11 魔法族の集落 2/7
前回の続き。……この辺まとめて1/○とかにした方がよかったかなぁ、と今更ながらに思ったりしなくもない。
*タイトル変更しました 2020.02.15
だいぶ日も沈んだ時間帯。
集落のはずれ、ジャングルに囲まれたところにぽつんと立つ一軒家に、リークに案内されてぼく――アーティアと相棒の男――ヴァーレンハイトはやってきていた。
簡素なログハウスと言った小さな家の木で出来た扉をリークが叩く。
ぱたぱたと中から音がして、カチャリと扉が開き先ほど別れた少年――ジェウセニューが顔を出した。
「おお、よくきたな」
「来ったよー」
お邪魔しまーすと勝手知ったる他人の家なのか、リークはずかずかと家に入る。
ぼくと男も続く。
荷物は扉の邪魔にならないところに置いていいと言われたので言う通りにする。
中は温かみのある空間になっていて、灯りをつけているせいかだいぶ明るい。外から見るよりも広々としていて、一人二人で暮らすなら丁度いい広さかもしれない。
ただ現在は五人もいるせいか少々手狭に感じてしまう。
主にヴァーレンハイトとかいう一八〇センチ越えの巨人がいるせいで。
「……ヴァル、外出ない? なんか邪魔だ」
「えっ、流石に傷付く……」
呆然とする男を置いて、テーブルへと案内された。
隅々まで掃除が行き届いており、正直ジェウセニューでなくモミュアが掃除したのだろうな、という気がする。なんとなく。
テーブルには既にマカロニサラダやパンが置いてある。
「もうすぐシチューが出来るからちょっと待っててね」
キッチンで料理するモミュアが振り向いた。
「モミュア、なにか手伝うことある?」
「リークは座っててくれ、頼むから」
手伝おうとしたリークをジェウセニューが慌てて止める。
なにか前科でもあるのだろうか。
気にせずリークと一緒に椅子に座った。リークは不満そうに唇を尖らせている。
「なによー、いいじゃない、ちょっと手伝うくらい」
「気にしないで、リークもお客さんなんだから」
モミュアがシチューの入った皿を持ってテーブルに近付く。ことりと置かれたそれは湯気が立っていて、食欲をそそるにおいをさせている。
ぐぅ、とジェウセニューの腹が鳴った。
モミュアはくすりと笑い、もう少しだけ待ってね、とキッチンへ戻る。
すぐに戻ってきたモミュアが持っているのは三つのシチューが注がれたお皿。それを落とさないように丁寧にテーブルへ置いていく。
「美味しそう」
「ふふ、お待たせ。それじゃあ食べましょ」
モミュアがにっこりと笑ったのに合わせて、食前の祈りをして匙を取る。
シチューに入っているのはごろごろとした肉と野菜。一口大の肉の塊を口に含めば軽く噛んだだけでほぐれる。野菜も中まで味が染みていてとても美味しい。
「ん~、さっすがモミュア! お肉もほろほろで美味しい!」
「よかった、セニューが狩ってきたよくわからない動物だったけど、美味しく出来てるみたいね」
「……それは聞かなかったことにするわ」
ぼくも聞かなかったことにする。
男はマカロニサラダをもそもそと食べている。ぼくたちに好き嫌いはないが、美味しいと思うものはたくさん食べたくなるものだ。
サラダの塩加減もちょうどよくて、そこらの食堂よりも美味しかった。
「あたしが男だったらモミュアを嫁にしてる。むしろ嫁に来てほしい」
リークがシチューの最後の一口を名残惜しそうに口に入れる。
なに言ってるの、とモミュアは笑うが、その横でジェウセニューは気が気でない様子だ。
そんな三人の様子を見もせずに、男はシチューの皿を持ちあげた。空っぽだ。
「……おかわり、ある?」
目をぱちくり瞬かせたモミュアはふ、と笑ってこくりと頷いた。
「まだまだあるからどんどんおかわりしてね」
「……じゃあ、ぼくも」
遠慮せずに皿を渡すとモミュアは笑顔で受け取る。
おかわりのシチューを貰っていると、あっとリークが叫んだ。
「今日は遅くならないように言われてたんだった……」
「帰る?」
「うん、名残惜しいけど、またね! ティアとヴァルさんもまたね!」
ぱっと席を立つとリークは慌てて去っていった。
嵐のようなその有り様にぼくはぽかんと彼女の去った扉を見つめる。
「相変わらず騒がしいやつだなー」
ジェウセニューが言いながらおかわりのシチューを持ってくる。
モミュアはくすくすと笑いながら「それがリークらしいんだけどね」とリークの食器を片付けた。
「モミュアは早く帰ってこいとかそういうこと言われないの?」
「わたしは――えーと……大丈夫よ」
ちょっとだけ間があった。まぁ、ぼくが気にすることではないのだが。
ただ彼女の場合は今日既に結構な規模で周囲に心配かけていたのだから、少しは気にした方がいいのかもしれないが。
「ティアちゃんとヴァルさんは、どうして旅をしているの?」
話題を逸らそうとしたのか、モミュアが首を傾げる。
その話題はとくに面白い返答を出来ないな、と思いつつパンを取る。
「ぼくは親がいないから、生きるために始めた感じかな。……聞いてごめんとか言わないでね。気にしてないから」
「ええと、うん、わかった」
男は、と横を見ればシチューを口に運びながらなにか考えている。
「おれは……住むところがなくなって、帰る場所がなくなったから……なんとなく……かなぁ。ティアと旅してると朝起こしてくれるし、金を払えば出来たご飯食べられるし……面倒なことも多いけど」
うーんうーんと唸る男だが、いつだったかおまえがせんせいと「パーティ組んだ相手がなにかしらやってくれたら楽」とか言ってるの聞いたぞ。
「……二人とも、大変だったんだな」
ジェウセニューがパンを齧りながら言う。
大変……なのだろうか。ぼくにはこれが普通だったからわからない。
食べながら話していたせいか、いつの間にやらシチューもマカロニサラダもパンも完売御礼。
食後のデザートに、とモミュアがオレンジのような果物を切って持ってきてくれた。
さっぱりとした味で、少しこってりしていたシチューのあとには最適だ。
「そろそろわたしも帰るわね。朝食のパンとリンゴはキッチンに置いてあるから」
ありがとな、とジェウセニューが笑うと、モミュアも釣られて微笑む。
モミュアを見送って、残りの果物を片付けた。
寝床はベッドが一つなのでぼくが使わせてもらうことになった。
「……詰めればおれもベッドで眠れるのでは? ティアは小さいし……」
「小さい言うな、独活の大木。あんたはデカいから無理でしょ」
「や、役には立つだろ……魔術とか……」
なにかもごもごと言っているが無視して寝る準備をする。
「ティアもヴァルも、親……いないのか」
さぁ寝るぞと言ったところでジェウセニューがぽつりと呟いた。
そうみたいだなー、と男が肯定する。
「オレも親、いないんだ」
歯を見せて笑うが、眉尻が下がっている。
「別に無理して話さなくていいのに」
「……だって、二人は話してくれたのにオレは話さないのは、えーと……ふぇあ? じゃないだろ」
別に気にしないのに。ジェウセニューは気になったらしい。
「じゃあ、ぼくも聞いていい?」
「いいぜ、なにを?」
「なんであんたの家はこんな集落のはずれにあるの」
村八分にされているという印象はなかったが、だったら何故ジェウセニューだけこんなはずれに住んでいるのだろうか。
ジェウセニューはあーと声を上げながら天井を見た。特になにかあるわけでもないようだ。
「母さんがそもそもずっとここに住んでたんだって」
「?」
「そういえば、なんでか聞いたことねーや」
なんだそれは。気になったことがないのだろうか。
ふうんと適当に相槌を打つ。
「ニトーレが言うには、母さんすっげぇ強くってなんか一目置かれてた? とかで特別に作った家に暮らすようにしたとか言ってたかな。よくわかんねぇけど」
ジェウセニューの話は要領を得ない。
「ニトーレはオレの――師匠? みたいなやつなんだ。母さんが死んだばっかのころ、オレを一人でも生きれるようにって色々教えてくれた。食べれる草、食べれない草、獣の倒し方、食べていいもの、食べちゃダメなもの、ジャングルで迷わない方法……色々」
日常的にサバイバルでもしているのか、こいつは。
普通に料理や掃除の仕方など、定住の方法なら他にもあっただろうに、何故あの雷精霊神官はそれを教えたんだ。
……いや、よく思い返せばぼくもせんせいにそんな感じのこと教わったな。師匠や先生と呼ばれるようなやつはみんなこうなのだろうか。
ぼくが遠い目をしている間にも、ジェウセニューと男はどんな草が一番美味しいかなどと話している。
ふと気になったことがあるのを思い出した。
「ジェウセニュー、父親は?」
ジェウセニューは雷魔法族だ。
けれど他の雷魔法族とはなにかが違う気がした。確か雷精霊神官であるニトーレも変わった魔力をしていたが、それは精霊神官という特殊な立ち位置にいるからだろう。
だがジェウセニューは精霊神官でもなければ、モミュアやリークたちのような純粋な魔力の質を感じない。
なんというか、雷はピカピカしているが、ジェウセニューのそれは更にキラキラしているように感じるのだ。
ぼくはこの感覚を知っているはずだ。だけど、思い出せない。
父親、とジェウセニューが繰り返す。
「……そういえば、知らねぇや」
がくりと肩の力が抜けた。
「母さんからも、ニトーレからも聞いたことないなー」
「……気にしたこと、ないの」
「なかったなー」
他の親子関係を見たことがないわけでもないだろうに。
余程どうでもいいのだろう。
存在を気取らせなかった母親もすごい。……いや、ぼくの母が気取らせ過ぎだったのか?
「なぁ、旅ってどんな感じ?」
「……旅、したいの」
「いや、ニトーレにはおまえには向いてないって言われたし、集落を離れるつもりはないんだけど」
やっぱ気になるし、とジェウセニューは笑う。
「好きなときに好きなご飯食べられないし、好きなときにお風呂入れないし、魔獣は出てくるし、野宿もあるし、厄介ごとには巻き込まれるし、なんでも自分でどうにかしないといけないし、大変」
「……なんでティアは旅してんの?」
でも、とぼくが続けるとジェウセニューは首を傾げた。
「地域ごとに違う料理は食べれるし、嫌いなやつとの接触は一時的だし、魔獣倒すとお金貰えるし、綺麗な景色は見られるし、戦うの好きだから好きなことしてるって感じするし、自分のこと自分でやってるから誰に文句言われる筋合いないし、割と楽しいこともある」
へぇ、とジェウセニューが目をキラキラさせた。
「……ジェウセニューが旅に出るなら、モミュアは寂しがるだろうね」
「なっ、なななななんでモミュアが出てくるんだよ!」
「旅に出るってことはそれまでのものを全部捨てるってことだよ」
そう言うとジェウセニューはぐっと黙る。このくらいの年頃の少年は割と旅人に憧れを持ちやすい傾向でもあるのか。
「やっぱオレには旅は無理かな」
「そう思う」
言いながらベッドに潜り込むと、ジェウセニューはちぇーっと言いながら床の布団に倒れ込んだ。
さっきから静かだな、と思って長椅子を見れば、既に男は夢の中だった。
こいつには人の家だから緊張するとかいう感情はないようだ。
布団は太陽のにおいがしてふかふかだ。
「――おやすみ」
「おやすみ」
なんとなく、ジェウセニューは他人ではないような気がしていた。
+
翌朝は朝日と共に起きた。長椅子では男が眠ったままだし、床には布団を投げ出したジェウセニューが転がっている。
そっと布団を掛け直して、身支度を整える。
二人を(一人はどうせ起きやしないが)起こさないように注意しながら外に出る。
開けた場所ではあるから素振りするのにちょうどよかった。
いつも通りに素振りをして、軽くストレッチ。
今は天気がいいようだが、遠くを見ると雲が出ているのが見える。風向きからしてこちらにやってくるのは暗くなってからかもしれない。
そんなことをやっているとジャングルだか森だかの方から奇声が聞こえ、獣が飛び出してきた。
クマだか猪だかよくわからない生き物だ。魔獣なのかもしれない。
突進してくるそれを剣で弾いて、拳で仕留める。そこそこの大きさだから食べられるかもしれない。一応、血抜きをしておくか。
そんな作業をしているとだいぶ陽が昇ってきた。
ガチャリと扉が開いて眠たそうなジェウセニューが顔を出す。
「……おはよう」
「おはよ。寝癖すごいよ」
まじで、とジェウセニューはガシガシと頭を掻く。まだ半分くらい寝惚けていそうだ。
獲物を見せて、食べるか聞くと「食べる……モミュアに料理してもらえねぇかな」と答えた。
そのままモミュアに見せるのも酷だし、血抜きが終わったら部分ごとに解体しておくか、と外に吊るして放置しておくことにした。
家の中に戻っても男は一人夢の中だ。いつものことだが。
ジェウセニューがパンの準備をしている間に男を起こす。
今日は逆さにひっくり返す前に起きた。
「……ティアに逆さ吊りされると頭ぶつけて痛い……」
「痛くしてんだよ。ほらさっさと起きて。ヴァルの分の朝ごはん食べちゃうよ」
「……ダメ……食べる……」
睡眠欲も大事だが食欲も大事なようだ。
三人でもそもそとパンとリンゴを齧る。リンゴは丸のままだ。
ジェウセニューはモミュアがいないと生きていけないんじゃないか。そんな考えが頭を過る。
パンは少し硬くなっていたが、美味しかった。
昼前にモミュアがやってきた。
解体しておいた謎肉を見せると「頑張って料理するね」と礼を言われた。
昼食後はリークも一緒に集落を案内してくれるという。
ふとなにか珍しい気配を感じて顔を上げる。
なにかがものすごい速さで迫ってくる感じだ。
「どうした、ティア」
「……なんか、来る?」
なんかって、と男が言ったとき、同時に家の扉がバンッと大きな音を立てた。
いや、なにかがぶつかったのか。
するとドン、ドンドンドンドンドンと叩く音になる。
モミュアがぎょっとして小さく悲鳴を上げた。
ジェウセニューが恐る恐る扉に近付き、それを開ける。
バターン、と勢いよく扉が開いて転がるように入ってきたのは――子ども。
その子どもがただの少年ではないのは一目瞭然だった。
何故ならその子どもの頭には真っ白な角が生えていたのだから。
立ち上がるとぼくより二〇センチくらい低いその子は大きめの黒の長袖シャツに同色の長ズボンを身に着け、背中には蝙蝠のような翼が生えている。髪は黄みがかった緑。翼も同色だ。
髪から覗く耳は尖っていて、目はきょろりと爬虫類のような黄色。左目を隠すように魔法族の紋様の帯を巻いていた。
だが少年からは魔法族とは違う魔力を感じる。
「クロア!」
「早く出ろよバカセニュー!」
クロアと呼ばれた少年はふわりと浮き上がってジェウセニューの頭を叩いた。
「っと、こんなことしてる場合じゃなかった。ティアとヴァルってやつはいるか?」
突然の指名に驚く。
きょろきょろと部屋の中を見回した少年はぼくと男を見つけるとにっと笑った。
「ご主人が呼んでるんだ。一緒に来てくれよ」
ご主人? とぼくたちが問うと、代わりにジェウセニューが「ニトーレのこと」と答える。
「えーと、こいつはクロア。ニトーレの……えっと、使い魔? とかいうやつ」
「ちっげぇ! オレはご主人ニトーレの守護精霊だ!」
ふんと少年――クロアは胸を張る。よくわからないが、誇らしいことのようだ。
ニトーレの使いということは、依頼だろうか。
男に目配せをしてからわかったと頷く。モミュアたちには悪いが仕事だ。
残念そうにする二人を置いて、ぼくたちはクロアの先導で一軒の家に案内される。
族長の家らしい。
中に入れば奥の部屋に通され、そこには昨日の雷精霊神官ニトーレと見知らぬ中年男。この男が族長なのだろうか。
案の定、そう自己紹介され、ぼくたちは勧められた椅子に座る。
訝しがる族長の視線が鬱陶しいが無視してニトーレに顔を向けた。
「話は昨日のこと?」
「話が早くて助かる」
そう言ってニトーレは昨日の手紙をポケットから取り出した。若干ぐしゃりと潰れているのは見なかったことにする。
手紙を広げて見せたニトーレの勧めに従ってぼくたちもそれを覗き込む。
そこには新聞の切り抜きで作ったような文字コラージュで「魔族が光精霊を狙っている」という文章が書かれていた。
どう見てもいたずらにしか見えない。
だがいたずらにしても魔族という単語が悪質だ。
「これが本当かいたずらか話し合ってたんだけどな、こっちの伝手で入った情報と合わせるとどうも嘘ではなさそうなんだよな」
苦い顔をするニトーレ。
横で族長も厳しい顔をしている。
「一応、全魔法族の精霊神官にこのことは通達した」
そこで、とニトーレは言った。
「しばらくの間、あっちの集落に行って光精霊神官を守ってやってほしいんだ」
護衛任務ということか。
「その場合の日数と日給は」
「多くは出せないが、精一杯させてもらうつもりだ」
ニトーレが頷く。まぁ請けても大丈夫かな、と男に目を向けていると、黙っていた族長が「待ってくれ」と声を上げた。
「こんな子どもと若造にそんな大層な任務を与えて大丈夫なのかね。光精霊神官に失礼ではないか」
失礼はおまえだハゲという言葉をぼくはすんでで飲み込む。というかテーブルの下でこっそり男に小突かれた。
内心舌打ちしてぼくは族長を見る。
「今からでも街から腕の立つ冒険者を雇った方がいいのでは? こんな子どもになにが出来るんだ」
「だから、こいつらはSランク討伐すら出来るって言ってるじゃないか」
「それは自己申告だろう。見栄を張ったに決まっている」
「嘘吐いて信用落とすのは自分たちだ。そんなこと言う理由がない」
下らない話し合いという名の言い合いが続く。
これはどっちに転がるかな。
そんなことを考えていたらニトーレの背後で窓が割れた。
咄嗟に大剣に手をやる。
滑り込むように入ってきた白いそれは囲んでいたテーブルの上に不時着するとキョエッと鳴いた。小鳥だ。
白く透き通った小鳥はニトーレの姿を認めると、自身の足をこつこつと嘴で叩いた。
よく見ればそこに紙が括り付けてある。
「こいつは……光精霊神官の使い魔だな」
言いながら足に括り付けられた紙を外す。中を検めて彼は目を見開いた。
すぐに横の族長に見せて驚愕させたあと、ぼくたちにも見せてくれた。
そこに書かれていたのは走るような字で「マジュウ シュウゲキ シキュウキュウエン モトム」という文が書かれていた。端にインクのあとが残っている。
族長がさぁっと青い顔をした。
「ここから光魔法族の集落へはどれくらいかかるの」
「……三キロちょっと。今から準備してたら時間がかかるな……」
インクのシミに混じった赤いシミをなぞっているニトーレの頭では必要なものと時間を計算しているのだろう。
ぎりと歯を噛み締めている。
「……ぼくとヴァル、二人だけなら五分以内に着けるよ」
「えっ」
目を丸くする男は無視だ。
ばっと顔を上げたニトーレがぼくに詰め寄る。
「本当か!」
「嘘言ってどうするの。そんな場合じゃないんでしょ」
「そうだな……頼む、任せていいか」
ちらと族長を見る。青ざめすぎていっそ白いくらいだ。
「ぼくたちは高いよ?」
にまりと笑って言ってやると、ニトーレは眉間の皺を深くした。
「……なにが欲しい」
そうだね、とぼくは顔に手を当てて考え込む素振りをする。
「とりあえず、モミュアの料理がまた食べたいな」
「……は?」
「あとは保存食や消耗品の補給もしたいし、それに静かな家でゆっくりしたい」
にっこりと笑ってやると、ぼくの意図をしっかり理解したニトーレがはははと笑う。
「……確かに、そいつは金に換えられねぇわ」
手を出したぼくにニトーレは叩くようにして手を重ねた。
「支払い交渉はこっちでしとく。後払いになるけどいいか」
仕方ないな、とぼくは笑った。
「交渉成立。依頼、承りました」
ニトーレが頷く。
握った手を離して、窓を眺めていたクロアを呼ぶ。
「クロア、道案内してやってくれ」
「も~~~~、オレはご主人の守護精霊なんだぞー! 本来、精霊神官から離れたらダメなのに!」
不満そうに声を上げるクロアを見ながら、ぼくは男を引っ張って準備させる。
「いいよ、方角だけ教えてくれれば。どうせ追いつけないから」
「ああ……やっぱり……」
大剣や短剣の確認する横で男が覚悟を決めた(諦めた)顔をして項垂れた。
全員で外に出て光魔法族の集落の方角を教えてもらう。
きっちり西へ真っ直ぐ。
それなら直線で走るだけだから楽だ。
「途中に公共施設があるから注意してくれ」
「間違ってはいらないようにしろよ」
了解、とニトーレとクロアに答えた。
背後でやだなーとかうーとか言ってる男の名前を呼ぶ。
「わかった……」
心底嫌そうに男は魔法陣を展開し、ぼくに速度強化魔術をかける。
世界が遅くなったかのようだ。
ヴァル、と男を再度呼ぶと、男は諦めてぼくの背中に乗った。
ぼくは男の足を掴んで、男は身体を精一杯丸めてぼくにしがみつく。
おお? とニトーレが首を傾げた。
「じゃあ、行ってきます……」
男の嫌そうな声。
同時にぼくは地を蹴る。
瞬間、景色がびゅんと過ぎ去った。
振り向けばぽかんとするニトーレたちの姿はあっという間に見えなくなる。
風と同化したような感覚を全身で感じながら走る。
背中で男が「あぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁあああっ」と延々叫んでいるが気にしない。
気にしていたら光魔法族の集落には着かないのだ。
天頂からやや傾いた太陽だけが今のぼくの敵だった。
次は戦闘回。頑張る(`・ω・´)