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15 結婚式 1/2

この与太話、続きます。

 今日は晴天。雲一つない空はこの日の主役たちを祝福しているようだ。

 風もなく、鳥たちが歌う声が穏やかに響いている。

 街の公共施設として建てられた飾り気のない講堂も、今日ばかりは主役たちのためにとめかしこんでいる。

 人々は今日の主役を一目見ようと、彼らの登場を今か今かと待ちわびている。その姿はみな一様に正装。

 リーン、ゴーン、

 鐘が鳴る。講堂に設置された、慶事を知らせる鐘が鳴る。

 前列にいた正装の参列者たちがわぁっと歓声を上げた。

 講堂に入ってくる若い二人を祝福して拍手を送る。

 片方は男性だ。

 白の正装姿の彼は緊張と幸せで頬が紅潮している。

 もう片方は女性だ。

 真っ白な袖のないドレスに身を包み、白いブーケを手に、片手を男性の腕に。長いヴェールを被っていて表情は見えないが、幸せだという気持ちが溢れているのがよくわかる。

 後ろに控えるのは女性のヴェールを持つ天使の姿をした少女。いや、天使ではない。背中の大きなリボンが翼のように見えるだけだがしっかりと地上の者だ。

 少女もにっこりと嬉しそうに微笑み、花嫁がヴェールを踏んでしまわないように裾をそっと持って歩く。

 とても幸せな光景だ。

 女性は男性を見上げる。

 男性は女性を見下ろす。

 二人の目がヴェール越しに出会った。

 ふふ、とどちらともなく笑う。

 間違いなく、生涯で最も幸せな日だった。



 +


 その日、ぼく――アーティアと男――ヴァーレンハイトは街に着いて冒険者ギルドを探しているところだった。

 ようやく見つけたその扉を開こうと手をかけたとき、内側から扉が開く。


「わっ」

「あら、ごめんなさい」


 出てきたのは女性だった。

 短い栗色の髪に碧眼。目の下に黒子があり、それが女性の色気を引き立てている。着ているのはよくある乗馬服。すらっとした足が伸びていることがよくわかる。丸耳で魔力がない。人間族ヒューマシムだ。

 女性ははっとぼくを見た。

 上から下までじっくりと観察されるのはいい気分ではない。

 なにか、と言おうとしたぼくを遮るように女性が声を上げた。


「可愛い! じゃなくて、ごめんなさいね。つい見入っちゃって……。わたし今ちょっと探しているのよね、小さい子を……それでつい。そうだ、あなた、冒険者さん? ならわたしの依頼を請けてくれない?」

「……は?」


 そうよ、それがいいわ。女性はぱっとぼくの手を取ると冒険者ギルドへ入っていく。

 助けを求めて思わず男を見た。――男は腹を抱えて笑っているところだった。


「……ヴァル……?」

「ご、ごめん……」


 声が笑っている。

 なにがそんなに面白いんだ。

 そう思う間にもぼくは女性に手を引かれ、冒険者ギルドへ入ることになる。

 受付に座っているのはぼくよりも小さくて丸い顔をした老婆。お茶の入った湯飲みを片手にぱらぱらと紙をめくっている。依頼書リストかなにかかと思ったら派遣マッサージ師のカタログだった。それは私用じゃないのか。


「おばちゃん、さっきわたしが作成した依頼書見せてー」

「あらぁ、ジェナーちゃん、戻るの早かったわねぇ。ええ、ええ、依頼書ね」


 ちょっと待ってね、と老婆は新しい依頼書を取り出した。リストに加える前だったらしい。カタログを見ている場合ではないのでは?

 ひらりとめくれたそれを、女性はぼくに見えるようにする。


「実はわたし、可愛い子を探してるのよね。その理由なんだけど、是非わたしと彼の結婚式に参加してほしくって」


 子どもを探しているとだけ聞くと変質者に聞こえる。

 後ろから男も依頼書を覗き込んだ。

 内容は依頼主二人の結婚式の手伝い。手伝い内容は依頼主から説明されるとのこと。依頼を任せたいのは男女問わず可愛らしい子どもであること、いること。

 意味わからん。


「……どういうこと」

「……さぁ」


 もう一度言う。意味わからん。


「それで、依頼料はこんな感じなんだけど」


 見せられた数字に驚いた。相場よりも零が二つほど多い。


「――やる」

「……ティア、前にもそうやって後悔しなかった?」


 知らない、聞こえない。

 きゃぁっと女性がぼくの手を掴む。


「是非是非、あなたにやってもらえたらって思ったのよ! 今から時間はある? 結婚式当日のことについて話したいんだけど。ああ、名乗ってなかったわね。わたしはジェナー。あなたたちは?」


 男のこと視界に入っていたのか。


「ぼくはティア」

「ヴァル」


 ティアちゃんとヴァルくんね、と女性――ジェナーは微笑む。

 そしてぼくの手を握ったまま冒険者ギルドの扉を開いた。


「あ、おばちゃん、その依頼書下げといてー」


 あいよと老婆が答えるのを背中に受けながら外に出る。男も慌ててついてきた。


「わたしたちの結婚式は、他では見ないようなものにしたいと思っているの」


 はぁ、と生返事しか出てこない。


「この辺りの結婚式といえば、パートナーの一族の衣装を着て、あなたの一族に敬意を払いますって形式なの。衣装も色とりどりで素敵なんだけど、わたしたちはもっとなにかあるんじゃないかと思って、たくさん考えたのよ」


 ジェナーは一軒の家の前で止まる。ここがジェナーかそのパートナーの家だろうか。

 家に入ったジェナーはそこにいた男性に抱き着いた。やっとぼくの手を放してくれたことにホッとする。


「ダーリン! 帰ってたのね!」

「ハニー、ただいま、そしておかえり!」


 帰っていいだろうか。

 抱き合ってくるくると回る男女を見ながら心底そう思う。背後の男を見れば眉根を下げて笑っていた。


「ねぇ、ダーリン。いいニュースがあるの、聞いてくれる?」

「なんだい、ハニー。きみが帰ってきたこと以上にいいことなんてあるかい?」


 もう、とジェナーは男性の頬を指でつつく。

 本当に、帰っていいだろうか。

 見て、とジェナーがぼくを振り返る。

 男性の金色の目がぼくを見た。


「この子は……」

「そう、結婚式でお手伝いしてもらう子よ。名前はティア。可愛いでしょう?」


 そして扉のところで固まる男もついでとばかりに紹介する。

 男性はぼくの目を見て戸惑っているようだった。


「ハニー、確かに可愛いが……神族ディエイティストの子じゃないか……?」


 あら、とジェナーが首を傾げる。

 男性がジェナーのパートナーであることは間違いない。そこに左の赤目を晒したぼくを連れて行くことになにも思わなかったのだろうか。

 ……人間族は割と他種族の特徴に詳しくない傾向でもあるのか。


「……ティアちゃんって神族さまなの?」


 ジェナーのきょとんとした顔を見上げて、ぼくは首を横に振る。

 仕方ない、とぼくは右目の眼帯を外した。


「その目……!」


 男性の方は意味をよく理解したようである。

 金色の右目を見て、ジェナーはまぁと歓声を上げた。

 ……歓声を上げた?


「マリド! 見て、この二つの目! もしかしてティアちゃんはハーフなの? ああ、なんて素敵!」


 ……本気でなにを言っているんだろうか、この女性は。

 困惑して話のわかりそうなマリドと呼ばれた男性を見た。――目を輝かせていた。


「なんてこった、ハニー! とんでもない子を連れてきてくれたね!」


 男性が興奮してジェナーの頬に口づけを落とした。

 ジェナーもそれを返す。

 いや、どういうことなんだ。


「金と赤の瞳! 神族と魔族ディフリクトのものじゃないか! 長年いがみ合っていた種族が手を取り合った証がここにいるなんて……ああ、なんてぼくたちの結婚式に相応しいんだろう!」

「……えっ」

「ああ、ティアちゃん、今日このときにこの街に来てくれてありがとう! わたしたちを祝福するに相応しい天使だわ、あなたは!」

「……は?」


 天使は神族が遣わす断罪の使途であって、祝福を上げるものだと聞いたことはなかったがこの街ではそうなのだろうか。

 意味がわからなくて背後の男を見た。――腹を抱えて笑っていた。

 またか、おまえ。

 しばらくして落ち着いた様子の二人はぼくたちをテーブルに案内して椅子を勧めた。男性がお茶を入れて持ってくる。


「やぁ、紹介が遅れたね。ぼくはマリド。見ての通り、魔族だよ」


 ぼくたちの紹介はジェナーがしていたので割愛する。


「見ての通り、ぼくとジェナーは魔族と人間族だ。周りには反対する者も多かった。けれどこの度、ぼくたちの愛が認められたので正式に結婚することになったんだよ」

「それで結婚式は今までにないものにしたかったの。そこへ種族の違う親を持つティアちゃんが現れたから、驚いて興奮してしまったのよ」


 何度、口づけしてぐるぐる回るのを見ていればいいのかと思った。

 男性――マリドはにっこりと笑って「ぼくたちの馴れ初めを聞きたいかい?」などと言ってくる。いや、聞きたくない。


「実はわたし、魔族専門の殺し屋だったの」


 いや、聞いてな――なんて?


「ふふ、あのころのハニーは今よりもずっとつんけんしていてそれはそれで可愛かったね」

「あら、あのころのダーリンだって、今より尖っててそれはそれでカッコよかったわ」

「おや、じゃあ今は?」

「まぁ、じゃあ今は?」

「もっと美しいに決まっているじゃないか!」

「もっと素敵に決まってるじゃない!」


 もうやだこのバカップル。横では男が茶をすすりながら遠い目をしている。


「わたしたちは出会うべくして出会ったわ」


 そうだろうな、片方が魔族専門で追いかけてるんだから。


「そして三日三晩、熱く殺し合いを繰り広げたの……!」

「あのときのハニーはとてもセクシーだったね」

「やだ、ダーリンったら」


 いつ終わるんだ、この話。


「戦いが終わったころ、わたしはこの人を愛してしまっていたの。でもわたしは魔族専門の殺し屋……どうすればいいか迷ったわ」


 そのまま迷ってればよかったのに。


「そして閃いたの! そうだ、マリド以外の魔族は殺そう、って!」


 なんで?

 話が異次元の方向に飛んだ気がした。

 横で男は新しい魔術式の組み立てを思考している。今ここでぶっ放してくれないかな。


「うふふ、そう決めてからは早かったわ……マリドに殺すのはぼくで最後にしてくれ、って言われて……ふふ、思わず頷いてしまったの。最高のプロポーズだったわ!」


 どのへんが?

 ぼくには一切理解が出来ない世界がそこにあった。理解したいとは思わないけど。


「……それで、結婚式でぼくはなにをしたらいいの……」


 ああ、そうね。ジェナーが頷く。


「実はわたしたちの結婚式は白一色にしようと思っているの」

「……白」


 ええ、とジェナーが再度頷く。


「とある旅人さんに聞いたのよ。白はなんにでも染まる色。だからお互いその色をまとって、あなたの色に染まりますってみんなに宣言するの! どう、とっても素敵でしょう!」

「……はぁ」

「旅人さんはとっても博識でねぇ、金色の髪と空色の目が綺麗な若い人だったんだけど、わたしたちの結婚式を他人事ながら喜んでくれて……素敵だったわ」

「おや、妬けるねぇ」

「まぁ、でもダーリンの方が素敵よ。当たり前でしょう?」


 うふふと二人は顔を見合わせて微笑む。

 いいから話を進めてくれ。


「真っ白な衣装は友人が今、作ってくれているところなの。デザイン画を見せてもらっただけでとっても素敵でびっくりしたわ。あんなに素敵なドレス、わたしに似合うかしら」

「ハニーが着たらもっと素敵になるに決まっているじゃないか」

「あら、ダーリンったらぁ」


 こんなに話が進まない依頼主は初めてだ。

 それでね、と何度目かの見つめ合いが終わったジェナーがぼくを見る。


「ティアちゃんには、わたしのヴェールを持って歩いてほしいの」

「……ヴェール?」

「ええ、旅人さんの案ではね、わたしは白いヴェールを被って式場に入場するの。そしてマリドの手によってそれが剥ぎ取られ、初めて素顔を晒すの。これにはどんな意味があったかしら」

「初めてをあなたにあげるって意味じゃなかった?」

「もう、ダーリンったら」


 もはや意味とかどうでもいいからぼくがなにをすればいいのか簡潔に教えてほしい。

 意味の確認は諦めたらしく(他にもたくさんの意味が込められているらしい)二人はようやくぼくを見た。


「それで、そのヴェールを被って歩くのはいいんだけど、ヴェールがとっても長いの。末永くパートナーと共に、って意味でね。でもそれだと一人で歩けないから、未来ある子どもに持って歩いてもらうことで二人は未来を約束され、子孫繁栄に繋がるっていう意味が込められているらしいわ」


 適当くさい。

 とにかく、ぼくはただジェナーのヴェールを持って式場に入ればいいだけらしい。

 それだけのことであれほどの依頼料をもらっていいのだろうか、とは思ったが、正直ここまでの話を聞いただけでも追加料金が欲しいところだ。

 話が一段落したところで扉を叩く音がした。

 なにかと思えば、例の婚礼衣装を作っているという友人を呼んでいたらしい。いつの間に。

 ジェナーに案内されてやってきたのはボブカットに眼鏡をかけた少々小柄な女性。

 女性はぼくを見てまぁまぁまぁまぁと声を上げた。


「真っ白な髪! 左右色の違う目! 小柄で……まぁ、なんて可愛らしいの。創作意欲がもりもり湧いてくるわ!」


 言いながら女性はメジャーを取り出し、ぼくを椅子から立たせる。思わず立ち上がったぼくの腕の長さや足の長さ、胴回りなどを測っていく女性。


「ごめんなさいね、ティアちゃん。彼女はターリュール。さっき話した友人よ」


 その友人は一心不乱にぼくのあらゆるサイズを測っている。

 やがて一通り測って満足したかと思えば、さっとスケッチブックを取り出しものすごい勢いでなにかを描き始めた。バサバサと何枚も描いては放り描いては放りを繰り返している。

 やっと彼女――ターリュールが止まったと思えば、スケッチブックはすべて切り取られてなくなっていた。ターリュールはそれを拾い集め、そのうちの数枚だけをぼくとジェナーの前に出した。


「ふぅ、捗っちゃったわ……。このデザインでどうかしら」


 差し出されたデザイン画を見る。どれも膝丈のふわりとしたスカートに、細部の違う腰のリボン、頭の装飾、短いブーツ……などが描き込まれている。

 そのモデルはどう見てもぼくだ。


「…………待って、聞いてない、そういう格好をするなんて聞いてない」


 後退るぼくをジェナーが引き留める。


「あら、白の衣装って言ったじゃない」

「それはあんたたちの話じゃなかったの。なんでぼくまで白のスカートを穿かなきゃいけないんだ」

「ええ、可愛くない? 素敵じゃない。きっとティアちゃんによく似合うわ」


 本当に待ってほしい。しかもこれはどれも半袖だ。無理。


「ぼく、は……っ、その、腕に、傷がある、ので……無理!」


 あら、と女性二人が顔を見合わせた。

 ターリュールは没になった紙の裏を使い、ささっと新たなデザインを描き上げる。

 長袖のデザインのドレスだった。違う、そうじゃない。


「ティア……依頼」


 ぼそりと男が呟く。……そうだ、これは依頼だった。それもかなり金払いのいい。

 ね、お願い、と手を合わせるジェナーに目を輝かせるターリュール。そして無言でじっとこちらを見るマリド。その無言が怖い。


「わ……」


 わかった、という声は小さくなった。

 女性二人は手を合わせて喜ぶ。


「ありがとう、これで当日の準備が整うわ!」

「わたしはこの服を一刻も早く作りたいわ! 帰るわね!」


 ターリュールを茫然と見送る。

 ぽんと肩に男の手が乗せられる。見上げると笑いをこらえた顔。


「似合うと思うぞ」

「うっさい」


 男は再びくの字に折れ曲がって笑いだした。



 +


 あのよくわからない依頼を請けて数日、とうとう今日が結婚式当日である。

 あのあとターリュールの家で仮縫いした衣装の合わせや何度かの調整に駆り出されたりとなにげに忙しい日々を過ごしていた。

 なんで請けたんだろうと後悔すること複数回。ようやく今日でそれが終わる。

 宿代は別料金としてマリドたちが払ってくれた時点で後悔することすら出来なくなった。

 ジェナーと一緒に白いドレスに着替える。慣れないスカートの感触に思わず表情が消える。

 ターリュールとジェナーに頼みに頼んで、今日は左目に眼帯をしている。数人ならともかく、不特定多数の人たちに見られるのは耐えられない。眼帯のデザインもターリュールということで許してもらった。

 鏡に映る自分が自分じゃないようでぞっとする。

 軽く化粧を施され、髪は丁寧に梳かれてまとめ上げられた。

 いよいよ自分が自分に見えない。


「よく似合ってるわよ、ティアちゃん」

「……ジェナーも似合ってるよ」


 棒読みになったのは仕方ない。


「きっとヴァルくんも見惚れちゃうわね」

「……はぁ」


 どうしてここで相棒が出てくるのだろう。

 綺麗に着飾ったジェナーはヴェールを被り、「今日はよろしくね」と笑った。

 着付けてくれた女性たちが笑顔でとぼくの頬をつつく。

 深呼吸して笑みを顔に貼り付ける。おお、と女性たちがどよめいた。

 いい笑顔ね、とジェナーがヴェールの奥で微笑む。

 案内され、式場となる講堂の扉の前に立つ。もうヴェールは掴んでいる。あとはテンポを合わせて歩くだけだ。

 ふらりとやってきたのは今日の主役の片割れと相棒。

 白い礼服を着たマリドはヴェールをまとったドレス姿のジェナーを見て感嘆の声を上げた。


「ああ、ヴェール越しでも美しいよ、ハニー」

「あなたもよく似合っていて男前よ、ダーリン」


 放っておいたらこのまま抱き合ってくるくると回り始めそうだ。


「必要以上の動きしないでね。ヴェールが絡まるから」


 おっと、と忘れかけていたらしいマリドがジェナーに伸ばしていた手を引っ込めた。

 ため息を吐きたいのをぐっとこらえて微笑みを維持する。


「お゜っ」


 変な声が聞こえた。声の主を見ると参列者たちと同じ礼服に着替えさせられた相棒が立っている。

 今どうやって発音したんだ。


「……どうしたの」


 いつもとは違う格好の男を見上げる。身長が高いから礼服がよく映えていた。


「……ティアの笑顔、見慣れてないから怖い」

「本当に失礼なやつだな、おまえは」


 やっと絞り出した言語がそれか。

 さっさと参列者と一緒に並んでしまえ、と手を振って追い立てる。

 ジェナーとマリドは顔を見合わせるとくすくすと笑いだした。


「素直じゃないね、彼は」

「ティアちゃんが可愛いからびっくりしちゃったのね」

「……それはない」


 頭がお花畑な人たちは黙っていてほしい。

 尚もくすくすと笑う二人を黙らせ、会場の音を聞く。


「そろそろ、時間じゃないかな」


 そうね、とジェナーが頷いた。

 マリドは少々緊張した様子でそわそわと手を開閉させている。

 ふふ、とジェナーが笑った。


「大丈夫よ、マリド。だってわたし、今とっても幸せなんですもの」


 会場の方から入場という声が聞こえてくる。

 割れんばかりの拍手が扉越しに聞こえた。

 扉が開く。

 二人が腕を絡め、一歩足を踏み出す。ぼくもそれに続いた。

 溢れる笑顔が二人を祝福していた。


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