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第一話    海へと向かう。    その二


 レンタカーを借りて、マスターと彼のヨメと子供の待っている喫茶店まで向かうのが早朝の仕事だった。


 家族旅行の邪魔をするのだから、運転ぐらいは任せてもらいたい。うつ病が暴れたら、途中でマスターと交代する予定だったが、今日はどうにかなりそうだ。


 家族がゆったりと乗れるワンボックスカーを借りて、喫茶店の前に到着すると……マスターがタバコをふかしながら、青く晴れた夏空を見上げながら待っていた。


 その隣には、マスター一家の家族旅行により、バイトが休みになるはずの瑞穂ちゃんがいた。


 陸上部の朝練が終わりに、見送りにでも寄ってくれたのだろうか……?


 駐車場に車を停めると、マスターのところに向かう。


 ……マスターは、ふう、とため息と共にタバコの煙を吐き、愛用の小さな携帯灰皿に吸い殻を押し込めていく。


「やあ、結城ちゃん」


「おはようございます」


「あはは。結城さん、今朝は調子よいんだ?」


「うん。もしかしたら、除霊珈琲が効いたのかも」


「だよねー」


「結城ちゃんまでよしてくれよ?……ホントにそれで流行っちゃったら、呪いの日本人形とか届けられそうだ」


 ありえない話ではないかもしれない。うつ病に効く珈琲としても有名になれば、悲惨な客層が形成されそうだな。


 うつ病患者とその家族とか。


 彼らの健康を、同じ立場のオレとして願わずにはいられないが……マスターはそういうコアな客層を望んではいなさそうだ。


 厄介な精神状態の客なんて、オレだけで十分だろう。家族旅行にも便乗するほどに、図々しいうつ病患者なんて……。


「あのさ、結城ちゃん」


「はい?」


「今日、七緒がね」


「マスターの娘が?」


「夏風邪引いちゃってね。熱が38度近くあるんだよ」


「……そうですか。じゃあ、旅行はナシですね」


「いや、そうじゃないよ」


「え?」


「いい宿を押さえててね。毎年、通っているからこそ、その縁でオレみたいな貧乏人でも予約できる宿なんだよ」


 顔の広いマスターは、そういうレアな人脈も持っていたりする。


 社会人としては憧れる人脈の深さだ。


「もったいないから、結城ちゃんだけでも代わりに行かそうと思っていたんだよ。キャンセル料もバカ高いから」


「だから!」


 瑞穂ちゃんが会話に乱入して来た。うつ病のオレには、眩しすぎるほどの笑顔とともに。


「結城さんだけじゃ心配でしょ?だから、私がボディーガードについて行ってあげるの!」


 言葉の意味はわかったよ。うつ病とて、今朝は調子の良いコンディションだからね。


 それでも、社会人としての常識が口を言語中枢を稼働させる。


「いや、ダメでしょ、オレと瑞穂ちゃんで旅館に泊まるって?」


「酷いわ、私が陸上部員だから色気足りないとか思ってるんだわ、結城さんてば!?」


「色気というか、可愛い感じだろ、瑞穂ちゃんは」


「やった、また口説かれた。可愛いなら問題なしね」


 ないはずがない。


 呆れた顔でマスターを見た。マスターも苦笑している。


「いや。あっちの親御ごと誘ったんだよ?」


 そりゃそうだ。親戚が代わりに行くというなら、納得が行くハナシだ。


「でも、瑞穂の両親は仕事だしな。瑞穂だけじゃ旅行に出すのは反対。あっちの親御はオッケーなんだよ、結城ちゃんと旅行に出すの」


「いや、だめでしょ?若い男に女子高生の娘を任すとか?」


「そう思うのはこっちも同じなんだけど、瑞穂の両親はいいと言っている」


「どうして?」


「結城さんが、良いところの会社に勤めてるからでーす!ママが言ってた。何かされたら、責任とって一生養ってもらえって!」


 瑞穂ちゃんの神経と、彼女のママの神経が分からない。


「これが都会のスタンダード?」


「いや、違うさ。瑞穂の母親は、どこか大雑把で」


「もう、結城さんが自制心を発揮すれば良いだけのハナシじゃない!ふたりとも男のくせに面倒なんだから!」


 男には欲望に負けたときの責任がつきまとうからこそ、慎重になりたいのだけれど。


「それに、叔父さんの行く予定だった宿の評価見てよ!!」


 瑞穂ちゃんが自分のスマホを見せつけてくる。朝日のせいで見えにくい……。


 そんなことにお構いなしに瑞穂ちゃんは興奮気味に語るんだ。


「651人に評価されてて、星五つ!!最高の評価よ!!すごい、こんな宿に泊まれたら、皆にむちゃくちゃ自慢できる!!最高の夏の思い出になるわ!!」


 瑞穂ちゃんも現代っ子のようだ。友達に自慢が出来る夏休みを過ごしたいみたいだ。


 気持ちは分からなくもないかもしれない……。


「だってね、この夏最大のイベントは自己ベスト更新だけど、足の肉離れで夏の大会スルーだよ?……そのあとの焼き肉大会しか、いい思い出ないし、あれは楽しかったけど、私の高校生活最後の夏が、あまりにも筋肉すぎる……」


 肉体を酷使して、肉離れを起こして、焼き肉をたくさん食べました。


 たしかに肉が踊る夏休みの日記になりそうだ。


「このまま肉色の思い出ばかりじゃ、瑞穂ちゃんの女子力が疑われる……っ。せめて、なかなか予約も取れない宿に泊まって、セレブっぽい雰囲気を楽しみたーい!」



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