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16 神族の幽霊 2/6

文字数にムラがある……。本日(2/20)二つ目の更新です。

 目的の町に着いた。

 予定より一日半ほど遅くなったが、これくらいなら想定内だ。

 天気は曇りよりの晴れ。雨の気配はまだ遠く、気温は少々蒸し暑いくらい。風がなかったら汗ばんでいただろう。

 そして町の熱気がすごい。

 思っていたよりも鍛冶業中心の町だったようで、あちこちに鍛冶屋の看板が見える。

 ぼく――アーティアは背中に大剣を背負っているから、先ほどからずっと人に声を掛けられっぱなしだ。


「お嬢ちゃん、それ本物かい」

「偽物背負って旅する酔狂じゃないよ」

「嬢ちゃん、うちでその業物、手入れしていかないかい」

「うちの方が安いよ!」

「なんの、うちの方が腕はいい!」


 やいやいと言い合いを始める隣同士の店を構える店主たちをすり抜けて、ぼくは息を吐いた。

 横で男――ヴァーレンハイトが目を回しかけている。外套が暑いのでは?


「はぁ……結構賑わってるんだな」

「カタナ扱える人、いるといいんだけど」


 そうだなぁ、とぼくの後ろでヤシャが呟いた。


「使えなくてもいいから、せめて綺麗にはしてやりたいよなぁ」

「……町では人に変に思われるかもしれないから黙っててって言ったでしょ」


 えー、とヤシャは口を尖らせた。


「俺、寂しいじゃねぇか」


 無視した。

 寄ってくる客寄せはどう見ても剣の類を持っていない男ではなくぼくの方にばかり寄ってくる。いつもは大剣はないもの、もしくはハリボテだと思われるくらいなのに、ここの人たちの多くはこれを本物と見抜いて近付いてくる。

 目利きは出来るようだ。

 ただ、今欲しているのはカタナを扱える者。出来れば専門レベルが望ましい。

 声をかけてきた男性に逆に聞いてみた。


「お嬢ちゃん、その業物どこで手入れするつもりだい。うちとか……」

「気が向いたらね。それより、カタナを扱える人はいない? カタナの研ぎ師に用があるんだ」


 かたなぁ? と男性は首をひねる。

 まぁ、この辺りではあまり見ない形状の剣だ。下手すると知っている者も少ない。

 ああ、と男性は頷いた。


「カタナなら、ガウじいさんが専門だったな。ほら、向こうの通りの奥にちまっとした鍛冶屋の看板が見えるか? あれだよ」


 男性の指す先を見れば、確かに少し奥まったところに店があるのが見える。わざわざ探さないと見つからないような辺鄙な店だ。

 男性にお礼を言うと、横から別の髭の強い男性が首を伸ばした。


「おいおい、ガウじいさんなら先月引退したんじゃなかったか」

「え、マジかよ。流石に歳には勝てなかったか」

「今は弟子のエレロが店主やってるはずだ」

「弟子かぁ……ガウじいさんの腕前を知ってると、どうなんだ?」

「腕は悪くないらしいが、ガウじいさんと比べるとなぁ」


 どうやらカタナ専門で見ている鍛冶屋はあるらしいが、先月代替わりしたばかりらしい。


「……どうする」

「他にないなら行ってみてもいいんじゃない」

「見て駄目そうだったら別のとこ行きゃいい」


 賛成二人。

 男性二人に改めて礼を言い、向こうの通りを目指した。

 他の店に比べてこじんまりとした面構えのそこは、やっぱり教えられないとわからないくらいにひっそりとしている。

 戸を叩く。

 反応はない。

 戸を開けようと引いてみたが開かなかった。閉店だろうか。


「あ、それ引き戸だ。横に押してみろ。左だ」


 ヤシャに言われた通りに横にスライドさせてみる。開いた。

 おお、と男が小さく声を上げている。


「東方の扉の作りだな。珍しい」


 カタナ専門だからだろうか。

 すみません、と声をかけながら中に入る。中は薄暗かった。


「人、いないのかな」

「すみませーん」


 幽霊が言っても仕方ないだろう。ここに来るまでもガッツガツに存在を無視されていた。

 のそりと動く影が奥に見えた。


「すみませーん」


 声をかけてみる。


「うるさいな、聞こえとるわい」


 のっそのっそと歩いてきたのは小柄な老人。真っ白ながらも強い髭が顔を覆っている。眉毛とすら繋がっていて、どこが境目かわからないほどだ。

 目は閉じているのか細目なのか眉で隠れているのかよくわからない。よく見えるな。

 丸耳で湿った土や岩のような魔力の質。――小人族ミジェフのフラウド人。

 なるほど、鍛冶業に強いと言われる種族なだけある。ここに来るまでも結構な人数の小人族を見かけたくらいだ。店を構えている者もいるだろう。

 老人であることから、彼が先代のガウじいさんとやらだろうけれど。


「カタナ専門って聞いたんだけど、本当?」


 老人は眉を上げてぼくを見上げた。


「お嬢ちゃんが使うのかね」

「ぼくはカタナは専門外。知り合いがカタナを使ってたんだけど、ちょっととんでもないことになってるから見てほしくて」


 ふうむ、と老人が奥へと視線を向けた。

 ぱたぱたと軽い足音が聞こえて、ひょっこりと若い女性が現れた。若いと言っても、まだ少し幼さが残っているような年齢に見える。

 長い藍色の髪を一つに括り、三角巾を被り、たすき掛けした前合わせの服を着ている。ぱっちりとした目は海を思わせる青。耳は魚類のヒレのようで、魔力の質は穏やかな凪の海。――妖精族フェアピクスの中でも海に独自の文明を築くと言われているディアメル人だ。

 こんなところにいるとは珍しい。普段は海の中から出てこず、そもそも半身が魚のような鱗と尾びれになっていると聞く。だが目の前の女性の足はよく見るすらりとした二本足。


「エレロ! お客さまがいらっしゃっているのにさっさと出てこんとは何事か!」

「ひえぇっ、お師匠、すみませぇん」


 目の前でフラウド人にディアメル人が怒られている……。滅多に見られる光景ではないだろうな、なんてぼんやり考える。

 そもそもフラウド人の多くは山や洞窟のような場所を好み、ディアメル人はほとんど海から出てこない。相性がいいとか悪いとか以前の問題だ。


「すみませんすみませんすみません、すぐお茶お出ししますね!」

「儂の濃いめ!」

「はぁい」


 慌ただしくディアメル人の女性が奥へ引っ込む。

 彼女が例の弟子ということでいいのだろうか。

 老人に勧められ、ちょっと上がったところにあるザブトンに座る。出されたザブトンは当然のように二つだ。


「話は弟子が来てから頼む」


 老人に頷く。

 女性はすぐに薄いトレーに湯飲みを四つ置いて持ってきた。


「こういうとき、ちょっと寂しいよな」


 ヤシャがなにか言っているが無視だ。仕方ない。

 熱い緑の液体が湯飲みに入っているのが見えた。東方で好まれるという緑茶だ。どこまで東方かぶれだ、この店。

 そんなことは置いといて、ぺこりと女性が頭を下げた。


それがし、店主のエレロと申します。この店は刀専門ですが、よろしいでしょうか」


 女性――エレロが不安そうに顔を上げる。


「こちらは先代、そして師匠のガウです」

「ぼくはティア。こっちはヴァル」


 ティアさまとヴァルさまですね、とエレロはにこりと笑った。

 ぼくは持っていた布で巻いたヤシャのカタナを前に出す。

 失礼します、と言ってエレロはそれを受け取り、布を剥いだ。


「これは……」


 いつ見ても悲惨な錆びたカタナだ。

 専門の者から見るとより一層、酷いらしく、ガウは目を見張り、エレロは顔を真っ青にしている。


「これ、研いでほしいんだ。また使えるようになるのが最善だけど、無理ならそこまで望まない。ただもとのように刀身くらいは見えるといいんだけど」


 ふぅ、とガウが息を吐く。

 エレロは丁寧な手つきで刀を布から取り出した。真剣な目で全体を、細部を点検している。


「お嬢ちゃん、知り合いってのは何者かね。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」

「……最近、埋まってたのを見つけたんだよ。その人はもう亡くなってる」


 ガウが息を止めた。

 驚くのも無理はない。一応、遺品を持ってきたことになるのだから。

 まぁ、持ち主はぼくの後ろで店の中で展示販売されている鍔や小物を見てうろうろしているのだが。

 余計なことは黙っておく。

 横で男は茶を飲んでのんびりと成り行きを見守っていた。


「はっきり言って、最盛期のように戻すのは不可能じゃろうな」

「……だろうね。形がわかればいいよ」


 エレロを見る。青い顔でカタナを布の上に戻した。


「……師匠、某がこれをやるのですか」

「今の店主はおぬしじゃろ」

「む、無理ですって! こんな数百年もの! しかももとは絶対大業物ですよ、これ! こんな貴重品……いえ、世界の宝、某には扱えません!」

「ええい、客の前で泣き言を言うでないわ!」


 騒がしい師弟だ。


「……師匠の方が扱うことは出来ないの」

「無理じゃな。儂、先月引退したし」


 そう言ってガウは袖をまくる。


「この通り、両腕を負傷してもうてな。目もそろそろ老いてきたし、儂にはもう無理なんじゃよ」


 腕には大きな傷があった。なにをしたらそんな傷を負うのだろうか。刃傷ではないように見える。

 その横でしゅんとエレロが肩を落とす。


「とはいえ、だ。この不肖の弟子ではあるが、儂の技術知識の全てを教え込んだ。もうなにも教えることがないほどにな。だから依頼を請けることは出来る」

「師匠……」

「あとは店主であるエレロが決めることじゃな」


 ほっほっほ、と老人は笑いながら湯飲みを持って奥へ戻っていった。

 ずず、と男が茶をすする音だけが残される。


「……無理なら他を当たるけど」


 いえ、とエレロは俯いたままカタナを撫でた。


「いえ、師匠はフラウド人の中でも小人族の中でも、刀に関してはこの世界一なんです。その直弟子である某が出来ぬならば、他の誰にも出来ますまい……」


 けど、とエレロは唇を噛んだ。


「某に、出来るでしょうか……こんな酷いことになった刀なんて、初めて見ます」


 そりゃぁただでさえ多くもないカタナの、それも数百年ものがごろごろしていたらとんでもないことだ。

 ヤシャがやってきて、ぼくに言う。


「そのままシュラに渡すのは忍びねぇけど、出来ねぇなら無理は言わねぇよ」

「……これを遺族である持ち主の弟に渡しに行くんだ。せめて綺麗な姿にして渡してやりたい」

「……ティア……」


 うう、とエレロが小さく唸った。


「――っていう建前は置いといて」

「ん?」


 あれ、と男たちが首を傾げる。


「ぼくは客だ。客の前で泣き言言うな、専門職、職人だろう。出来る、出来ないはともかく客に出来るでしょうかなんて聞くな。知らん。ぼくはあんたと初対面なんだから」

「……せやな」


 後ろでヤシャが小さく頷いた。

 すみません、とエレロが小さくなる。

 尾びれを二本足に変えられるということは結構な年数生きている成人のはずだ。子どものぼくに言われて恥ずかしくないのだろうか。

 小さく笑う声が聞こえて、見れば奥に続く戸の後ろに隠れてガウが笑いをこらえていた。いや、こらえきれてないが。

 なんなんだ、この師弟。


「……某はまだ駆け出しです。師匠にもう一人前だと認めてもらいはしたものの、店主になってひと月。こんな未熟な某ですが、任せていただいてもよろしいでしょうか」


 顔を上げたエレロは力強くぼくを見た。先ほどまでの弱気な女性はいない。

 ぼくは男とヤシャを見た。

 二人とも頷いている。


「まぁ、最悪、鬼の字と柄さえ残ってればあいつも俺の刀だってわかるだろ」

「……最悪、鍔の近くに彫ってあるオニ? の字と柄さえ残ってれば大丈夫らしい」

「い、いえ、ちゃんと綺麗にして見せますので! えっと費用と時間のことなのですが……」


 ぼくにとっての問題はここからだ。流石に職人の技術を値切るつもりはないが、あまりに高値だと払えない場合がある。


「料金表はこちらです」


 そっとエレロが取り出した台紙を受け取る。

 彼女が指した値段は――ちょっとばかり零が多い。

 うわぁ、とヤシャが半笑いでこぼした。

 これは大層なものを貰わないと割に合わないな。

 幸い、鍛冶業を多くするこの町ではちょっと割高の採取依頼がてんこ盛りのはずだ。多分。

 出来上がるまでにそれをひたすらこなせば稼げないことはない。


「……お願い、します……」


 財布の中身が軽くなるな、とちょっと悲しくなるのはぼく個人の感傷だ。

 期間はどれくらいになるものだろうか。


「期間は他に依頼がないので……三か月……いえ、一か月でやって見せます!」


 これほどの錆びをひと月でどうにか出来るのだろうか。しかし本人が言った以上、待たせてもらうことにする。

 前金を払い、カタナを預ける。

 エレロは大切なものを扱うかのように丁寧にカタナを持ち上げた。


「では早速、作業に取り掛かりますので!」


 身を翻してエレロは奥へ入っていく。ぼくたちはぽかんとそれを見送った。


「……宿、探して、ギルド行こうか」

「仕事三昧かぁ」


 いつもよりちょっと多めに依頼を請けるだけだ。

 戸の後ろで様子を見ていたガウに挨拶をして店を出る。

 ひと月。

 ちょっと長い滞在になりそうだ。



 +


 約束の一か月後、ぼくたちはちょっとやつれながらも目標金額を手にしていた。

 冒険者ギルドで採取の依頼を探せば、探す必要もないくらいひっきりなしにあるほどだった。そのどれもがちょっと色がついたりするもんだからぼくも心が躍るものだ。

 そこまではよかった。

 基本的に採取は鉱物関係。近くの採掘場へ行って取ってくるものが多数だった。

 それはいいのだ。それは。

 簡単に見つかるけれど持ってくるのが面倒くさい、その時間があるなら鍛冶してたい。そういう依頼主の仕事ならば簡単に済ませられた。数が多いので何往復かするはめにはなったが、楽な部類だ。

 問題はそれ以外。貴重というほどではないが、危険な場所にある鉱物を求めている場合。

 危険と言うのが魔獣由来の危険と言うのであればぼくたちにとって問題はない。けれど、そうではなかった。

 山に入り採掘場に向かえば今にも頭上が崩れそうな場所もあれば、足を踏み外せば硬い鉱物で出来た天然の串に刺されるような場所ばかりだった。

 実際、二人揃って何度か死にかけたし、結構な怪我もした。ぼくじゃなくて男だったら死んでいた怪我も何度かした。串刺しになりかけたときは流石に肝が冷えたくらいだ。

 それも今日で終わる。

 店に行く前にスリにあったときは思わず加減が出来なくて、周りの人に止められるまで顔を中心にボコボコにした。男も止めなかったくらいだ。

 財布を死守して、こじんまりとした店に入る。

 一段落してため息が出た。


「おお、よう来たの」


 今日は呼ぶ前から既に老人が店先で茶を飲んでいた。

 以前と同じようにザブトンを二つ差し出される。


「カタナ、どうなった?」

「さぁのう。儂、引退したからの」


 まだガウすら研ぎ終わったのを見ていないらしい。

 聞けば未だエレロは作業場に篭っているとか。

 来るのが早かっただろうか。


「まぁ茶でも飲んで待ってなさい」


 淹れたてのお茶をありがたくいただく。普段飲むお茶とは違う苦みが割と好みだ。老人曰く、この茶葉を使った甘味なんてものも存在するらしい。ちょっと気になるが、甘味のためだけに東方の町に行くのもな。

 ヤシャが展示販売されている鍔の一つを指して「これ欲しい」とか言っているが無視だ。あんた、触れないのに買ってどうするつもりなんだ。

 そういえば、と男が老人に話しかけた。


「弟子がディアメル人なんて珍しいですよね。彼女もよく熱いの苦手なのに鍛冶師になろうと思いましたね」


 半分魚と言われるくらいの人種だ。熱いのも暑いのも苦手だろうし、なにより水気のないところでの活動を嫌うものが多いと聞く。

 そうさな、とガウは髭を撫でる。


「儂の打った刀を持った剣士に憧れて、剣士になろうとしておったな、最初」

「剣士がなんで鍛冶師に」

「剣の才能なかったんじゃと」


 それは致命的だ。

 ガウは遠くを見るように、懐かしいと呟いた。


「儂が初めて打った大太刀を一目で気に入り、更にその使い手に助けられて憧れたんじゃと。けど相手は旅人じゃから思いは伝えんかった。でも未練があったんじゃろうな。エレロは剣を取ろうと思った。が、才能がなかった」


 けけけと老人が意地悪く笑った。


「けどエレロは諦めなかった。諦めず、その大太刀を打ったのが誰かを突き止めてこの町まで来たんじゃ」


 驚いた、とガウは更に笑う。

 本当に、よくたどり着いたものだ。ここ、内陸だから海はかなり遠いのに。


「儂が町で唯一の刀鍛冶であることも踏まえ、あやつは店先で土下座して懇願してきよった。儂もドン引きしたわ」


 そりゃあするだろう。

 それは三日三晩続いたらしい。

 近くの通りでは噂になり、可愛い女の子が弟子志願に来たのを珍しく思ったやつらが遠巻きに見物に来る有様だった。いや、この町にも女性の鍛冶師くらいいるが、数は少ない。いるのは熱狂的に剣や武器が好きだとか鉱物を熱して叩くのが楽しいという変わり者が多いという。

 ただでさえ少ない客が見物人のせいで更に減った。

 堪忍袋の緒が切れたのはガウだった。小娘を抱えて鍛冶場に入り、一口の刀を打ち上げて見せた。ディアメル人ならこの熱に耐えきれず途中で出て行って諦めると思ったらしいのだ。

 が、予想は外れた。彼女は最後まで目を逸らさずに工程を見届けた。そして感動して涙したと。

 熱意に負けたのはガウだった。

 そして嬉しいことに教えたことをするすると覚え、そう時間もかからず技術をものにした。

 よく出来た弟子だった。


「死ぬまで弟子は取らんと決めておったのに、いつの間にか最高の弟子になっておったわ」


 ふふと笑うガウは、先ほどまでの意地の悪い笑みとは違う顔をしていた。


「そもそも儂、女子嫌いでなぁ。すぐ泣くし、力も弱い。そう思った通りの小娘じゃったがなぁ」


 ちらりと奥を伺う。

 まだエレロがやってくる気配はない。


「それに刀鍛冶の神さんが娘に嫉妬して刀打てなくなったらどうしようとも思ったんじゃ。けどあの子は神さんに好かれとるようでな、初めて打たせた短刀は、儂の初めての短刀より出来がよかったくらいじゃ」


 師匠として情けないがな、と笑う。

 それはそれは嬉しそうな笑みだった。


「あと飯が美味いしな」


 じゅるりと涎をすすった。まさかそれが大部分ではあるまいな。

 やがてぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。エレロだ。

 エレロはぼくたちの顔を見るとぱっと笑顔を輝かせた。


「いらっしゃいませ、いらしてたんですね」


 遅くなってすみません、とエレロは布に巻かれた刀を持ったまま頭を下げる。


「出来た?」


 はい、と力いっぱい頷く女性。これは期待してもいいのでは。


「こちらです」


 そっと渡されたそれを三人で覗き込む。布を取り払われた刀は綺麗な鞘に納まっていた。


「あ、近所の方に手伝ってもらって勝手に鞘を作らせていただきました。えっと料金は不要です」


 ありがたい。

 黒漆を塗られただけの鞘は質素だが、それだけに美しい輝きを持っている。触るのが戸惑われるくらいだ。持ってみると意外と軽い。いや、重みはあるのだが鞘の重みを足されたとは思わないくらいだ。見れば木製らしく、軽い作りになっているらしい。

 そっと鞘から刃を抜いてみる。きらりと光りを反射したそれは刃というよりも鏡のようだ。

 おお、と横で男が感嘆の声を上げた。

 触ればそれだけで斬れてしまいそうなほどに研がれたそれはぼくの顔を映し出す。息を吐くのも躊躇われた。

 鍔も柄も新しく拵えたらしいが、ヤシャが驚くほどにもとのままのようだ。

 詳しくはないが、あの錆びをこれほど落として美しくしてしまうなんてと感嘆する。

 オニの字もくっきりと見えるようになっていた。オニだけではなく、他にも文字が彫ってあるようだが、生憎とこの文字は読めない。

 鞘に戻して布を巻く。


「残念ながら、実用には耐えられないと思います。折れてしまわぬよう気を付けて扱ってください」

「ありがとう、思った以上だった」


 えへへとエレロは頭を掻いて俯いた。耳……は、わからないが、首が赤い。

 ガウがぽんとその背中を叩いた。


「師匠~……」


 顔を上げたエレロの目が潤んでいる。


「はっ、これくらいで泣くでないわ、小娘」

「し、師匠の意地悪……」


 師弟のじゃれ合いを無視して料金を払う。ホッと胸を撫で下ろした。


「それじゃあ」


 店をあとにする。閉じた戸越しに「今日はお祝いにハンバーグですよ! 目玉焼き乗せ!」や「ひゃっほーい」という声が聞こえたのは気のせいだと思うことにする。


「これでいい、ヤシャ」

「おう」


 ヤシャも満足そうに頷いた。


「あとは……神界に行く方法かぁ」


 男がぼやいた。

 ヤシャを見る。この男が知らなければ他の誰も知らないだろう。


「思い出した?」

「……なんとなく」


 なんとなく、じゃなくて。


「確か、魔法族セブンス・ジェムの集落の近くに一つ抜け道があるんだよなぁ」


 どこだっけ、とヤシャは腕を組んで唸る。

 そのまま宿に戻って地図を開いた。隅の方に魔法族の集落があるのが見える。

 ここからだと真っ直ぐ行くよりもいったん港町に出て船を使った方が早い。


「……船旅か……」

「やった、船室でずっと寝てられる」


 喜ぶのは男だけだ。


「ああ、思い出した。光魔法族シャイリーンの集落の裏手だ。山になってるから船で行くのは賛成だな」


 ヤシャの言葉で船旅は決定した。ぼくは肩を落とす。


「そういえば、アーティアは乗り物が苦手だったね」


 突然現れたせんせいがくくくと笑った。

 そうなのか、と男二人がぼくを見下ろす。


「……黙って寝てればいいだけだから、わざわざ言わないで、アーサー」

「まぁ、苦手なものくらい誰でもあるわな」


 ヤシャのフォローが刺さる。

 ぼくはため息を吐いてベッドに突っ伏した。



ガウの怪我は実はエレロを貨物落下事故から救ったときの傷、という話が入らなかった。

次回は船旅! と見せかけて光魔法族集落の裏山に行きます。

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