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16 神族の幽霊 3/6

船旅終わりました(笑)

 港に着いた。暖かい太陽が見下ろしていて、潮風が少々鬱陶しい。

 ふらつく足を叱咤して船を降りる。

 船旅は一言で言って地獄だった。ふらふらゆらゆらと揺れる船体が、それが壊れて沈んだらという妄想が、ぼく――アーティアを苛む日々だった。

 ようやくそれも終わったとぼくは動かない地面を踏みしめた。


「よかったねぇ、アーティア。沈没しなくて」


 くくくとせんせいが笑う。誰のせいでここまで憔悴する羽目になったと思っているんだ。


「誰かさんがベッドで横になるたびに船が沈む話をしなければ、こんなに疲れないで済んだよ、アーサー」


 くくくと笑うせんせいはそのまま消えた。

 周囲に人が増えたからだ。

 横に並んだ相棒の男――ヴァーレンハイトとヤシャが物珍しそうに港町に立つ市を眺めた。


「おおー、魔法族セブンス・ジェムの港町は初めて来たなー。なんか美味そうなもんとかあるかな」

「話しかけないで、ヤシャ。っていうか食べれないじゃん、あんた」


 そうだけどさ、とヤシャは楽しそうに道行く人を見ている。

 炎魔法族ファイニーズ水魔法族ウォルタ風魔法族ウィンディガム雷魔法族サンダリアン……数多くの魔法族たちが歩いている。

 それをぼーっと見ていたら、ぽんと頭を撫でられた。横を見上げると男がくすりと笑う。


「これ終わったらさ、行ったらいいだろ。向こうの集落に、さ」

「……別にジェウセニューたちに会いに行きたいとは言って……」

「おれ、別にセニューたちとは言ってないぞ」


 ……男の脛を蹴る。


「うっさい、ばか」

「ず、図星で脛を蹴るのはやりすぎだと思います……」


 蹲った男が呻くように言った。


「そんなことより、今の目的は裏山」


 集落に寄る予定はない。知らん。

 ぼくは男を引きずって港町を出た。



 集落を避けるように光魔法族シャイリーンの集落の裏にある山へ向かった。

 ちらほらと獣や鳥のような魔獣が出てくるのを大剣を振って仕留める。一応、核は回収しているが、これ以上多いようならどこかに置いてあとでまた取りに来ることも考えるべきか。

 そう思ったころ、ぽっかりと小さな洞窟が顔を出した。


「人払いの結界が張ってあるな」


 男が言うのを聞いて、魔力感知を試みる。――神族ディエイティストの魔力だ。

 神族の誰かがここに人が寄り付かないよう結界を張ったのだろう。

 それをあっさり通り抜けたのは、ヤシャ曰くぼくに神族の血が入っているから。


「……魔族ディフリクトの血も入ってるのに、いいの」

「知らん。向こうに着いたら偉いやつに直訴してやってくれ」


 じゃあシュラに会ったときに伝えておこう。

 男がすり抜けられたのは、自分で術式を組み立てて限定解除したからだという。なにげにチートなんだよな、こいつ。

 洞窟の入り口は大人が少し屈めば入れるくらい。ぼくとヤシャはともかく、身長が一八〇以上ある男は中腰になって辛そうに中に入ることになった。


「……直訴するならこの入り口をもう少し大きくするようにも言ってほしい……」

「自分で言えば」


 中はもう少し広く、高くなっているようで男も安心して背筋を伸ばした。

 苔が光るように生えているので明かりには困らない。しばらく一本道を歩くともっと広い空間に出た。

 きらきらと苔が輝いている。

 空間の中心には小さな泉があった。

 水面に浮かぶ白い蓮の花が幻想的で、思わずほうと息を吐く。


「お、間違ってなかったようだな」


 ヤシャがふわりと泉の上に浮かぶ。

 水面を覗き込むと、どこまでも暗く、底が見えない。


「ここに飛び込めば神界に行けるんだ」


 ここに飛び込む?

 ぼくはヤシャを見上げた。


「……飛び込むの?」


 おう、とヤシャは頷く。

 男はそっと指先を泉に浸し、水温を確かめている。


「冷たい……」

「冷たいなら、今の神界は冬かなぁ」


 そんなことは聞いていない。


「まぁ一気に行っちゃってくれ。くれぐれも刀を落としてくれるなよ」


 ぼくは顔から血の気が引く音を聞いた。

 この底の見えない水の中に飛び込め、と?

 思わず後退る。

 くくくとせんせいが笑った。


「アーティアは泳げないのだよ。昔、海で溺れたのでね。水が怖い」

「アーサー!」


 本当に余計なことしか言わない人だ。

 相棒の憐れむような視線に腹が立つ。


「……ヤシャのカタナ、おれが持っておこうか」

「……任せた」


 布ごと男に押し付ける。


「一緒に行くか?」


 そっと手を差し出される。それをぱしりと跳ね除けてぼくはしゃがむ男を見た。


「自分のタイミングで行かせて……」

「……いつまでかかる?」

「……もう少し……」


 駄目だこりゃ、と男が立ち上がった。

 ぐいとぼくの左手を掴む。


「――は?」

「こういうのは一気に行った方がいい。多分」


 手を引っ張られ、そのまま男が駆け出す。ぼくも引きずられるようにして走った。

 目指す先は――泉。

 バシャーン、

 ごぼごぼと泡となった空気が耳のそばで弾ける。


「ぎゃあああああっ」


 何故か水の中なのに声を出せた。

 横を泳ぐようについてくるヤシャが呆れた顔でぼくを見る。


「おまえ、一応可愛い顔してんだから可愛い悲鳴とか上げられねぇの?」


 知るか、そんなこと。

 そんな余裕はない。

 ぼくはぎゅっと目を瞑る。

 下に落ちていく感覚が気持ち悪い。

 ぎゅっと握られた左手を更に強く掴む。痛いとか聞こえたが離すものか。

 突然浮遊感がなくなり、地面に足がつく。


「もう大丈夫だぞ、ティア」


 相棒の声にぼくはそっと目を開けた。

 どこも濡れていない。

 はぁと吐いた息が白い。

 見えたのは一面の銀世界だった。


「……雪……ここが、神界?」


 男が呟く。

 普通にぼくたちの世界と変わらない場所だ。代り映えのない雪山でしかない。

 ともかく山を下りようということになった。

 神界では中央に大きな街があり、そこで世界を統括する人たちが暮らし、日々の安寧を保つために働いているのだという。

 それ以外は小さな村や町。これは先代の長が大きな街に武力を持たせないためにそうした名残だという。

 ヤシャはぼくに眼帯をつけるように言った。

 ぼくは言うとおりに右目に眼帯を着ける。

 ここでは右の金目が命取りになりかねない。

 男たちに見てもらって、ずれていないことを確認してまた歩き出す。

 町はすぐに見つかった。


「おお、前に見たときより発展してるじゃねぇか」


 ヤシャは嬉しそうに言う。

 前とはいつのことだろうか。

 道行く人全ての目の色が赤だ。濃淡はあるものの、みんな目が赤い。


「すごいな、こんなに神族がいるの初めて見た」

「ヴァルの目も隠すべき?」


 とりあえず包帯でも巻いてみるべきか。

 いいよ、とぼくの手を押しのけて男は目に魔術陣を浮かべる。


「解析――分解――再構築――完了。どうだ、赤目に見えるか?」


 ぱっと振り返った男の目はぼくの左目と同じ色になっていた。


「なにしたの」

「視覚情報をずらす術式を構築して、目だけ赤に見えるように調整しただけ。まぁ相当強いやつには見破られるだろうけど、その辺の人くらいなら誤魔化せるだろ」


 多分、という言葉は聞かなかったことにした。

 まぁ、ぼくやヤシャに赤目に見えているのだから大丈夫だろう。

 ぼくたちは町に足を踏み入れる。

 ここまで来たのだから、シュラには会わなければならない。

 とはいえ、当のシュラがどこにいるのかもわからない。

 わかるのは彼が四天王と呼ばれていることくらいだ。それがどこまでの人に伝わるのかすらわからない。


「どう聞いたらいいんだろう」

「普通に聞いてみたらいいんじゃないか。おばちゃん、四天王のシュラって知ってる?」


 近くを通りがかった中年女性に男が声をかける。気軽に聞きすぎではなかろうか。

 まぁと女性は目を丸くした。


「まぁまぁ、四天王のシュラさま、よ。もう、若い子は先代のころを知らないからそんな口利けるんだわ」


 ぷんすこと怒り出す女性と男の間に慌てて入った。後ろ手で男の足を抓る。


「ごめんなさい、ぼくたち下界で育ったもんだから、あんまり詳しくないんだ」


 あらまぁそうなの、と女性はぼくを見下ろした。不自然には思われていないらしい。


「シュラさまがどこにいらっしゃるか知らない? ぼくたち、ちょっと用事を頼まれてて届けないといけないものがあるんだ」


 嘘は言っていない。

 女性はまぁまぁと破顔すると、ぼくに視線を合わせてしゃがんだ。


「とっても名誉なことを賜ったのね、お嬢ちゃん。シュラさまはね、中央の街にいらっしゃるわ。ここからだとちょっと歩くことになるけど」

「そうなんだ、ありがとう」


 にっこりと無邪気を装って微笑むと、女性はぼくの頭を撫でた。


「そうだわ、それなら馬車を使うといいわ。辻馬車に中央の街行きのものがあるから」


 案内してあげましょうね、と女性は立ち上がった。気のいい人でよかった。

 ぼくは「わぁい、ありがとう」と喜んで言った。

 辻馬車なら支払いが必要だろうか。こっそりとヤシャに神界の通貨はどうなっているかを聞く。


「普通に地上と変わらないぜ。地上に貨幣を普及させたの、初代の長だって聞いてるし」


 ちなみに今は四代目、とヤシャが付け足す。

 神族の寿命は長い。それを考えると相当昔なのではないだろうか。

 女性についていきながら、ぼくはほっと胸を撫で下ろす。

 ここよと女性が案内してくれたのはいくつかの簡素な馬車が止められている場所だった。

 再度、女性に礼を言って別れる。

 中央の街行きの辻馬車はすぐに見つかった。料金も良心的な金額だ。

 やはり赤い目をした若い男性馭者は「お使いえらいねぇ」とぼくの頭を撫でた。

 金額に安心して前金を払い、ぼくたちは馬車に乗り込む。

 客はぼくたちだけのようで、馬車はすぐさま出発した。


「明日の朝までには着くから、のんびりしてるといいよ」


 今は昼過ぎだから一日弱か。歩いて行くことにならなくてよかった。

 馭者の言葉に甘えて、ぼくたちは遅めの昼食にする。携帯食料だけど。


「四天王って結構慕われてるっぽいな」


 馭者に聞こえないよう小声で男がこそりと言う。こくりとヤシャが頷いた。


「一応、先代の独裁から救った立役者たちだからなぁ」

「先代、そんなに酷かったの」


 ヤシャは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「ありゃ酷いなんてもんじゃなかった。神族が絶滅するんじゃねーかってくらい人が死んだし、殺された。先代を任命した先々代、二代目長を恨むくらいにはな」


 きっとヤシャはその時代を知る者なのだろう。

 多くを語ろうとはしなかったが、ずっと笑顔だったヤシャのこんな苦しそうな顔は初めて見た。


「それを解放軍を率いて三代目を倒したのが、今の四代目長<聖帝>ヴァーンだ」


 ふとヤシャは微笑む。それは嬉しくも誇らしいものを見せびらかすような、そんな笑顔だった。


「ヴァーン、か……」


 ぼくは馭者の方を見る。ぼくの声は聞こえていないようだ。


「そういえば、ヤシャも孤児だって言ってたけど……もしかして先代のせいで?」

「ああ。いやぁ、弟と二人で盗みも喧嘩もいろいろやって生きるのに必死だったわ。何度、死ぬかと思ったことか。でもあの時代はそんなガキ、ごまんといたんだけどな」


 ああ、と納得する。

 以前、コウが言った言葉だ。


――子どもが理不尽に泣かなくていい世界。

――あたしたちが本当に欲しいのは、ただそれだけなんだよ。


 言った意味がようやくわかった。

 おそらくコウも、三代目の時代を知る者なのだろう。


「それってどれくらい前なんだ?」

「今がどれくらいかわからねぇからな……あの刀が数百年ものってことはもうちょい昔ってことだな」

「うわぁ」

人間族ヒューマシムには途方もない昔だろうな」


 くすくすとヤシャが笑った。


「そのときにヴァーンと共に解放軍の先陣を切ったのが四天王。シュラ、ロウ、シアリスカ、カムイの四人だ」

「……そんなすごいのの兄って、実はヤシャはすごい人なのでは?」


 今更気付いたかー、とヤシャが男に飛び掛かった。触れた部分が冷たくなるので近くで変なじゃれ方しないでほしい。


「ヴァーンは恩人で上司で幼馴染なんだ。会えるもんなら会いてぇけど……ま、普通は忙しくしてるだろうな」


 仕方ねぇとヤシャは笑う。さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘のようだ。


「……ヤシャがなんで死んだのか、聞いてもいい?」

「ああ、覚えてる範囲だけどな。俺は確か第三期神魔戦争辺りで死んだんだよなぁ」


 多分だけど、とヤシャは苦笑した。


「神魔戦争って……神族と魔族、の?」


 三回も、なのか、三回しか、なのかよくわからない。

 そりゃそうだろ、とヤシャは肩をすくめる。


「大きいのが三回目ってだけで、小競り合いまで数えたらキリがないけどな。死んだときの詳しい状況は……駄目だ、覚えてねぇな」


 そっか、とぼくは膝を抱えた。

 そして数百年、ずっと一人でこの幽霊は彷徨っていたのか。正確には特に動けなかったらしいが。

 それを思うと胸がぎゅっと苦しくなる。辛かったのはぼくじゃなくてヤシャなのに。

 ふわりと頭が冷たいものに触れられた気がして顔を上げる。

 ヤシャがぼくの頭に手を伸ばしていた。


「別にティアが気にすることじゃねぇよ。そりゃ一人は退屈だったけどな、今はこうして俺を見て話してくれるやつが二人もいる」


 アーサーも入れれば三人だ、とヤシャは笑う。


「人のこと気にするなんて、ティアは優しい子だな。ああ、くそ。身体があったらちゃんと撫でてやれるのにな」


 ヤシャが悔しそうにぼくの頭に触れようとする。頭が冷えて冷えて仕方ない。


「くそ、ヴァル、俺の代わりに撫で回しといてくれ」

「りょーかい~」

「うわ、ちょ、本当にやらないでよ。髪がぐしゃぐしゃになる」


 ヤシャはケラケラと楽しそうに笑っている。

 ぼくは肩を落として男の手を払い除けた。

 髪がぐしゃぐしゃになってしまったので、三つ編みを解いて結びなおす。


「……会いたいのは、シュラだけ?」


 ヤシャはぽかんとぼくを見下ろした。


「なんだよ、会わせてくれんのか」

「……向こうに見えるかは知らないよ」

「……いいよ、別に。会っても話せないし触れられないから、余計に寂しくなる」


 眉尻を下げて微笑む。

 言わなければよかった。

 ごとごとと馬車が揺れる。



 +


 馬車から降りて伸びをする。尻が痛い。

 男は腰をさすりながら降りてきた。動くたびにバキバキと足腰がいっているのが怖い。

 馭者に礼を言って金を払う。

 空は快晴。風は冷たいものの、昨日よりは寒くない気がする。ただ息は白いが。


「さて、どこを探したらいいんだろう」


 辺りを見渡す。

 大きな街と聞いていただけあって、道も広いし店も多い。がやがやと賑やかで、規模は違うが地上の街とそう変わりがなかった。


「高いところ目指してみたらいいんじゃない」

「その心は」

「偉いやつってやたら高いところから街とかを見下ろしてたりしないか?」


 確かに。

 ヤシャを見ると、「先代が使ってたのがそのままだったら高いところだろうなぁ」と遠い目をしていた。

 周囲の建物を見て、遠くに領主の城のようなものが見えるのに気付いた。いや、それよりも大きい。


「とりあえずあれを目指して歩いてみようか」


 おーとやる気のない声を上げる男と元気な声を上げるヤシャ。二つの声が重なるのを聞きながら、歩き出す。

 広場では甘い匂いをさせる屋台や軽食の屋台などが立ち並び、道行く人も食べながら歩いたり、噴水の淵に腰かけて食べている人をたくさん見かける。

 噴水の真ん中に立つのは若そうな男性の像。目元は暗くなっているが、少々ぼさぼさの髪や布の質感が異様にリアルな像だ。

 ぶは、とヤシャが噴き出したのを横目に、像の説明書きを読む。


「英雄、解放王ヴァーン……これが?」


 どうやら現長の像だったらしい。先を見据えるように遠くを見る顔や未来を指差すポーズをぽかんと見上げる。

 こういうものは割と美化されるものだが、実際はどうなんだろうなとぼんやり考えた。

 後ろでヤシャが腹を抱えて笑っている以上、結構な美化が加わっている可能性がある気がする。

 ただ街の人たちには待ち合わせ場所やデートスポットとして親しまれている様子だ。


「おっ」


 近くを横切ろうとした女性がぼくの前で足を止めた。


「あっれ、やっぱり。ティアちゃんじゃない」


 ひらひらと手を振りながら人懐っこい笑みを浮かべて近付いてきたのはコウ。


「なんでこんなとこに? っていうかよく来れたね?」

「うわ、コウじゃねーか。元気そうだな、身長伸びたなぁ」


 ヤシャが近所のおじさんのようなことを言っているが無視。

 ぼくはぽかんとコウを見上げた。そうか、神族だから会う可能性があったのか。

 というかこの人、シュラの直臣なら渡りをつけられるのでは?


「誰ダ?」


 ひょいと顔を出したのはコウより背の高い男性。黒髪に座った目。眉間に皺を寄せて食べ歩き用の焼き菓子を食べている。さっき見かけた三角に折りたたまれたクレープだ。

 兄貴、とコウはそちらを振り向く。

 ……視線があらぬ方向を向いているが、どこを向いているのだろうか。と、見ればヤシャが視線の先でぱちくりと目を瞬かせていた。

 しぃ、と人差し指を唇に当てると、コウの兄は小さくこくりと頷いた。

 見えてんじゃん。


「マジか……ロウ、見えてんな。悪ぃな、帰るの遅くなって」


 ふるふると首を横に振るコウの兄――ロウ。

 コウはそれを見て首を傾げた。


「なに、兄貴。またあらぬものでも見てんの」

「なんでモナイ」


 変わった発音のしゃべり方だな、とぼくは三人を見上げたままだ。

 で、とロウはぼくを見下ろし、相棒を見上げた。


「誰ダ?」

「前に話したでしょ。地上で会った子たちだよ。ティアちゃんとヴァルくん」


 フゥンとロウはぼくたちをじろじろと見る。

 そんな兄を放っておいて、コウは紹介するねと兄を指した。


「こっち、あたしの兄貴、ロウ・アリシア・エーゼルジュ。四天王の一人やってんだよ、これでも」


 これでもとはどういう意味で付け足されたのだろうか。


「この小さいのが例の混ざり者カ。思っていたより小サイナ」

「……この人、初対面で失礼なんだけど」

「ごめんね、兄貴が失礼で。ほら、飴ちゃんあげるから許して」


 とりあえず差し出された飴は受け取るが、完全に子ども扱いだ。

 まぁ道中ヤシャに聞いた話だと、少なくとも既に数百年は生きている人たちなのだから、三桁行かない年齢のぼくは赤子同然なんだろう。納得はいかないが。

 ふいにロウが男をじっと見た。

 男も釣られてじっとロウを見下ろす。

 そしてなにを思ったのか、がっしと固く握手を交わした。

 何事だ、これは。


「いや、なんとなく親近感を得た」

「同類だと思ッタ」


 それはどういう意味でだろうか。ちょっと意味がわからない。

 それはそうと、とぼくは二人を無視してコウを見上げた。


「実は預かってるものがあって、シュラに会いたいんだ。会わせてもらえないかな」


 シュラに? コウが首を傾げる。

 男が持っていた布巻きの刀をそっと捲って見せる。

 はっと兄妹が目を見開いた。


「それ……なんで、ティアちゃんが……?」


 知っているなら話が早い。


「ちょっとした伝手で。――会わせてもらえる?」


 兄と顔を見合わせたコウはこくりと頷く。


「案内するよ。絶対、あいつが愚図っても引きずってでも会わせるから」

「いや、そこまでしなくていいけど」


 真剣な顔で言われても困る。

 コウはぼくの手を握り、速足で広場をあとにした。男たちが慌てて走ってついてくる。

 やっぱりなにか面倒なことに巻き込まれている気がした。


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