いて空になったグラスを受け取った。


「あとでまた医者に来てもらった方がいいよね。……ぼくはティア。あんたは?」


 女性は目を瞬かせる。ぱちぱちと長いまつげが頬に影を落とした。


「……ル、キ……」


 女性――ルキは小さな声で答えた。

 ルキね、と確認するとこくりと頷く。

 顔色はまだ悪い。ぼんやりとしているのか、ルキは黙って自分の手に視線を落とした。

 ぼくはそっとベッドから離れてルキを見る。


「それじゃあ、ちょっと宿の人に医者呼んでもらうように言ってくるね。ゆっくりしてるといいよ」


 言って部屋の外に出る。そっと耳を澄ませたが、動く気配はなかった。

 ヤシャは男と一緒に仕事中だ。多分雑談しているだけだろうけど。

 ふふとせんせいが笑う。


「起きてよかったねぇ、アーティア」

「はいはい」

「おや、つれないねぇ」


 そのまままたさっさと消える。なにが言いたいんだか。

 宿の人にまた医者を呼んでもらうように頼み、ついでに果物をいくつか貰ってきた。

 部屋に戻ると、そのままの姿勢でぼーっとしているルキがいた。


「果物、好き? これくらいなら食べれないかなと思って持ってきた」


 リンゴ、イチゴ、キウイフルーツとオレンジだ。

 じっとそれらを眺めていたルキは、おずおずとリンゴを指した。

 一緒に持ってきた果物ナイフで皮をむいてくし形切りにして皿に乗せる。差し出すと小さな声で「あり、がと」と言われた。

 続いてオレンジを切り、皿に乗せてサイドテーブルに置いておく。これはぼくが食べたいからだけど。

 しばし無言で果物をかじる。

 ルキもゆっくりとだが、少しずつ食べていた。先ほどまでよりは少し顔色がよくなった気がする。

 しばらくして医者が来て、ルキを診て薬と包帯を置いて帰っていった。亜竜族の体力ならすぐにもとのように生活出来るだろうとのことだ。

 亜竜族は龍族の流れを汲むだけあって、身体は頑丈だ。

 最初に見たときより既に痣の一部は薄くなっている。ぼくはルキの身体に医者の残した薬を塗って包帯を替えた。

 幸か不幸か、服から出ている分の痣はほとんど見えなくなっている。もともと少なかったのもあるが。


「魔獣に空から落とされたんだけど、覚えてる?」


 ルキは少し考えて、こくりと小さく頷いた。

 ベッドの淵に腰かけ、ルキを見る。

 おどおどとした仕草や、果物をちまちま食べる仕草から、竜やトカゲよりも小さなげっ歯類のような印象を与える。

 警戒されているなと思う。これでは寝不足や疲労が回復しないのでは?

 ふぅと息を吐いて、ルキの目を覗き込む。光の加減で金色に光る灰色の不思議な目。

 これは見たことがある。いや、正確には似たような目を。


「ルキって、もしかして魔族の血、入ってる?」


 びくりとルキの身体が震えた。

 泣きそうな目を見開いて、今にもこぼれ落ちそうだ。

 そんな顔させるつもりじゃなかったんだけどな。

 ぼくはどうもコミュニケーションというものが苦手なようだ。いや、喋るだけ相棒よりマシだと思うけど。

 ぼくは右目の眼帯を取った。

 今度は違う意味で、ルキの目が見開かれる。


「同じだよ、ぼくも」


 神界に行ってから、なんだか眼帯を取るのが少し気楽になった気がする。なんでだろう。

 あそこがぼくの居場所だって言ってくれたからかな。わからないけど。

 ルキはぽかんとぼくを見ている。


「……同じ……」

「うん、まぁ片方の種族は違うけど」


 同じ、とルキは小さく繰り返す。先ほどより安心したように、ルキは目を伏せた。

 無言でいると、扉をすり抜けてヤシャがそっと入ってきた。声かけるくらいしたらどうなのか。


「お、起きたんだな」


 ルキに気取られないようにそっと頷く。


「……てか、眼帯」


 しぃ、と人差し指を唇に当てた。ヤシャは頷いてまた静かに扉の外に出る。

 扉の外には慣れた気配が一つあったが、すぐに隣の部屋へと消えていく。

 ルキがもう少し落ち着くまで待ってくれるだろう。

 もう少し寝かせた方がいいだろうか。でもそうすると晩ご飯食べられなくなるかな。


「……同じ人、初めて会ったわ」

「ぼくは――ルキで二人目かな。お互い、よく生きてるよね」


 きょとんとするルキに、ぼくは最近ヴァーンに言われたことを教えてみた。魔族の胎生の相性の悪さや無事生まれても成長に難がある可能性が出てくることなど。

 ルキは考えてもみなかった、と目を丸くした。

 ぼくも、ヴァーンに言われるまで特に考えたこともなかった。だから、ちょっと嬉しかった。ううん、きっと、すごく。


「……ティア、は、いいな……そういう人がいて……」

「ぼくも、会ったのは最近だよ。血縁がいるなんて知らなかったくらいだし」


 でも、とふと思ったことを口にする。


「ルキにもいたんじゃない、小さいころとかに守ってくれる人。でなきゃ、ぼくたちみたいなのは生きてられないんじゃないかな」

「あ……」


 心当たりがあったのか、ルキは頬を桃色に染めた。


「いた?」


 小さく頷くルキ。

 ぼくだっていろいろあったけど、悪い記憶だけを持っているわけじゃない。ヴァーンに会って、そばに相棒がいて、気付いた。

 呪われた生でも、生きていていいと言ってくれた人がいたのだ。

 ぼくの場合はそれが幼いころの母だった。あの人のことを思い出すのはつらいけど、そればかりじゃない。

 ルキもなにかを思い出しているようだ。

 二人で向かい合ったまま、それぞれ別の場所を見て黙る。

 窓の外で市の賑わう声がするのが聞こえる。

 ぼくらはしばらく、そのまま静かに過ごした。


前半でヤシャ編は一旦終わり。あとは次のルキ編です。タイトルどうしよ。

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