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11 魔法族の集落 3/7

戦闘回です。ケチャップ表現ありますので注意。


*タイトル変更しました 2020.02.15

 目の前は真っ赤だった。

 あちこちで火の手が上がり、熱を持った黒煙が上がっている。

 薄く雲がかかった青空が見えない。

 ぼく――アーティアは背中の男――ヴァーレンハイトを地面に下ろした。よろよろと男は地面に蹲る。

 何十もの魔獣がそこここで暴れているのが見えた。

 通常、魔獣は同じ種でなければ群れることはない。だと言うのに、目の前では大きな蝙蝠のような魔獣が、猛禽類に似た魔獣が空から建物を壊し、獣の姿をした魔獣が人々を襲っていた。

 こんなこと、自然で起きるわけがない。先導者がいるはずだ。


「ヴァル、援護!」

「待って……ちょ、気持ち悪い……酔った……」


 男を無視して大剣を握る。

 迫りくる獣を下から斬り上げた。絶命した獣はどうと倒れる。流石に核を漁っている場合ではない。


「きゃあああっ」


 高い声の悲鳴。

 声のする方に走る。――女性が大きな人型の魔獣に踏み潰されようとしていた。

 走って間に滑り込む。

 ぎしと大剣でその大きな足を弾き返した。薙ぎ払って真っ二つにしてやる。

 鬼のようなそいつは血しぶきを上げて地面に転がった。

 振り返って女性の無事を確認する。かすり傷程度だろう。


「なにがあったの」


 尋ねると女性ははくはくと口を開閉して、目に涙を溜めた。


「突然、魔族ディフリクトが……魔獣を連れて……ああ、子どもがまだ家の中にいるんです!」


 助けて! と女性がぼくに縋りつく。

 やっとやってきた男に女性を任せ、ぼくは燃え盛る家に走った。

 子どもの泣き声を頼りに部屋を探す。

 幸いにも子どもはすぐに見つかった。少年が年下の少女を守るように抱きしめている。


「ここの子どもはおまえたちだけ? 外に出るよ、立って!」


 少年が頷きながらぼくの手を握る。兄の少年は妹を抱きかかえた。

 柱が倒れてくるのを蹴って止め、その間に二人を外に出す。

 足がじりと焼けたが、大剣で柱を壊して素早く外に出る。ぼくが外に出た瞬間に屋根が落ち、家が崩れた。


「子どもはこの二人だけだよね」


 はい、はい、と子どもを抱きしめながら女性は頷く。


「ああ、ああ、フラック、エーネ、無事でよかった……。あの、ありがとうございます!」


 子どもも涙を流して母親である女性に抱き着いている。


「いいから、さっさと避難して」


 女性が娘を抱き、息子の手を引いて走り出す。それを見送って、剣を一閃。

 背後を狙っていた蝙蝠を叩き落した。


「数が多い……キリがないや」


 こくりと男も頷く。術式を組み上げながら男はぼくを見下ろした。

 周囲に展開する魔法陣がくるくると回っている。

 通常の攻撃属性魔術に魔獣を追尾する機能を追加展開しているらしい。


「頼まれたのは、光精霊神官の救援だろ。……どうする?」

「……神殿はどこ」


 見渡しても黒い煙が邪魔をして視界が悪い。

 男は新たに青い魔法陣を両目に展開、辺りを見渡した。


「……見えた、奥の方。ティアからすると四時の方角に真っ直ぐ。人がいる」


 了解、と駆け出す。

 行かせまいとしてか魔獣がこちらを認識して迫ってくる。数が多い。

 男の魔術が炸裂し前列が被弾。次列をぼくが薙ぎ払う。それでもまだ湧いてくる魔獣たち。


「くそっ」


 降りかかってくる火の粉を男が障壁魔術で防ぐ。が、魔獣は止まらない。

 間に合わない。

 多少の傷は仕方ないと覚悟を決めた――とき。

 げおるぐるぅぅうあるぅるああぁぁぁぁっ、

 獣の悲鳴。

 左右から水の砲弾が魔獣たちを襲い掛かった。

 魔力を感じるそれは水属性魔法。


「なに……」


 大丈夫か、と駆け寄ってきたのはきっちりとした軍服を多少着崩した相棒よりは若い男性。ニトーレと同じくらいか。

 あまり手入れのされていない髪は肩につき、こちらを見る目付きは悪い。黄みがかった茶髪に薄青の目。――水魔法族ウォルタだ。

 男性はぼくたちの前に立つと訝し気に首を傾げた。


「なんだ、アンタら。……いや、その背格好、二人組。雷精霊神官ニトーレさまの言ってた冒険者か!」


 ぼくたちを知っているのか。ぼくは男と顔を見合わせる。


「水魔法族がどうしてここに?」

「オレはシャルド・ウォルタ。水魔法族自警団団長だ。今回は光精霊神官さまと水精霊神官さまの要請でこの集落の見回りをしていた」


 なるほど、だからこの光魔法族シャイリーンの集落に水魔法族がいたのか。

 シャルドと名乗った男性は背後の同じような制服を着た水魔法族数人に指示を出し、再びぼくたちに身体を向ける。


「流石に数が多い。オレたちだけじゃ守り切れねぇ。頼む、手を貸してくれ」


 言われなくてもそのつもりだ。


「依頼は請けてる」

「オレたち自警団は住民の救援に当たる。アンタたちは神殿へ向かい、光精霊神官さまを守ってくれ。人型魔族がそっちに向かったという情報がある」


 魔獣を率いることが出来るほどの魔族だ。上級魔族だろう。

 急がなければ。

 シャルドと別れてぼくと男は神殿の方へ走る。道を塞ぐようにして襲い来る魔獣が鬱陶しかった。



 光精霊神殿はうっすら白い球体に包まれるようにして建っていた。傷一つないそれは光魔法族の得意とする結界術。

 建物一つを覆うほど大きく、ここまで強固な結界は恐らく光精霊神官のもの。

 それを囲んで魔獣がガリガリと傷をつけようと頑張っているのが見えた。

 男の魔術で蹴散らしながら入り口を探す。

 ふと正面入り口の前の結界を見下ろす影を見つけた。

 人の姿をしたそれはふわりと宙に浮いている。


「あれは……」


 こちらに気付いた影がぼくたちを振り向く。人だ。

 振り向いた顔は目のあるはず場所が縫い付けられていて、目が見えているとは思えない。

 白いシャツのボタンをほとんど止めずに着崩し、上着を肩に羽織った若い男性に見える。

 だが、この黒々とした言いようのない魔力は――魔族のもの。


「……魔族……」


 男が横で呟く。素早く新たな魔法陣が男の周囲に展開した。

 おや、と魔族の男性は首を傾げる。短い金髪がさらりと揺れた。


「こんなところに神族ディエイティストの子どもと人間族ヒューマシムが何故」


 はて、と魔族は腕を組んで不思議そうにぼくたちを見下ろす。

 大剣を構えて隙を伺うが、見当たらない。


「おたくら何者? なんで魔法族セブンス・ジェムの集落に他種族がいるんかねい」


 変わった喋り方をするそいつは心底不思議そうに首を左右に傾げている。


「あ、もしかしてヴァーンのやつに襲撃がバレてたんすかい。あーあ、ヘルマスターさまに怒られちまう」


 そう言って魔族は肩を抱いてぶるりと震えてみせた。しかしその顔は笑っている。ギザギザとした歯を見せて楽しそうに。


「いや、でもオレが来るってわかっててこんなガキンチョ寄越すかな……四天王くらい来てくれても――あれ、オレ舐められてるんすかねい?」


 ね、と言われてもぼくはなにも答えない。

 ぼくと神族の長ヴァーンは関わりがないのだから。


「なんでこの集落を……光精霊ライラを狙う?」

「おや、ヴァーンから聞いてないんかい。じゃあ違うのかねい」

「答えろ」

「答えろってぇ言われても、オレはヘルマスターさまの命に従うまでさね」


 ケラケラと笑う魔族の下では魔獣が結界を壊そうと攻撃を繰り返している。

 そろそろ話している場合ではないようだ。

 男の指がふいと動き、合わせて白い光の矢が魔族の足元の魔獣を貫いた。突き抜けた矢は結界に当たるも、結界を傷付ける様子はない。

 この短時間で結界の魔力を解析し、それに合うように展開する魔術を調整したのだ。そうすることで結界と同じ性質の矢を生み出し、結界からの反発を防いだのだ。反発を防ぐことで二つの魔力が溶けあい、結界が傷付くのも防いでくれる。

 普通は他人の魔力に合わせるなんて頭のおかしい芸当、出来るはずがない。

 だがそれをやってのけるのが規格外魔術師ディフェクティブとあだ名されたヴァーレンハイトという男なのだ。

 うん、やっぱり頭おかしい。

 ちなみにぼくが頂いたあだ名は壊し屋(クラッシャー)だ。不本意極まりない。

 ほう、と魔族が楽しそうな声を出した。


「そんなこと出来る人間族がいるなんて……いや、魔族でも出来るやつぁいないかねい」


 魔族がパチンと指を鳴らす。

 結界を攻撃していた魔獣たちがぼくたちを見下ろした。


「まぁ、邪魔するってぇんなら容赦はしないぜ」


 すっと男が掌をこちらに見せるように構える。


「!」


 その掌にあるのは――真っ赤な目。それがぼくたちをじっと見据えていた。


「名乗っときましょうかい。オレの名ぁはレッド・アイ。<五賢王>レッド・アイ。以後、お見知りおきをってなぁ」


 ケタケタと笑う魔族――レッド・アイに戦慄する。

 <五賢王>――それは魔族の長<冥王>直属に仕える五体の魔族のこと。ただの上級魔族とは比べ物にならない力を持ち、<冥王>の命でのみ全てを蹴散らし平らげる存在。

 それが、目の前の魔族。

 ぞっと背筋に冷たい汗が伝った。

 それになんだ、あの掌の目は。名前の通り赤い目だ。

 ただ赤いだけじゃない。それは――神族の目だ。

 どうして魔族のレッド・アイが神族の目を持っている。

 流石に男も意味がわかったのか、展開する陣の数を増やす。


「じゃあ、始めますかい」


 その声で魔獣が咆哮を上げる。

 突進してくる四つ足の魔獣たち。足を狙って大剣を薙ぐ。足を失った魔獣は男の放った火炎弾に押しつぶされて絶命した。

 数が多かろうと一度に襲ってこれるのは前列だけ。

 それを排除すれば次列は前列が邪魔で動きが鈍る。そこを脳天から貫いてやれば混乱した魔獣たちは狂ったように走り回る。家が押しつぶされたが背後から回って袈裟斬りにしてやる。

 あとはもうただの作業だ。

 隙だらけの魔獣たちなどぼくと男の前では塵も同然。

 やるぅ、とレッド・アイが笑う。

 魔獣はまだまだ湧いてくる。まるで無限地獄だ。いくら塵でも多ければ鬱陶しことこの上ない。


「こんなのもあるんだぜ」


 パチンと魔族が指を鳴らす。

 ゆらり、とあちこちから現れたのは煤だらけだったり怪我を負っている人の姿。

 それが光魔法族たちだと気付いて目を見開いた。


「手駒はいっぱい持っておくべきだからねい」


 ゆらり、ゆらりと歩くその姿は幽鬼。目に光はなく、ぶつぶつとなにか言っている者もいる。それが「助けて」「殺して」という懇願だと気付いてしまい、カッと目の前が赤くなった。


「攻撃しちゃう? しちゃいます? どうするんですかい」


 ケタケタと笑っているレッド・アイに苛々する。

 徐々に幽鬼と化した光魔法族たちが迫ってくる。

 大剣で攻撃は出来ない。拳なんて以ての外だ。

 どうする、と考えていると、ふいに男がぼくの前に立ち塞がった。


「耳、塞いでて」


 言われた通りに耳を塞いだ。瞬間。金色の陣が光魔法族たちの足元に浮かぶのが見えた。

 きぃんという耳鳴り。耳を塞いでなお酷いそれにぼくは座り込む。

 金色の陣から光の環が現れ、光魔法族たちを包むように覆っていく。一際大きな、

 キーーーーーーーーーーーーーーンッ

 という耳鳴りにぼくは一瞬意識を失った。我に返って周囲を見渡す。

 光に包まれた光魔法族たちはぐったりと、しかし先ほどのように動き出すこともなく陣の上に立っていた。光の環の拘束は解けていないままだ。


「なにを……」


 ふらつく頭で立ち上がる。

 よく見れば光魔法族たちが目を回しているのがわかった。……目を回している?


「邪眼の幻覚は目から脳への直接作用。幻覚を見ているようだったからこっちも直接脳を揺らさせてもらったんだ。脳を殺して動かしていたらこれは出来なかった」


 へらりと男がぼくを見下ろす。

 周囲をよく見れば、ぼくたちの周りを囲うようにしていた魔獣たちの頭が破壊されている。耳から血を流しているだけならまだしも、脳が爆発したような有様のものさえいる。


「光魔法族の人たちには結界を張っておいたけど、魔獣にそれをしてやる義理はないからな」

「……そう」


 つまり魔術でマーキングしておかなかったら直接脳を揺らして爆発してたのか。

 ぼくは耳を塞ぐだけでよかったのはこのマーキングのおかげだ。

 脳に障害が出たらどうするつもりなんだ、こいつは。

 壊し屋の称号は今日からこいつに与えたいくらいだ。

 宙から落ちかけていたレッド・アイは頭を振ってはははと笑う。


「いや、そんな対処法は考えてなかったねい。おたく、頭おかしいんじゃないですかい」


 それには遺憾ながらぼくも同意だ。


「ここの人たちのマーキングは終わったから、もう魔術乱発しても大丈夫」

「爆炎とかが鬱陶しくない程度にしてよね」


 大剣を構える。

 地を蹴って再び湧いて出た魔獣を薙いだ。

 勢いをつけて水泡の連弾と共にレッド・アイに肉薄する。

 ばちん、と彼の掌の目が瞬きした。

 ぶわりと突風に押され、ぼくは地面を転がる。


「次はこれでどうだい」


 レッド・アイの掌の目がぱちりと閉じられた。

 途端、ぐにゃりと世界が歪む。

 真っ直ぐ立っていられない。どういうことだ、とぼくは膝をついた。

 なんだこれ。頭が痛い。

 大きな魔獣が迫ってくる。柄を握る。斬らなきゃ。


「――ティアッ!」


 魔獣から男の声。違う、魔獣じゃない。

 首に刃をかけた魔獣を見る。違う、違う、これは魔獣じゃない。


「しっかりしろ!」


 刃の当たる首からぶつりと皮の切れる音。じわっと赤がにじみ――バチン、音がして頬が熱くなった。

 目を瞬く。

 目の前で珍しく焦った男の顔。

 なんで?


「……ヴァル?」

「ティア、よかった」


 男の首にぼくの刃があるのに気付いて総毛立つ。まさか。


「……魔獣じゃなくて、ヴァルだった……?」


 頭からさーっと血が引いていくのがわかる。

 なんで。


「……あいつの目は邪眼だ。目を合わせた相手をさいなむ」

「目……」


 そうだ、目だ。

 どう見ても気を付けなければならない対象だったのに。

 幻覚を見せられたのだと気付いて、あわや相棒を殺すところだったと息を飲む。


「おや、そっちの人間族にはかからなかったんかい」

「あんたの目、見ないようにしてたからね」

「それだけで回避出来るもんじゃねぇんだがねい」


 男の口が弧を描く。


「さぁて、何故でしょう」


 男の周囲に何百もの光の矢が生成され、四方を向く。

 男が手を振ると一斉にそれが放たれた。脳天を、首を、胸を、腕を、足を、全身を貫かれて魔獣たちは絶命する。

 一本の矢がレッド・アイの耳を掠った。


「……へぇ?」


 レッド・アイの目が見開かれる。

 魔獣が再び咆哮を上げた。

 身体が動かない。

 鬼の拳がぼくの頭に炸裂した。男がぼくを呼ぶ声がする。

 もう一撃来るのが見える。


「……まったく、仕方ないな」


 せんせいの声。

 身体が引っ張られる感覚がして、ぼくは制御なく拳を鬼の身体に叩き込んだ。大穴が空いた鬼はぐらりと倒れ絶命する。


「ひとつ貸しだよ、アーティア」


 そう言ってせんせいはさっさと消える。

 ぜぇぜぇと肩で息をする。額から血が伝って落ちる気持ち悪い感触。

 無理やり動かされた腕は痺れていた。

 ぱさり、と切れた眼帯が地面に落ちる。


「……おや」


 レッド・アイが驚愕の声を上げた。


「は、はは、ははは! あはははは、これはまたおかしな生き物がいたもんだない。――神族と魔族の混血だなんて! ははははは、おたくの親はどんな人だったんだい。まさかこんなものがこんなところにいるなんて! ヘルマスターさまはご存じだろうかいな」


 笑い声が耳に障る。

 ぼくは額を拭って、レッド・アイを睨んだ。

 やつは楽しそうに笑っている。

 頭をやられてスッキリしたのか、気付いたことがある。

 あの魔族の声を聞いていると頭がぼーっとするのだ。考えるべきを考えられなくなる。それはどこか酩酊にも似ている。

 頭から血が抜けてやつの催眠が解けたのかもしれない。それは不幸中の幸いだ。

 大剣を拾い、構える。


「……ヴァル、ぼくが魔獣を薙ぎ払うから、その間に魔族を」


 レッド・アイは直接攻撃をしてこないことに気付いた。

 先ほど男の放った矢も避けることがなかった。

 なにも策を講じていないとは思うが、やってみるしかない。

 男は黙って頷き、腕を広げる。何十、何百の陣が展開され、全てが光の矢に変換される。

 ぼくは溢れ出る魔獣たちに向けて地を蹴った。

 大剣が血で重くなるほどの量。

 それでもぼくは手を止めずに魔獣の群れを斬り裂いた。


「鬱陶しいねい」


 流石に苛々した声。

 ぼくが切り開いた魔獣の群れの隙間からレッド・アイの姿が見える。

 今だ。

 ぼくは後方へ跳び退る。

 瞬間、光の矢が暴流となってレッド・アイを襲った。

 ズドドドドドッと大きな音を立てて土煙が上がる。

 これでは魔族が見えない!

 焦ったと同時だった。

 土煙の中から見えない刃が飛び出し矢を斬り裂いていく。

 なにが起こった。

 こちらへ飛んでくる刃を大剣で受け止める。

 はっとぼくは相棒を見た。

 世界が止まったかと思った。

 相棒に迫る疾風の刃。

 障壁が間に合わない。

 ぼくは手を伸ばす。地を蹴る。

 全てがゆっくりで、遅い。

 ぼくの手が男に触れる。

 とん、と軽く押すだけで男は突き飛ばされ体勢を崩す。

 刃がぼくの伸ばした左腕を切り落とす。

 瞬間、世界に色と音が戻った。


「――ティア!」


 吹っ飛ぶ左手が地面を転がる。尾を引いて真っ赤な血が溢れた。

 ぼくは構わず右腕だけで大剣を投擲した。


「ヴァル!」


 ぼくの声に反応して男が魔術を高速展開。追い風が大剣を押しやる。


「……あ?」


 音もなく刃は魔族の左手と胴を貫いた。

 続いて高速展開された爆裂術式が炸裂する。


「――ッ」


 ようやく、魔族が地に足をついた。

 ぼくは血の帯を残しながらレッド・アイに肉薄する。大剣を引き抜く。ひぐぅと魔族が悲鳴を上げた。

 振り上げた剣を振り下ろす。

 が、斬れたのは地面だけだった。

 はっと上を見ると再び宙に浮かぶレッド・アイ。

 しかしその顔には今までのような余裕はない。


「は……油断したねい」


 ぼたぼたと胸から、手から血が滴る。


「まぁ、ヘルマスターさまは襲撃しろって言っただけだねい」


 ここらでいいだろう、とレッド・アイは苦笑した。


「おたくらの名前を聞いておきたいんだがねい」


 ぼくは大剣を片手で構える。


「……アーティア・ロードフィールド」

「…………ヴァーレンハイト・ルフェーヴル・メルディーヴァ」

「気が向いたら覚えといてやるよい」


 ははは、と血の痕を残して魔族の姿が掻き消える。

 生きた魔獣の姿もなくなっていた。

 がくりとぼくは大剣に縋りつくようにして膝をつく。

 左腕からぼたぼたと音を立てて血が流れていく。止まりそうになかった。


「――ティア! ティア……しっかりしろ!」


 男が駆け寄ってくる。

 その後ろにぼくの左手が見えた。


「……ヴァル、腕、拾ってきて」

「は、はぁ?」


 いいから、と言うと男は渋々左手を拾ってきてくれた。


「くっつけて」

「いや、おれ、治癒術使えないし……」

「違う、そのまま、くっつけて」


 わけがわからないと言いたげな男を急かして、斬られた断面を合わせるように言う。

 傷口は綺麗に斬られていたおかげでぴたりと合う。


「……これでどうするの」

「そのまま、なんかで縛って固定して」

「…………それでくっつく、とか言わないでくれよ」

「魔族の血が入ってんだからそれくらい出来る。……って言いたいところだけど、一人じゃ無理かな。治癒術師ヒーラー呼んで……」


 視界がだんだんと暗くなってくる。

 ざわざわと騒ぐ声が聞こえる。誰だ、騒がしい。


「あーーーーーーっ、だめぇ、死んじゃいやぁぁぁぁぁぁぁっ! 俺そんな命背負えないお願い死んじゃダメぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 やかましい声が近付いてくる。

 その姿を確認しようとして、出来ずにぼくは意識を手放した。


戦闘は何度書いても苦手です。うまくなりたい。

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