11 魔法族の集落 6/7
本日二つ目の更新。
*タイトル変更しました 2020.02.15
数日もすればぼく――アーティアは起きられるようになった。
ただ左腕の固定だけは取れず、不便ではある。
頭の包帯を巻きなおされながら、隣のベッドで丸くなっている男――ヴァーレンハイトを見た。
熱はもう下がっているのにだらだらとしている。
いつも通りだ。
男の熱が下がったあと、起きた男に出来る限り笑って「ありがとう」と言ってみた。ジェウセニューとモミュアに教えられた通りに。
だが男はベッドから落ちて頭を強打し、挙句にぼくに向かって「熱でもあるのか?」と言ってきた。なんかむかついたので殴ってやった。
せんせいはそれを見てまた笑っていた。
思い返すとまたむかむかしてくる。
「処置、終わりました」
「……ありがと」
「そうだ、処置が終わったらニシキさまが部屋までご案内するようにと仰っていました。今、大丈夫ですか?」
処置をしてくれた女性が首を傾げる。
ニシキさまとはあの乳飲み子を背負った青年だ。
会うのは別に構わないが、わざわざ別室に呼び出しとはどういうことだろうか。
とりあえず隣のベッドの男を起こす。
女性に先導されて部屋を出る。
人に会うのに普段着ではないのがなんだかそわそわした。
同じような白い服を着た男は眠たそうに目をこすっている。
こちらです、と案内されたのは神殿の奥部屋。
中に入ると大きなベッドとその傍らに立つニシキ、そして何故か雷精霊神官がいた。あと知らない壮年の男性もいる。
「わざわざ足を運んでいただいて、ありがとうございます……」
ニシキが小さく頭を下げる。やっぱり赤子を背負っていた。赤子は大人しく子守り紐の蛇にあやされている。
「お呼びしたのは、我が主君がお会いしたいとのことだったので……。申し訳ありません、主君はなにぶん床から起き上がれないものでして」
ベッドを見る。
そこにはなにか管のようなものをたくさん巻かれた老女が横になっていた。
近付くと、老女はもどかしそうに微笑んで見せる。
「我が主君の闇精霊神官、オンブラさまです。主君、ティアさまとヴァルさまです」
まぁ、と掠れた声で老女が頷く。
髪はもう白く、目は薄く白濁しているがぼくの顔を認識してはいるようだ。
「えっ、ニシキが闇精霊神官かと思ってた……」
驚いたように呟くのは隣の男だ。
最初はぼくもそうかと思ったが、よく見れば魔力の質が魔法族とは違うことに気付いた。……言ってなかったっけ。話題にならなかったから言っていない気がする。
ずっと勘違いしたままだったのか、と男を見上げた。
老女はにこにこと微笑んでいる。
「身体の具合はどう? ニシキは最高のお医者さんなのよ」
「……だいぶいいです。ありがとうございます」
腕は三角に折った大きめの布で吊っている状態だが、他はもう痛くもない。
左腕や額を縫い付けるのもニシキがやってくれたらしい。額は傷も残らないとのことだ。
「えっ、じゃあニシキってなに」
「言ってませんでしたか? ……言ってませんね……申し訳ありません、改めまして、闇精霊神官の守護を務めます守護精霊、ニシキと申します」
ぺこりと頭を下げる青年――ニシキに釣られて、男も頭を下げる。
「そしてこの子は次期精霊神官となられますチェーニさまです」
……赤子を次代の精霊神官として育てているのか。
赤子はわかっているのかいないのか、あぶあぶと意味のない言葉を喋っている。
「男の子、女の子?」
「女の子です。チェーニさま、こちらヴァルさまとティアさまですよ」
ニシキは背中をぼくたちに寄せて、赤子――チェーニを見せる。チェーニは楽しそうにきゃっきゃと笑っていた。なにが楽しいのだろう。
男は恐る恐るチェーニに指を差し出し、掴まれている。
「あっすごい、意外と握力ある。ティア、すごいぞ」
……なにか楽しそうだ。
赤子と戯れる男を無視して、ぼくはニシキとオンブラを見た。
「ぼくたちを呼んだのは挨拶のため?」
いえ、とニシキが首を振る。揺れた髪がチェーニの鼻を掠め、赤子がくしゃみをした。
「あらら……。ええっと、お呼びしたのは主君が挨拶をしたかったということ、それから雷精霊神官ニトーレさまと光精霊神官キリアキさまがお礼を申し上げたいとのことです」
赤子の鼻を拭ってやりながらニシキが雷精霊神官たちの方へ視線を向けた。
視線の先には背の低いテーブルを囲む二人の男性。
よう、とニトーレは手を上げ、光精霊神官だという壮年の男はぺこりと頭を下げた。
「お茶をお入れしますので、座ってください」
言われて平たいクッションを置かれた場所に座る。珍しい東方のザブトンとチャブダイだ。
男はしげしげとザブトンを眺めながら光精霊神官――キリアキの隣に座る。ぼくはその横、ニトーレのとの間に座った。
四人でチャブダイを囲み、顔を合わせる。
すぐにお茶を入れた湯飲みを持ってニシキが戻ってくる。お茶を置くとニシキは再びオンブラのベッドの横に立つ。そこが定位置らしい。
さて、とニトーレが声を出す。
「この度は光精霊神官と光魔法族たちを助けてくれてありがとう。改めて礼を言わせてくれ」
キリアキと共に二人が頭を下げる。
頭を上げたニトーレはキリアキを見、こくこくと頷くキリアキに苦笑した。
「あー、とりあえず怪我人は多かったものの、死者は出なかった。不幸中の幸いってやつだな。それにキリアキも無事だった。やっぱりおまえたちに頼んで正解だったな」
ざまみろ族長、と聞こえたのは気のせいだと思うことにする。
「あのレッド・アイとかいう魔族に操られていた人たちは?」
「ああ、彼らも無事だ。しばらくぽやぽやしてたらしいが、闇魔法族の精鋭医師たちが正気に戻してくれた。今はもう集落の方に戻って家の修理に励んでいるはずだ」
「家の被害は……」
「……半数以上が全壊全焼、残りは半壊ってとこだな。ほぼ無傷だったのは一部だけだ」
でもまぁとキリアキが眉を下げる。
「命があってよかった。俺だけ助かったんだったらどうしようかと思ったよ。シャルドくんたちが頑張ってくれたから、ニトーレくんが襲撃の先触れをしてくれたからみんなすぐに避難できたんだ」
心底ほっとしたようにキリアキは胸を撫で下ろす。
「誰かがこの襲撃で死んでしまっていたらもう眠れなくなるところだったよ。俺に人様の命なんて背負えないからね」
なんか情けないことを言っている。
ははは、と乾いた笑いを漏らすのはニトーレだ。男は珍しく温度のない目で横のおっさんを眺めている。
こほん、と咳払いをするニトーレに視線を戻す。
「その襲撃してきた男――魔族はなにか言ってなかったか」
「……レッド・アイ……魔族の<五賢王>だって言ってた」
ひぇっとキリアキが小さな悲鳴を上げる。ニトーレは眉間に皺を寄せた。
「……<五賢王>っつったら、<冥王>の直接配下じゃなかったか。そんなやつがどうして光魔法族――いや、光精霊を?」
「……精霊が狙われるような理由ってあるの?」
ニトーレとキリアキが顔を見合わせる。
「おおおおお俺は知らないよ! だって魔法族の中でも精霊神官だけが知るような秘密を知ったら辞められないじゃない! 俺は無事に定年退職したいだけだよ!」
黙っていればダンディなおじさまという雰囲気が台無しだ。
「オンブラさんはどう思う」
ニトーレがベッドの方に声を投げかける。
ニシキはベッドに顔を近付けると、こくりと頷いた。
「流石に魔法族の問題なので詳しい話は控えた方が、だそうです」
ニシキが代わりに答える。
オンブラの声はとても小さい。
「レッド・アイはヘルマスターとか言うのの命で動いているだけだって言ってなかったか」
男がお茶を飲みながらぼくに確認する。ぼくは頷いた。
「ヘルマスター?」
ヘルマスター。どこかで聞いたと思ったら、ルイが探しているという人物だと思い出す。
ぼそぼそとオンブラがニシキに喋りかける。
視線を向ければニシキが頷いて口を開いた。
「ヘルマスターは現魔族の長の名前だそうです。<冥王>と言った方が伝わるでしょうか」
<冥王>!
あの百年戦争を終わらせたという<冥王>か。名前までは知らなかった。
<冥王>と言えば、百年戦争を終わらせ、多くの魔獣を統率して他種族との大きな争いを止めさせた人物だ。
とはいえ魔獣は一枚岩ではないし、低級になると魔族すら襲うようなやつもいるので全てを傘下に置くことは出来なかったらしいが。それが現在でも魔獣被害が減らない理由だ。
百年戦争を終わらせたというだけでも彼の人物を崇拝する人がいるくらいだ。
もともと百年戦争は魔族のクーデターが発端だと言うのに。
「そういえば、十年くらい前にも魔族に襲われたことがあったね。確か、あのときは……炎魔法族?」
「おっさん、違う。正確には九年前、水魔法族だ。あれは当時の水精霊神官殿が撃退したから集落への被害はほぼなかった」
「ああ、そうだったね。じゃあ風魔法族のときはどうだったっけ」
「七年前だな。そのときは魔獣の暴走じゃなかったか? 風精霊神官――カノウさんが食い止めたんだったな。ついでに言うと三年前の炎精霊神官殺害事件は魔族じゃなくて神族の仕業だ」
よく覚えてるねぇ、とキリアキは目を見張る。
おっさんが覚え悪すぎなだけ、とニトーレはお茶を飲んだ。
「そんなに……頻繁に魔族や魔獣の襲撃が?」
男が目を丸くする。
この十年で三度。たった三度かもしれないが、上位の魔族が関わってくるのなら話は変わる。三度も、だ。
これで四度目。偶然ではないのは明白だった。
「あぁー、これ完全に精霊神官会議もんじゃん」
がしがしとニトーレが面倒くさそうに頭を掻いた。
ぼそぼそと再びオンブラがなにかをニシキに伝えている。
「……魔族の襲撃はたびたび行われています。先代闇精霊神官の折りにも、その前にも。ただ、ここまで間隔を開けずにやってくるのは今代に入ってから……正確には百年戦争が終わってからですね」
ニシキは眠たそうなチェーニをあやしながら続ける。
「以前は五十年、百年は感覚が開いていたと思います……」
そうか、とニトーレが小さく呟く。
魔族が魔法族を狙う理由はなんだろうか。
部外者のぼくが考えたところでわかるわけがなかった。
そうだ、とキリアキがぼくを見る。
「ティアさんと言ったね。ニトーレくんに渡したあの襲撃予告の手紙は一体誰から預かったものなんだい」
ぼくたちが魔法族の集落に足を運ぶ原因になったあの手紙。
ぼくは男と目を合わせる。
「……一応、依頼主からは誰からかとは言うなと言われている」
「えぇ、そんな」
「信用問題だから、誰かは言えない」
けど、と湯飲みを傾ける。もうお茶は冷たくなっていた。
飲み込んで、二人の精霊神官を見る。
「渡してきたのは代理人。代理人はそこらの女の子よりも可愛らしい容姿の青年。彼は神族だよ」
彼のことについては言うなとは言われていないのでいいだろう。あとで文句を言われても知ったことか。
神族、と二人は目を見開いた。
「うわぁ……嫌だ……円満退職したいんだから俺の任期内にこれ以上なにも起こらないでほしい……責任なんて取れない……無理……」
キリアキがなにか言っているが無視した。
「神族……なんか、厄介なニオイしてんなぁ……」
ニトーレが遠い目をするのも無理はない。正直、ぼくももうこれ以上関わりたくない。
「ティアさん、神族と魔族の子なんでしょ? なんか知らない? なんで魔族の王がうちを狙ってるのかとか……」
喧嘩売ってるのか、このおっさんは。
いつの間にか眼帯を失くしているから仕方なく両目を晒したままにしているが、誰もなにも言わなかったのに。
思わず眉間に皺が寄るのがわかった。
「知らないよ。彼らが住むっていう神界にも魔界にも行ったことないんだから」
そうかーとしょんぼり頷くキリアキを横のニトーレが肘でつつく。
気を使われ過ぎるのも面倒だなと少しだけ思った。
「まぁ、あとは俺たち精霊神官――もしくは魔法族の問題だ。巻き込んですまなかったな」
ニトーレが頭を下げる。
それを見たキリアキが慌てて同じように頭を下げた。
「いいよ、別に。――依頼だしね」
顔を上げたニトーレが安心したように笑う。
「ああ、支払いは任せてくれ。今、地魔法族が最高の食材で美味い保存食作ってやるって息巻いてるし、旅で必要な消耗品をヴァルから聞いて準備しているところだ。セニューとモミュアにも話しは通してあるから、動けるようになったら言ってくれ。こっちはすぐにでも準備出来る」
あとは気持ち程度だが路銀の足しにしてくれ、と小袋を取り出した。
ちゃりんちゃりんと中から音がする。
「そんなに?」
男が言うのを聞きながら小袋を受け取る。中を見れば銀貨が何枚も入っていた。
「貰えるなら貰っちゃうよ」
返さないよ、と言うとニトーレはカカと笑う。
「返されても困る。集落一つ分の命を救ってくれた恩人だからな。これくらいで申し訳ないくらいだ。受け取ってくれ」
じゃあ遠慮なく、と膝の上に置く。
「そろそろ部屋に戻って休んでくれ。……ヴァルも眠そうだし」
いや、こいつが眠たいのはいつものことだ。
だけどこれ以上は部外者がいても仕方ないだろう。言葉に甘えて退出することにする。
「助けてくれて本当にありがとう」
最後にキリアキが微笑んだ。
+
「――レッド・アイ、光精霊神官殺害に失敗したようです」
りんと女性の声が室内に響く。
盲目の女性――ミストヴェイルは目の前の王座に座る少年を仰いだ。
少年――ヘルマスターはふんと鼻を鳴らすと面白くもなさそうに女を見下ろす。
「失敗、か。まぁやつには襲撃しろ、とだけ命じたのは我か。よい、許す」
「ありがとうございます」
ミストヴェイルは腰を折って頭を下げた。
「他には」
はい、とミストヴェイルの薄い唇が音を紡ぐ。
「レッド・アイの報告では――邪魔をしたのは人間族の青年、そして……神族と魔族の血を引く娘だそうです」
ほう、とヘルマスターが首を傾げる。
神族と魔族。相容れない者同士がどうやって子をこさえたのやら。
くくくと少年姿の王は笑った。
「誰の子だ? 我でも成しえなかったことをやってのけたのは」
「調べましょうか」
「暇つぶしくらいにはなろう」
そう言ってまたくくくと笑う。
自分と同じようなことをした者が他にいたとは!
ヘルマスターは口端を上げる。
なんのためにそれをしたのか。面白い理由だったら召し上げてやってもいい。
にやりと笑う。久々に興味が湧いた。
「他の<五賢王>はなにをしている」
「それぞれ水、風、地の魔法族の集落を見張っております。特に変わりはないとのこと……動かしますか」
いや、いい。手を振って他の報告を聞く。他は面白みのないものばかりだった。
報告が終わるとミストヴェイルは礼をして姿を消す。
王座の間にはヘルマスターだけが残された。
一人考える。
神族と魔族の娘。そしてそれと一緒にいるという変わり者の人間族。
興味があるのは娘の親たる魔族だ。
どれほど実験した? なんのために成した? 今はなにをしている?
魔族の王たる自分でさえ、まともな生命として産ませることに成功したのはたったの三人。
「ああ、そういえば……」
ふと思い出す。
「預けている者がいたか」
くくと笑う。
神族に預けたのはそのうちのどれか。たしか、龍族の息子だったと思う。……いや、娘だったか。
まぁ、どちらでもいい。
可能ならば情報を聞き出し、使えるようなら手元に戻してもいい。
ヘルマスターは王座を離れ、窓の外を眺める。この光景もそろそろ見飽きた。
欲しい手掛かりはまだ見つからず、狙う命はまだ生きている。
だが面白いことが起こりそうな気がしていた。
「ああ、弱いものが好きなあの男ならば、件の娘を使えば動揺くらいは誘えるか」
あの男――神族の長、ヴァーンならば。
くつくつとヘルマスターは笑う。
「次はどうやって遊んでやろうか」
雷鳴が轟き、またどこかへ落雷したのが見えた。




