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16 神族の幽霊 1/6

ヤシャ編開始。

 快晴とまではいかないが、それなりに天気の良い日だ。風は少し強い。

 ぼく――アーティアはまだ目をこすっている男――ヴァーレンハイトと共に美味しくもない携帯食料で朝食をとる。

 横では幽霊の男――ヤシャがそれはどんな味かとか今日の気温はどんなものだとかいろんなことを聞いてきてちょっと鬱陶しい。


「ちょっと、ヤシャ。食事くらい静かにさせてよ」

「あ、悪ぃ。食事中は無言派だったか」

「いや、別に」

「なんだよ、違うのかよ」


 ヤシャはケラケラと笑っている。笑い上戸なのか?

 もそもそとした携帯食料を平らげると、焚火の始末をして荷物を背負う。


「さて、じゃあ俺が動けない原因を探してくれ」

「りょ~かい」


 昨晩向かった方向へ足を向ける。男は未だに眠たそうだ。

 背の高い草をかき分けて、昨晩ヤシャがいた場所を探す。


「ああ、この辺、この辺」


 ヤシャが指差す方を見る。

 特になにかあるわけでもない、ちょっとした草の生えない空間になっていた。


「……なんでここだけ草、生えてないの」

「さぁ。俺が気が付いたときにはこんな感じだったし」


 そう、と相槌を打って男を見る。立ったまま寝ていた。


「こら、寝るな。ヴァルも手掛かり探してよ」

「ふわぁい」


 力の抜ける声を出す男を叱咤してぼくは周囲を見た。

 不自然に草の生えない空間。どう見ても怪しいのはここだ。

 そもそもなにが原因でこの幽霊はここから動けないのだろうか。


「なにか心当たりとか、ないの」

「そうだなぁ……それがわかれば苦労はねぇな」


 そうですか。

 仕方なしにぼくは辺りを見て回った。探索技能は特に秀でているわけでもないのだが。

 男はその場に立ったままぼーっと辺りを見渡している。


「ヴァル、なにかあった?」


 んー、と男は首を傾げた。

 じっと地面の一点を見つめている。その目には魔術陣。


「透過して地面見てみたんだけどさぁ、なんかあるぞ、ここ」

「なんかってなに」

「なんか……細長いやつ……」


 わからん。

 掘ってみるか、と手で草を払いのけ、近くに落ちていた太い枝で地面をぐりぐりと抉ってみた。

 流石にシャベルやスコップの類は持っていない。


「……あ、これ面倒くさい」


 なにか出てくるまでに日が暮れる。


「これ地面割った方が早くない?」

「いいけど、それだと埋まってるもんも壊れるんじゃないか?」

「いや、駄目だろ。もし俺の大切なもんだったらどうしてくれんだよ」


 壊したら呪うぞ、というヤシャの一言で地面を割るのは却下になった。

 かと言ってこのまま手作業で掘り進めるのもしんどい。


「ヴァル、その埋まってるやつ、マーキング出来る?」

「えぇ……面倒……」

「あんたの頭を先にカチ割ろうかな」

「やるよぉ、やればいいんだろ……」


 男が地面に手をかざす。

 きぃんとなにかが固定化された音が聞こえる。


「ん、出来た」

「じゃあその防御お願い」


 はいはい、と男は新たな魔術陣を展開した。相変わらず作業は早い。

 男の出来た、の声でぼくは拳を振り上げる。

 やべ、と男が数歩下がって障壁を張る。


「せぇーのっ」


 地面に拳を叩きつける。

 ガッと火花が散って、地面が軽く割れた。土が吹き飛び、周囲にまき散らされる。

 ぎゃあっとヤシャが悲鳴を上げた。


「うわっ、土っ、土の雨っ、かかったぞ!」

「いや、全部すり抜けてるでしょ」


 男はその隣で障壁に守られ無傷(?)だ。

 石の混じる土の塊をいくつか退けて、男の障壁に守られた細長い物を持ち上げる。


「ヴァルが見つけたのって、これ?」


 それ、と男は頷いて障壁を解いた。

 出てきたのは細長い棒――ではなく、東方でいう抜き身のカタナだった。長さからしてタチだろうか。

 ずっと土の中にあったせいか、酷く錆びている。


「随分と古い剣だなぁ。何年もの?」


 目を凝らすと刀身の付け根になにか文字か絵が描いてあるのがわかる。が、錆びのせいで判別不能だ。


「んん……柄もしっかりしてるし、錆びさえどうにかすればまだ使えそうな気はするんだけどなぁ」


 カタナがぼくの持つ大剣と同じような耐久力ではないだろうから確証はないが。

 あ、とカタナを見ていたヤシャが目を丸くした。

 どうした、と見ればカタナを触ろうと手を伸ばしてすり抜けている。


「これ、俺の刀じゃん」


 こんなところに埋まってたのか、とヤシャは腕組みをする。


「ヤシャのカタナ?」

「この鍔のところに鬼って書いてあるだろ」

「……東方の文字は読めない」

「そうか。まぁ、とにかくこの字が書いてあるし、俺の魔力を微量に感じるしな」


 言われて見れば、カタナからは微量の魔力を感じる。そしてそれは彼の言う通りヤシャのものと同じ質だ。


「これが、ヤシャがここから動けない原因?」


 さぁ、とヤシャが首を傾げた。

 仕方ないのでその場に荷物を置いて、錆びたカタナだけを持つ。


「じゃあ、ちょっとここから動かないでね」

「? わかった」


 そう言い残してぼくはぱっと身を翻して走り出した。まっすぐ太陽のある方へ。

 おお、という男の声が背中に届く前に二人の姿が豆のように小さくなる。

 だいぶ離れたところでぼくは足を止めた。


「……これが原因だったみたいだね」


 横に当然のようにいるヤシャに声をかけた。


「おう、いきなり走り出したからなにかと思えば」


 今、男は急に消えたヤシャに驚いているころだろう。

 ぼくは再び走って相棒のところまで戻る。


「原因、判明したよ」

「そりゃよかった。いきなり一人になるから驚いた……」


 聞けば予想通り、突然ヤシャの姿までもが消えたらしい。

 このカタナのそばでないと彼は現れることが出来ないのだろう。


「原因わかったし、これでいい?」


 にっこりと笑ったヤシャが頷く。


「ああ、じゃあ次はこのカタナを鍛冶屋でどうにかしてもらわないとな」

「……まだ付き合わされるの」

「当たり前じゃねーか。だって俺、自分の刀にさえ触れられないんだぞ?」


 まぁ、道理ではある。


「……無給で動くの辛い……」

「そう言うなって。なんか思い出したら俺の遺品分けてやるからさ」

「いいもの持ってることを祈っておくよ」


 さて、気を取り直して次は鍛冶屋だ。これだけの錆びだから生半可な腕前の者では無理だろう。


小人族ミジェフの街でも近くにあればいいんだけど」


 男が近辺の地図を広げる。

 共通言語で書かれたそれに小人族という文字は見当たらない。

 現在地から近いのはあの結婚式をした街だが、戻りたくはない。あとあの街に名うての鍛冶師の話は聞かなかった。

 それなら、と少し離れたところにある町を指す。


「こっちに行ってみる? 鍛冶師見習い巡礼地の一つが近くにあるし」

「見習いばっかじゃねーの?」

「見習いを見る師匠だっているでしょ。……多分」


 そういえば、そろそろぼくの大剣も手入れに出さないとな、と思い出す。自分で出来る範囲で手入れはしているが、たまには本職に任せないと取り返しのつかないことになりかねない。

 男の同意を得て、ぼくたちは北東の方角にある町を目指すことになった。

 この距離ならば、数日で着くだろう。

 問題は錆びているとはいえ、抜き身のままのカタナ。


「このまま持って歩くのはちょっと危ないかな……」

「丁寧に扱ってくれよ。一点物だから」


 わかってる、と返してぼくは長い布を荷物から取り出す。それでカタナをぐるぐる巻きにした。


「鞘があったらいいんだけど……」

「その錆びじゃ、鞘に入らないんじゃないか?」


 確かに。

 鞘のない抜き身で錆びたカタナを布越しに抱えて、もとの道に戻った。

 食料はまぁ、持つだろう。

 天気も気温もそう悪くないし、急変でもしない限り真っ直ぐに進むだけだ。


「さて、行こうか」


 二人の男を促す。

 おー、とヤシャは腕を振り上げた。男は眠そうである。

 そろそろ昼時に近いなと思った。



 +


 あっという間に夜になった。

 いつも通り、火を熾して焚火を作り、携帯食料で夕食を済ませる。

 近くに獣の気配すらない。

 寝ずの番はヤシャが務めてくれるという言葉にありがたく頷いた。

 さぁあとは寝るだけだ、というところで急にせんせいがふふと笑った。


「……せんせい?」


 幽霊とはいえ他に人がいるときに出てくるなんて珍しい。

 せんせいはふわふわと宙に浮くヤシャを見上げた。


神族ディエイティストの幽霊とは、これまた珍しいものを拾ったものだね、アーティア」

「……おまえ、誰だ?」


 ヤシャが警戒した声を出す。

 男は向かいでぽかんとした表情のまま成り行きを見守っている。


「ああ、失敬。わたしはアーサー。アーティアたちにはせんせいと呼ばれているよ。神族のヤシャ殿」


 ヤシャはぼくの方を見る。


「人格が割れてんのか」

「いいや、わたしとアーティアはそもそも別の存在だよ」


 くくとせんせいが楽しそうに笑った。


「せんせいはぼくの……なんだろう、保護者? 代理? みたいな人だよ。身体がないからぼくを通して話してるだけ」

「それって幽霊とどう違うんだよ」


 幽霊にそう言われるとは思わなかった。


「せんせいは生きてるよ。……多分」

「多分ではなく、生きているんだがねぇ、アーティア」


 はぁ、とヤシャは息を吐いた。なんとなくせんせいの存在を飲み込んだようだ。


「普段は出てこないのに、どういう風の吹き回しなの、せんせい」


 いやなに、とせんせいは笑う。


「この幽霊という存在が珍しかったこと、それから彼の目的について聞いてみたかっただけさ」


 ヤシャの目的。

 そういえば流されるように鍛冶師を訪ねることになっているが、その真意を聞いていないなと気付いた。我ながら迂闊過ぎる。


「ヴァーレンハイトくんは気付いていたのに黙っていたね。眠かったのかい」

「……うん」


 素直に頷いた男に呆れる。二人揃って危機管理能力が低下している。

 ぼくはヤシャを見た。

 ヤシャはなにか考えこんでいるようだった。


「……目的っつーか……まぁ、行きたいところはあるんだ」


 それが目的ではないのか。


「おまえらに頼むのも大変かなぁとは思う。けど、出来たら付き合ってくれると嬉しい」


 ヤシャが頭を下げた。

 ぼくは向かいの男を見た。男もヤシャを見ていた。


「……おれは、いいと思う」

「そう」


「別におれたちになにか確固たる目的があるなら、寄り道だーっていうけどさ。特にないじゃん」


 一応、ぼくはせんせいの身体を探すという目的はあるが、それはあちこちを渡り歩くしかないので寄り道にはならない。

 ぼくは息を吐いた。


「いいよ、どこ行きたいの」


 ぱっとヤシャが頭を上げる。

 いいのか、と小さく唇が動いた。くどい。


「あんまり言うとこのままここにカタナ置いて行くよ」

「待て待て待てって。すまん、恩に着る」

「恩より報酬が欲しい」

「報酬なら行った先にあるだろ、多分。処分されてなければ」


 行った先はどこなのだろうか。


「鍛冶師に刀を直してもらったら、それを持って弟のところに行ってほしいんだ」

「弟」

「唯一の肉親でな。なにも言わずに出てきちまったから、きっと怒ってると思うんだよな」

「弟の住んでるところに行けばいいの?」


 おう、とヤシャが頷く。


「どこ」

「神界」

「却下」


 思わず即答した。

 普通の人間族ヒューマシム魔族ディフリクトとの混血が気軽に行ける場所ではない。

 なに言ってるんだ、この幽霊は。


「行ってくれるんじゃねーのかよ」

「行ける場所ならね。神界なんて、どうやって行くのさ」

「……通り道があるんだよ」


 通り道、とぼくと男の声が重なった。

 二人で顔を見合わせる。

 おや、とせんせいが目を見張る。


「そんなものが存在するのかね」

「おう。一応、神族だってこの地上に降りることはあるしな。そのとき用の非常口みたいなもんだ」

「それを……部外者であるアーティアとヴァーレンハイトくんが使えるのかい」

「……わかんね」

「駄目じゃん!」


 またぼくと男の声が重なる。

 どうしたいんだ、この幽霊は。

 まぁまぁ、とヤシャは手を振る。


「行ってみて、駄目だったら別の方法考えようぜ。行ってみないことには始まらん」

「……それは、そうだけど」


 行きたくない場所というほどのものでもない。

 ただ、受け入れられない存在であろうぼくが行ってもいいものか、迷う。


「まぁ、行ってみればいいんじゃないか」


 男の言葉に、顔を上げる。男は眠たそうに眼をこすっていた。


「行ってみて、ヤバかったら逃げればいい。大丈夫ならそのままヤシャの弟を探せばいい。それだけだろ」

「……わかってるよ」


 ちょっと複雑な気分なだけだ。

 そんな様子のぼくを見て、せんせいがくつくつと喉で笑う。


「アーティアは心配性だね。なに、わたしも神界には興味がある。行ってみればいいだけのことではないか」


 せんせいにまでそう言われ、もう行くしかない空気だ。

 わかった、と両手を上げる。降参。


「神界に行って、そのどこに行けばいいのかはわかってるの」

「…………なんとかなるだろ、多分」


 多分で済むのか、それは。

 ぼくはため息を吐く。

 せんせいはくすくすと笑った。

 とりあえず、目下のところ目指すは鍛冶屋だ。

 明日もたくさん歩くことになるから、とぼくは寝る準備に入る。男はもう外套に包まって横になっていた。

 そういえば、とヤシャが少しだけ小さな声で呟いた。


「おまえらの名前、略称だったのか」

「普段はそう名乗ってるだけ」

「本名……長くて面倒くさい……」


 一応聞いていたらしい男まで声を出す。

 そう、長いのだ。


「へぇ、どんな名だ? 俺は元々孤児だから家名とかねーんだよな」


 気軽に言ってくれるなぁ。

 もぞりと男が身動ぎする。


「……ヴァーレンハイト・ルフェーヴル・メルディーヴァ」

「……確かに長ぇな」

「ティアはもっと長いよ」


 くすと男が笑った。

 笑いごとではない。

 ヤシャが期待のこもった目でこちらを見下ろしている。


「……アーティア……」


 はぁ、とため息が漏れる。


「アーティア・エリス・ミルル・クー・アーサー・フリードリヒ・エル・リヒャルト・ロードフィールド。普段はティアかアーティア・ロードフィールドとしか名乗らないけど」

「長い、長い」


 だから言ったじゃないか。


「なんでそんなに名前があるんだよ」

「……母が」


 そう、母のせいだ。


「母がぼくに名付けるとき、いろいろ考えて絞ったのがこれ。で、決められないから全部付けた――らしい」

「……愛されてた? んだな」


 そこに疑問形を入れないでほしい。ぼくも自信ないから。


「男性名まで入ってるのは」

「魔除け……とか言っていたような」


 女児に男性名、男児に女性名をつけることでなんらかの魔除けになるのかはよくわからないし、なにより普通に女性名もつけられているので意味があるのかどうか。


「……ああ、なんか神族でもそういう風習あるところあった気がするな」


 へぇ、と生返事。

 存外、母のとんちきではないらしい。

 何故か、よかったねぇとせんせいが笑った。

 なにがどうよかったんだか。

 さっさと寝ろとばかりに焚火がばちんと爆ぜた。

 ぼくは荷物を枕に横になる。

 ふと見ればいつの間にやら相棒は眠っていたようだ。


「そろそろ寝る」

「はいはい、おやすみ、アーティア」


 おやすみーとヤシャの声も聞こえる。

 目を閉じて眠気との狭間を漂っていると、そうだとせんせいが口を開いた。


「そういえば、アーティアはあまり気付かなかったようだが、きみの顔はどこかで見たことがあるね」

「へぇ、似てるやつでもいた?」


 二人のこそこそとした話し声が聞こえる。


「ああ、思い出した。いつだったかアーティアたちが出会った、神族の四天王、シュラに似ているんだ」


 おお、とヤシャの声が驚いた。


「それ、俺の弟。双子だから似てるとは言われるけど、俺のがつり目だし、あいつのが女顔」


 ケラケラと笑っている。

 神族四天王のシュラの双子の兄。

 ちょっと意味がわからない。


「髪型と服装を寄せればきっとアーティアも気付いただろうがね。この子はあまり人の美醜に興味がないから」


 別に顔で稼いでるわけでも、顔に金を払っているわけでもないので。

 せんせいはくつくつと笑っている。

 さて、とせんせい。


「そろそろわたしも引っ込まなければ、アーティアの身体が休めないからね」

「厄介だな、人に憑いてるってのも」

「……わたしは悪霊の類のつもりはないのだが」


 ふふと二人が笑う。

 それきり、せんせいは黙った。

 ぱちんと焚火が爆ぜる。


「さて、今夜はなにして時間潰そうかな」


 そんなヤシャの声が小さく聞こえた。



やっとフルネームが出た。出たからと言ってなにというわけでもないけどもさ。

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