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15 結婚式 2/2

2/19二つ目の更新です。

 式が終わって、ぼくはようやく解放された気分で財布の中身を数えていた。

 いつもの服がこんなに心地いいなんて。

 背中の大剣の重みも安心する。

 鼻歌でも歌いだしたい気持ちだった。

 式の最後に男が打ち上げた魔術の花火は主役の二人だけでなく、参列者たちにも好評だった。おかげで追加料金として更に懐が潤った。

 たまにはこのやる気のない相棒もいいことをする。

 まぁ、予定になかったので多少は驚いたが。

 ティアは元気だなぁと男が呟いた。

 今は街を出て野営の準備中だ。

 あの街にいたら「ジェナーのヴェールを持っていた天使ちゃん」と参列者たちが集まってくるのだ。

 宿ですら安穏と過ごせないと気付き、ぼくたちはさっさと挨拶して街を出てきた。

 ターリュールは最後までぼくにあの衣装を持たせようとしたが、正直旅の邪魔でしかないのでお断りした。残念そうな顔をされたところで、旅先で着ないし荷物にしかならない。

 そんなわけでまだ日が暮れる前ではあるが、野営中だ。あとは火を熾して焚火を作って、携帯食料で夕食を済ませるだけ。

 ぼくは財布の重みを確かめながらそれを荷物の中に仕舞った。精神的苦痛は結構なものだったが、終わってみれば割の良すぎる依頼だった。

 まぁ、もう二度としたくないけど。


「それにしても……よく結婚なんてしようとか思えるよ」


 すでに寝る位置を調整していた男が顔を上げる。


「なんで結婚するんだろう。どうせ別れるのに」


 ましてあの二人は魔族と人間族。寿命にも差があるだろうに。

 ぼくが首を傾げていると、男はぽつりと呟く。


「好きで一緒にいたいから、かなぁ」

「?」

「結婚って、一応、ずっと一緒にいましょうっていう契約だからな」


 ふうん、と生返事。


「なんで契約しないと一緒にいられないの」

「えぇ……ティアは、ずっと一緒にいたいって思ったらどうする?」

「? 一緒にいる」

「本当はそれだけで十分なんだろうけど、それじゃ足りないんだよ、きっと」


 よくわからない。

 男もよくわからないけど、と笑った。


「……ヴァルは、結婚しないの」

「誰とだよ」

「……誰かと」

「えぇ……面倒くさい……」


 だろうな、と思った。

 街で正装した男はいろんな人に話しかけられ、秋波を送られていた気がするのだが。

 あの人たちも見る目がないなと肩をすくめた。



 夕食を食べて、寝ずの番を決める。

 今日は男が先だ。

 ぼくは荷物を枕代わりに寝転がる。


「……」


 ふと、妙な音を耳が拾った。

 起き上がって耳を澄ます。


「どうした、ティア」

「静かに」


 辺りはだいぶ暗くなっている。

 虫の声、虫の足音、風の音、草木が揺れる音、誰かの声。


「……話し声?」


 それにしては奇妙だ。一人分の声しか聞こえない。

 独り言か。

 こんな場所、こんな時間に誰が。

 ぼくは大剣の柄を握りながら姿勢を落とした。

 そっと音のする方へ足を進める。


「……か……なぁ、……ひ、……し……ぁ」


 声が近くなる。

 そっと草をかき分けて、ぼくはその声に近付いた。


「誰かいねぇかなぁ、こんな時間だし無理かなぁ、暇だしどうすっかなぁ」


 ぼそぼそと男性の声がする。

 黒い髪をした男性の頭が見えた。

 更にそっと近付く。


「そもそもここどこなんだよ。誰か気付いて――ん?」


 ふいに男性が振り向き、ぼくを見た。

 お、と男性が声を上げる。

 長い黒髪を項で結び垂らし、赤い双眸は少々つり目。前合わせの変わった服を着崩し、足がない。

 ……足がない?


「なんだ、チビ助。おまえ、俺が見えんの?」


 男性がふらりと近付き、話しかけてくる。


「……幻覚?」

「いや、いるいる。めっちゃここにいるから」


 足のない元気な男性はべしべしとぼくの頭を叩いた。が、スカスカと冷気だけを残してすり抜ける。

 あ、これ、あれだ。ゆのつくやつ。


「――ゆう、れい?」

「ああ、そうとも言うかもなー」


 男性はケラケラと笑う。

 がさりと後ろから音がして、驚いて振り向くと相棒が立っていた。


「……誰?」


 よかった、男にも見えているようだ。


「お、そっちも俺が見えるのか? 嬉しいねぇ、やっと俺が見えるやつに会えた。しかも二人も」


 ぽかんと相棒の口が開いた。

 どうやら足がないことまで確認したらしい。

 どう見ても神族の幽霊であるそいつはひらりと相棒の顔を覗き込んだ。


「……夢、見てる?」

「……現実、っぽい」


 マジか、と男が頭を抱える。

 はははと幽霊は笑っている。笑いごとではない。


「……なんで幽霊がここに?」

「なんでだろうなぁ。気付いたらここにいたんだよ。んで自由に動けないと来たもんだ」


 幽霊は両手を上げてお手上げと言った。


「んで、おまえらよかったら俺がなんでここから動けないかとか調べてくんない?」


 嫌だと言いたい。


「まぁ嫌だとか言ったら取り憑いてやるだけだけどな」

「卑怯じゃない?」

「正当な権利だろ」


 どこが正当なんだろうか。ぐらりとした頭を抱える。


「おまえら名前は? そっちのチビ助、神族と魔族の子か? すげぇな。ああ、俺はヤシャ。見ての通り幽霊やってる神族だな」


 幽霊――ヤシャの手が頬に触れる。いや、触れる素振りをした。冷気が背筋を駆け上がって思わず震える。


「……おれはヴァル。そっちはティア。……その、ヤシャはどうして死んだんだ?」


 恐る恐る男がヤシャに尋ねる。

 陽気な幽霊は重力など無視してくるりと縦に回った。


「なんでだっけか。そうだ、確か戦ってたんだよ。ダチが殺されそうで。んで撃退したのはいいけど、うっかり吹っ飛んだんだよ」

「吹っ飛んだ」

「そうそう。もうばびゅーんと。んで気付いたらここにいたんだわ」


 意味がわからなかった。

 男を見れば、そちらも首を傾げている。


「まぁよく覚えてないんだけどな」

「よくそれで説明しようと思ったね」


 ヤシャはケラケラと笑っている。


「なんか身体が軽いなーと思ったら死んでるんだぜ。驚いたわー」


 はははと笑うが笑いごとではない。

 どっと疲れが背中に乗ってきた気分だ。


「……そうだ、寝よう」

「……おれも寝ていい?」

「ヴァルは寝ずの番」


 ひでぇと言う男を置いて、ぼくは焚火の明かりを目指す。

 続いて男も踵を返したが、その後ろを当然のようにヤシャがついてくる。


「なぁ、手伝ってくれよ」

「……代わりに寝ずの番してくれたら考える」

「ちょっと、ヴァル」


 本当か、と幽霊の目が輝いた。

 幽霊って目が死んでたり血塗れだったりするもんじゃないのか。この男は足がなくて若干透けていること以外、幽霊らしさが見えない。

 いや、らしくあっても困るが。

 わかったと頷くヤシャを連れて、焚火に戻る。


「朝になるか、なにかあったら起こしてくれ」

「本当に頼むんだ……」


 男は疲れた顔をしつつもヤシャに指示を出している。

 ヤシャは任せろと胸を叩いた。

 足がなくて透けていること以外は普通の人のように見える。

 男があくびを漏らす。

 釣られてぼくもあくびを噛み殺した。


(……うん、考えるのは明日にしよう……)


 ぼくは荷物を枕にして横になる。

 相棒も向かいで横になるのが見えた。


「おう、ヴァル、ティア、おやすみ」


 幽霊に釣られておやすみと返した。

 眠れる気がしないと思っていたのに、気付いたら夢の中だった。



 +


 翌朝。

 地平線から太陽が上がってくるのを頬に感じて目が覚めた。

 ぼんやりとした頭で火の消えた焚火を見る。

 向かいには男が外套に包まって眠っているのが見えた。

 のそのそと起きだして、日課の素振りをしようと大剣を取る。

 目をこすって目を覚ましたら立ち上がって――


「おはよう」

「うわぁぁぁぁっ」


 知らない声に声をかけられた。

 いや、知らない声ではない。昨晩聞いた男性の声だ。


「……えっ」

「はは、すげぇ声。しかもそれでもヴァル起きねぇ」


 見ればふわりと浮かんだそいつ――ヤシャはケラケラと腹を抱えて笑っている。

 薄っすらと向こう側に太陽が見えた。


「……は?」


 どうした、とヤシャが首を傾げる。

 首を傾げたいのはこっちだ。


「あ、ちゃんと寝ずの番はしてたぞ。枯れ枝は触れなかったから、焚火はすぐに消えちまったけどな。なにも寄ってこなくてよかったな」


 本当に寝ずの番をしていたのか、この幽霊。

 いや、そうではなく。


「…………なんでまだいるの……?」

「? だって、俺が動けない原因探してくれんだろ?」


 当然とばかりにヤシャが昨晩の木々の生えた草むらを指差した。


「……いや、幽霊なら朝っぱらから出てこないでよ……」

「固定概念ってやつだな。聞くけど、今まで夜に幽霊見たことあんのか」


 ない、と答えるとヤシャはそうだろーと頷く。


「俺のことを見えたやつは初めてだけど、俺は朝でも昼でも夜でもここにいるぞ」


 ふと、いつからだろうと思った。

 ヤシャは暇そうにくるくると回っている。目が回らないのだろうか。


「もしかしておまえら、嘘吐いた?」


 びくりと肩を震わせる。

 言ったのはぼくじゃない。


「……まぁ、嘘だったらその身体、乗っ取って自分で原因探すけどな」


 にこっと笑うヤシャの赤目は笑っていない。


「……嘘は、吐いて、ない。……もう少ししたらヴァル、起こしてくれる? そしたら探しに行くから」


 久しぶりになにかが怖いと思った。

 そうか、と目を細めるヤシャに先ほどまでの寒気は感じない。

 なんてものを見つけてしまったんだろう。

 なんてものと約束してくれたんだろう。

 自分と男に腹が立つ。

 けれどそれを外に出す前に深呼吸をして大剣を振るために荷物から離れる。

 おお、大剣か。なんてヤシャが言っているが無視だ。

 ぼくはいつも通り、素振りを始める。

 横で見学している幽霊なんて見えない。そう、今だけは見えないのだ。

 結局、ぼくは相棒が幽霊に起こされ悲鳴を上げるのを聞くまで素振りを続けていた。



ゆうれい が なかまに なった !

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