第五話 子守唄 その五
……室内が暗くなり、頭パソコンの背後に大きなスクリーン降りてきた。
そして、部屋の天井に備え付けられていたプロジェクターが起動する。
『ぜひとも、あちら側からご見学ください』
「戻りたいだけなんだけど?」
『緊急時な脱出方法は、このプロモーション動画の後半にーーります』
「見た方が良さそうかな」
「……見たくないのになあ」
……オレは、叔母さんたちがこの場所でどんなに苦しんだのかを知ることで、その痛みを分かってやれるかも。
……なんて、おこがましいことを考えていたよ。
スクリーンには、すでに研究成果の報告が始まっていた。
『ーーー精神実験体が女性である場合、看護師型へと変質します。従順な労働力であり、出産実験ーーーーー献身的であり、貢献度の高い実験体です』
次に映し出されたのは、あの化け蜘蛛だ。
『男性の場合、この蜘蛛型に変質する傾向が高い。現在は染色体に御子柴さまの遺伝子を転写していますが、ご要望ございましたら、出資者さまの遺伝子を転写することも可能でございます。この個体は、脳死精神体の女性の胎内に発生している、変異卵子に対して、蜘蛛型の精子を受精させることでーー』
……こんがり童子の失敗作が出来るわけか。あの新生児たちの姿が、映し出される。
それらが白衣を着た研究者に襲いかかる様子も見られたよ。
『ーーー狂暴であり、評価に値する御子としての存在は生まれていませんーーー』
御子?……こんがり童子を神格化しているのか。こんがり童子の父親になることに、執着しているということか。
次は、あの四人姉妹か。
『摂食障害女性と、不安障害女性の融合体です。人々の精神を繋ぐ、そして社会に平穏と発展を。我々の理想の具現体ですーーーー』
「私、正常だ。理解できないもの」
「オレもらしい」
そして、アレが映し出される。特大の門番だよ。
『圧巻のサイズが特徴です。複数の精神実験体を融合させ、個々に残存する衝動の抑制に成功した例です。我々からの命令を受け付け、単純な知性を有しています。より多くの人々の精神を融合させ、この世界を安定化させる存在になりました。精神の拡張と共存……我々と出資者の皆さまの理想の体現でございます』
……出資者ね。色々とこの事件に関わっている豊かな連中が存在しているらしい。おぞましいことだよ。
『……では、最後に。当院は安全に配慮した空間です。ゲストの皆さまには完全な安楽と、精神的な充足をお約束していますが、万が一、システムのトラブルなどで不測の事態が発生しましたら。当室内にある水槽の前にお集まり下さい。緊急時の脱出装置がございます』
「脱出装置!」
「……鏡じゃないのか?」
「……そうみたいね。でも、どっちでもいいわよ。ここから出られるなら、何でもいい」
……そうだけど。
………………いや。
「鏡を探してからだ。そっちを試してからにしよう」
「……どうして?」
「御子柴の作った道具より、叔母さんの言葉の方が信じられるからさ」
「……そうだね」
「これが、罠かもしれないだろ?」
「罠?」
「御子柴の出資者……こんな実験に大金を出す奴らが、ここに見学に来る。ここが安全とか理想の世界とか、嘘だらけだ。御子柴に騙されたと思うかもな」
「お金を出して、こんなもの作られてるとすれば、イヤよね?」
「出資者じゃなくなるかも。オレは、あそこの水槽は罠だと思ってる……」
「……お金出してもらえないなら、殺すってこと?」
「洗脳されるかもしれない。そういうことぐらい出来るかも」
「……そうだね。鏡を探そう。御子柴の言葉は信じられない」
『………ゲストの方々。この世界の根幹を破壊すると仰られましたか?』
頭パソコンが語る。彼は我々が御子柴の敵だと勘づいたのかもしれない。
言葉に攻撃的な緊張があるように感じた。オレは消火器を構える。それを見て、瑞穂ちゃんも真似をした。
『……理想を、共有できないようだ。私のように、脳機能を拡張、他者の精神と物理的に接続することで、病を克服し、豊かな精神と安心を得られるというのに』
御子柴に心酔している頭パソコンが、膨らんでいく。
脳が、膨張しているのだ!!
それは瞬く間に頑丈そうで大きな机からはみ出してしまい、重量のせいで机はバキバキと音を立てて、崩れてしまう……。
『我々と接続し、脳機能を拡張し、精神を美しく、強く、改善するのだあああああああ!!』
「こ、こいつ、このまま膨らんで、私たちを押し潰そうって言うの!?」
あるいは、あの水槽まで追い詰めようとしているのかもしれない……。
何にせよ。好きにさせてやるほど、オレは性格が良くない。消火器を構えていて、良かった!!
「瑞穂ちゃん、消火器を!!」
「うん!!」
二人して膨れ上がる脳に対して、消火剤を噴射していく!!
『いぎゃああああああ!!の、脳が、脳がいたああああああい!!』
苦しんでいるが、それでも脳は迫り続ける。巨大すぎるからだ、足らない。消火剤が、尽きてしまう。
オレは叫びながら暴れる脳を観察する。ヤツには、幾つかの機材が埋め込まれている。
それらはピカピカと輝き、機能しているようだ。あれを壊せば、少しは……それをした上で、これを併用すれば!!
「瑞穂ちゃん、この薬を!!」
オレは瑞穂ちゃんにあの名医がくれた魔法の薬を手渡した、一つずつ使う。オレと彼女でな。
何故かは分からないが、オレの精神が安定するとこの世界の怪物たちは消えて、力を失う。
そういうルールだ。理屈は知らない。だから、二人分の精神が安定すれば、もっと、ここの怪物どもを苦しめられるかもしれない。
賭けるしかしか、なかった。




