愛の女神、アフロン
女神登場
「私が殺しました」
「え?」
「私は愛の女神アフロン。古河新太郎。あなたは私の力で即死させました」
「えっと…、え?」
早いもので今日はゴールデンウィーク前最終日だったはず。
俺は今日終われば束の間の休息が得られるぞとルンルン気分で登校してたはず。
妹のみこりに相当引かれながら登校してたはず。
「安心してください。私は愛の女神。交通事故で死なせては運転手の方も気の毒でしょうから心臓麻痺で即死、その後は川に落下させました」
「待て待て待て」
「どうしました? 私に何か質問ですか?」
「色々聞きたい事はあるけど一つ確認していいですか?」
「どうぞ」
「みこりはどうなりました?」
「みこり? …あぁ、あなたの妹さんですね。安心して下さい。あなたを助けようと川に飛び込もうとしましたが、通行人を装って私が止めました。怪我一つありませんよ」
「そうですか。みこりを助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ。愛の女神として当然ですわ」
「ついでに聞きたいのですが」
「なんなりと」
「何で俺殺されたんです?」
みこりの無事を聞いて安心した俺はやっと平常心を取り戻せた。
いきなり知らない天井だ状態だし、目の前にはアダルトな女性がいるし、俺は正直混乱したよ。
「わかりませんか?」
「わかりませんね」
「私があなたに託した力を覚えていますか? 信託を通じてあなたに託したと思いますが」
「あぁ。ラブコメの主人公ってやつですか。あなただったんですね」
「そうです」
「それが何か?」
「間々田恵理子さんをご存じですね?」
「はい。同じクラスですから」
「私の力で信託を通じて彼女にも力を与えました。本人は気付いていないですが、メインヒロイン属性を」
「なんですかそれ」
「ラブコメには可愛い女の子の登場が必要不可欠です。しかしあなたの周りにはパッとしない女の子しかいない。なので間々田さんにメインヒロインの属性を与えました」
「えっと?」
「主人公とヒロインは引き合うものです。メインヒロインの属性を持てば数々の偶然が起こり、あなたと一緒の学校、一緒のクラスになる事など容易い事です」
「道理で事あるごとに間々田さんと一緒のペアになったりするなと思いました」
「そうでしょう。これがラブコメの主人公とヒロインの古来より守られてきたお約束なのですから」
「しかし、それは俺を殺る動機にはならなくないですか?」
俺が主人公属性で間々田さんがヒロイン属性で、それらをこの女神さんが託したのは分かった。
しかし俺はともかく間々田さんはその事を知らなかったみたいだし、何ならここ一週間くらいまともに話してないまである。
「彼女が転入初日にあなたに食事処を聞きましたね?」
「はい。俺は最寄りのココっスを紹介しました。カリカリポテトが美味いので」
「彼女が転入三日目にあなたを昼食で学食に誘いましたね?」
「はい。しかし俺はみこりが弁当を作ってくれたので断りました」
「彼女が転入して初めての金曜日にあなたに土日のどちらかスケジュールは空いてないかと聞きましたね?」
「はい。しかし土曜も日曜もみこりと買い物に行こうとしてたので断りました」
「彼女が転入してきた翌週の月曜日あなたと家の前で会いましたね?」
「はい。どうやら隣の部屋に越して来てたみたいで。行先は同じですから一緒に登校しました。俺はみこりと話してましたが」
「彼女が転入十日目にクラスで席替えをしてまた隣の席になりましたね?」
「はい。間々田さんは最前列の一番右、俺はその左でしたが窓際最後列の久喜さんが視力が悪いそうなので交換しました」
「彼女が一週間ほど前にゴールデンウィークの予定を聞いてきましたね?」
「はい。何でもクラスに早く馴染めるように委員長の大宮さんが歓迎会として皆で遊びに行く企画を立てたようです。間々田さんは5月3日以外なら予定が空いているとの事でその日に歓迎会を開くことになったらしいのですが、その日だけはみこりと一緒に映画を見に行く予定があったので断りました」
「彼女が先週末にあなたに連絡先を渡して来ましたね?」
「はい。最近はラインとか便利なものがありますからね。まだ連絡は取ったことはないですが」
「…」
「…」
「…」
「…え?」
「お前頭イカレてんのか?」
さっきまでの美しい顔はどこへやら女神さんはお顔をピキピキなされた。
一体何があった?
何か気に障るような事でも言ってしまったのだろうか?
「こんなにも分かりやすいフラグを乱立させているのにそれを尽くへし折って行くってどういう神経してんだ? そんなに間々田の事が嫌いか? あ?」
「嫌いだなんて。美人ですし、皆に好かれる性格をしてると思いますよ」
ちなみに間々田さんは黒髪ロングの美少女で、裏の情報網からは隠れ巨乳との噂もある。
俺の高校は雨でも降らない限り男子は校庭、女子は体育館と完全に分かれるので運動時の揺れなど調べようがないのだが。
制服の上からでは分からない。故に隠れ巨乳。私服は見たことないしね。
「終いには今週頭に彼女から下級生の男子から告白された話されたよな?」
なんか女神さん口調も荒々しいんですけど。
さっきまでの凛々しいお姿は仮の姿だったの? こっちが素なの? 怖ぇ。
「はい。みこりのクラスにいる空手部の超絶イケメンだそうです」
「それを聞いてお前は何つった?」
「普通に良かったじゃないかって言いましたけど」
「本心は?」
「ここで断られてしまうとみこりに手を出されかねないから是非くっついてもらわないとって思いました」
「…」
「そういえばその日くらいからあまり間々田さんと話をしなくなっ」
「このアホーーーーーッ!!!」
「だかっ!!!」
女神さんの強烈な右ストレートは俺の顎を打ち抜き、脳を揺らした。
おぉぉぉ…視界が揺れる。
膝が笑ってやがる…。
「そいつはなぁ、私が用意した間々田を奪い合うライバル属性を持った奴なんだよ! そこは嘘でも付き合ってほしくないの一言くらい言ってくれねぇとよぉ、話が面白くならねぇだろうが!」
何か女神さんが言ってるけどそれどころじゃないよ。
だってもう床に倒れ伏せてるもん俺。
みこりのドロップキックは愛があるから耐えられるけど、敵意剥き出し拳も剥き出しの一撃を不意打ちで顎に喰らえば誰だって白目剥くよ。
「正直まだまだ挽回のチャンスはありそうだったんだが、ここ数週間のイベントを考えるともう別世界に転移してもらった方が早いって思ったわけ。だから殺した」
「…」
「いいか? 今から行く場所は元居た世界とは全く違う異世界だ。本来なら現代ラブコメを目指そうと思ったが大幅に予定が狂っちまったから異世界ラブコメにシフトチェンジっつーわけ」
「…」
「最近この手の話は多いから正直二番煎じどころか十番煎じなんだが、私はハッピーエンドしか認めない女神だから四の五の言ってられねぇ」
「…」
「異世界転移ものっつったらやっぱチートだよな。イケメン騎士よりチート凡人の方が読んでてスカッとするだろ? ヒロイン共が軽いだの何だの言われやすいが顔が良けりゃ皆黙るだろ」
「…」
「そんなわけでチート能力なんだが、何がいい? お前もゲームくらいやるだろ? その辺勝手は分かるだろ? 何でもいいぞ。私は女神だからな。力を授けるなんて容易いことだ」
「…」
「…聞いてる?」
「はっ」
ここは?
俺は確かみこりと一緒に学校へ行こうとしてたはずなんだが。
しかし見渡せば知らない森の中。
どこだここは。
ついさっきまで夢の中で凶暴な女の人にボコボコにされた気がするんだが、覚めてよかった。
その夢で転移がどうの、チートがどうの言ってた気がするけど何だったんだろう。
「そんな事よりみこりだ! まさか迷子になったんじゃないだろうな!」
キョロキョロと辺りを見回すがやはりみこりの姿はない。
どこ行っちまったんだみこり…。
兄ちゃんを一人にするなんてそんな悪い子に育てた覚えはないぞ…。
「みこり…、みこり…! みこりーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!」
「兄ちゃん!」
「えっ」
俺が叫ぶと激しい光に包まれてみこりが降って来た。
何かよく分からんけど会えてよかった。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! 何ドジやってんだよ! 川に落ちて、死んじゃったらどうすんだよぉぉ」
ぶえええええと俺に抱き着いて泣きだすみこり。
原因不明の登場の仕方をしたので偽物かと思ったが、この匂い、この声、この温かさ、この胸部の低反発性、間違いなく俺の妹のみこりだった。
「よしよし、心配かけたなみこり。兄ちゃんは元気だから安心してくれ」
「っ…、っ…」
みこりは小さい頃から頭を撫でないと泣き止まないからな。
その撫で時間とぐずり時間は比例するのだが、今回は相当長い時間撫でてた気がする。
これは余程心配をかけてしまったようだ。
今後はみこりに余計な心配をさせないようにずっと一緒にいないと。
「…で? ここどこなの、兄ちゃん」
やっと泣き止んだみこりの第一声。
まだ涙目の上目使いで見上げるみこりは最早殺人兵器であった。
「いや、それが俺にも分からないんだ。気が付いたらここに倒れてて」
「えっ。待って兄ちゃん。それってもしかして」
「異世界転移、ってやつじゃない?」
その頃の神界、愛の女神の神殿にてアフロンは、
「まさか異世界転移特典のチート能力を『妹召喚』にする奴がいるなんて…、これってまたヤバいんじゃね?」
と、下界を見て溜息を吐いたそうな。
間々田さんのターン終了のお知らせ