第五話 子守唄 その二
オレと瑞穂ちゃんは階段を昇り、五階へとたどり着く。
ここにある院長室……そこにあるはずの大きな鏡を割れば、オレと瑞穂ちゃんは現世に戻れるんだ。
「このフロアにあるのよね、院長室って?」
「うん。そうだよ……どこにあるのかは、ちょっと分からないけど」
……このフロアも薄暗い。でも、四階に比べるとかなりマシだ。
何より……。
「このフロアは、壁に血管が走っていないな。何だか、とても綺麗に見えるよ……」
「御子柴ってヤツ、自分の部屋があるところだけは、安全で綺麗にしてるってこと!?」
「……そうなのかもね」
「なんか、ムカつくわ……おかげで、血管を踏んだりしなくてもいいわけだけどさ……っ」
本当にその点だけは助かるよ。たしかに、どこかムカついたままだけどね。
さてと。どこが院長室なのか……フロアは広いし、部屋もたくさんあるな。
案内図なんていう、気の利いたものも壁に張り付いていたりはしないしね……。
近くの部屋のドアを見たが、何の部屋なのかは分からない。
まさか、階段近くの部屋に院長室なんて無いんじゃないかとは思ったが、この病院には常識なんてないだろう。
試しに、そのドアを開いてみることにした。鍵がかかっているのかもしれないと不安だったけど、杞憂に過ぎなかった。
ドアは開き、室内が明らかになる。
「……理科室?」
学生らしい発言だったよ。瑞穂ちゃんは、この部屋をそう判断したみたいだ。
たしかに、理科室とかに似ているかもしれないね。もちろん、理科室とは異なり、何かしらの専門的な検査機器が並んでいるけど。
「検査室、みたいだね」
「検査室?……なにかを調べているの?」
「あるいは、研究室かもしれない。この世界の研究をしているのかも……?」
「……爆破とかしてやりたい!」
「気持ちは分かるけどね」
「……うん。実際には、そんなことする力もない」
「それでいいんだよ。オレたちは、一般人に過ぎない」
悪魔みたいな御子柴からは、絡まれないようにするだけだ……。
情けないけど、こんな力を持っている人物を敵に回したくはない。
神罰に頼るのみさ……っ!?
「瑞穂ちゃん!」
「きゃ!?」
オレは瑞穂ちゃんをこの部屋から急いで連れ出した。
「な、なに?どうしたの……?」
「……この部屋。防犯カメラが回っていた」
「え……?」
「撮られたかもしれない。オレたちの姿がさ……」
「そんな……じゃあ、御子柴に知られるの?」
「……知られるかもしれない。どんな男なのかは分からないけど……オレたちのこと、調べられたりするのは、たまらないな……」
この世界の情報は、現世にも送信されている可能性がある。
どんな仕組みなのかは分からないけど、スマホがネットにつながるんだしな……。
画像が現世に送信されていたら、叔母さんの親族であるオレはもちろん、県で10000走るのが最も速い瑞穂ちゃんの素性がバレかねない。
瑞穂ちゃんの画像を見つけることなんて、難しくなさそうだ。
日焼けの仕方と見た目から、高校生だってことも、陸上部員であるとかもバレそう……瑞穂ちゃんが県大会で優勝したりした時の記事とかありそうだもん。
……このまま放置しておくのは、嫌だな。
排除できるかな……。
オレはスマホを使う。動画撮影をするんだよ、ドアからスマホを握った片腕を突き出しながらね。
こうすれば、オレの顔は防犯カメラには映らない。室内を撮り終えたオレは腕を戻し、さっそく動画を再生していく……。
動画には防犯カメラが映っていた。
ゆっくりと右と左に動いている。オレに気づいている動きはしない。
監視員が24時間見張っているわけじゃなさそうだし、侵入者に反応してカメラが挙動するとかの仕組みもない。
そもそも、ここをどれだけの人間が訪れることが出来るというのか……。
誰のための監視カメラなのか。不特定多数じゃなくて、御子柴の部下とかを見張っているのかもしれない。
……侵入者なんて、最初から想定してはいないんだよ。低い確率で起きうる裏切りのためか?……あるいは、事故のためか。
防犯というよりも、ここで起きたことの記録を取るためにあるだけのカメラってほうが、認識としては正しそうだよな。
鍵をかけていないのも、ここの怪物どもはドアを開けられないからか……侵入者なんて、想定しちゃいない。
……つまり、さっきの映像が現世に対して素早く送られることはないかもしれない。
即応する警備は必要ないだろうしな。
リスク管理の一般的な考え方だけど、全てのトラブルに前もって対策を作るよりは……。
低確率で起きたトラブルに、個別に事後対応するほうがコストがかからない。
……だから、防犯カメラや車のドライブレコーダーみたいに、常に映像を録画し、古いものは処分していく。
一定の期間だけ映像を保存しておくんだ。事故が起きれば、その映像を取り出しておけばいい……。
そういう仕組みならば、処分が出来るかもしれない。
しかも、あのカメラは有線だった。隣の部屋につながっているよ。
なら、隣の部屋に向かえば……あのカメラの映像を保管しているレコーダーに接触することが出来るかもしれない。
……そいつのデータを消してしまえば、オレたちの映像は残らないかもしれないな。
すべきことは、決まったよ。行動あるのみだ。