16 神族の幽霊 4/6
本日(2/21)二つ目の更新です。
当然のように城のような場所へ通され、大きな扉をいくつか抜けて応接室らしき部屋に通された。
あちこちに見張りや有事の際のための鎧を着た兵が立っていたり、道が入り組んでいたので勝手にどこかへ行こうものならすぐさま捕まってしまいそうだ。
ぼく――アーティアと相棒の男――ヴァーレンハイトは勧められるままに大きなソファーに座る。肘掛けにゴテゴテした装飾がついていて座りにくい。
そんな微妙な顔をしたぼくを見たコウは苦笑しながら、
「ごめんね、それ、先代のころのやつなんだよね。未だに備品の多くは先代のころから変わってなくて……買い替える時間も余裕も今はまだ作れなくって」
と言った。
「いや……大丈夫」
見なければいいだけだから。
コウはやっぱり苦笑して、趣味悪いよねーと眉尻を下げた。
「じゃ、あたしはシュラ探してくるね。お茶とお菓子でも楽しみながら待ってて」
そう言いながら出されたのは湯飲みに入った緑茶と緑色の四角いケーキ。……緑?
さっさと出ていったコウを見送りつつ、緑のケーキを眺める。
「食べなイノカ」
ずずずと茶をすすりながら正面に座るロウが首を傾げた。
なんで当然のように一緒にいるのだろうか。
「抹茶ケーキダ。東方の茶をケーキと合わせたモノダ。嫌いだッタカ」
「いや……食べたことない」
「ソウカ。今、オレたちの間では空前の抹茶ブームダ」
美味いから食べるトイイ、とロウは頷く。横では男がなんの躊躇もなく口に入れるところだった。
「あ、美味い。ちょっとした苦みの中に甘みがあって……なんて言うのかな、ううん、美味い」
食レポ下手か。
男が食べて大丈夫なら、安心の食べ物なのだろう。
ぼくも意を決して口に運んだ。
「!」
ふわっと香るのは緑茶の爽やかさ。男の言うように茶の苦みの中にも甘みがあってクセになりそうな風味。ケーキの生地もふわりとしていて、噛む必要がないくらい舌の上でとろける。
確かにこれはブームが起こりそうな味だ。
「気に入ったのか、ティア」
「……普通に美味しいと思っただけだよ」
変なところで鋭い男はそうかーとにこにこと笑った。笑顔が癪に障る。
「気に入っタノカ、抹茶も喜ぶダロウ」
こくこくと頷いているロウの言葉はやはりおかしい。
「……マッチャが喜ぶの?」
「ああ、その食われてる方じゃナクテ。松という女が作っタンダ」
松→松ちゃん→まっちゃん→マッチャ→抹茶、ということらしい。あだ名か。
あとで伝えてオコウ、とロウは頷いている。
「松か。元気そうだな。俺も抹茶ケーキ食ってみたかったなー」
ヤシャがなにか言っているが無視。……する必要がないと気付いたが、まぁいいか。
しばし無言でケーキとお茶を楽しむ。
ふいに扉の外が騒がしくなった。
誰かが扉を開閉してはなにかを叫んで走っているようだ。
「あんのバカヤさま! どこにいるんですか! 仕事が溜まってるんですよ!」
バタバタとした音は次第に近付いていく。
おや、とロウが湯飲みを置いたとき、応接室の扉がノックもなしに叩き開けられた。
「いたーーーーーーっ! バカヤさま……じゃなかった、ロウさま! なにこんなところで暢気に茶ぁしばいてやがりますか、このやロウさま! いい加減、仕事してくださいって言ってるじゃないですか! 聞いてますか!」
入ってきたのは若い女性だった。コウと同じくらいだ。金色の短い髪、もみあげだけが少し長い髪型、目はきらきらとした赤色。すとんとしたラインのワンピースに似た服を着ており、片手には束になった書類をいくつも抱えている。
ここまで相当叫びまわったのかぜぇぜぇと肩で息をしている。綺麗な金の髪も少々ボサボサだ。
じろりと半目で見る先のロウはのんびりと「しマッタ、見つかッタカ」と呟いている。
近付いてきた女性はぐいとロウの片腕を引っ張った。
「見つかったか、じゃないです。ほら、早く仕事に……戻って……」
ふいに女性と目が合った。
次第に小さくなる声。
「……お、お客さま、でしたか……?」
ロウが重々しくこくりと頷く。
ぼくたちは小さく「お邪魔してます……」と呟くように言った。
かぁっと音がしそうなほど勢いよく女性の顔が真っ赤に染まった。書類で顔を隠すようにして後退るが、もういろいろと遅い。
「いいい言ってくださいよ、お客さまの対応をしていることくらいっ」
「イヤ、いつ気付くかなと思ッテ」
鬼か。
ロウの表情は変わらないが、なんとなく楽しんでいる様子が見える。
ロウの後ろに隠れるようにしていた女性はこほん、と息を整えるとにこりと微笑んでぼくたちを見た。
「変な姿を見せて申し訳ありませんでした。わたしはニアリー・ココ・イコール。ロウ・アリシア・エーゼルジュさまの秘書をしております」
「ニアリー、髪ボサボサダゾ」
「あああ……もう、ロウさまは黙っててくださいっ」
髪を手櫛で直す女性――ニアリーの横でロウが「秘書というか直臣だ」と付け加えた。つまりコウと同じ立場ということらしい。
もう、と髪を整えたニアリーは書類を抱えなおしてロウの腕を掴んだ。
「コウから聞いたのを思い出しました。シュラさまのお客さまですよね。ロウさま関係ないじゃないですか」
「シュラが来るまで暇だロウト……」
「あなたは暇ではありません」
ぴしゃりと言い切るニアリーに引きずられながらロウが手を振って去っていく。
扉が閉まると嵐のような光景が嘘のように静まり返る。
ケラケラと笑っているのはヤシャだけだ。
「いやぁ、ニアリーもここに馴染んだなぁ。俺が最後に見たときはまだ猫かぶってたのか? まぁ元気そうでなによりだ」
「……なんだったんだ、今の」
「さぁ……」
「ロウはすーぐ仕事サボっちゃうんだよね。ぐうたらで面倒くさがりだから☆」
「そうか、だからヴァルと気が合って……え?」
当然のように子ども特有の高い声が会話に参加していた。
驚いて振り向くと、趣味の悪いソファーの背にもたれるようにして、ぼくと同じくらいの体格をした少年がこちらを見ていた。当たり前だが目は赤い。
橙色に近い明るい色の髪、頬に入る刺青、赤いシャツと白い外套……見たことのない少年だ。
いたずら好きそうな顔がにこりと笑う。
男もぽかんと口を開けて少年を見ている。
「ニアリーも大変そうだよね、毎日毎日、遊びに行くロウを探して城中走り回ったりしてるんだもん」
少年が頬杖をついてにこにこと笑う。
いや、どちらさま?
「……えっと……?」
「あ、ボク? ボクはシアリスカ・アトリ。シアでいーよ☆」
少年――シアリスカは手を伸ばして男の手を取り、ぶんぶんと縦に振った。
続いてぼくの手も取って同じように振る。なされるがままだ。
「おお、シア、元気そうだな! 身長もぜんっぜん伸びてねぇな、変わらずか!」
ヤシャが嬉しそうにシアリスカの頭を撫でた。撫でられた本人はなにも感じていないように動じもしない。まぁただ冷たいだけだし知らなければ風かな? と思うだけだ。
「おまえらがアーティアとヴァーレンハイト? ふぅん、カムイから聞いた通りだね」
カムイの名を聞いてようやく、この少年が四天王の一人、シアリスカなのだと気付いた。
これで四天王全員と対面してしまったことになる。
シアリスカはくるりと身を翻して先ほどまでロウが座っていた正面のソファーに座る。
「そっかー、おまえがアーティアかぁ……なるほどぉ?」
にこにことしているが、なんとなく背筋に悪寒が走る笑顔だ。
本能的に目の前の生き物が危ないものだと気付いている。
だが視覚的にはただの無邪気な少年だ。それが視覚と本能の間で齟齬を起こし、余計に恐ろしいものだという認識となる。
シアリスカはふふと笑った。
「そんなに警戒しなくてもだいじょぶだよーう。だって、おまえたちに手を出す必要も権限もないからね!」
必要と権限があればなにをされるのか、と考えてしまい息を飲んだ。
心配性だなーと当のシアリスカは足をぶらぶらとさせている。まるっきり子どもの仕草だ。
「抹茶のケーキ食べた? 抹茶の作る料理って美味しいんだよー。あ、よかったらお昼も食べていきなよ! 今日はー確かA定食がオムライスで、B定食がなんとかって魚の煮魚だったかなー。ボクどっちにしようかなー。アーティアとヴァーレンハイトはなにが好き?」
「……に、肉料理……鶏とか、ラムとか……」
「ポタージュとか……柔らかいもの……噛まずに済むから……」
どれも美味しいよねーとシアリスカは楽しそうに笑う。
というか相棒よ、好きな理由はそういうことだったのか。道理で硬いパンを嫌がると思った。顎弱くなるぞ。
きゃっきゃと喋りまくるシアリスカに相槌を打ちながら数分、コツコツと扉が叩かれる音がした。
シアリスカがはーいどうぞーと声をかけると扉が開き、見覚えのある姿が見えた。シュラだ。
シュラの後ろにはコウが控えている。
「おお、シュラ!」
ヤシャの声に反応する者はいない。やはり見えていないか。
遅くなりました、とシュラは部屋に入ってきた。
遅かったのか早かったのか、度重なる来客でよくわからないが。
で、とシュラはソファーに座るシアリスカを見下ろした。
「こんなところでなにしてるんですか、シア。ヴァーンが呼んでいましたよ」
「えー? なんだろ」
「最近、図書館に入り浸りすぎの件じゃないですか?」
シアリスカが口を尖らせる。
「友達に会いに行ってるだけだよ?」
「頻繁すぎるでしょう。向こうにも仕事があるんですよ」
「だっていつも相手してくれるもん」
いいから行きなさいとシュラに首根っこを掴まれソファーから持ち上げられるシアリスカ。子猫のようだ。
「わかったよー。じゃあね、アーティア、ヴァーレンハイト」
シュラの手から解放されると身を翻してシアリスカは走って去っていった。
嵐が去ったパートツー。
ぼくは知らず止めていた息を吐きだす。
横の男も胸を撫で下ろしていた。
「同僚が失礼しました。……なにか変なことをされませんでしたか」
「いや、大丈夫……」
「喋ってただけ。重弾の連続攻撃くらった気分にはなったけど」
「あとで叱っておきます」
くくくとヤシャが頭上で笑っている。
ふうとため息を吐いたシュラはシアリスカが座っていたソファーに座った。
それで、とシュラの赤目がぼくと男を見る。
「私になにか用だとか。わざわざ神界に来るまでの用なのでしょうか」
首を傾げるシュラ。肩に乗っていた髪がさらりと落ちた。
「……髪伸びたか、シュラ」
ヤシャがどうでもいいことを呟いているが無視だ。
ぼくは男を見る。
男は頷いて、そっと布に巻かれたカタナをティーテーブルの上に置いた。
「これは?」
「ぼくたちはこれをあんたに届けに来たんだ」
「拝見しても?」
こくりと頷く。シュラの後ろでコウが心配そうに彼を見た。
シュラの細い指が布を丁寧に剥いでいく。こんな指でよくカタナを振れるなと思った。
「!」
はっとシュラが息を飲む。
指が鍔と柄をそっと撫でた。
「これ、は……」
目が見開かれる。
ヤシャ、と薄い唇が小さく動いた。
顔を上げたシュラはぼくたちを見る。
「これを……いったい、どこで!」
「旅の途中でたまたま見つけたんだ」
場所を説明すると、「そんなところに、何故」とシュラは驚く。まぁ本人も驚いていたのだからさもありなん。
「もともと土に、抜き身で埋まっている状態だったんだ。研ぎ師に頼んで出来る限り綺麗にしてもらったけど、もう実用には耐えられないらしい。鞘はその研ぎ師の好意」
シュラはそっとカタナを持ち上げ、恭しい手つきで鞘から抜いた。
いつ見ても鏡のように美しい刀身だ。後ろでコウがほうと息を吐いたのが聞こえた。
じっと刀身を見つめていたシュラはゆっくりと刃を鞘に戻す。ようやく息を吐き、ぎゅっとカタナを握り締める。
「間違いなく、ヤシャのものでしょうね。……本来の鞘は私が回収して持っていましたが、刀がなかったので処分してしまおうかとも思っていたんです」
ふ、と笑う。
「これをここまで持ってきてくださってありがとうございます。あなたたちには礼をしなければなりませんね。研ぎ代も含めて」
それはありがたい。
流石にここで本人がいいと言ったので遺品から金目のものをください、とは言えないところだった。
領収書なら持ってるよと荷物の中から紙を取り出してシュラに渡す。いつの間に、とか男が言っているがそんなことは知らん。
下手をすればただ働きになるところだったのだ。鍛冶屋の町での件を考えると労力に見合った報酬を求めてなにが悪い。
報酬を貰えばあとは帰るだけだ。
シアリスカの言っていた昼食の件はどうしたらいいのかわからないので、美味しい昼食は惜しいが我慢しよう。ケーキ食べさせてもらったし。
機嫌よくなったなーと頭上でヤシャが笑っているが、こいつともここでお別れだ。
貰うもの貰って帰ろう、そう思っていたのに、何故かコウがぼくたちを呼び止めた。
「二人にはもう少し時間を貰ってもいいかな。その間にお礼は用意するから」
「?」
シュラもああ、と頷いた。
「二人に会いたいっていう人がいるんだよね。ちょっと来てもらっていい?」
誰だろうか。
断る理由もないので男と顔を見合わせて頷く。
ヤシャも「誰だろ、俺の知ってるやつかな」なんて言っているし危険はないだろう。
荷物を持って、いつも通りの格好で案内するコウについていく。
案内されたのは一際大きく豪奢な扉の前だった。
黒髪の女性が扉の前に立っている。
「その二人が、例の?」
女性がコウに声をかける。
コウはいつも通り「そうだよー」と手を振った。同僚だろうか。
女性がぼくたちの方を見た。
「……ラセツ……」
ぼくの頭上でヤシャが苦しそうに呟いた。見れば眉間に皺を寄せて唇を噛んでいる。
ラセツと呼ばれた女性は肩までの短い髪をストレートに下し、長いスリットの入ったドレスに白いズボンを身に着けている。コウより数センチだけ背が高い。
女性はシュラの手の中にあるカタナを見ると、悲しそうに眉をひそめた。
「……ラセツも、変わってないなぁ……いや、ちょっと痩せたか? ちゃんと飯食って休み取ってんのかよ……」
ヤシャがぼやくが、彼女には聞こえていない。
女性はぺこりとぼくたちに頭を下げた。頭を上げたその顔はもう鉄面皮でも被ったかのように無表情だ。
「コウから聞いております。シュラさまへ、ヤシャさまの愛刀をお届けしてくださったとか。ありがとうございます。私はラセツ・エーゼルジュ。ロウさま、コウとは親戚関係にあります」
女性――ラセツは一息吐く。
「この奥にて、我が主、神族族長ヴァーンがお待ちです。そのままでよろしいので、ご足労いただけますでしょうか」
「ヴァーンが? なんでだ」
ヤシャの言葉に答える声はない。
ぼくは一度だけ二人の男を見上げて、ラセツに頷いた。
「長直々になんの用か知らないけど、そのままでいいならこのまま行くよ」
ありがとうございます、とラセツはもう一度頭を下げた。
コツコツとラセツが扉を軽く叩くと、入れというくぐもった声と共に扉が勝手に開いていく。中の人が開けているわけでもないらしい。
毛足の長い赤の絨毯が真っ直ぐに敷かれているのが、まず目に入る。
その先に、並び立つのは先ほど会ったシアリスカとロウ、そしてカムイ。
シュラがぼくたちを追い越して、同じようにカムイの隣に立った。
その奥にあるのは短い階段と王座。その横に立つ黒髪の男は目を隠すように布を巻いている。
言いようのない威圧感がぼくを襲った。
隣で息を飲む男も同じように感じているのだろう。
絶対的な強者の前にぼくたちはいるのだ。
ラセツとコウに促されて、ぼくたちはそっと赤い絨毯に足を乗せる。
心臓がどきどきと早鐘を打っている。緊張しているのか。
ぼくは唾を飲み込み、正面を見据えた。
「よく来たな」
低い声がびりびりと身体を打つようだ。
自然なままにした黒髪、黒い服の上に羽織った白い外套。
紹介されなくてもわかる。――これが神族の長ヴァーン。
す、とヴァーンがぼくたちの方へ足を踏み出した。
いとも簡単に短い階段を降り、ぼくたちの前に立つ。
身長はやはり相棒の方が高かった。
「ようやく会えたな、我が姪――アーティアよ」
ヴァーンの薄い唇が三日月を描いた。
ニアリー:友人I
こんなん書いてるけど抹茶味食べられないです……美味しく食べれるようになりたい。