第五話 子守唄 その四
パソコンだろう、そう考えていた。
この狂った世界でも、オレの触れてきたパソコンは現世のものと寸分たがわぬ存在たちだったから。
このパソコンも、そうだと考えていたのは、オレが甘かったのかもな。
院長室にあるはずの、大きな鏡。割れば現世に戻れるはずの鏡を探しながら、オレは御子柴の机と、その上にあるパソコンに近づいた。
そして、気がついたよ。
「……っ!?」
パソコンの本体部分に、皮を剥がれた生首が装着されている。部品として組み込まれているらしい。
頭蓋骨が切り取られていて、脳が露出している。その深い溝がシワのように走るピンク色の物体には、ディスプレー用の太いケーブルが雑に突き刺さっている……。
いや、雑に見えるけど、後頭部に刺さっている……人の視覚を司る脳の場所って、確か頭の後ろ……そんなハナシを雑学の本で読んだな。
御子柴は医者だし、この処置も医学的な合理性があったりするのだろうか……?
それ以外にも色んなケーブルが突き立てられている。この人物の脳は、パソコンの部品らしい……。
「……な、なに、それ!?」
パソコンに挟まる頭部を見た瑞穂ちゃんが、小さな悲鳴をあげたよ。
「……パソコン、なんだろうね」
「それが!?……理解できない……っ」
「理解できないことが幸せなんだ。こんなものに共感を抱けたら、狂っている証さ」
「……だね。私、正常だ……まだ」
「そう。正常なんだよ……」
瑞穂ちゃんは自信を持てないでいるようだった。
それも、しょうがない。この世界にいると、遠からず人は発狂するさ。
機械につながれている頭を見ても、パニックにもならないんだぜ?
どこか慣れてきている……それって、異常なことだと思うんだよね。
自分がこの世界の一部になろうとしているような印象を抱いたよ。オレは、狂っているのかもしれないな……。
くそ。吐き気でも催せば良いのに……オレも狂っているのかな。こんな世界に馴染みたくなんてないのにーーー!?
パソコンにつながれている生首の目が、ギョロリと動いていた。
オレと瑞穂ちゃんは、まだ壊れていなかった。その目玉の動きなんかに驚き、その場で跳び跳ねたりするのだから……っ。
頭を切り開かれた人物の目玉はこちらを見つめながら、その唇をゆっくりと動かしていた。
『ゲストの方でございますか?』
驚くほど紳士的な声と口調であったよ。彼は静かに語る。
『……違うのですか?』
オレはそう答えることが不利だと判断した。
「オレと彼女はゲストだよ」
『なるほど。そうでしょうとも。私は当院の案内人でございます。御子柴さまの執事のような存在。お客様方の要望をお聞きします』
「……ここから、元の世界に戻りたいの!」
『ふむ。そうですか。それでは、まずこの病院の沿革からお話いたしましょう。それが、ゲスト様方に対する、私の役目なのですから』
頭パソコンは、瑞穂ちゃんの言葉を理解できていないようだった。無理もない。こんな状態で正常さなんて保てないだろう。
『御子柴さまの偉業を、出資者様であるゲストの皆様にお伝えしますーーー始まりは10年ほど前、被験体、結城雪子との出会いからです』
「叔母さんのことか」
『彼女の周辺では科学的な説明が及ばない、特異な現象が発生し、彼女の語る妄想と、それらの現象には一致が見られました』
「……こんがり童子に取り憑かれていたからさ」
怪奇現象は全て、あれの仕業だった。叔母さんは、狂ってなかったんだ……少なくとも、真実を叫んでいたんだから。
『御子柴さまは彼女を研究し、この地域に伝わる妖怪、こんがり童子の実在をーーーーそして、この夜鏡の世界と現実世界をつなぐ手段をーー構築したのです』
「……なんか、ハナシが飛んでる?」
「……彼の心は壊れつつあるんだろう」
『ーーー出資を受けーーーー精神実験体を薬学的な脳死状態に導き、彼らの精神を、この世界な固着させました。より素晴らしき日本社会を実現したいと、御子柴さまはーーそれらの研究の成果が、これらのモデル・ケースなのです。ご覧ください、ゲストの皆様』




