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第五話    子守唄    その七


「ーーーー意識が、戻りました」


「肋骨が折れているだけだからね。女の子の方は……?」


「あちらも命に別状は無さそうです。かなり軽傷ですよ」


「ああ、でも、一応、二人ともMRIの準備をしておいて」


 ……どこだろう。ここは。


 白い。白くて、キレイな場所だ。ピ、ピ、ピ、とリズミカルな音が聞こえる……。


 こぽこぽという、どこか軽やかな音も。


 若い女性がこちらを覗き込んでくる。


 オレは寝かされているらしい。どうなっているんだ……。


 こっちの表情からだろうな、若い女性は安心させるための笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですよ、ここは病院です」


 聞きたくない言葉だな。脱出したはずだよね、叔母さん……?


「……あなたたちは事故に遭ったんです」


「……事故?」


「車です。交通事故ですよ」


「……?」


「覚えてませんか?」


 …………いや。


 覚えている。


 そうだ、あの妊婦さんを運んだあと、オレは雨のなか、瑞穂ちゃんと一緒に、この町を出ようと……。


「……赤信号で、止まっていたんだ。そのとき、いきなり後ろから追突されて」


「そうみたいですね」


「瑞穂ちゃんは?」


「一緒にいた女の子も無事ですよ。隣の処置室で治療中です。きっと、あなたより軽症です」


「……そうか。突っ込んできた方は?」


「そちらも、多少のケガはあるみたいですけど、死ぬとかどうとかじゃないですよ」


「……それは、良かったです」


 ……夢、だったのか?


 交通事故で気を失って、そのまま悪夢を見ていた……?


 ……そうか。それなら、いいんだ。


「……大丈夫ですかな?」


 マスクをした初老の医師がやって来る。


「……はい。体があちこち痛いけど」


「意識が飛ぶぐらいの衝撃を浴びたからね。そんなことで済んだなら、不幸中の幸いだよ」


「そうですね……」


「近頃の若者は、素直でよろしい。ああ、名前は……結城志郎くんだね?」


「はい。どうして名前を?」


「免許証からさ。救急車に載せられた時、調べられたんだろう」


「……そうですか……」


「間違いはないかい?都会から、こっちに彼女と旅行かね」


「まあ、そんなところです……」


「そうか、まあ、私の見立てでは軽症だからね。一応、今夜はここに泊まってもらうことになるけど、用心のためさ」


「……すみません」


「いいや。構わないよ。これも仕事だからね……ああ、忘れていたね。私は、御子柴。この総合病院の医師だよ」


 心臓が飛び出しそうなぐらい驚いた。ピピ、ピピ、ピピと、機械の音がリズムを乱す。


 あれは心拍を計る機械の音だったのか。


 マスクを外した御子柴が、悪夢のなか、スマホで見た通りの顔で笑う。


「どうしたんだい?」


「い、いえ……何も」


「そうかい。どこか、異常があれば言うんだよ?吐き気がするとか、めまいがするとか」


「……大丈夫です」


「ははは。若いから、そうだろうねえ。とりあえず、今はMRIを撮ってきてもらうよ。脳の検査だ。脳にダメージがないかを確認するんだよ」


「…………はい」


「じゃあ。行きますよ」


 看護師はそう語り、オレの寝かされているベッドを押し始める。


 簡単にそのベッドは進んでいく。


 ……MRI室に向かうのか。そこで、脳を撮影される…………御子柴の病院で?


 嫌すぎる…………。


「あの、オレ。大丈夫です」


「ダメですよ、交通事故に遭ったんですからね?」


「……大丈夫ですよ。それより…………っ?」


 冷たい。


 そう感じた。何かが上から落ちてきた?


 天井を見上げた瞬間、大雨が降り始める。それを浴びてしまう。


 同時に、けたたましい音が響き渡った。聞き覚えがあるわけじゃないが、状況を理解した。


 火災報知器の音と、この激しい雨の正体はスプリンクラーだった。


「……た、大変。火事だわ!!」


「……瑞穂ちゃん!!」


 保護者だからね、オレはベッドから飛び降りていたよ。


「か、患者さん!?」


「オレといた女の子、どこに?」


「さっきの、処置室の奥の方ですけど、は、早く、逃げないと。火事なんですよ」


 無視した。無視して、あちこち痛む体を引きずるようにして走る。罠にかかった獣みたいに、半身の動きが悪い。


 かまうものか。


 スプリンクラーの雨に打たれながら、さっきまで、オレがいた処置室に入りーーーー御子柴と出会った。


「ぎゃあああああああああああ!!?」


 火元は、御子柴だった。


「先生!?」


 オレの直後にここへ戻った看護師が、驚きのあまりに口もとをおおいながら叫んでいた。


 オレは呆気に取られながらも、スプリンクラーの雨に打たれても、消えることのない御子柴を包む炎を見ていた。


 御子柴はのたうち回り、床を転がり回っているが、怨霊の放つ炎は、消えることがないのだ。


 ……オレは、きっと連れてきてしまったのだ。


 彩也香お姉ちゃんを……こんがり童子になったお姉ちゃんを……。


 オレには見えていた。看護師が、消火器を使って御子柴の消えない炎を消そうとしている間も。


 オレだけには、見えていた。御子柴にまとわりつく、本物のこんがり童子の黒い影が。


 ……いや。


 ちがったよ。


 オレだけに見えていたわけじゃない。この処置室の反対側に、看護師に支えられた瑞穂ちゃんがいる。


 瑞穂ちゃんも、見えているようだ。


 スプリンクラーの、雨のなか、肉の焼け焦げるにおいが充満していく……。


 焼け死んで、真っ黒焦げにされた御子柴から、黒い影で出来た子供たちが、去って行くのが見えた。


 どこに行くのか?


 ……わからない。わからないけれど。


 オレの耳には、あの、やさしい叔母さんの歌う子守唄が聞こえていたよ…………。

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